第一話

10分の遅刻に小走りになっていた脚が止まったのは、金曜日の夕方の事だった。アパートのゴミ集積所にぽつんと残されたままの、ダンボール箱ひとつ。 ……明らかに見覚えのあるそれは、間違いなく今朝自分が出したゴミのはずで。まっさ…

第二話

予期せぬ美形の登場に、ともすると怯みそうになる気持ちも落ち着いてくると、ナルトはどうにか止まっていた呼吸を再開した。「……何の御用ですか」などと、今更ながら取ってつけたような敬語を使う男に、コレなんだけど、と下に抱えたま…

第三話

灰色の背広を着た男性は、実はまだ40代前半位なのではないかと思われた。額がつるりと広いのに、頭頂部の髪だけが異様に多い。どうなってるのかなあと思いながらも視線がそこにいってしまわないよう気をつけていると、咎めるような軽い…

第四話

(……なんでこうなった……)狭い空間に漂う空気は、熱をあげるふたりのせいで奇妙に温まっているように思えた。目の前に座る男は、黒髪を乱して項垂れたまま、先程からずっと動かない。なんか話したほうがいいのか?それともこのまま息…

第五話

無理矢理引っ張り上げるようにして階段を昇っていた時には目も開けられなさそうだったのに、平らな廊下にまでくると彼は幾分意識が戻ってきたらしかった。目が覚めた途端、世話なんているかと言い放ったその男が、千鳥足で欄干にしがみつ…

第六話

散々悩んだ末にかけたフリーダイヤルは、混み合っているらしく中々繋がらなかった。余りの待ちの長さにいい加減諦めようかとした頃、聞き飽きたコール音がやみやっとオペレーターの応答に辿り着く。要件を述べようとすると、先回りした声…

第七話

頼りなく軋んだドアの音に、カカシは背中のまま間延びした声で「おかえりィ」と言った。一瞬開かれたドアから流れ込む空気に、雨の余韻を感じる。いつまでも返事を返してこないのを不思議に思い、ぐるりと首を巡らすと、玄関先の暗がりに…

第八話

幼い頃何度か訪れた父親の生家には、小さな屋根裏部屋があった。その昔父親もお気に入りだったというその部屋は、家中で一番太陽に近い場所にあるせいか、いつもぬくまった闇に満ちていた。低い斜めの天井、かすかな埃のにおい。甘やかす…

第九話

本当はあまり好きではない帽子を、目許が隠れる程に深く被った。手持ちの服の中から出来るだけ落ち着いた色を選んで、ごくごく平凡な組み合わせで身に着ける。普段好んでよく着るオレンジは絶対にダメだ。極めつけに昔洒落で買った伊達眼…

第十話

たとえばの、話ですが。ラフなポロシャツにスラックスを合わせたその人は、榛色の短髪を軽く掻きながら碧眼を覗き込むと、試すような目つきをした。首から下がるネームタグには、くっきりと印字された「店長」の文字。深みのある声は清潔…

最終話

……あれ?これってゴミにする前は、なんて呼んでたんだっけ。