≪解散!―interval-≫

派手な一本締めの余韻もそのままに表に出ると、ちらついていた雪は早くも止んでいて、代わりに切れ切れとなった雲の合間から明るい夜空が顔を覗かせ始めていた。
ストールやマフラーで包まれている顔は、どれも皆楽しげに赤い。
わあ、やっぱ外出ると寒いね! などと笑い合う声が、白く曇っては消えていく。
「よーし、んじゃ取り敢えず会は一旦ここで解散なんだけど、」
中学生じゃあるまいし、まだまだ帰るには早過ぎる時間だよなァ?
けしかけるかのように片眉を上げたキバに、かつての悪ガキグループの数人が真っ先に野太い歓声をあげた。おーし、二次会行く人! という予想通りの流れに、待ってましたとばかりに酔っ払いたちの手がそこかしこで挙がる。
「サスケ君は、二次会行く?」
尋ねてくる声に横を見ると、立っていたのはボリュームのあるファーで襟元を覆ったいのだった。甘いカクテルで赤く染まった頬が、店からの明かりにふんわりと照らされている。
「まだ八時過ぎだし」
「……」
「この後用事もないんでしょ?」
「え? あ、……いや」
さらりとそう誘いかけてくるいのにどう応じようか迷ったオレは、遠くの視界の端で誰かと笑い合っている金髪を確かめてから、結局もごもごと口篭った。会の最中はお互い違う奴と喋っていたが、このあとオレはナルトと、密かに落ちあう約束をしている。
けれどここでそれをバラすのはあまりに危険だろう―なにしろ落ち合うといっても、ただ飲み直しに行くわけではないのだ。オレ達はただの懐かしい元クラスメイトとして落ち合うわけじゃない。そうじゃなくて、今夜は。
「サスケ!」
なんと言ってここを切り抜けようかと考えていると、ジャケットを羽織ったナルトがすぐ後ろであたたかく吐く息を白くしていた。ふにゃりと緩んだ嬉しげな目元。早くもちょっと赤くなっている鼻先に、ホッとした胸がきゅんとする。
「サスケ、あの」
「……」
「えっと、その……ホントに、いいんだよな?」
期待を閉じ込めた瞳で確かめてくるナルトに、オレは呼吸をひとつ整え「…おぅ、」と頷いた。途端、日に焼けた顔に残っていたわずかな憂いがぱっと散る。ナルトの長年の願望を知った時は、やはり衝撃で。当初思っていた流れとは少し―いや、だいぶ違うというか、むしろ真逆の展開ではあったのだけれど、もうここまできたら自分としても、おいそれとは後に退けない。
正直、突っ込まれんのは嫌だ。
嫌ではあるが、でもナルトがこんな顔して、……喜んでくれんのなら。
なにしろわざわざオレの顔を見るためだけに、海を渡ってこの会に来てくれたのだ。予想していたとおりガキの頃からずっとというのも本当なんだろう。「諦めなくて良かった」と言った時の、晴れやかな笑顔がまた蘇る。こいつが気持ちよくなって、望みが叶ったと満足してくれんのなら、それなら、まあ、オレは……。
そんなことを思いつつ覚悟を決め頷くと、そんなオレにまた顔をにやけさせていたナルトの背中めがけ、後ろから突然がばりと覆い被ってくる影があった。 うわっ、と驚いてナルトがよろめく。その肩ごし見えるのは、「ナルトォ!」と大声でのしかかってくる、ニヤニヤ笑いのキバだ。
「へっ? な、何?」
「お前! 二次会行くよな!」
邪気もなく投げかけられた質問に、ナルトは困ったように眉を下げた。「あー…まあ、その」という有耶無耶な感じの返答に、肩にもたれ掛かったままのキバがきょとんとする。
「は? なに、行かねえつもり?」
「いやー……」
「まさかな? まさかとは思うがお前、かれこれ十二年ぶりだってのに、このままさらっと帰っちまうつもりか?」
「……ええと、」
嘘だろォ、お前そんな薄情な奴になっちまったのかよ! 突然、大袈裟に出された声に、上機嫌で盛り上がっていた輪がざあっとこちらに振り返った。「へ? いや、その…っ」と注目されたナルトが、しどろもどろと口をまごつかせる。
「しんっじらんねェ……」
「え・えぇ~?」
「なぁんて、んなわけねえよな! お前がそんなつまんねえコト言うわけねえもんな!」
行きたいだろ、カラオケ! アルコール臭をむんむんさせたキバが顔を近付けると、ちょっと身を逸らしたナルトは弱ったように、チラリとオレを見た。……って、オレ見てどうすんだよ、はっきりキバに行かないって言えって。
「サスケは? お前も二次会行くか?」
きっと最初からそんなに期待もしていないのだろう。目があったついでに軽い口調で確かめてきたキバに、オレは手本だとばかりに「いや、オレはいい」ときっぱり首を横に振った。
そんなオレに(やっぱりな)といった風のキバだったけれど、しかしナルトにはそうはいかないらしい。前に回ってオレ達の間に入り込むと、逞しくなった肩をがしりと掴み、ずいっと迷う碧眼を覗き込む。
「で、行くだろ?」
「え、」
「お前は行くよな?」
「う、うーん、そうだなあ……」
酔っぱらいの勢いに気圧されるかのように、ナルトがどっちつかずな笑みを浮かべた。
あァ?『そうだなあ』? 苛々していると、精一杯の作り笑い(らしい、たぶん。大分惹き攣ってはいるが)を拵えたナルトが「あ・あ~……でもオレってば今日はもう疲れたし、帰って寝ようかなあ、とか、思ってるんだけど」など全く説得力のない口実を広げだした。「はあ?」と明らかに目が冴えて元気そうな大男に、訝しんだキバが首を捻る。
「寝る?」
「うん」
「お前さっきまで元気満々でゲラゲラ笑ってたじゃねえか。大体が今まだ、九時にもなってねえぞ?」
「ほっ……ほら、時差で! やっぱさ、時差ボケがきつくって!」
二次会行っても、途中で寝ちまうといけねえからさ! などと白々しい言い訳を口にするナルトにひやひやしていると、一応納得したらしいキバが「ふーん」と鼻から抜けるような相槌をうった。そうしてからしげしげと不自然な笑顔を浮かべる大男を下から検分するように見上げると、ややあっとしてから「そっか」と呆気なく呟く。
「時差か」
「そう! もーほんと、眠くて眠くて」
「ん~……ならよぉ、みんなでナルト送りがてら、そのまま宿で二次会ってのはどうだ?」
さも名案だとばかりに突然そんな言い出したキバに、オレは思わずギョッとなった。
途中で酒と食いもん買ってさ。そしたらお前、そのまま寝ちまっても問題ねえだろなどと言う能天気な赤ら顔に、「おお、いいねえ」「そうだな、せっかくだし。次いつ会えるかわかんねえしな」という湧いた声があがる。
なっ…なんてこと提案しやがるんだこいつは、そんなのダメに決まってんだろうが!

「だッ……――!」
「だ?」
「――…ッめ、だってばよ、それはっ……!」

思わず出掛かった声を飲み下すと、続きはどうやら同じような状況陥っているらしいナルトが勢い込んで継いだ。チラと盗み見た顔は焦りと恐慌で、いまや汗びっしょりだ。
「へ? なんで」
抜けた顔のキバはただただ不思議そうな顔で、首を傾げた。……キバ、お前がいいヤツなのはわかる。よくわかるんだがな……!
「宿はまずいだろ。他の宿泊客もいるだろうしよ」
スルリと入ってきた意見に救われると、声の主はどこか草臥れたような風情でそこに立っていた。細い眉をしならせて、ヤレヤレといった様子でぼんのくぼを掻いている。
「シカマル!」
「その面子で行って黙って静かにしてろってのも無理だろうし、大体がそんなんじゃ二次会の意味ねえしな。もーそんなめんどくせーこと言ってねえでよ、ナルトもカラオケに行ったらいいんじゃねえの? 行った先で『もうマジでダメだ』ってなったら、途中で抜けりゃあいいだろうが」
な? いいよなそれでも。と三白眼に見詰められると、自分の提案に意気揚々としていたキバは一瞬虚を突かれたような顔をした。しかしすぐさま気を取り直したように頷くと、「おお。もちろんそりゃ構わねえよ」と首を縦にする。
想定外の横槍に、意味がわからないまま取り敢えず汗が吹き出た。なんだよシカマル、散々けしかけといて、お前こっちの味方じゃなかったのかよ……!?
「そっか。じゃあナルト、寝ちまいそうになったら遠慮なく言えよ!」
「は? あ……え?」
「じゃあな、サスケ、シカマル! お前ら次もまた声掛けるかんな、顔出せよ!」
機嫌よく破顔してそう告げたキバの横で、ナルトは(え? ええ~~!?)とひたすらに困惑していた様子だった。けれども(がしっ)とその腕をキバに掴まれると、そのままずるずると引き摺られるようにして連れ去られてしまう。
いつの間にか他の連中も散り散りになってしまっていたらしい。気が付けば店の前にはオレやシカマルを含んだ、二次会を遠慮した数人が少ない談話のなか残るのみだ。
「……シ~カ~マ~ル~……!」
横目で唸ると、隣に立つ奴はコートのポケットに手を突っ込んだまま、飄々とするばかりだった。どういうつもりだというオレの問い掛けに、薄い唇の片側だけが、粋な感じできゅっと上がる。
「馬鹿、なに怒ってんだ」
「なにって」
「別にいいじゃねえか、ちっとくらい。あいつがすぐに帰ってくりゃ済む話だろ」
宿で一晩キバたちに居座られるよりゃマシだろ、という素っ気ない一言に、知らず顔が赤くなっていくのを感じた。
ナルトとの今夜の約束について、シカマルには何も話していない。けれどどうも聡いこいつには、黙っていてもオレらのことは全部お見通しのようだ。
「でもすぐに抜けてくればっていっても……」
「他の奴らにバレないようにこっそり伝えりゃいいだろ。どこそこで待ってるから、適当に理由つけてとっとと抜けて来いって」
「どうやって?」
「メールしろよ」
至極当然といった様子で顎をしゃくったシカマルに、オレは無言で見つめ返した。
……なるほど、メール。
しかしメールを送るには、送り先のアドレスが必要なわけで。
「まさか、」
黙りこくったオレに、眉を寄せたシカマルがわずかに肩を竦めた。まさか、お前、まだあいつのアドレス聞いてなかったのか? おそるおそるの問い掛けに、むっつりしたまま沈黙で返す。
「ばっ――何やってんだお前、しっかりしろよ!」
「……うるせー、しょうがねえだろが!」
「じゃあさっき外でなに喋ってたんだよ、まずそこ押さえとかなきゃ次に進もうにも進めねえだろ?」
「ほっとけ! 途中でキバに呼ばれちまったんだよ!」
なんだよそれ、と項垂れるシカマルに、言葉を返さないままオレはくっと奥歯を噛んだ。そういう自分だって人だかりの中、敢えてナルトのアドレスを聞こうとしてなかったくせに。それとも面倒くさがりのこいつのことだから、後でオレから聞けばいいやとでも思っていたのだろうか。……どっちもある線だな、しかしいずれにせよこのこと態が最悪であることには変わりはない。
じゃあどうすんだよ、あいつにどうやって連絡するんだ?
粋に上がっていた眉をすっかりひそめ、シカマルが言った。
「知るか! お前が行かせたんだろうが」
「お前あいつの泊まってる先も聞いてないのか?」
「……聞いてねえ」
ハァァ……とそろって深い溜息をつきながら、オレ達は肩を落とした。ダメだこれ、万事休すじゃねえか。数時間前、さんざん緊張して想いを伝えたのに。そのあとも阿呆のように、浮かれた気分になっていたのに。
そもそもオレだって今日は覚悟を決めて来ているのだ。このまますごすごと引くのも嫌だし、引いたところでこのモヤモヤした気持ちをどこにどう納めたらいいのか。
「…………お困りのようだな」
突如入ってきた深みのあるテノールに、下を向いていたオレ達はそろって顔を上げた。  
すっくと立つ、カーキのモッズコート。
背の高いシルエットがイルミネーションを背に、くっきりと際立っている。
レンズの向こう、真っ黒なサングラスで覆われた瞳が、見えない奥でキラリと光ったような気がした。立てた襟に埋められた口許。ゆっくりとそこが不敵な笑みを刻んだかと思うと、ついに来たこの瞬間、満を持して彼は言う。

「いよいよ、オレの――出番だな」


シッ―――シノォォォォォォ!!!