≪Round 2≫

なんでオレがそんな事。
アッサリ下された結論に、オレは即座にそう思った。
だってナルトだぞ?あのナルトだぞ?あいつから言われて付き合うのは考えていたが、逆はこの12年間想像した事さえなかった。オレの事を好きで好きで堪らないあいつ(13歳の頃のあいつはそりゃもうわかりやすくオレに夢中で、たまにこちらから声を掛けてやると『なっ、なんだってばよ!』なんて甲高い声で叫びつつもテレテレとにやけては、オレにまとわりついてきたものだった)から告白されて、それを「しょうがねえなァ」と言いつつ受け入れるオレ。想定していたのは、そんなスタイルだった。自慢じゃないがオレは他人から好きだと告白された事ならうんざりするほどにあるが、自分から誰かに告白した事なんて一度もないのだ。スキルなんてものも一切持っていない。
「とりあえずまずは喋ってこいよ」というシカマルに背中を押され、どうしたらいいのかも解らないまま仏頂面で人だかりの中へ一歩入ると、急に押し寄せてきた元クラスメイト達にちょっと困ったような顔になっていたナルトは、すぐにオレに気が付いたようだった。
「サスケ!」という嬉しげな声に、ざあっと人群れがこちらを見る。

「えっと、そのっ……ひ、久しぶり!」
「お……おお。久しぶり」

お決まりの挨拶をしながら一歩前に出てきたナルトに、どぎまぎとしながら同じ言葉を返した。

「げ、元気だった?」
「お、おぅ」
「サッ……サスケはまだ、地元に住んでるの?」
「あ、ああ。一応な」

たいした言葉も継げないまま、お互いじいっと見詰めあった。目線の高さはほぼ一緒だ――昔は常にオレの方が見下ろしていたのに。
あらためて、ナルトを見る。
……本当に、随分と雰囲気が変わった。太い首、広い肩。痩せていてもどこか子供らしい柔らかさのあった頬はスッキリと引き締まり、昔は事ある毎にピーチクパーチクさえずっていた唇は厚みをたたえ、実に彼を愛情深そうに見せている。いや、実際こいつは愛情深い奴なんだろう。だって知ってるか、こいつ中坊の頃あんなに乱雑でしょっちゅう先生に叱られていたくせに、密かに園芸部なんて可愛らしいクラブに入ってたんだぜ?中庭の花壇がいつも見事に手入れされていたのは、ほぼ全てがこいつの手腕だ。放課後ひとりで蔓延った雑草を抜いているのを、幾度となく見た事がある。
「それにしても……ほんっとあんた、でっかくなったわねー」
向かい合うオレ達に、その相対図をしげしげと眺めていたいのが言った。ふと思い付いたかのような顔がワクワクしながら、「ねえ、それぞれ何センチになったの?」と問いかけてくる。
「え?身長?」
「うん。サスケ君は?」
先に問われ、ちょっと身構えつつ「……182」と呟くと、周りを取り囲んでいた一同が意味もなく「おおー」と呻くのが聴こえた。なんでそんなどよめく事があるんだ、たかが身長だろうが。
「やっぱ180越えてるんだ!?」と目を輝かせるいのに「まあな」と答えると、彼女はそのままくるりと振り返った。後ろで立ったままのナルトを見上げると、「んで?あんたは?」と首を傾げる。
「んん、どうだろ。180……は、あると思うってば」
ちょっと考え込むようにして言われたその回答に、「なによそのあやふやな感じ」といのがむずがれば、その言い草に苦笑しつつナルトは「いやー」と困ったように頭を掻いた。
「最後に測ったのって19歳の時でさ。そん時は180センチだったんだけど、オレってば結構、ハタチ近くまで背伸び続けてたっぽくて」
はにかみつつ打ち明けるその顔はほんのり赤らんで、高い位置にある肩が照れ笑いと共に竦められている。
「えー?じゃあ結局何センチなの?」
「さあ……?」
「さあって、自分の体でしょーが」
「あんま気にした事なかったってば」
「――なあなあ、でもさァこっから見てっと、サスケよりお前の方がでかく見えるぜ?」
スルリと入ってきた声に振り向くと、ビール片手にこちらの会話に聞き入っていたらしいキバが、片眉をあげニヤニヤしていた。ちょっと並んで立ってみろよという勧めに、内心(はぁ?なんでそんな事)と思いつつ顔を顰める。
「背なんてどうだっていいだろうが」
「まあまあ、そう言うなって。いっぺん較べてみようぜ。そしたらナルトは少なくとも182以上だって事になるだろ?」
そう言って、ぐいっとビールを飲み干したキバは泡の跡の残るグラスを「たん!」とテーブルに置くと、気安い仕草でオレとナルトの腕をそれぞれ掴んだ。遠慮のない手に微妙な不快感を抱きつつ、「ほれ、二人共回れ右!」という言葉に、二人して背を向け合う。チラリと見たナルトの横顔がなんだか赤い。くそぅ……頬なんか染めてんじゃねえよ。こっちまでなんだか緊張するだろうが。
「ん~~~」
「……まだかよ」
「ちょっと待てって。もうちょいぴったり背中合わせてェ……」
言うやいなや、ぐっと両側から押してきたキバの手に、サンドイッチのようにされたオレ達は呆気なくよろめいた。(あっ)と思ったのは一瞬で、すぐに背中全体にやわらかな体温を感じる。……っていうかヤベェよこれ、無茶苦茶、意識しちまうんだが……。集まってしまったオーディエンスからの視線が、速まっていく鼓動をますます助長する。
どうかすればすぐにでも赤くなってしまいそうな頬を宥めつつ待っていると、ぴったりとくっついた背中に満足げに頷いたキバがずいっと後ろに下がった。集まる幾多の視線。いつの間にか取り囲む群衆が増えている。
「おお……ナルトの方がでけえ!!」
「えっ、マジで!?」
「と、思ったけど――ん?あれ、いや……やっぱサスケか?」
「あぁ?どっちだよ」
煮え切らない判定にうんざりとすると、腕組みで並んだ頭の先を睨んでいたキバがふとその手を解いた。
「ちょ、待てってお前ら、頭同士もちゃんとくっつけてみろよ」
と額に向け無遠慮に伸ばされてきた手に、思わず払いのけようと動いてしまったオレの手が、すぐ後ろで立つナルトの手の甲をさっと掠める。

「―――…っ!」
「あっ、ご、ごめんってば……!」

一瞬の熱に思わず弾かれたかのように一歩離れると、急いで振り返ったナルトはそんなオレに対し明らかに狼狽えているようだった。困る眉に、揺れる瞳に。意図したわけでもないのに、勝手に顔が熱くなる。いやっ……そんな顔すんなって!別に当たったのが嫌だったとかじゃねえから!驚いただけだから!

「……なんだなんだサスケ、お前いまだにナルトの事、苦手に思ってんのか?」

ふと。咄嗟に出てしまったオーバーリアクションに、一部始終を見ていたキバが訝しんで言った。
「は?苦手??」
「お前ら昔もしょっちゅうケンカしてたもんなあ。特にサスケ、お前いっつもナルトが寄ってくんの冷たくあしらってただろ」
妙に訳知り顔になったキバはそんな思ってもみなかったかつてのオレ達の相関図(しかしチラチラと頷く顔が背後に見えるあたり、どうやら周りから見たオレ達の関係というのはそういうものとして認識されていたらしい)をつらつらと述べた。そうしてから呆然となるオレの肩をポンと叩き「お前もさあ、もういい大人なんだからよ。こういう場ではもうそういうのやめろよなー」などと、分別臭い顔をする。

「まったく、まー確かにナルトはお前んとこよく絡んでたけどよ。でも別にありゃお前の事嫌ってたワケじゃねえぞ?構って貰いたかっただけだって」

――あぁ?オ…オレだって嫌ってねえよ!!

「なんでそう仲良く出来ねえのかねェ。手ェくらい触れたっていいじゃねえか」

――だから誰も嫌だなんて言ってねェし、そもそもオレら仲悪くなんかなかったっての!!

震える拳を握り締め、オレはぐうっと息を飲んだ。山ほどの反論は直ぐ様思いついたけれど、いざそれを声に出そうとすると喉が詰まる。周りにはそんなオレ達を興味深げに見守る気楽なオーディエンス達。バックで流れるセリーヌ・ディオンまでもが、何故だか異様にムカついてくる。
首を巡らすと勝手な事をつけつけと言うキバの向こう側で、(…そっか、やっぱそうだよな…)とでもいうように、ほんのりうなだれた表情のナルトが見えた。――馬ッ鹿なに傷ついた顔してやがンだてめえは!オレがお前の事嫌いなワケねえだろ!オレも好きだったに決まってんだろ!!

「……サスケ、サスケ!!」

抑えた声に呼ばれると、振り返ったところに渋顔になったシカマルがいた。
いいからいっぺん戻ってこい!という彼に、奥歯を噛みつつ一旦さがる。
「おま、意識しすぎだろ!」
「……うっせェ」
「きょうび中学生だって手ェ当たった位であんな反応しねえぞ」
「ほっとけよ!」
呆れるのを通り越して唖然とするシカマルに言い捨てながら、オレはつい先程知ったナルトの感触を思い出した。背中にまざまざと残っている体温。あいつ本当、でかくなったな……広い背中はどこまでもなだらかに心地よく、どちらかといえば痩せ気味な自分と比べ、厚みのある体の確かさはそれだけで無条件に寄りかかりたくなる頼もしさだ。

「サースケ君!」

かけられたソプラノに斜め下を見ると、綺麗に梳られた髪を片側に流した元クラスメイトが、媚たっぷりの上目使いでオレを呼んでいた。「?」と声もないまま首だけを巡らすと、化粧で黒々と固まった長い睫毛がバサバサとまたたく。
「久しぶりだね!」
「あ?ああ(誰だァ?お前)」
「よかったぁ、今日サスケ君に会えて。ずっと同窓会来てなかったでしょ?皆待ってたんだよ~サスケ君が来るの」
「ふーん、そりゃどうも(……だから、誰?)」
親しげに喋りかけてくる様子にじいっとその化粧顔を検分してみたが、どうにも彼女の名前は思い浮かんでこないようだった。なんとなくその鼻筋に見覚えが――あるようなないような。いや、やっぱないな。こんなやつクラスにいただろうか。ていうかこんな親しげに話し掛けてくるほど親しかったのか?全然覚えがねえんだが。
「ねえねえ、ラインとかやってる?ID教えてよ」という彼女に「はあ?なんで」と言いかけると、即座に横から「おい!」という注意が飛んできた。
(面倒になるから変な断り方すんじゃねえよ)と渋顔になるシカマルに、嫌々ながらもポケットからスマホを出す。
「あっうれし~!サスケ君も〇oft〇ankなんだ!?」
「ああ(だからどうした)」
「私も〇oft〇ank♪一緒だね!」
「……へえ、そう(死ぬ程どうでもいい共通項だな)」
げんなりしつつも、一応口頭で言われたアドレスを打ち込んでいると(登録はしていない。名前が思い出せないままだからだ)、その様子に気が付いたらしい周りの連中も、「あっ、サスケ君のアドレス!?」「おお~、サスケのケー番!貴重!」「いいな、私も私も!」となどと口々にいいつつ携帯を片手にわらわらと集まりだしてしまった。ああー…最悪だ。一番面倒臭いパターンだな。いっそこの後すぐにアドレス変えちまおうか。

「――あっ……オレ、も……!」

うじゃうじゃ集まってきてしまった元クラスメイト達を前に、うんざりとした気分でディスプレイを弄っている(とにかくひたすらにアドレスを打ってはワン切りを繰り返すの術)と、やや離れた所から、どこか切羽詰ったような声があがった。
上げた目線の先で、真っ直ぐにこちらを見詰める青い瞳を見つける。

「オレもサスケのアドレス、聞きたいってば」
「えっ…」
「……教えてもらってもいい?」

言いながら後ろに手を回し携帯を取り出そうとするナルトに密かに期待を膨らませていると、そんな彼に、オレの周りにいた連中の中の一人がすうっと輪から抜け出して、「あっ、だったらナルト、オレにもお前のアドレス教えてくんね?」とあいつに進み寄った。
「ん?――ああ、もちろん。いいってばよ」とアイフォン片手にニコリとするナルトの前に、「……そうね、じゃあ私も」「あー、いいな私も!」と次第に列が出来ていく。
「おお~、すっげ画面全部英語!なんかかっけ~!」
「そっか?向こうで契約してるヤツだからさ。でも単にそれだけだってばよ」
ふと気がついた時にはあいつの周りにはスマホを持ったクラスメイト達が山なりになっており、アドレス交換からの流れなのだろうか、どうやらSNSか何かの話題に移っていったらしいナルトとその周りに出来た人の輪は、そのまま和気あいあいと話を盛り上げているようだった。もはやバリゲードじみて見えるそれに、一気に気持ちが引いていく。
と、元クラスメイト達とアドレス交換をしている最中のナルトのスマホが、思い出したかのように突然鳴り出した。チラリと番号を確かめたナルトはすっと真面目な顔になると、目の前で番号交換をしようと待ち構えていた女に「ごめん、ちょっと」と短く断り、ディスプレイに指を走らせ回線を繋ぐ。

「Hello,it’s me! What’s the matter…?」

ついさっきまで懐かしい口癖を交えつつ笑っていた彼が流暢な英語で喋りだすと、途端に盛り上がっていたその場が聞き入るように静かになった。ポカンとなった一同に、喋った当の本人は特に気にとめる風でもなくちょっと首を縮こまらせ視線で謝る。通話の相手は女性らしく、携帯のスピーカーからは澄んだ高音の英語が細々と漏れ聞こえてきていた。話が長くなりそうだと判断したのだろうか。耳にスマホをあてたままのナルトはジェ
スチャーだけで(ごめん!)と言うと、驚異のナチュラルさで掠めるようなウインクを一つ残し、人のいないホールの隅へとひとり場を離れていく。

「…………うっわ、なにあいつ」

なんかめっちゃカッコよくね?と誰かが呟くと、溜め込んでいたものが一気に爆発したかのように、静まっていた場が再び盛り返してきた。騒ぎ立てるやつらの無駄に上気する顔に、うんざりするような腹立たしいような複雑な気分になる。
あのな、言いたかないがお前ら、昔あいつと特別親しかったわけでも仲良くしてやってたわけでもねえよな?
むしろ『ナルトってさあ』みたいな事言ってあいつの事影で笑ってたじゃねえか。
よくもまあそうアッサリと、恥じる事なく手のひら返せるもんだな。

「――ナルトの連絡先が知りたいのか?」

背後で呟かれた声にギョッとすると、真後ろで立つ黒ずんだ人影に気が付いた。艶をのせ黒々と光るサングラスには覚えが無いが、その鯱張ったような語り口調には覚えがある。
確かこいつの名前は、油女――

「……シノか?」
「それならばオレから教えてやる事もできる。なぜならオレとナルトはあいつが転校してからもずっと、交流を続けてきたからだ」
「は……!?」

思ってもみない発言に衝撃を隠せないでいると、表情の消え失せたかのようなその口の端に、掠めるような笑いがニヤリと一瞬だけ浮かぶのが見えた。な、なんだろうこの「してやられた」感は……つかお前いつの間にそんなナルトと仲良くなってたんだ。教室ではそんな素振り全くなかっただろ。
「知りたいか?」
「えっ……あ、いや」
「見る限り、さっきもナルトの方からお前のアドレスを聞こうとしていたのだろう。お前のアドレスだけきいて、自分のは教えないなどという事はあるまい。いずれにせよ伝えるつもりだったのならば、オレからお前に伝えてしまっても問題はないだろう」
四角四面に論じるシノにぐらつきつつも、「…いや、いい。後で自分で聞く」とモゾモゾと答えると、そんなオレにシノは、「そうか」とさして残念にも思ってなさそうな口振りで短く言った。自分で聞くと言ってはみたものの、正直この後まだナルトの話題で盛り上がっているあの人だかりの中に入る気はしない。番号交換の列に並ぶのも不愉快だ。
「――忙しそうだな」
何となくお互い会話もないままに、騒ぐ一群とそこから少し離れた場所で電話をしているナルトの大人びた後ろ姿をぼんやりと眺めていたオレだったが、突然口を開いたシノのその発言にチラと隣にいる謎めいた横顔を見た。先程浮かんだ不敵な笑いは束の間のもので、今の横顔からはまた表情が抜けている。
「職場も今色々と大変なようだが。それでも今回の会にはどうしても出席したくて来たようだが、やはりかなり無理をしたようだな」
「?……あいつ今仕事って何やってんだ?」
尋ねると、シノは短く「弁護士」とだけ答えた。弁護士?弁護士って……あのナルトが?
咄嗟に(ねえだろそりゃ)などと思ったが、遠くに見える少し丸められた広い背中と真面目な横顔に、オフィスで働く普段のあいつがうっすらと浮かび上がった。まあ……そういう事も、あるのかもしれない。あいつ馬鹿だったけど、頭悪いわけじゃなかったし……努力家だったからな。
「――かつての姿が劣等生であればある程、今の姿が輝いて見える。なぜならその較差そのものが、その人物の最大の魅力となっているからだ」
あちこちで上がる大きな笑い声を見渡しつつ、シノが言った。だがその一方で、『三つ子の魂百まで』という言葉もある。幼い頃出来上がった性格は、年を取り成長しても変わらないという意味だ。淡々と続けられる発言に「お?おォ」とオレは曖昧に頷く。
そんなオレの反応を気にしているのかいないのか、シノは真っ直ぐ顔の向きを変えないまま少し黙った。妙に底を這うような声に首をかしげたが、サングラスの奥にある瞳は見えないままだ。

「――いいのかサスケ、このままで」

突きつけられた質問の唐突さに思わずギクリとすると、無表情のままのシノがすうっとこちらへ顔を向けた。お前はあそこで騒いでいる有象無象達とは違うのだろう?お前の目には昔のナルトも今のナルトも、同じように好ましく映るのだろう?
「有象無象って」
「かつての姿とのギャップに盛り上がる奴らよりも、オレはサスケ、お前のような奴を支持する。なぜなら…」
「――サスケ!」
話しだしたシノの言葉の途中で再び肩を掴まれると、いつの間に近くにきていたのか、すぐ横からシカマルが顔を寄せてきた。「チャンスだ、チャンス!あいつ電話終わったぞ!」という耳打ちに、急いでさっきナルトが電話をしていた店の出入り口の方に顔を向ける。
見ると確かに、要件が済んだのだろう。通話を終わらせたらしいナルトがちょっと溜息を吐きつつ、スマホの画面をじっと見下ろしているのが見えた。やはり仕事の電話だったのだろうか。物憂げな佇まいはかつての彼には無かったもので、新鮮に覚えると同時に、大人びたその雰囲気がやけに胸にキュンとくる。
「よし、今なら誰もいないぞ」というシカマルに「は?」と聞き返すと、そんなオレにシカマルは僅かに苛立ったようだった。
「は?じゃねえだろ、行くなら今だ」というシカマルに、無言のシノが横でじっと聞いている。

「今?今行くのか?」
「当然」
「……やっぱ帰りにでも」
「帰りは帰りでこのまま二次会三次会まで雪崩込む可能性だって高いだろうが。次多分行くとすればカラオケかなんかだぞ。お前そこまでこの会に付き合う気あんのかよ」

尻込みするオレに叱咤すると、シカマルは三白眼をキリリと絞り、俺の目を覗き込んだ。
「行け、サスケ!」というその横で、同じくシノが深く頷いている。

(うう……やっぱオレから行かなきゃなんねえのか)

忸怩たる思いを抱えつつ勇気を振り絞り歩き出すと、再び尻ポケットにスマホをしまったナルトは近付いてくるオレにすぐ気が付いたようだった。
目が合った瞬間、僅かに陰っていたその顔が(ぱあっ)と晴れやかに笑う。
金色の前髪の下で空色の瞳が溶けて、日に焼けた頬がゆるゆるになるのが遠目にも見て取れた。
……くっそ……やっぱカワイイわ。
でかくなろうが重くなろうが英語喋ろうが仕事出来るようになろうが、やっぱこいつ、カワイイわ。

「サッ…スケ!」

ちょっと息が詰まったような呼び掛けに、向こうもドギマギしているのを感じた。
はあ……ヤバい。もう既に恥ずかしい。

「サ、サスケ、あの…」
「……」
「その……」

――ひ、久しぶり、だな!
あいつも内心、相当ガチガチになっているのだろうか。再びふりだしに戻ってしまった切り出しに、「…それさっきも言ったぞ」と思わずクスリとすると、ようやくお互い、ほんの少し緊張が解けたようだった。
「あっ…あ・そっか、そうだったってば」と頭を掻くナルトが、ふにゃふにゃと笑う。
「電話。もういいのか?」
「ああ、うん!どうにか!」
「仕事の?」
「一応な。オレってば馬鹿だから、仕事でもやっちまうこと多くてさ。まーた怒られちった」
言いながらめげない明るさでチロリと舌を覗かせると、ナルトは僅かに肩をすくませた。冗談めかしてはいるけれど、多分こいつ本当のところは、仕事に対してはかなり真面目な姿勢で臨んでいるのだろう。つい先程見た引き締まった横顔に、そんな事をじんわり思う。

「なんか……」

ほぼ同じ高さになった目線で向かい合っていると、どこかそわそわと落ち着かない風に目線を外したナルトが言った。なんか―――サスケってば、感じ、変わったな。ポツポツと溜息を吐き出すように、そんな言葉が呟かれる。
「そうか?」
「うん」
「なんだ、老けたって言いたいのかよ」
「ばっ…まさか!そんなんじゃなくて!!」
口篭ってしまったナルトに「?」と首を傾げると、そんなオレにナルトはまた(うう~~~っ)と声もなく唸っているようだった。ふっくら厚ぼったい唇が、むずむずと気恥かしげにむずがっている。

「――き、綺麗だと思う」
「は?」
「すごく……綺麗になったってば」

押し出されるようにして言われた言葉の意味が解るにつれて、思わずかあっと頬が赤くなっていくのを感じれば、言った本人の方はそれ以上に顔を上気させているのが見えた。……お、男相手によくそんな事、恥ずかしげもなく口に出せるなこいつ……!そうツッコミつつも一気に血の巡りが早くなった体を持て余すかのように、つい二人して下を向く。
――いや待て。動けなくなった足先を見下ろし、ドクドクと心臓を打ち鳴らしつつオレは思った。
今こそここで、オレもこいつに言ってやるべきなんじゃないか?
お前も変わったって。
なんつーか…格好、良くなったって。
でも昔っからお前は良かったって。
ずっとオレは知ってたって。
お前の事、オレもずっと、す………


「うずまき君……っ!」


必死さの滲む高い声にハッと気付かされたのは、多分オレの方が先だった。
横目に見える、ベージュピンクのワンピース。肩を覆う白いファーのストールが、ふわふわとその染められた頬周りを飾っている。
「へ…?あ、な、何?」
きょとんとするナルトに、横から入ってきた元クラスメイトの女はキリリと顔を上げ、初々しく彩られた唇を結んだ。
――うずまき君に、ずっと言いたかった事があるんだけど。
ハッキリと決意じみた言葉に、妙なデジャブを感じる。

「は、話?」
「うん。ちょっと、いい?」
「あー…えっと、ここじゃダメ…だよな?」
「ふたりきりで話したいの」

そう言うと、それまでナルトだけを真っ直ぐに見上げていた彼女は、置いてきぼりのようになったままポカンと立ち尽くしているオレに向けチラと見ると、頼み込むような切実な目線を流してきた。
……ああそうかよ、邪魔者は席を外すべきなんだろ?
言外に言われた強いメッセージに、のぼせ上がっていた熱が、すうっと引いていくのを感じる。
ふと漏れそうになる溜息を押し殺し、ポーカーフェイスを作り上げると、真剣な眼差しのままの女から目を背けるようにして、オレは一歩後ろへ下がった。間違っても未練がましい気配なんて漂わせてはならない。オレのプライドが許さない。
「じゃあオレは」
短く言いつつ背を向けると、ナルトは残念そうな顔はしたが、オレを引き止める事はしなかった。
振り返った先、人の集まっているホールの中程では、(ああ~~~何アッサリ退いてんだお前、もうちょい頑張れよ!)と今にも叫びたそうな顔をしたシカマルとシノが、ジリジリとオレを睨んでいるのが見えた。
知るか、しょうがねえだろうが。だってあの女の、あの本気な顔見たか?
あの女もあいつの事、長い事ずっと想ってたんだろ。
今日こそはって思いながら、あんだけ綺麗に化粧して、めかしこんで。……緊張すんの必死に堪えて、あいつに声掛けてきたんだろ。


(はー……なんか、疲れンな……)


笑い声で溢れるホールを見渡すと、さっきまでの緊張がどっと襲ってきたようだった。
なんか……もう、いいや。コレ疲れるわ。オレには合わねえわ。
先程見た女の、絶対に引かないと言わんばかりの決意の眼差しを思いだし、改めて自分の気概のなさを思い知る。あんな風になんて、オレには絶対出来ない。むき出しの必死さを出すのも嫌だし、率直な言葉を素直に口にするのも恥ずかしい。そもそも告白しろと言われたものの、あいつに向けてなんて言うのかさえまだ決めてないし。―――いくら綺麗だなんて言われたところで、やっぱり所詮、男だし。
後ろ向きな思考で頭がいっぱいになってしまうと、本格的にこの明るい喧騒で溢れた会に自分がいるのが、酷く場違いに思えてきた。待ち構えるシカマルとシノの元にも、座を盛り上げようと喋り倒しているキバの周りにも混じる気にもなれず、肩だけが重たく落ちる。
ふとその視界の中、ガラス張りの入口扉の向こうで、チラチラと白いものが舞っているのが見えた。ちょっと考えてから何か言いたそうなシカマル達に(ちょっと外の空気吸ってくる)と身振りで伝え、クロークに預けてあったコートに腕を通す。
店の扉を押し開け外に出ると、思った通り店の入口のある細い通りでは、ささやかな粉雪が静かに降りだしたところのようだった。
ようやく吐き出せた息が、白く煙って昇っていく。
この程度ならば積もる事はないだろうな。そう思いつつ空を見上げると、黒いコートの腕に落ちてきたひとひらが、あっという間に溶けて滲みていった。冷たさに縮む指先を、急いでポケットにしまい込む。
―――だんだん、店の中に戻るのも億劫になってきた。いっそこのまま帰ってしまおうか。ここに来る前の決意も忘れ、うっすらそんな考えさえ頭をよぎる。


「ちょっ――待って、サスケ!!」


突然の声に驚き後ろを見ると、それは丁度、すぐ後ろで必死な形相のナルトが勢いよく店の扉から飛び出してきた瞬間だった。
ドアに掛かる指先が赤い。けれど必死なその顔は、それ以上にもっと赤い。

「帰んないで……!」
「はあ?いや、別にオレは」
「まだ帰るなってば!」

ポカンとしたまま強い語調に立ち尽くしていると、有無を云わさない力で突然、コートの腕が掴まれ引き寄せられた。ポケットの中でようやく温まりかけていた手のひらが、再び外気に晒される。
投げかけられた言葉は命じるようなものだったけれど、向けられたまなざしは、どちらかといえば懇願しているもののように見えた。掴まれた腕が痛い。しかし掴んできている手も必死過ぎるせいなのか、よく見たら細かく震えているようだ。
「…馬鹿、まだ帰らねえよ」とそろりと告げると、その声に安心したのか、張り詰めていたようなナルトの気配が解けていくのがわかった。「えっ?――そうなの?」と狼狽えるナルトに、「ああ。ちょっと外の空気を吸ってただけだ」と小さく答える。
「な、なあんだ。オレってばサスケが上着着て出てっちゃったから、てっきり…」
言いながら、ナルトは安心したかのように手を離した。

「あの……なんか、さっきからゴメンな。オレってばサスケと話してたのに、全部途中になっちまって」

弱りきったかのように眉をひそめ、ナルトが言った。
「いい…別に気にしてねえよ」というオレの答えに、少しだけホッとしたらしいナルトは足元にちょっと視線を落とし、「……なんだろうな。みんな久々だし、懐かしいのかな」などと苦笑いを浮かべる。
「お前、さっきの女は?」
さり気無さに気を遣いつつ尋ねると、直ぐ様「ん?もちろん、丁重にお断りしたってばよ」という答えが返ってきた。さも当然とでも言わんばかりの口調に、彼女の必死さを悼むと同時に、後ろめたさ混じりの安堵感が広がる。……あー、なんかホント、オレこういうのダメだ。言う言わないで煩悶するのもうんざりだし、こうしてこいつの一挙一動に、いちいち反応していやらしく喜んでる自分も心底嫌だ。

「雪、降ってきたのな」

もうこの話題は終わりとばかりに、空を見上げたナルトはそう言うと、(はーっ)と長い息を吐いた。
「けど、これじゃ全然積もらなさそうだな」という呟きも、白い煙となって消えていく。
「道路に落ちた瞬間、あっという間に溶けちまいそう」
「……そうだな」
「これ、こっちでは初雪?」
「ああ、今年はまだ一度も降ってなかったと思う」
なんとなく揃って空を見上げつつ他愛ない会話を重ねていると、不意にナルトが、「…クショッ!」と隣で小さなくしゃみをした。上着を忘れた肩が寒そうにすくみ上がり、パーカーの首元がきゅっと縮められる。
その様子に、「お前、そろそろ中に戻れ。風邪ひくぞ」と未練を抑えつつ勧めると、ナルトはハッとした様子で勢いよくこちらを見て、一旦離した手で再びオレのコートの袖を掴んできた。
「やっ…ヤダってば、オレ別に寒くねェし!平気だし!」
という強がりに、なんだか不意に昔の彼が重なり、妙な嬉しさが込み上げる。

「なぁ、サスケ」
「なんだよ」
「オレさ、オレ……今日本当は、サスケに会うためだけに、この同窓会に来たんだってばよ?」

言い出したナルトだったがふと言葉を打ち切ると、改めてもう一度、その手に力を込めた。先程のような強引な強さは無い。けれどしっかりとした確かさでもって、離しかけた腕を掴み直す。
「引っ越しちゃってからも、ずっとずっと会いたくてさ。サスケどんな感じになってるかなとか色々想像したりもしたんだけど、実際会ったらなんかもう、予想してたよりもずっと綺麗で、カッコよくて。でもなんか昔と全然変わりなく、オレに喋りかけてくれてさ」
「……」
「顔見れたらそれだけで充分だって思ってたんだけど。けどなんつーか、その……やっぱりさ」
「オレ、も―――…同じだ」
掴まれた腕から伝わってくる熱意に励まされ、小さく囁くと、深い青の瞳が驚いたように大きく開かれ、オレを覗き込んできた。
空から舞い降りてくる白い結晶が、繋がった腕にひらひらと降りては、静かに溶けていくのが見える。
これは――言うなら、今しかないんじゃねえか?
とうとう覚悟を決める時が来たんじゃねえか?
そう思いはするのだけれど、中々その先の言葉が絞り出せない。

「同じ?同じって」
「だから、同じ……気持ちだ。なんかお前には最後、変に勘違いさせちまったかもしれねえけど」
「…会いたかったって事?」
「会いたかったっつーか、会って、色々と、その――…」

尻すぼみになっていくオレの声にも、ナルトはじっと辛抱強く、待っていてくれるようだった。
破れそうな心臓が痛い。立っている両足も、ともすればみっともなく震え竦んでしまいそうだ。
これを皆やってきたのだろうかとふと思えば、これまで幾度となく相対してきた、潤んだ瞳や引き結ばれた唇にも、尊敬の念が浮かんできた。すげえな…あいつら全員こんな怒涛の恥ずかしさと得体の知れない恐ろしさに打ち勝って、オレに向かってきていたのだろうか。どこまでも勇敢なその度胸には、今更ながら心底おそれいる。
ふと赤く火照った耳を、表の目抜き通りから流れてくるクリスマスソングが撫であげていった。
から騒ぎのような明るいテンポに押され、オレはようやく、深呼吸する。


「―――あっ、なんだお前らこんなとこに居たのかよ!」


いきなり背後から浴びせられかけた大声にビクリと肩を跳ね上げると、振り返った先に見たのは細く開けた店の扉からにゅっと出された、キバの呆れ顔だった。
すっかりアルコールが回っているらしいその顔は、見事な朱色に変わっている。
「ったく、輪の中心にいると思ったら、いきなり姿が見えなくなるし。スゲー探したって!」
「…お?おお」
「お前ら二人共レアキャラだからよー、みんな楽しみにしてたんだぜ?」
そんな幹事らしい苦言に揃って曖昧な返事を返すと、ふん!とひとつキバは満足げな鼻息をふかした。
「早く戻ってこいよ!」と最後に残し元ガキ大将の顔が再び引っ込むと、再び店の軒先にはささやかな初雪と、陽気なクリスマスソングが漂うだけになる。
……ゆっくりと隣に目を向けると、向こうも同じくこちらを見返してきたところだった。
尻切れトンボのようになった話に、思わずポカンと見つめ合う。期待をぷつんと打ち切られたかのような間抜け顔を見たら、なんだか今度は妙な可笑しさがウズウズとこみ上げてきた。ククク、とつい漏れた笑いに、ナルトがくしゃりと顔をしかめる。
「え、何ソレ。ここで笑っちゃう?」
「まあな」
「……さっきの続きは?」
「もういいだろ。察しろ」
アッサリ片付けると、言われたナルトは明らかに不満そうだった。
ちぇっ、ちぇっ、出し惜しみしてらあ!尖らせた口先で文句を唱えつつ、ゆっくりとジャケットのポケットに突っ込んでいた手を出し、店のドアノブに手を伸ばす――かと思ったら、いきかけたその手はさっと取って返し、またオレの腕を掴んだ。ぐんと引き寄せられた耳元で、突然甘く低められた声が「……なァ、」と囁く。

「なっ…!?」
「サスケさ、この後って何かもう、予定ある?」

吹き込まれた息にゾクリとさせられながらも、「……あるわけないだろ」と敢えてぶっきらぼうに返すと、至近距離の碧眼が嬉しげに細められるのが見えた。
じゃあもしよければさ、この後二人でどっか行って、もういっぺん飲み直さねえ?
そう続けれた誘いに断る理由などなく、こくりと無言で短く頷く。
「良かった~また断られたらどうしようかと思った」というナルトに「だから――あの時は本当に、用があったんだ」と気まずく正すと、小麦色した顔がそっかそっかと言うように明るく目を細めた。
「どこ行こっか、サスケこの辺でいい店とか知ってる?」という問い掛けに、少し考えた後、オレは答える。

「…………お前が泊まってる、ホテルでもいいぞ」

オレ明日、休みだし――朝までいいから。
言いながら、間近にあるナルトの顔に視線を向けると、目が合った途端その頬がぱっと薔薇色に染まった。「えっ…いいの?」という上ずった声に、再び深い頷きで返す。
「マジで?」
「マジで」
「……展開早くね?」
「……いいだろ別に。お互いもう大人なんだから」
嫌か?といやに慎重なナルトに俄かに不安になると、はたと真面目になった顔が「まさか!嫌じゃないです!!」と全力で身を乗り出してきた。
「けどちょっと意外だってば。サスケがそんな積極的だなんて」という言葉に、「積極的もなにも…言っただろ?オレもお前と同じ気持ちだって」と笑って返す。 いや、積極的とかどうとかは関係なく、こいつのせいでオレは、未だ誰ともベッドを共にした事がないのだ。我が家で赤飯が炊かれてから12年、その間に一体どれだけの女に誘われた事か。ハタチそこそこの男としては結構キツかった時だってあったんだぞ、我ながらこの律儀な貞操観念が恨めしい。
そんな事を考えつつ、目の前でニヤけるその能天気な顔を見た。
この責任は今夜、きっちりその体で取ってもらうしかないだろう。12年かけて積もり積もった、この恨みつらみその他諸々のオレの純情、しかとその身で受け止めるがいい。我慢ももう限界だ。

「じゃあ、また後で」

オレが言うと、ようやく掴まれたままだったコートの腕が放された。
うん、また後で。
隠しきれない喜びをはにかみに代えて、頬を赤らめたナルトも言う。
くるりと回れ右をしたナルトがおもむろに扉を開けると、細く開いた隙間から、さっきよりも一段と大きくなった中の喧騒が漏れ聞こえてきた。「おーい、ナルト~!」という呼び声に、ほんの少しだけ中に身を入れたナルトが、ひらひらと手を振り返している。細っこくて制服の詰襟もブカブカだった首筋は今や太く逞しい限りで、金色の襟足から覗くそこは、多分誰が見ても間違いなくセクシーなのだった。不意にそこに、唇を寄せたい衝動に駆られる――いやいや、まだダメだ。こんな所で妙な真似して中の奴らに見られたら、それこそ事後処理が面倒過ぎる。
「――サスケ」
ふわふわとやや不埒な思考を漂わせていると、ドアの内側に消える間際のナルトが、ポツリとまだ外にいるオレを呼んだ。
「?」と思いつつも黙って首を傾げると、僅かに振り返った顔が(えへへ)と笑う。

「なんだ?」
「あのさ、オレってばさ、ガキの頃からずっと、ずうーっと!お前の事抱きたいって思ってたんだ」

満面の笑みで言われた言葉の違和感に、ふと体が動きを止めた。
ん?
なんだそれ。
何言ってんだこいつ、『抱きたい』って――抱くのはオレで、お前はオレに抱かれんだろ?
英語脳になったせいだろうか。日本語間違えてるぞ?


「だからお前が同じ気持ちでいてくれたのが、なんか、もう――無茶苦茶嬉しい!!」


……うん?


「オレもう我慢しねえから。全力でお前の事愛するから。12年分のオレの想い、今夜しっかりそのカラダで受け止めてくれってばよ!」


…………う゛ん゛??


ありがとなサスケ!オレお前の事諦めなくて、ホント良かった!!
晴れやかに言い放ったナルトは照れ笑いを浮かべると、軽やかな動きで店の中へと戻っていった。
残されたオレの目の前で、重たげな扉が、ゆっくりと閉まっていく。
天からの淡雪は街を白く覆う事なく、ひらりひらりとただ舞い降りては音もなく溶けていった。
呆然とする意識の中、再び自分が想定外の事態に放り込まれつつある事を、うっすらと認識する。
え……え??
なに?
もしかして…もしかすると。
純情やら愛情やら肉欲やら***やら、その他うず高く嵩増した男の色々を、今夜その身をもって受けさせられ泣かされんのは、あいつの方じゃなく――


オ レ か !!!?