≪Round 1≫

到着してみるとそれは思っていたよりも高級そうなダイニングバーで、散々迷った末仕事用ではあるが一応手持ちの中では一番小洒落ていると思われるスーツを選んできたオレは、開いたドアを後ろ手で閉じつつ密かに安堵していた。明るいけれども程良く抑えた照明、感じのいいBGM。
……危なかった。幹事があのガキ大将だったキバだし、店の名前も中途半端な和名だったから、最初はもっとくだけた感じの会場かと思いラフな平服で来ようとしていたのだ。

「おっ、来た来た。サスケー!」

目が合った途端、大きくあげられたキバの声に、既に会場に集まっていた面々が一斉にこちらを見た。案内状に書いてあった通り、今日の会は店を借り切っての立食パーティーらしい。点在する丸テーブルの周りに集まっているのは、やはりスーツで来ている男性陣、すっかり化粧の上手くなった女性陣。高校で一緒だったヤツも何人かいるようだったけれど、その数名を含め、誰もがすっかり大人びた風貌へと進化を遂げている。
「いや~ほんっと久しぶりだよなァお前、元気だったか?」
とりあえず入口にクロークらしきハンガーがあるのを見て、ここでコートを脱げばいいのだろうかと立ち止まっていると、案内の店員が来る前に、妙な馴れ馴れしさで幹事であるキバが肩を組んできた。何かスポーツでもやっているのだろうか。こんがりと日焼けした顔が、嬉しげに崩れる。
「なんだよお前、相変わらずのイケメンだなあ!」などいうキバは純粋に再会を喜んでくれているようだったが、オレとしてはその喜びようよりも、肩に回されたままの彼の腕の方が気になった。なんだろう、これ。こいつとは確かに小・中と一緒だったが、その頃にもこんな事されるほど、特別仲は良くなかったような気がするんだが。
「……キバ」
「あ、ワリィワリィ、お前あんまこーゆーコトされんの好きじゃなかったな!」
「………いや別に。そういう訳じゃねえけど」
「お前一回もココに顔出したことなかったからよ、ついな!」
ガハハ!と昔の面影を思わせる豪放な笑いを見せるキバだったけれど、微妙に眉をひそめるサスケから離れると忘れてはならないとばかりに「そんで、ワリ!会費だけ先に貰っとくな!」とするっと手を出した。昔はこういう細かい所に気が回るようなタイプでは、絶対になかったが。会わない間に随分としっかりしたことだななどと、差し出されてきた手に用意してきた封筒(本日の会費7000円入り)を渡しつつ、遠縁の叔父のような感想をぼんやり思う。
封筒の中身を確認するキバの横でそんな感慨を抱いていると、今度はわらわらと、奥のテーブルの方で談笑していた元クラスメイト達が集まってきた。
「わあ、サスケ君!?」「やだ、ホントだサスケ君じゃない!」
などとさざめく元同級生達に適当に挨拶を返しながら、ようやく脱いだコートをクロークに預けたオレは、さりげなくその顔ぶれの中に目的の人物を探す。……が、どうやら彼はまだ到着していないようだ。並んだかつてのクラスメイト達の中には、記憶にあるような華やかなシルエットは見当たらない。
明るい金髪、くるくると表情豊かな空色の瞳。
……そもそもこれまで何度か開催されていた同窓会に一度も参加してこなかったオレが、今回ついに重い腰を上げたのも、全ては今夜、あいつがやってくると聞いたからだ。



「言いたい事があるんだけど」と横から言われたのは中一の冬の事で、その日は丁度、二学期最後の終業式の日だった。
ホームルームの終わった、放課後の教室で。嫌になるくらい乾いたオレンジの夕焼けが、開放感で満ちた教室のざわめきの中大真面目にこちらを見るあいつの頬を、見事な朱色に染めていたのを覚えている。
「言いたい事?」
「うん。今日この後、ちょっといい?」
「今日?今日はダメだ。用がある」
即座に言い切ったオレに、あいつはくしゃりと顔をひしゃげさせた。そうしてから一度息を吸い直し、「どうしても?」と再び訊いてきたが、それにもオレは「どうしてもだ」と直ぐ様返す。そう、あの日確かに、オレは急いでいたのだ。数日後に迫っていたクリスマスに備え、両親へのクリスマスプレゼントを買いに行こうと、同じ敷地内にある高等部に通う兄と校門で待ち合わせをしていて。敬愛する兄との貴重な時間を一分一秒でも待ちぼうけで無駄にさせてはならないと、その時のオレはただその一念のみで帰りを急いでいた。
「なんだよ、もったいぶりやがって。今言えばいいだろ」
そう言って、しつこいあいつにちょっと鼻白むと、ぎゅうとこちらを見上げていたあいつは(うっ)と一瞬たじろいだようだった。
「いや……ここじゃ、ちょっと」と尻込みするように声を細めていくあいつが、ブカブカの学生服の胸をぎゅっと掴む。

「はあ?なんでだよ」
「………ふたりきりで、話したいんだ」

夕焼け色に染まった頬を更に真っ赤に染め上げたあいつは、ぽそぽそとそう告げると口を噤んでうつむいた。クラスいちチビで、ガリだったあいつ。入学してすぐから出席番号が前後だったこともあって、あいつとは割とよく喋る仲ではあったけれど、痩せっぽちな外見に見合わず常にエネルギーに溢れていたあいつがあんなにも恥ずかしげに声を掠れさせていたのは、今にして思えばあの時だけだった。
「ハハ、なんだそれ。ふたりきり?」
黙りこくってしまったあいつに対し、あの時のオレは実に能天気なものだった。
「わり、けど今日はやっぱダメだ。兄さんとの約束の方が大事だから」
振り切るようにそう言うと、オレは手にしていた鞄をひょいと肩に担ぎ上げ椅子を引く。そういえばあの時、あいつの机の上には中の荷物が、丸ごと全部出されて広げられていて。なんでこいつたかが二週間ちょいの冬休みなのに、こんなに色々持ち帰ろうとしてるんだろうって。確かにあの時、思う事は思ったんだ。
それでも(まあいいか、荷物位持ち帰りたいのならば好きなだけ持ち帰ればいい)と思い直したオレはそのまま「じゃあな」と立ち去ろうとしたのだが、そんなオレにちょっと放心していたらしいあいつがハッと気が付くと、最後に「――なあ!」と声を上げた。
「あっ……あのさ、サスケ!」という焦った声に、「なんだよ、急いでるって言ってんだろ」と憮然顔で振り返る。

「その、えっと……」
「?」
「その――また、な」

真剣なまなざしでそう言ったあいつに、ふと違和感を覚えながらもオレは「?……ああ、またな」とアッサリ返した。 それを聞いた途端、張り詰めていた碧眼がふにゃりと緩み、「へへへ」とあいつが鼻の下を擦る。
教室に射す西日の中、華奢なシルエットが困ったように、小さく肩をすくめていた。
それがオレの覚えている、あいつに関する最後の記憶だ。



(――くっそおおお、なんであの時あいつの話聞かなかったオレ……!!)
オレはもう擦り切れるほど何度もリピート再生している記憶を再び思い返しつつ、オレはひとり拳を握り締めた。
アレってさ、絶対にアレだろ。
どう考えてもオレにアレだからアレしたいっていう、アレだったんじゃねえのかよ……!!
あの時受けた真剣なまなざしを脳内で蘇らせる度、オレはどこまでも子供だった自分を殴りたくなるのだった。いや、なんにも解ってないようなフリしてあいつの誘いを断ってしまったけれど、本当は、ほんの少しだけは勘付いていた部分もあったのだ。
だってオレだって、その頃からずっと……気に、なっていたんだ。
まっすぐなその青い瞳とか、屈託なく笑うその笑顔とか。
――結構いいな、なんて。あいつ男の癖に、なんか妙にぞわぞわくるよな、なんて。
モヤモヤモヤモヤ、折に触れては思ってたのだ。
だからあの日、オレがなんだか必死な表情をしていたあいつに向け努めて素っ気なく振舞っていたのは、正直に言えばそのモヤモヤから逃げたかっただけというのもあった。いくら子供でも、男相手にそんな風に思うのはちょっとおかしいってのは解ってたし、それにほら、まだ中学卒業まではまだまだ時間があると思ってたから。動くのならばもっとこう、本格的に認めるしかない!となってからでも間に合うと思っていた。思ってたんだ、本当に。
そんな能天気だったオレに、外国人である親父さんの都合で急遽あいつが海外に移住する事になったという知らせが担任からもたらされたのは、三学期の始業式の朝の事だった。冬休み明けの教室でオレを待っていたのは、からっぽになった隣の席と、突然の事で挨拶もできず申し訳なかったという、あいつからクラスに宛てたメッセージだけで。あの時のオレの落胆ときたら、それはもう、とんでもないものだった。どの位とんでもなかったかというと、心配して話しかけてきてくれた兄さんに「うるさいなあ、ほっといてよ!」と当り散らしてしまった程のとんでもないものだ。
ちなみにオレにそう言われた兄さんは一瞬驚いたようではあったが、その後しみじみと「サスケ……大きくなって」と呟き、一部始終を見ていた母さんからは「あら、ようやくサスケにもイタチ離れの時期がやってきたのかしらねえ」と喜ばれたのだった。そうしてその晩は何故か我が家では赤飯が炊かれ、帰ってきた父さんは燦然と食卓に載せられた赤飯に一体何がそんなに目出度いのかと首を傾げ――いや、まあそんな事はどうだっていい。
問題なのはあの日からずっと、オレがあいつの事を忘れられないという、厳然たる事実の方で。

「サスケ、」

程良く力の抜けた声に振り向くと、いつの間に来ていたのか、一歩下がった程の所に伸ばした髪をひとつに括り上げた男が来ていた。秀でた額と三白眼――シカマルだ。
「飲み物だけは、店員に直接注文するようになってるみてえだぞ」と教えられるやいなや、図ったかのように現れた店員にビールを頼むと、注文を受けた店員が下がっていくのを見届けたシカマルがまた少し近くに来た。
「ようやく出てきたな」などと揶揄するように笑う彼に、ちょっとムスリとする。
「……うるせェ、ようやくとか言うな」
「はは、まーまー、そうカリカリすんなって」
ぼそぼそと言い返したが、慣れた間柄であるシカマルは全く気にしない様子で笑うだけだった。シカマルとは高校まで同じで、この場にいる連中の中でオレが唯一、今でも親交を持っている人物だ。『あいつ』が今日来ると知れたのも、実はこいつが情報源だった。もしかしたら勘のいいこいつには、既に色々気付かれているのかもしれない。そうでなければ今回もこの会をスルーしようとしていたオレにわざわざ電話を掛けてきて、「いいのかお前、今度の会にはアイツが来るって、キバの奴が言ってたぜ?」などと言うだろうか。
「どーよ、仕事の方は。忙しいか」
へらっと笑いつつ掛けられた問いは、ここ数年ですっかり挨拶代わりのようになった問答だった。
「まあな。お前は?」と返すと、「ああ、ま、ボチボチだ」とこれまたお決まりとなった答えが戻る。
「なんだろうなあ、なんか日に日に仕事の量が増やされててな」
「ああ……オレもだ」
「多分丁度使い勝手がいいんだろうな、オレら位のって。下っ端で言いつけやすい上まだまだ体力あるし、かといってド新人じゃないからそこそこ勝手に仕事やらせておけるし。ぶうぶう文句言いつつも一応真面目にやっちまう程度には、既に社畜化への教育も進んでるしな」
「だよな……なんかスゲーわかる。オレも最近はもう毎晩終電乗れたり乗れなかったりだから、家に帰るのも面倒で。つか家に帰るのもホント寝に帰るだけだし、それならもういっそ、一分一秒でも多く寝る為に職場の近くに住んじまおうかなと……」
「――え、サスケ家出んのか?」
気心の知れたシカマルといつものうだうだとした会話を繰り広げていると、横で封筒の中身を確認していたキバが突然ぱっと顔を上げた。そっか、じゃあ次の時はそっちの住所に葉書出さねえとなという律儀な発言に、苦笑しつつも「いや、まだ決めたわけじゃねえから」とやんわり言う。今日の会は都内で行われているが、オレ達の生まれ育った街はもう少し地方へ下った衛星都市にある。というか今回はあいつが来るって聞いたからオレも出てきたのであって、今日を機にあいつとまた個人的に連絡が取れるようになれば、別に他のやつらには用はない。
「なに、サスケの勤務先ってどこ?やっぱ都内?」という続け様の質問に、オレは軽く頷いた。「ふうん、なに、どこに勤めてんだ?」とどんどん訊いてくるキバに、ほんの少しだけ閉口する。プライベートにずかずか入って来られるのは好きじゃないが、けどまあ同窓会なんだから、仕事聞かれんの位は当たり前か。そう考えをいなしつつ、そっと溜息を口の中にしまう。
「……たいしたとこじゃねえけど。**にある、税理士事務所にな」
「へえ!税理士!!」
 上げられた大きな声に、チラチラと周りから振り返る視線があった。……まあ、うっとおしいなと感じつつも、そんなに本心から悪い気はしない。特別自慢したい訳でもないが、オレだって資格を取るためにはソコソコの努力も一応したのだ。
「すげえじゃねえか、そっかお前昔っから賢かったもんなあ!」
「……そうでもねえよ」
「んじゃお前この時期ってもしかしてスゲー忙しかったりするんじゃねえの?年末調整とかって税理士の仕事だよな?」
 意外な人物からの労いにちょっと驚きつつも、「いや、まあ……そうではあるんだが」などと曖昧に答えると、それを聞いたキバは受け取った封筒を丁寧にしまい僅かに苦笑した。
「そーか、じゃあなんか、悪かったなあ。こんな忙しい時期に開いて」などという気遣う言葉に、ますます12年の年月を感じる。

「――ねえねえ、今日ってさ、あいつも来るって聞いたんだけど」

悶々としている内面をポーカーフェイスで隠しつつ、届けられたビールのグラスを傾けていると、すぐ後ろでヒソヒソとそんな声が聴こえてきた。露出の多い紫のドレス、高く結い上げた髪。背を向けたままなので顔は見えないけれど、多分、山中いのだ。彼女からは昔割としょっちゅう話し掛けられたので、なんとなく声を覚えている。
一緒に話しているのは春野サクラだろうか。昔からよく一緒にいた二人だけれど、彼女達は今でも親しい付き合いが続いているらしい。
「あいつって?」
「ホラ、覚えてない?一年の時、外国に引っ越しちゃったさァ……」
「ああ、『ナルト』?」
ドキン、と。苦もなく出された名前に、人知れず胸が大きく高鳴った。
「そうそう、うずまきナルト!やっぱサクラも覚えてるよね」という声に、思わず耳が反応する。
「覚えてるよ~ハーフの子でしょ?金髪で碧眼の」
「そうそう、けどその割にはあんま背は大きくなくて。バイリンガルってわけでもなかったし」
矢継ぎ早に話を繋げていく彼女達はそう言いあうと、クスクスと笑いあっているようだった。
勉強はダメだったし、かといって運動もイマイチだったでしょ?それになんか、いっつもキャンキャンやかましくって。そんな風に続けられた言葉に、心の中でぼそりと呪詛の言葉を呟く。
なに勝手なこと言ってやがる、あいつの良さはなあ、そういうランク付け出来るようなものとかじゃねえんだよ。学校の成績は確かに痛々しいものがあったがあいつは一応いつだって努力はしていたし、テストだろうとマラソンだろうと、どれだけ出来が悪くても途中で投げ出したりしなかった。そういうとこがいいなと、オレは思ったんだ。お前らなんかにわかってたまるか。
「けど、どうして今頃になって?キバが呼んだんでしょ?」
ひとしきり笑い合ってからふと思い出したかのようにそう言ったいのに、自分が呼ばれたと勘違いしたのか、先程からあれこれ店側になにやら交渉をしていたらしいキバが「んん?」と顔を出してきた。昔はなかった髭のせいだろうか。彼はなんだか随分と貫禄が付いた感じがする。多分つい先程のやり取りから得た印象も、かなり加味されてはいるが。
「いや、オレから誘ったんじゃねーぜ?オレあいつの引っ越してからの連絡先聞いてなかったし」
「え?じゃあどうやって今日の事……」
「ほら、うちの実家ってさ、地元で今も店やってんだろ?そこにあいつが連絡してきたんだよ。こっち戻ってくる事になったから、もしまだあの頃の仲間で集まる事があるようだったら、自分にも声掛けて欲しいって」
そう説明をしながらも周りを見渡したキバは、飲み物が全員に行き渡った事を確認すると、
「よーし、じゃあまだあと一人来てねーけど時間の制限もあるし、先始めとくか!」
と宣言し場の中心に進み出た。綺麗に泡のたったビール片手にちょびちょびと生えた髭にちょっと触ると、(こほん!)とひとつ、咳払いをする。
ぴしりと張った胸でキバが、
「え~、本日はわざわざお集まりいただき……」
と始めようとしたところで、予兆もなく「カラン」と店のドアベルが鳴った。
ホールの真ん中を向いていた元クラスメイト達が一斉にそちらを見たかと思うと、誰もが驚いたかのように言葉を止め、息を飲む。
――つられて首を巡らせたオレも、同様に言葉を失った。
無造作に整えられた金髪、厚い体。澄んだ碧眼は昔と変わらないままだけれど、ぐんと育った体は想像していたよりかなり大きい。
え?いや、かなりというか……相当、大きいんじゃないか?オレも背は結構伸びた方だと思うのだが、もしかしたらオレよりも高いのかもしれない。
注目を集めている事に気がついたのだろう。まだ店の入口辺りにいた彼はきょろりとこちらを見ると、ふ、と表情を崩しひらひらと手を振った。
高く腕を掲げる仕草は子供じみているが、その手のひらは遠目にも大きく頼りがいがありそうだ。
くしゃりと笑うその顔に、かつて教室にあった明るい面影が重なる。

「ごめんなキバ、連絡もなしに遅刻しちまって」

入口でコートを預け颯爽とこちらへ歩いてきた彼は、幹事であるキバを見つけると最初にまず遅れてきたことに対する詫びを口にした。そうしてから日に焼けた顔にはにかむような笑いを浮かべると、昔と同じように(へへへ)とちょっと鼻の下を擦る。
「一応、送って貰った地図見ながら来てみたんだけどさ。どうも一本、道間違えちまったみたいで」
「お……おお、そうか」
「けどやっぱ日本はいいな!地下鉄もJRも案内がきっちりしてて、路線の乗り換えとか無茶苦茶分かり易かったってばよ」
「………てばよ、って………」
久々に聞く特徴的な口癖に、半信半疑だった一同は揃ってようやく息を吐いた。どうやら目の前の光景は夢でも幻でもなく、現実らしい。
スッキリと精悍な顔立ちで立つ大男。この彼がかつてクラスいちのチビで、ガリで、ドべだったあの少年の、逞しく成長した姿なのは事実のようだ。

「―――ウッソでしょ、本当にナルトなの……!!?」

声から察するに、いのだろうか。ため息混じりなひと声が上がると、そこからはもう、一気に空気が弾けたようだった。「マジか!?」「なんだよお前、でかくなりすぎだろ!」などと口々に言い合う中で、真ん中にされた彼が照れたような笑いを見せている。
急に華やかな雰囲気になった場に飲まれながらも、オレは呆然と12年ぶりに見るあいつの、その全体像を眺めた。羽織ってきていた丈の短いコートを脱ぐと、その下はやはりきちんとした生地のジャケット。けれど中に着ているのはオレを含めこの場にいる男達全部が型で押したかのように着ているネクタイとワイシャツではなく、敢えて外したかのようなパーカーだ。ゆとりのあるジーンズを履いている足元はごついブーツで、全体的にゆるい雰囲気ではあったけれど、不思議と不潔感は漂ってこなかった。……なんだっけ、こういうの見たことあるぞ。確か海外の映画俳優とか、有名セレブとか言われているような奴らが空港とかに現れる時、こんな格好してたような気がする。
「えっ、なに、いつこっち来たの?いつまでいられるの?」
弾む声で食いつくいのに、ナルトがニコリと笑顔で返した。
「ん?ああ、昨日かな。けど仕事もあるから明後日にはもう向こうへ戻らねえと」
「なんでこっちに?まさか本当にこの会に出るためだけに、はるばる海外から来た訳じゃないんでしょ?」
「あー……えーと、まあ、それはそうなんだけど……」
取り囲まれたままのナルトは曖昧に語尾を濁すと、何かを探すかのように、ぐるりと視線を巡らせた。そうしてポカンと立ち尽くしているオレの所で動きを止めると、きゅうっと一瞬、切なげに目を細める。

「――実はさ。こっちでどうしても、もう一度会いたい人がいて。その人に会うため、帰国したんだってばよ」



(……キタァァァァァァ!!!!!)
目配せしてくるようなその仕草に、オレは心の中で快哉を叫んだ。
きたなこれ――間違いねえだろこれ!
早くもドキドキし始めた胸を抑えつつ、誤魔化し混じりにグラスに口を付けたオレは必死で素知らぬ顔を作り上げる。やっぱあいつ、あん時オレに告ろうとしてたんだ。だよな…そうだよ、わかってた!大丈夫だ、今のオレならばちゃんとそこらへんの覚悟はもう出来ている。あいつの想いがどれだけ大きなものであろうと、ここはひとつ丸ごと全部受け止めてやろうじゃねえか。気兼ねなんて必要ない。来たれ告白、いつでも受けて立とうではないか……!
「へええー、会いたい人?」
……女の勘とかいうやつが恐ろしいと思うのはこういう時だ。ふと違う雰囲気を見せた彼を敏感に察したらしいいのは僅かに眇めた目つきになると、剥き出しにされた肩を軽く上げた。それにしてもどうでもいいが、もう12月だというのにこの場にいる女性陣達の露出の高さは一体なんなのだろう。25歳というのは、女からしたら結構勝負の掛かった年齢なのだろうか。
「なあに、じゃああんたそのたった一人の為に、わざわざ海渡ってきたの?」
「そうだってば」
「ふうん、告白でもする気?」
しょっぱなからド真ん中をぶち抜く指摘に、浮わついていた場が急に静まった。赤い唇から出る言葉はネットリと重いのに、その目は妙に鋭い。
「へ!?い、いや・・・なんで!?」
その眼光に射竦められたのだろうか。見上げられたナルトはわかりやすく一瞬たじろぐと、へらりとその締まった頬を崩した。そうしてみると、大人びてあか抜けた姿に、一気にかつての剽軽者の雰囲気が被りだす。何やってんだあいつ……誰がどう見たって、図星を誤魔化してるのがバレバレだろうが。「いきなりなんだってば、そんなんじゃねえって」という声にも、さっきまでの重みがない。
「へー、そお?違うの?」
「そう!全然違うから!」
「だったら何しに来たのよ。まさか本当に『会う』ためだけに海渡って来たの?」
「――そ、そうだってばよ?ただオレが会いたかっただけ。それだけだってば」
告げられた言葉の馬鹿馬鹿しい程の明快さに、今度こそその場は、しんと静まり返った。水を打ったような会場に、奥の調理場の方から、食器同士がぶつかるような音が微かに響く。
誰もが口を閉ざす中、ナルトだけがひとり、ほんの少しだけ切なげな空気を乗せニコリと笑った。

「だいたいがオレってばもう昔、そいつにキレイに振られてるし。話聞いてさえ貰えなかったし」

――は?

「しつこい男は嫌われるっていうしさ。オレからこれ以上なんかしたりするのは、やっぱそいつにとっても、迷惑になるだけかなって」

―――なんだと??

だから本当に、ただそいつにもう一度会いたかっただけ。ひと目見れただけで充分だってばよ!
そう言って清々しく笑うナルトと反対に、きっぱりと一途な主張に唖然としていたオレは、ようやく事態が飲み込めてきた。
………つまり、あれか?こいつはオレに告白しに来たわけじゃあねェのか。
ただ単に、成長したオレに会いに来ただけだと。
本当に、ひと目見に来ただけだと……?

(――ふ…っざけんなテメエ、そんなんで満足してんじゃねェよ――!!!)

ごおっと一瞬、自分の周りに怪気炎のようなものが噴き上がったような気がした。
いきなり外れてしまった思惑に、なんだか上げた拳の下ろしどころが見つからない。
なんだとふざけんじゃねえぞコラ、何ちょっとでかくなったからって、いきなりそんな諦めのいい事言っちまってんだ!そんな事を思いつつ、はにかみながら頭を掻くナルトを見る。大体がいったいいつ誰が正式にお前の事振ったっつーんだよ、ありゃただ単に先約があったから話聞けなかったってだけだろうが!よくよく考えてみれば自分だってあの時は関係が進んでしまうのが怖かったから誤魔化してしまったのに、そうやってかつての自分の反省はアッサリ棚に上げ、向こうの勝手な思い込みの歯がゆさにきりきりと奥歯を軋ませる。
苛々とした気分は横にいるシカマルにも伝わったのだろう。
ちょいちょいとジャケットの腕部分を摘まんできたかと思うと、低い小声が「……サスケ。おま、顔がヤバい。怖ェよ」と告げてくる。
「あ?知るかそんなの、どうだっていい」
「どうだっていいって」
「いいんだ。オレはもう帰る」
勢いのままにそう言い踵を返そうとすると、ギョッとしたらしいシカマルに慌てて腕を掴まれた。
「ちょっ……待て待て、早まるな!」という小声の制止に、顰め面で振り返る。
「帰ってどうする!」
「どうするって、どうもしねえよ」
「じゃあまたひとりで燻らせんのか」
「は?知るかよ何の事だ」
「とぼけんじゃねえよ、一応お前、今日覚悟決めてきたんだろ」
「…んだよ、何勝手な事。誰もそんな」
「このまま帰ってもなんもならねえだろうが。折角来たのに、つまらねえ癇癪でチャンスをフイにするんじゃねえよ!」
ようやくざわめきが戻ってきた会場で、ボソボソと早口で言うシカマルの叱責が耳元で強く囁かれた。
動きを止めたオレに、こちらを見詰めていたシカマルが腕を放す。
「お前な……向こうが勘違いしてんなら、訂正してやればいいだろ?それだけの事じゃねえか」
溜息と共に言われた科白に首を傾げると、シカマルはまたひとつ、深い深い息をついた。そうやってな、向こうから言ってくんのずっと待ってるだけだったから、12年前も何もなく終わっちまったんだろうが。ぐさぐさと真実を突いてくる言葉に、知らず口が動かなくなる。
「何もなくって……」
「本当の事だろ」
「なら、どうしろってンだよ」
引っ込んだ苛立ちの代わりに今度はなんとも言えないじれったさを感じつつ訊けば、それを聞いたシカマルはあっけらかんと笑った。
「簡単な事じゃねえか」という言葉に、思わず首をひねる。
「向こうが動かないのなら、こっちが動くまでだ」
「?」
「お前が自分で動きゃあいいんだろ。あっちから言ってくれんのを待ってるんじゃなくてさ」

――自分で言ってこいよ、好きだって。

あっさりくだされた指令にちょっと呆然すると、その様子を見たシカマルがニヤリと口の端を上げ、眉をしならせた。
すっかり元の賑わいを取り戻した会場の真ん中では、にこやかに笑う金髪の大男の周りに、様変わりした彼とひと言喋ろうとする元クラスメイト達の人だかりが、早くもみっしりと出来上がっていた。