深更

なんだ、片付いてるじゃねえか。
やっと見つけた鍵で開けたドアの中を覗いて、サスケは小綺麗に整えられた部屋に意表を突かれた。ナルトの性格だったらきっと賑やかに散らかった部屋だろうと想像していたのに。そういえばここに入るのは初めてじゃないか?と思い至り、その事実に軽く衝撃を受ける。
任務外で会った事がないわけではないのに、いつだってナルトがサスケにすり寄ってくるばかりでこちらからナルトを訪ねる事はほとんどなかったのだ。今更ながら、こんなにつれなかった自分を諦めることなく追ってきていたナルトに、秘かに感服する。
「待っててな、今風呂沸かすってばよ」
先に上がったナルトは着ていた外套を玄関先の壁に設えてあるフックに引っ掛けると、持っていた買い物袋をその場に置いて腕まくりをしながら玄関脇にある浴室らしきドアの向こうへ消えた。中から投げられた「まあ適当に上がっといて」の声に促されサスケもサンダルを揃えると同じように外套を脱いだが、フックが1つしかないのに気が付くと、少し考えてからそれを簡単に丸めるように畳んで背中から下ろしたバックパックと並べて玄関先に置いた。
なんとなく所在ない気分でダイニングテーブルの脇に立っていると、腕まくりをしたままのナルトが浴室から出てきた。ドアの隙間から、勢いよく水が出されている音がする。置いたままだった買い物袋をひょいと取り上げて、慣れた手つきで冷蔵庫のドアを開けて品物を仕舞うナルトの様子をサスケはぼんやりと眺めた。
「サスケ」
「…は?」
「何呆けてんだってば?」
「あー…いや、案外片付いてんだな、と思って」
先程思った事を素直に言うと、ああ、と青い瞳が眇められる。意外とキレイ好きだろ? 笑いながら言われて、その顔につい見惚れてしまった。

     *

思いがけず時間の掛かってしまった今回の任務中。
ふとした瞬間にこの蒼天の瞳を思い出しては切なくなる自分を自覚してしまう度、何とは無しに不機嫌になっては同行していたカカシに注意された事は一度や二度ではなく。気を付けてはいたつもりだったのだが、一日、また一日と任務が延びるにつれて、じりじりとした焦燥感を押さえる為に普段以上に言葉少なになってしまい、無駄に周囲を怯えさせたりしていたのだった。
『なにオマエ、なんか早く帰りたい理由でもあるの?』
任務中、あまりにピリピリした雰囲気になっていたサスケに、さすがに目に余ると言った様子でカカシが尋ねてきた。別に、と無愛想に答えると、ふーん、と興味なさそうに晒された方の瞳が瞬く。
『ま、いいけどね。少しは周りにも気を遣いなさいよ』
ナルト相手じゃないんだから、それじゃ怖がられちゃうよ?と付け足すように言われて、思わずぎくりとしてしまう。
なんでそこでナルトが出てくるんだ、と思わず声を低めて言い返すと、え? と不思議そうに見返された。
なに、そこ気にするとこなの?
単純に突っ込まれると、何も返事が出来なくて。せめてもの舌打ちを残して、立ち去るのが精一杯だった。
「……なんてな。実は単に散らかす間もない位忙しかっただけでさ」
冷蔵庫のドアを閉めると、ナルトは台所の端にクリップで留めただけでそのまま置いてある米袋からざらざらと米を量ってボウルに入れると、シンクに立ってざっと洗いながら照れくさそうに言った。炊飯釜にそれを入れてスイッチを押すと、小さな片手鍋を取り出して先程仕舞わずに置いておいたスープのパックを、ばり、と開ける。
ばーちゃん人使い荒いからなー、と鍋にスープを注ぎながらナルトが苦笑する。だがその実、それをそんなに悪くも思っていない事をサスケは承知していた。
たとえ休暇があってもひとり暮らしでは精々部屋を整えたり買い出しに行く程度で、あとは修行くらいしかすることはなくなってしまう。同じような境遇のサスケには、その余ってしまう時間が容易く想像できた。
だからこそ、独りきりでいるのが何より嫌いなナルトが、チームを組んで任務に付くのをいつだって楽しみにしている事に、サスケは随分と昔から気が付いていた。どちらかといえば、ペット探しや芋掘りなどの他愛ない任務に時間を取られるよりも、自分で修行していた方がよほど有意義だと思っていたサスケからしたら、なんと物好きなという感想しか当時はなかったが。
まあそれはさておいても、実際問題未だ戦争の傷跡が残り人手不足が解消されないままの里からしたら、大概の任務はこなせる上に多重影分身まで扱えるナルトが重宝されるだろう事は想像にするに容易かった。任務で忙しくしていたというのは間違いないのだろう。
それに未だ中忍だとはいえ、戦争での活躍はもちろん成長するに従って段々と美丈夫だった四代目に似てきたというナルトに憧れる娘達も少なくないという話も耳にしたことがある。その時はナルトはナルトだろ、と鼻で笑ったが、派手好きな金持ちの道楽娘達の中には、任務と称してナルトを従わせる事に躍起になっているような者もいるらしい。あの五代目の性格を鑑みれば、多分そういった類の依頼の大部分はうまく躱してはいるのだろうが、大名の縁者などそうそう断れないような依頼主もいるだろうし、きっと「うずまきナルト」見たさに名指しで依頼されている任務も少なくないのだろう。
……そんな事に思い至ると、またサスケの中のどす黒い何かが鎌首を擡げる。
一緒にいる時、他の誰かに笑い掛けるナルトを見ると、知らず黒い感情がじわりと沁み出してくるのに、気が付いたのはつい最近の事だ。
取るに足らないような独占欲だと解ってはいるのだが、抑え込みが効かない自分を、サスケはやや持て余しつつあった。

……こいつは、俺のものだ。
俺だけ、の、なのに。

「――サスケ?」
唐突に名前を呼ばれて、内に向かっていた思考が一気に引き戻された。サスケの背を少し超えた金髪が軽く屈みこまれて、空色の瞳がサスケの顔を覗き込む。
ああ、この目。
ここに映るのは、俺だけでいいのに。
そんな風に思っていると、無骨なナルトの掌がそっと伸ばされてきた。確かめるようにサスケの頬を撫でると、そのまま指が耳をなぞって黒髪に埋め込まれる。
何度か髪を梳かれた後、ゆっくりとナルトの顔が近づいてきた。
軽く開かれた唇同士の距離が、ゼロになる。
ちゅ、と小さな音をたてて、すぐに離れた唇が、名残惜しむように角度を変えて再び合わさる。
どれだけ重ね合わせても物足りないような気がして、サスケは離れ際にナルトの上唇を吸い、次いで下唇を軽く食んだ。そんなサスケに誘われるかのように三度唇が合わさると、ナルトの舌がそっとサスケの歯列をなぞり、その奥へ侵入してくる。
おずおずと蠢いていたそれは、やがて縮こまっているサスケの舌に辿り着くと、熱くそれを絡め捕った。
「…ふ、ぅ…」
思わずこぼれ出た溜息のような声を拾うと、ナルトの真ん中にかあっと炎が点った。
鼓動が喧しいほど鳴り響き、全身に熱を送り込む。
もう反対側の掌も同じように伸ばすと、黒髪の隙間で見え隠れする耳朶をそっと撫でる。我儘な舌は赦しを得たかのように動き回っては、サスケの歯茎を擽り、上顎の裏側を探った。思うが儘に蹂躙される咥内に唾液が溢れ、唇の端から零れそうだ。息を付かせる間を与えないキスに、頭がクラクラする。
「ナ、ル……ッ」
「…や。もうちょっと…」
「…ん、ぅ…っ」
逃げようとする頭を後ろから抑えられ、いよいよ呼吸が苦しくなる。
ちゅう、と下唇を吸い取られた瞬間を狙って、サスケがぐっとナルトの肩を押して顔を離した。
「……ふ、風呂」
「え?」
「溢れてるんじゃねえか?」
「…あ!」
慌てた様子で浴室の方を見遣ると、確かに蛇口からの水音とは明らかに違う音が聞こえている。
いっけね! と一声言うと、ナルトはサスケを名残惜しそうに一瞬見たがすぐにその手を離す。そのままバタバタと浴室へ駆け込む後姿を、酸欠状態の頭でサスケは見送った。
あのまま深いキスを続けたかったのか、止められてほっとしているのか。
そのどちらなのかも、ぼんやりとしびれたままの頭では判らないままだった。

     *

やばい。
これは、絶対にやばい。
タオルやら着替えやらを押し付けるように持たせて、風呂場にサスケを送り込んでからナルトは崩れ落ちるようにして蹲った。
やっとの思いで会えたサスケは、なんだか妙に素直で。
いつもはキツイ光を載せている漆黒の瞳までもが頼りなげに揺れるのに誘われてつい唇を寄せてしまったが、怒られるどころか、深いキスまで許してくれた。
離れた瞬間、サスケの薄い形のいい唇が、お互いの唾液に濡れて赤くぬめるように光っていたのを思い出す。きれいな歯列を探ると、甘く鼻を抜ける溜息のような呻きが漏れて。
少し冷たい、小振りな耳は、指を這わせるとすべすべとしていた。
伏せた睫毛が微かに震えているのを、キスの最中そっと盗み見た。それらがキッチンの朧気な灯りの下、白い頬に淡い影を落としていて。
どうしよう、アイツちょっとかわいすぎるってば…!
思い出して、ナルトは再び身体の中心に熱が集まるのを感じた。ちくしょう、サスケの奴なんであんなかわいいんだ。実は女の子でした!なーんて事だって、あの強烈な可愛さだったらひょっとしてひょっとすると…!
(……なーんて、ある訳ねーよな)
ははは、と独り空笑いを響かせる。んなわけねーってよく知ってんじゃねえかよ、オレ。
だからこそ。この否応もなく高まってしまう熱を、どうしたらいいのか。
告白してから、もちろん考えなかった訳ではない。というか、何度も考えたけれど、結局結論が出せなかったのだ。男としての当たり前の欲望を、当たり前に受け入れる為の身体を持っていない自分達。
そりゃあ一応知識としては衆道というものがあるのは知っている。しかし。
(だって、あの「うちはサスケ」だもんなあ……)
どれだけ自分に対して気を許してくれていると言っても、あの自尊心の塊のような男がそれを受け入れてくれるとは考えられず。かといって、ならば自分が受け入れればいいのかと言われれば、やはり男としてはそう簡単には肯けなかったりで。
長期任務に行ってしまう前までは、堂々巡りのままでもただ会えればそれで満足出来てしまう自分もいて、いっそもうこのままの状態でもいいかとも思ったりもしたのだが。
(だめだ。―やっぱこれじゃ物足りないってば)
絡めた舌の、その奥まで。ぬるい吐息を、もっと熱くさせたい。息苦しそうな呻きが聴こえた時、このままキスで窒息させてしまえたらどんなに満たされるだろうかと思った。
後ろ暗い劣情。あの美しい人には、そんなものはないのだろうか。
……こんなものを抱くのは、オレだけ、なのだろうか。

「――ナルト?」

蹲ったまま煩悶するナルトに、唐突に声が投げられた。
はっとして顔を上げると、脱衣場から出てきたTシャツ姿のサスケが訝しげにこちらを見ている。
渡したナルトの部屋着は少し大きかったのだろう、スウェットを穿いているがウエストが緩いらしく、調節用の紐を引き絞ってようやく腰骨の所で止まっているようだった。それでもしっかり湯には浸かれたのだろう、上気した肌がTシャツの首元から覗く。
「何やってんだお前、腹でも痛いのか?」
「ちがっ…なんでもないってば」
水、もらってもいいか? 訊きながらサスケがこちらへ近づいてくる。ふわ、と風呂上りの暖かい香りが漂う。うわぁぁ、と思わず鼻がひくつくのを、ナルトは慌てて掌で覆い隠した。
そんなナルトには一向に気が付かない様子で、サスケはシンク脇に伏せたままになっているグラスのひとつを取り上げて水栓からの水で満たすと、反転してキッチンに寄りかかった。視線を遠くに置いたまま、グラスをその口元に運ぶ。
満たされていた水がゆっくりとその白い喉を下っていく様を、息を詰めてナルトは見張った。
「つめてぇな」
「えっ?」
「いや、水がさ」
外、雪だもんな。そう言って、サスケは少し顎を上げてナルトにも外を見るように促す。先程から見ていたのは、外の景色だったらしい。カーテンを閉め忘れたままになっている窓の向こうに、ナルトにもちらちらと白い欠片が散っているのが見えた。
「…積もるかな」
「どうだろうな」
「そういやキバが、積もったら雪合戦しようって赤丸に言ってた」
「ああ、いかにもだな」
くく、とサスケが小さく喉を鳴らす。やっぱ犬って雪好きなのかな。
「オレも同じ事、さっきキバに言っちまったってば」
なんとなく先程までの切迫感が解れて、ナルトは鼻に皺を寄せて笑った。
なんか似てきてんのかな、オレ達。こうして一緒にいるうちにさ。
「はあ? なに寝言言ってんだウスラトンカチが」
心底うんざり、という表情でサスケが言い捨てる。俺がお前なんかと似てる訳ねえだろうが。
「そうかな」
「そうだろ」
「……じゃあ、なんでサスケはオレといるんだよ?」
知らず問い詰めるような口調になってしまいながらも、しゃがみ込んだままでナルトはサスケを見上げて言った。
通じる部分があるからこそ、一緒にいたいと思うのではないだろうか。同じ思いを共有しているからこそ、触れ合っていられるのではないだろうか。
「知るかよ、そんな事」
くだらねえ事言ってねえで、お前も先に風呂入っちまえよ。フツフツと音を立てている炊飯器に視線を遣りながらサスケが言った。先程までの甘やかな空気は完全に払拭されたらしい。更に追いすがる余地さえも全く残さないその態度に、少しばかり憮然としながらもナルトはようやく立ち上がる。
ああ、やっぱこいつかわいくねえってば。などとブツブツ言いながら、箪笥の引出しからずるずると部屋着をひっぱり出す。
どすどすとやや乱暴な足さばきでサスケのいるキッチンを横切ると、冷蔵庫の中勝手に見せてもらうぞ、という声に適当に返事をしながら、後ろ手に脱衣場のドアを閉めた。

不貞腐れた様な気分は結局修正されないまま、わしわしと短い髪をタオルで乱暴に拭きながら脱衣室のドアを開けると、ふわりと卵が焼ける匂いが鼻先を擽った。ほのかにバターの混ざる馥郁たる香りに食欲がダイレクトに刺激されると、それまでムカムカしていた気分が呆気なく宥められる。
小さなダイニングテーブルを見遣ると、先程あけておいたスープの入ったカップがふたつ。大きめのプレートにこんもりと膨らむ、黄色い山がひとつ。
「丁度よかったな。今もうひとつ出来たとこだ」
手際よくフライパンから綺麗に包まれたオムライスを移しながら、後ろを向いたままサスケが言った。湯冷めする前に着たのであろうトレーナーを、肘辺りまで手繰り上げている。
ゆっくりと振り返ると、思いがけない晩餐を前に目を輝かせているナルトの前に、手にしていた皿をことんと置いた。
「……よし、メシにするぞ」
ナルト、スプーンを出せ。
それだけ言うと、水の注がれたグラスを二個持って来たサスケはそれらを無造作にテーブルに置き、悠々と席に着いた。

     *

「うまい! いやマジで、最高だってばよ!」
手放しで絶賛するナルトに少々気恥ずかしくなりながらも、悪くない気分でサスケはスプーンを口に運んだ。
単純だな、こいつ。やっぱガキだ。
ついさっきまで少々曲がっていたヘソが元に戻ったらしいのを察して心の内でほくそ笑む。
風呂に向かうナルトを見送った後で冷蔵庫をチェックしてみると、予想通り中にはマヨネーズなどの調味料がいくつか放り込まれているだけで、食材がほとんど入っていなかった。ミネラルウォーターを買う習慣もないらしく、飲料は炭酸飲料が数本と牛乳パックが一本。
続いてキッチンの引出しをそっと開けてみると、中にはごっそりとカップ麺が溜めこまれているのが確認できた。
こいつ、本当にカップ麺と牛乳だけでオレより背が伸びたんだろうか。
呆れるような、微妙に悔しいような気分になりつつも、静かに引出しを閉じる。
冷蔵庫のドアポケットに三つだけ残っていた卵の内ひとつを割ってみると、新鮮ではないようだったが加熱すれば問題なさそうだった。しばし考えて、もう一度冷蔵庫のドアを開けると、奥に転がっていた使いかけの玉ねぎと何本かセットで買ったらしい魚肉ソーセージの残りを見つけて取り出す。先程覗いたキッチンの引出しの中で発掘したコンソメキューブを砕き、刻んだ玉ねぎとソーセージにまぶしながら炒め合わせ、そこに炊きあがった飯を投入してケチャップと塩コショウで味を適当に整える。それを薄く焼いた卵で包んだだけのオムライスをナルトに出してやると、面白い位喜んでそれを頬張った。
「すげえな、こんな材料どこにあったんだ?」
「……全部お前んちの冷蔵庫の中だ」
メシが炊けてたから、それにちょっと手を加えた。
素っ気なく言いつつも内心満更ではなくて、つい緩みそうになる口許を自制する。元々サスケとて、料理が別段得意なわけではない。一人暮らしが長い中で、最低限の事が出来るという程度だ。このオムライスだって、具材が少なすぎるしギリギリの量で作った薄焼き卵はちょっと薄すぎる。肉もできたら魚肉ソーセージではなく本当ならば鶏肉あたりを使いたいところだ。つまりは、そうたいして美味い筈がないのだが、それでもそんな料理を美味い美味いと大げさな程褒めながら見る間に平らげていくナルトを見るのは気分がよかった。

風呂に入る直前、何がそんなに気に障ったのが急に不機嫌になったナルトが、サスケは自分でも不思議な程気にかかってしまっていた。確か、自分達が似てるとか似てないとか、そんな話題だったはずだ。考えてみた事もない話だったし、実際どうでもいいだろそんなの、と思ったからそう答えた。途端、機嫌を損ねたらしいナルト。
どうしてナルトといるのかだって? ―いたいから、いる。それだけでいいだろうが。
もしかして、また好きだからとか愛してるからとかいうような発言を求められていたのだろうか。ふと可能性のひとつに思い至って、サスケは少し辟易する。言われるのはまあいいとしても、告白のバーゲンセールみたいなのを求められるのはお断りだった。そういうのは、なんというか、はっきり言って面倒くさい。言わなくても、この俺が自分からここに来ているんだから解んだろうがと、サスケは言外に思う。
ナルトの事が、好きだ。
それは間違いのない感情だと思う。
他愛ない話題で笑いあったり、昔から幾度も繰り返してきたような軽い言い合いをしたり。そんな小さなところでも何となく優しさを持ち寄れているような今の関係を、サスケは結構気に入っていた。時折黒い独占欲に苛まれる事はあるけれども、ママゴト遊びのようなこの状況は、どこを噛んでもとろりと甘やかで。
だからこそ、先程の深いキスのような剥き出しの感情をごくまれにナルトが出すのを目の当たりにすると、つい怯んでしまう。
まるで蜜で固められた砂糖菓子にヒビが入って、中から生々しいナニカがじわりと出てくるような。存在を認めたくなくて気が付かない素振りをしてきたけれど、確かにナルトの中にあると思われる「それ」。
いっそ深く考える事無く、受け容れてしまえばいいのだろうか。
(……まさか、俺が?)
冗談じゃない。考える余地もなく、サスケは思う。そもそも、男が好きな訳じゃない。「ナルトが」好きなだけだ。
キスをしても、抱き締めあっても、それは親しさを増すためのスパイスみたいなものであって、サスケにとっては性的なものには繋がっていなかった。
―ただ。さっきのような、貪るようなキスは。
先程図らずも漏らしてしまった、やけに熱の籠った溜息を思い返して、サスケはスプーンを運ぶ手をふと止めた。目の前で今、喜色満面な様子で、オムライスを頬張る男。
下らない言い合いですぐにヘソを曲げたかと思えば、腹を満たされると呆気ない程単純に機嫌を直す。ガキみたいに笑う癖に、時折見せる表情が最近妙に大人びていて。
振り回されるうちに、うっかりあんなキスを許してしまった。嫌だったかと言われると、まあ、……悪くはなかった。の、だけれども。

「ごちそーさん! うまかったー!」
律儀に掌を合わせると、綺麗に平らげた皿を前にナルトはひとつ頭を下げた。そのまま目線だけ上げると、お茶位はオレが淹れたいと思うんだけど、うちそういうのなくてさ……と申し訳なさそうに言う。
最初からそんなの期待してねえよ。と言ってやると、ごめんなーと言いながら少し照れたように笑った。
「ま、どちらにせよ俺はもう少ししたら帰るから、気にするな」
最後の一口をスプーンで掬いながら、サスケは言った。お前の顔見てとりあえず帰還報告できたしな、これ食ったら今日はもう帰る。
それを聞くと、突如ナルトの笑顔が固まった。柔らかく弧を描いていた金色の眉が顰められたかと思うと、米粒ひとつも残っていない皿に視線を落としているその顔の口許が見る間に尖っていく。ふいと横を向くと、ぼそぼそと低い声がその嘴のようになった唇から漏れ出した。
「泊まっていかねえの?」
「だってお前、明日も朝から任務だろうが」
「…まあ、そうだけど。サスケは?」
「俺は明後日まで休みだが、ここベッドひとつしかねえし家帰って寝た方が落ち着くだろ。急に任務が延びたせいで部屋もそのままになってるし、さすがに少し疲れた。お前も明日遅刻しないように、ちゃんと起きて行けよ」
部屋着、今度洗って返したらいいか? そう言いながら食べ終わった食器をナルトの分と重ねると、サスケは椅子から立ち上がった。
シンクに下げようと重ねた食器を片手で持つと、俯いたままのナルトの脇を通る。
そのまま通り抜けようとすると、くん、と上着が引き攣れるような感覚を覚えた。すぐさま見てみると、トレーナーの裾がしっかりとナルトの手に捕えられているのに気が付く。
意図がよく解らなくて、不思議そうな顔でその手の主を見下ろすと、空色の瞳が真摯な光を湛えて、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「――帰んなよ」
低く重い声。あまりに真剣な様子に気圧され、サスケは思わず「…どうした?」と聞き返した。その声にはっとすると、ナルトの瞳にあった切羽詰まったようなものが散り散りになる。
息を付くのもなんだか躊躇われ、お互いの間に静寂が広がる。
遠くで何度か犬の吠える声が聴こえる以外、窓の外は深々と降る雪が全ての雑音を包み込んでいるようで。広くはない部屋の中で、冷蔵庫だけが几帳面な機械音を奏で続けている。
何となく間が持たなくて、仕方なく「服、伸びるぞ」とサスケが声を掛けると、ナルトはしばらく逡巡していたようだったが、やがてそっと掴んでいた掌を解いた。
少し困ったようにも取れるサスケの表情を見ると、バツの悪そうな顔で再び俯く。
あー…と何故か口ごもりながら金髪頭を抱え込んでいたが、ややあっとしてからぐっと顔を上げると、
「……頼むから」
と、少し掠れた声で小さく言った。
ナルトらしからぬその口調に、サスケは再び翻弄されそうになる自分を感じながらも、―遂には微かに肯いたのだった。

     *

……狭い。
緊張で強張る手足を励ましながらシングルサイズのベッドに身体を滑り込ませると、先にそこに潜り込んでいた黒髪の恋人は至極不機嫌そうに言った。
あ、ごめん…と気弱に謝るが、ふん、とそれを鼻先であしらうとあっさりと背を向ける。
寒い。毛布、もっとこっちによこせ。
顔を向けることさえしないまま今度はそう言い放つサスケに、ナルトは慌ててベッドからずり落ち気味になっていた上掛けと毛布をぐいと引っ張り上げる。空気を孕ませてふっくりとさせると、背を向けたままのサスケの肩をくるむようにそっと掛けた。
「…サスケ」
「なんだ」
「なんで、怒ってんの?」
「……怒ってねえよ」
警戒、してんだよ。口には出さず、心の中でサスケは呟く。乞われるがままに泊まる事になってしまったが、これ以上深い事はする気がないサスケは早くも後悔し始めていた。
帰るなよ、と言った時のナルトの眼にあった切羽詰まったような光。それは多分「情欲」と呼ばれるものに近いものだと思われ。逃げないと、と頭ではあんなに考えていたのに、真摯に懇願されるとつい承諾してしまった。すっかりこの金髪男にほだされてしまっている自分に、あらためてうんざりする。かくなる上は出来る限りの刺激は避けたいところだが、ひとり用のナルトのベッドは成長した男ふたりが眠るには余りに小さく、どうやっても身体のどこかしらが触れ合ってしまう。
更に困る事に、そのナルトから伝わる体温がやけに心地よかったりして、サスケはそう思ってしまう自分に危機感を覚えた。
長期任務後の疲れも手伝って、緊張していた身体が隣の確かな温もりに誘われるように弛緩しだし、思考が微睡んでくる。妙な事してきやがったら即刻ベッドから叩き出してやると布団に潜る前は決意していたのだが、実際こうなってみるとどうこうする前にナルトから伝わってくる妙な安心感に自分が溶かされてしまいそうだった。
「……なあ、こっち、向けってば」
背中越しに掛けられた声がなんだか哀れに響いて、サスケは仕方なく身体をそっと反転させた。
顔が見られた途端、ナルトは安心したようにふにゃりと笑う。
……くそ、うっれしそうな顔しやがって。
息遣いが届く距離で見るナルトの笑顔に、悔しい程胸をつまされてサスケは思う。なんでこいつ、こんなに俺の事全力で好きなんだ。
「へへ、やっと顔見れた」
「うるせえ、見んな、黙って寝ろ」
「いいだろ、せっかく一緒にいられるんだしさ」
ゆっくり見せろよ、と言いながら、ナルトの指が伸ばされて黒い瞳に掛かる前髪を静かに払った。
額に少し硬い指先が触れた瞬間、思わず全身が緊張する。それをナルトに感付かれないよう、サスケはポーカーフェイスを保つのにかなりの労力を使った。
「やっぱ、キレーな顔してんなー」
「……くだらねえ」
「いやいや、そんな風に言うなって」
せっかく褒めてんのにさ、とほんの少しがっかりしたようにナルトが言う。
「肌もキレーだしさ。眺めてると、どうしても……」
キス、したくなるってば。囁くように言うと、ナルトの顔が寄せられてくる。ちゅっ、と音が弾け、サスケの冷たい頬に一点の熱が残った。
「……お前な」
「ニシシ、ごちそーさまだってばよ!」
悪びれる事無く無邪気に笑うその顔を眺めていると、サスケは頑なにガードしていた自分が急にバカバカしくなってきた。
まあ……こういう空気だけならば、悪くない。ふ、と力が抜けると、口許にあるかなしかの淡い笑みがふわりと広がる。
そんなサスケの微笑を、ナルトは感動を覚えながら見取った。
うわー、うわー、うわー。
なんて、きれいに笑うんだこいつってば!
蜜に誘われた蝶のようにフラフラと抗えない誘惑に負けて、ナルトはサスケの唇に自らのそれを寄せた。柔らかい二枚の花びらを捉え、甘く食む。
幾度か角度を変えて重ね合っているうちに緩く弛緩しだした唇の隙間から、ぬるりと舌を滑り込ませると、小さくサスケが呻くのが聴こえた。
構わず、固く尖らせた舌先でサスケの舌の付け根を穿ち、頬の裏側をなぞる。
ああ、こいつ歯並びまでいいのでやんの。
歯列を辿りながら、そんな事を思う。全く、羨ましいってば。
「……んうっ、う」
「サスケ、」
「…ん、っ……」
「お前ん中、なんでこんな甘ぇの?」
「――は…っ、知る、かよ」
軽い酸欠に霞みがかった頭のまま、サスケは答えた。ぼやけた瞳で、金糸に縁どられたナルトの眼を見る。快晴だった青に、欲の澱がかかっている。しまった、これ以上こいつを調子に乗せるのはまずい。そう思うと熱に中てられそうになる頭を振り払い、サスケは更に引き寄せようとするナルトの腕を力を込めて突っぱねた。
「…なんで?」
「これ以上はやめろ」
「どうして」
「……ったく、男相手になにサカってんだ、てめえは」
息を整えながら、ぞんざいに言う。俺はそっちの趣味はねえんだよ。
「オレだって、別にホモじゃねえけどさ」
待てを言い渡された犬のように悔しげな表情を浮かべ、ナルトが唸るように言った。……しょーがねえだろ。そんでもオレはサスケと、したいんだってば。
「だいたい、サスケだって結構気持ち良さそうにしてたくせに」
「…してねえ」
「嘘つけ」
「うるせえな、黙れよ」
「黙らねえ」
「……なんでだよ。今のままでも、充分だろうが」
いよいよ憔悴した様子で、サスケが片手で顔の半分を覆いながらか細く声をもらした。
俺はもうこれだけで満足してんだ。このままでいいじゃねえか。
「だって…オレは…もっと深く、一番深いとこまで、サスケを知りてえの!」
顔に朱が散ったのが自分でも判った。恥ずかしさに、視界が潤む。それでも強いて真っ直ぐに漆黒の瞳から目を逸らさず、ナルトは一気に言い切った。
一瞬呆気に取られたサスケが無防備になった隙を見逃さず、その両腕を捕える。掴んだ腕をがっちり固定したまま、引っ攫うように思い切り細い体躯を胸に掻き抱いた。冷たい耳の淵に軽く咬みつき、舌でなぞり、そのまま白く伸びるうなじにキスで道筋をつくる。
唇が触れる度に、ひくりと肩が慄く。そんな僅かな動きに、どうしようもなく煽られる。
……ほら、やっぱり、そんなに嫌じゃなさそうだってばよ?
抱き締めた背の裏で、ナルトは秘かに思う。
このまま、いけるとこまでいってみようか。
想定していたよりも悪くないサスケの反応に背中を押されて小さく決意すると、ナルトは耳の後ろに鼻先を埋めた。頬に当たるしっとりと流れる黒い髪から、ほのかに洗いたての髪の香りがする。
そこに指を絡めようと、ナルトはサスケの腕を押さえていた手をそうっと離した。途端、すかさずスルリと拘束から逃れたサスケの両手が持ち上がったかと思うと、金髪ごとナルトの頭をがっしと掴んだ。
「…てめ、やめろっつってんだろうが、このウスラトンカチが…!」
「いだだだだだ!」
ぎりぎりと万力のように頭の両脇から締め付けられ、思わず悲鳴をあげる。やはり考えが甘かったかとほんの少しだけ後悔するが、そう簡単には退けるものか。
だって、熱が。
こんなに、こんなに、身体の中心で渦巻く熱を押さえる方法を―オレは、他に知らないのだから。
「いい加減にしろ! お前はもう床で寝やがれ」
ナルトの頭を押さえたままサスケは冷たく言い放った。その目の中に自分と同じ欲の影がないかと、ナルトは必死で黒い瞳を覗き込む。
―だから、その眼で俺を見るなっつってんだろ!
拒否したいのに、逆に青い瞳に射抜かれてしまい身動きが取れなくなってしまう。幽かな揺らぎも見逃すまいと真剣な様子のナルトに圧され、僅かにサスケがたじろいだ。
それを見逃さなかったナルトの両手がそっと伸ばされて、軽く血がのぼりだしているサスケの頬を包む。
「……サスケェ……」
祈るように、せがむように、あやすように。切なく歪んだ表情を浮かべて、ナルトが乞い求めて呼ぶ。
―クソ、そんな顔、すんじゃねえよ!
心の真ん中をわし掴みにされて、固かったサスケの表情が軋みだす。ぎゅうと金髪を掴んでいた指から、ゆっくりと力が抜けていき、頑なな色に染まっていた瞳が溶けていく。
緩やかに崩れていく恋人に嬉しそうに笑い掛けると、ナルトは困ったような顔で目を逸らしたサスケに唇を寄せた。
唇にひとつ、喉の膨らみにひとつ。キスを落としながら上着の裾から掌を忍ばせると、小さな尖りを求めて滑らかな肌の上を彷徨う。
そうして、お目当てのものを探り当てると、慎重に爪の先で小さく弾いた。
「――あっ…ク……!」
不本意にも声が漏れてしまい、顔に血が上るのをサスケは感じた。確実に情欲の色が混じった自分の声が、恥ずかしくてたまらない。
そんなサスケに気が付いているのか、再びナルトの顔が近づいてくる。いつの間にかもう一方の掌もアンダーシャツの中に侵入を果たしていて、両の蕾を優しく摘まれる。再び声が上がりそうになるのと同時に唇をまるごと奪われて、サスケは熱の籠った喘ぎをナルトの咥内に吐き出した。
「んうっ、は…あっ……」
「やべえ、お前の声、滅茶苦茶そそられるってば……」
もっと聞かせろよ、と耳元で囁かれると、背中にぞくぞくとしたものが走った。乳首から離れた掌の片割れが、引き締まった脇腹を愛おしそうに撫でている。
と思えば、首の付け根を突然かぷりと噛まれた。びく、と跳ねる肩にナルトは妙な嗜虐心を刺激される。薄く残った歯列の痕をぺろりと舐めてやると、はぁ…と切ない溜息が薄い唇から漏れた。射干玉の瞳は甘く濁っていて、頬が上気している。初めて見るサスケの表情に、胸の奥が締め付けられた。
「――っ、よせ、やめろ…!」
脇腹から下に辿っていった指先が下着に掛かると、慌てたようにサスケが言った。
イヤな事は、しないから。
温い吐息と共に、そう黒髪に埋もれた耳の中に吹き込む。不埒な侵入者を押さえようとする手を片手で纏め上げると、自尊心を傷つけられたのかサスケが苦々しそうに顔を歪ませた。
被っていた上掛けがいい加減暑苦しくて、ナルトは脚を使ってベッドからぞんざいに蹴り落とす。脚を伸ばしたついでに上体を起こしてそのままサスケの上に馬乗りになり、再び指に力を込める。緊張しながらもゆっくりと下着を引き下ろすと、少しずつ首を擡げだしている性器が顕わになった。
「ナルト、も…ほんとに……っ!」
もはや懇願するような声音になってきたサスケの言葉は、節くれだつナルトの指が性器に絡まってくると呆気なく熱い吐息に飲み込まれて消えた。あとはもう、言葉にならない喘ぎしか出てこない。
「ぅあっ、やめ、……は、ああっ……!」
自分のものにするのと同じ要領で軽く扱いてやると、見る間にそれは硬度と質量を増していく。先にぷくりと透明なぬめりが溜まりだしたのを見つけると、ナルトはそれを指に絡めながらゆっくりと上下させた。
どうしようもなく居た堪れない気分になり、サスケはやっと自由になった腕で両目を覆う。
やめて欲しいのに、走り出した快楽に抗いきれない。悔しいのか、気持ちいいのか、訳が分からないまま瞳だけが潤んでいく。口許から、生温い溜息が漏れ出すのが抑えられない。
「顔、見せろって」
こんな奴の頼みなんて、聞いてやる必要ねえな。
ナルトの催促にも頑なな気分になり、サスケは益々顔を隠す腕に力を込めた。そっと掛けられた手にも頑固に抗い続けていると、号を煮やしたのかぐいと力を込めて腕が退けられた。
「……なんて顔してんだってば」
なんでお前が泣きそうなんだ?と自分の状況を一瞬忘れてサスケは思った。瞳に映ったナルトの表情は、腕の下から現れたサスケを見た途端真っ赤に歪んで。嬉しいのか、それとも辛いのか? どちらとも取れる表情を熱を孕んだ頭でぼんやりと眺める。鼻に皺を寄せて歯を食いしばるナルトは、今にも泣きだしそうに見えた。
ごめん、もう我慢できねえと呟くと、ナルトは性急な仕草で自らの性器を取り出した。サスケに愛撫を続けながら、自分自身を掌で包むと慣れた手付きで動かし始める。
早まっていく動きに、サスケも否応なく高められていく。乱れていくお互いの呼吸音がやかましい。ぼたぼたと先端から雫が零れ、サスケの腹を汚した。心臓が早鐘を打ち鳴らし、収まりきれない程の熱が全身を渦巻く。
「……ぅあ、ああっ、あっ……!」
「くっ―イク…ッ……!」
白濁が飛び散ったのは、ほぼ同時だった。上着をたくし上げられた白い肌に、どろりと広がる。吐き出してしまえば一気に疲労感が襲ってきて、しばし2人で荒い呼吸のまま凭れあった。
やや時が経ち脳内から熱が退いてくると、まだ少し落ち着かない息を持て余しながらも信じられない思いでサスケは呆然と汚された自分の腹を見た。
なんだこれは。なんで、こんな事になるんだ?
「……あっ、えーと―ごめん…な? サスケ」
先程まで散々自分を翻弄した男が、おずおずとティッシュの箱を差し出しながら言った。乱暴にそれを奪い取り、取り出し口にそのまま手を突っ込んで大量の紙を掴み取る。
ぐいぐいとぬめりを拭き取り、ベッドサイドにあったクズ籠に叩き込んだ。
「……俺は、やめろって、言ったんだぞ」
地を這うような低い声で、サスケは言った。何度も、何度も言ったのに。
聞き入れて貰えなかった事よりも主導権を取られた事が腹立たしくて、サスケは怒りに声を震わせた。それでやっと、本気でまずい事になったのに気が付いたらしい。ナルトは恐る恐る、先程蹴り落とした上掛けを直しながらサスケを見遣った。
結構、よさそうだったのに。……あれで本当にイヤだったのかよ。
諦め悪くそんな風に思い、ベッドの上で俯いたままで上体を起こしているサスケに手を伸ばそうとした。気配を察し、サスケが顔を素早く上げる。伸ばされようとする腕を確認すると、ぐっと力を込めてナルトの方を見る。
その瞳に赤い光が揺らめきだすのを見て、ナルトは全身が総毛立つのを感じた。やばい、やばいってば。
間違いない。サスケは、本気で、怒っている。
「…おい」
「は……はいっ」
「しばらく俺に触るな。というか、近づくな。声も掛けるな」
「……はい?」
死にたくなければ、俺の視界にも入ってくるな。
それだけ言うと、サスケは再び背を向けて横になった。すでにベッドにナルトが入るような余地はなく、途方に暮れた気分で寝台の真ん中で横たわる大きな膨らみを眺める。
ぴくりとも動かないその膨らみに大きく溜息をつくと、ナルトは諦めたように冷たい床に押入れから出してきた薄い毛布を広げ、玄関に掛けてあった外套を被りながら身体を横たえた。
雪降る夜の板の間はしんと冷えて、朝を待つまでには相当身体に堪えそうだった。
先程まで熱くてたまらなかった指先はあっという間に冷たく固まって。それを両の掌に握りこむと、ナルトは身体を丸めて小さく床の上で身じろいだ。