say you love me

トッ・トッ・トッ・トッ・トッ!
どこからともなく、小気味よい音と共に術式の書かれたクナイが飛ばされ地面に突き刺さる。
「っしゃ~~~いくぜ!!」
演習場の傍の木陰でナルトは1人気合を入れると、いつもより丁寧に印を結んだ。瞬身の術で一旦消えたオレンジの影が、今度はクナイでマーキングされた地点に、順繰りに現れては消える。
ひとしきり術を繰り返していたが、マーキングしたクナイよりも3歩ほど離れた所に現れたところで、ナルトの動きが止まった。金髪をがりがりと掻き毟りながら、オレンジの影がしゃがみ込む。
「くああーっ、もうチョイで使いこなせそうなんだけどなー!」
「ったく、てめえはいつも詰めが甘いんだよ」
最後まで集中しろよ、と言いながら現れた黒い影が、その隣に並び立つ。ふたりとも任務服ではなく、今日は普段着だ。
額あてをしていないサスケの頭をなんとなく眺めて、ナルトが言った。
「なあ」
「なんだ」
「これってば、もしかして……デートのつもりかってばよ?」

     *

先の誕生日に、ナルトがサスケに告白してから一か月程が経った。
あの夜は、小さく『わかった』とサスケが答えてくれた事に有頂天で。
抱き締めた温もりの確かさと、返される優しい力強さに夢中になり、夢心地のままお前も明日任務だろ? と言っては去っていくサスケを見送った。
そうして甘い気分で一夜を明け、次の日うきうきと待機所に向かったナルトを待っていたのは、まったくもっていつもと大差ないままの、うちはサスケだった。
……そりゃあナルトだって、あのサスケがいきなりベタベタしたりイチャイチャしたりしてくるなんて期待していない。それに確かに、ほんの少しだけ掛けてくれる言葉が優しくなったりはしていた。
何度か時間が合う時には、食事を(主に一楽でだが)したりもする。
待機所にいる時は、時々はサスケの方から声を掛けてきてくれるようにもなった。
でも、それだけ。それ以上の事はなにもない。

……なんだこれ。

率直に言って、告白をしたナルトからしたらこの状況は不完全燃焼というか、肩透かしというか。うっわー、両想いだってば! と盛り上がっていたのは自分だけだったのかと意気消沈したり、つーかあの『わかった』ってのはそもそもOKって意味だったのか? と今更ながら懊悩したりしているのだった。
兎にも角にも、付き合ってる、という実感が全く湧いてこないのだ。
ぜんっぜん、足りねえってばよ!
そう断言して、ナルトがサスケに任務後の待機所で待ち伏せして詰め寄ったのが一週間前。
は? と不意を打たれた様子のサスケに、ナルトは更に言い募った。
「一緒にいる時間が全然足りないってば!」
「……仕方ないだろ、俺もお前も任務入ってるし、定休日があるわけじゃないし」
「それはそうだけど! 解ってんだけど!」
「解ってんなら受け入れるしかねえだろ」
それよりもこんな場所でそういう話をするな、とにべもなく言われ、ナルトは益々不満を募らせた。なんだそれ、オレと付き合ってるって人に知られんのがそんなに恥ずかしい事なのかよ!?
(……や、まあでも宣伝するような事でもないよな、確かに。なにしろオレとサスケだし)
思い至って、ナルトはすごすごと引き下がった。しかしそれでも納得がいかないのが、サスケの態度だ。
甘かったのはあの晩だけで、どこか一線引いたままナルトに接するのは相も変わらず。
会って別れる時、ナルトの方はいつだって離れがたく思うのにサスケはというと普段通り「じゃあな」とあっさり帰っていく。
こいつ本当のとこ、オレの事どう思ってんだ?
好き、……な訳じゃねえのかな。
「じゃあさ、今度、休み合わせようってば」
「まあ、できたらな」
挑むように言った誘いさえ熱意のない返事で返され、ちょっと心が折れそうになったが、そこはぐっと耐えてナルトは言った。
「デート、しようぜ」

     *

だから、最初から期待なんてしてなかったんだけどさ。
マーキング用のクナイを拾い集めながらナルトは1人ごちた。どうにか同じ日に休暇を取り(これもナルトがほぼ一方的にサスケに合わせた様なものだったが)、さあどこに行こうかと早朝から自宅アパートで浮足立っていたナルトの元に、やけに早い時間からサスケが現れたのが今朝の事。
へ? 待ち合わせ時間て昼でしたよね? とやや混乱した頭で考え、その通りに伝えると、
「……いいだろ別に。着替えたらすぐ出るぞ」
と言われ、促されるがままに普段着に着替えてサンダルを履いた。
そのままどこに行くのかと思い待っていると「で、どこに行く?」と逆に聞かれ、若干堪忍袋の緒が軋むような気配がしたがまあそこはなんとか気力で締め直し、とりあえず朝メシ? ていうかブランチ的な? と答えると肉体労働者でごった返す定食屋に連れて行かれ、焼き魚定食なぞ食べつつだらだらと話をし、通りで目に留まった書店で立ち読みをし、忍具店で起爆札の補充をして、店頭で術式の書かれたクナイを眺めているうちにそういやオレってば今瞬身の術を練習しててさーなどと話したらその流れで演習場に行くこととなり、……現在に至る。
「なんだよ。瞬身の術をマスターしたいって言ったのはお前だろ」
呆れたようにサスケが言う。
言った。確かにさっき魚食いながら言ったけれども!
「この俺が見てやるって言ってんだ。とっととマーキングやり直せドベ」
「ドベじゃねえっつってんだろ! こっ…コイビトだっつーの!」
うわー、言っちまった……!
勢いで言ってしまった言葉の想像以上に甘い響きに、思わず顔に熱が散る。口元を隠してちらりとサスケの顔を盗み見ると、そこには呆気に取られたような表情が浮かんでいた。
やがてその顔が苦しそうに歪んだかと思うと、みるみる赤く染まっていく。
「…そういう事を言うな」
「ンだよそれ!オレ達付き合ってんじゃねえのかよ!」
「だから……そうやって言葉にするな!」
「は? 意味、解んねえってばよ、オマエ」
はあ、と深い溜息をついて、ナルトが言った。オマエ、オレと付き合うの嫌なの?
……ぐっ、と言葉に詰まったのが、そのまま見て取れた。そのまま苦いものを吐き出すかのように、息を押し殺したサスケが「…嫌なわけじゃない」と言う。
あー…その顔とその態度でそんな事言われても、説得力ゼロだってばよ。
まるで傍観者のように、ナルトは思った。

……遠くで鳥の囀りが聴こえる。視線を斜め下に落としたまま顔を上げないサスケを見やると、視界の端を橙色に染まりつつある木立が掠めた。演習場の脇にも色づく木々が立ち並び、その更に奥の森には熟した極彩色の季節が豊かに広がっていることだろう。
もうひと月もしたら、この木の葉の里にも雪が降るだろうか。
ふと思い、ナルトは自嘲するかのように口元を歪めた。
ああ、クリスマスまでも保たなかったってばよ。
短い夢、だったな。

「……お前、火影になるんだろ」
ぽつり、と唐突に投げられた声の頼りなさに少し驚きつつ、ナルトはサスケの顔に視線を戻した。
「サスケ?」
「……木の葉の上層部には、まだまだ俺の事を信用していない奴らもいるのは解ってるな?」
「なっ…それは!」
「いいから、聞け」
納得のいかない話にカッと頭に血が上りそうになるナルトを制して、落ち着いた口調でサスケは続けた。
「俺は本来抜け忍として始末されるはずだったし、一度はその指令も里から出されていただろう。暁にいたこともあったし、木の葉崩しを企てた時だってあった。そんな奴が次期火影候補のお前の横にいつもくっついてたら、妙な影響をうけるんじゃないかと危惧する奴が絶対出てくるだろうな」
「……でも、今は違うんだからいいじゃねえか」
「お前がいくらそう思っていても、そうは思わない人間は沢山いる。お前だっていい加減、五代目や仲間からの推挙だけでは火影にはなれないって事ぐらい理解してんだろ?」
ひたり、と視線をナルトから外さないで、サスケは一息に言った。
「火影になるお前の隣に俺がいることは、お前の邪魔にしかならない」
俺の過去に犯した罪は、消えるものではないから。元犯罪者と一緒にいたら、なれるものにもなれなくなる。
「ふっ…ざけんなよ!」
思わずカッとなり、ナルトは力任せにサスケの肩を掴んだ。反射的にそれを振りほどき、サスケが顔を上げる。
きつく睨みつけてくるその瞳に剣呑な光を見て、ナルトは益々頭に血が上るのを感じた。
「なんだよそれ! だからオマエが身を引くって言いたいのかよ!」
「偉そうな言い方するな! 諦めの悪い馬鹿に俺が引導渡してやるっつってんだ!」
怒りのままにナルトの胸倉を掴みあげてサスケが怒鳴った。今度はナルトがその手を振り払い、返す腕でそのまま拳を突き出す。それを受け止めたサスケがぐっと一歩下がって力を溜めると、鋭く肘撃ちを仕掛けてくる。空いた左手でそれを掴み、ナルトは思い切りサスケに足払いをかけた。がっ! とサンダル同士がぶつかる音がして、横倒しにサスケが倒れる。その肩をすかさず抑え、地面に縫い付けて馬乗りになると、ナルトはにやりと笑った。
「一本取ったな」
「…ちっ!」
悔しげに唇を歪ませるサスケを見て、ナルトはゆっくりと言葉を紡いだ。
「サスケちゃんよう、ちょっとこのオレを、なめてんじゃねえの?」
「……」
「オレってばそんな事で火影になれないようなヤワな男じゃねえし。元抜け忍だろうが犯罪者だろうが、そんなの全部ひっくるめて飲み込んで、そんで火影にもなってやるからよ」
「ガキじゃねえんだ、もっとよく考えろ」
「わりーけど、オレ頭はあんま良くねーし」
ニシシ、と悪戯小僧の面影を漂わせてナルトは笑った。
空色の瞳に澄んだ光が飛び跳ねるのを見て、サスケは諦めたように溜息をつく。
ダメだ。やっぱりこいつのどうしようもない諦めの悪さには、どうやっても敵わない。
……本当は。想いを分かち合えたあの夜から、自分の方もひたひたと幸福感が足元を漂っていて。
ふと気が付くと不覚にも緩んでしまう口許を励ましながら一夜は過ごしたのだが、改めて考えてみると自分のやっている事は確かに道ならぬ道である事に気が付いた。
何よりも、自分といる事がナルトの火影になるという夢を妨げることになりかねない。
刑を受け赦されて木の葉の忍として復帰は出来たが、一度は木の葉崩しまで企てたサスケを警戒している者達がいる事は常に感じていた。そんな自分が横にべったりくっついていたら、ナルトを火影に推す声がいくらあっても話はすんなりいかないのではないだろうか。
その事実に気が付いた時の、あの絶望感。しかし一度手に入れた太陽を、再び手放すなどという事はどう考えても到底できないことだった。
どっちつかずな態度で居続けるという半端な結論に至ってから、ナルトが不満そうにしているのも感じてはいたが、自分でもどうしようもなかった。デートしようぜ、と言われて一瞬喜ばしく思ったが、あからさまな行動はもちろんとれず。そのくせ少しでも長く一緒にいたいと思う気持ちに負けて、今日などは約束の時間よりも随分早くにナルトのアパートの呼び鈴を押してしまった。
自制心には、自信があったのに。
この声に擽られると、途端に頑なだった心が脆くなってしまう。青空を映す瞳に見つめられると、鉄壁だと思っていた決意も緩く溶かされてしまう。
「なあ、」
サスケを押さえつけたまま、ナルトが口をきる。昼下がりの太陽が、その金の髪の上で踊る。
……逆光、で。表情が読めない。

「好きだって、言えよ」

―瞬間。秘かに印を組んだサスケが、煙玉が弾けるような音と共に消えた。押さえていた肩が急になくなり、おわっ! と間抜けな声を上げてそのままナルトは地べたに四つ這いになった。
一拍置いて、そのナルトの背中にふわりと覆いかぶさるようにサスケが現れる。
そうして片手で黄金色の髪を優しく掴むと、そっとその耳に唇を寄せた。

「………気ぃ済んだかよ?」
真っ赤になったナルトを見下ろしながら、おもむろにサスケが言った。
その顔はナルトに負けないくらい赤い。
「お…おう」
ごしごしと赤くなった顔を擦って誤魔化しつつ、間を置いてナルトも立ち上がる。
なんとなくお互い所在ないような気分になりつつも、サスケが近くに刺さったままのクナイを引き抜いてほら、と声を掛けてナルトに放った。
「…修行の続き、やるぞ」
「あっ? あー…ああ、そ、そうだな」
「お前この術早くマスターしねえと、飛雷神の術にいくまでにジジイになっちまうぞ」
「え?」
「? なんだその顔。そのつもりじゃなかったのか?」
四代目の十八番だった術だろ? そう何でもない事のように、小首を傾げながら言うサスケに。
……あああ、やっぱコイツを好きになってよかったってば! と無性に思う。
「……サスケェェー!」
オレも、オマエが大好きだ! そう考えなしに叫んでしまった声に。
思わず身構えた黒い影に向かって、ナルトは心おきなく飛びついた。