「――ん、ぅ……っ!」
揺さぶりをかければ、その苦し気に抑えた声は押し出されるようにしてまた溢れた。
熱にまみれた吐息が忙しなく落ちる。深くまで慎重に突き上げてやればちょうどイイトコロに当たるらしく、サスケは耐えられないといった様子で奥歯を噛んだ。がくがくと震えてしまうらしい膝をもう一度立たせ、華奢な腰骨を掴み直す。手の内にある肉の薄さに、精一杯のつっぱりをみせる肘に、どこか残酷を愛する男の一部分が酷くそそられた。今しがた嗜虐趣味はないと言ったばかりではあるけれど、こうしてみるとあながちそうは言い切れないのかもしれない。そんな事を思いつつ、ゆっくりと汗で輝いている背中を、意味ありげになぞってやる。
「……ふ、ぅっ……ん、ン……っ!」
「は……やべ、きっつ……!」
伝えられるとそれがまた刺激になるのか、熱い肉が一段と締まっては咥えたものを抱きしめた。
ああたまらない、けれどダメだまだいかせてはやれない。かたく枕にしがみつく指に、もっと崩してやらなければならないと思う。もっともっと抱くのだ。その鳥の巣みたいにくしゃくしゃになった頭が余計な事を考えないようになるまで。強引な唇が啼き声を紡ぎ出すまで。
……いつだって自信満々な彼の口から出たまったくもってらしくない発言は、たぶん、どうやら、自分が持ってきた要らない荷物が原因らしかった。
信じられない事に。どうしてかこの艶めかしい人は、自分の肉体の持つ魅力に関し、さっぱり自信がないらしい。
いや、身体に自信が、というには少し違うかもしれない。厳密には自分の身体が持つ性的な魅力について、自信がないのだ。もっとピンポイントにぶっちゃけて言うならば、ずばり『穴が違う』という件について大変に深い煩慮を抱えているらしかった。……なんというか、非常に今更だ。むしろナルトからしたら激しくどうでもいい話である。
(んんん……やっぱ、わっかんねえなぁ)
乱され鮮やかに色付いた眼下の肌に、ナルトは思う。
こんなにも快楽に融けやすい身体で、男を煽る肌で――この人はいったい、なににそんな引け目を感じる必要があるのだろうか。
そりゃあ確かに、その身体はこれまで抱いてきた相手とはまったく違う。女の子の身体は男にとっては楽園だ。お花畑だ。どれだけ歩いても歩きつくせない夢の国だ。
けどそれが何だというのだ、このしろじろと輝く身体の、抱えた熱ときたら大変なものだった。汗で光る背の筋、ふるふると今にも崩れ落ちそうな理性にしがみついて必死で渦に巻き込まれるのを耐えている尻。月光に浮かび上がるその美しさは想像していた以上で、恥ずかし気な涙目にたまらなくそそられた。乱れてくれる彼が、乱せるのを許された自分が嬉しくて、嫌がられてもどこまでも彼をしゃぶりつくしたくて堪らない。
『――俺のことが好きだからとか、甘い事ぬかすんだろ?』
つい先程、照れながらも返された答えの純粋さに、問いかけたナルトは狂おしさのあまり胸を掻き毟りたい気分だった。ああ、そうだろう。きっと彼からしたらそうなのだ。遠慮も我慢も献身も、すべてがただただ相手の為ゆえのものだ。
起こした身体の下、組み敷いた彼はとてつもなくきれいだった。ベッドに縫い付けた宝物、汗に濡れ、月の光を返す白い身体。熱に融けた黒い瞳が、投げかけられた質問に従順な潤みをのせこちらを見上げていた。どれだけ突っ張っていてもやはり彼はピュアだ。汚れのないその想いに乗じて自分の我を通そうとする自分は、実際のところはきっと誰より罪深い。
「サスケ、」
耳元に吹き込んで引いた腰に、喘ぎとも呻きともとれない溜息が聴こえる。ずるりと引き出したそれをまた深く押し込めば、今度は間違いなく快感を訴える吐息がこぼれた。ゆっくり、じっくり、その奥を突いてはまた掻き回す。震える背中を世にも優しく撫で上げて、だけど逃げる腰は許さない。
「――ぁっ……な、ると……!」
「うん……気持ちい?サスケ、いきそう?」
切羽詰まった息遣いに尋ねると、こくこくと枕に伏せたままの顔が頷いた。んぅんぅとシーツで押し潰された声。その悩ましさに、堪らず伏せた身体をひっくり返した。突然開けた視界に驚く顔、一瞬吸い込まれた息に膨らむ胸。半開きになった唇のいとけなさに本能のまま顔を寄せると、シーツを掴んでいた手が溺れるのを防ぐかのようにぐっとまたそれを掴み寄せた。喰らいつこうとした瞬間、ふと意地悪で止めたそれに桃色の舌がちろりとフライングする。欲しがるその動きに恥じた頬がさあっと赤らんだ――かわいい。待ってろ、いまくれてやる。
「ひぅ、ん……っ!!」
奪うように深く唇を咥えこみながら体勢を変え前から貫く。熱を押し上げるように重く腰を打ち付ければ、シーツではもう頼りないのか白い腕が必死な感じでしがみついてきた。ずっと擦り続けている彼のものがぐっと硬く膨らむ。もう解放は間近だろう。合わせたくて、こちらも動きを速める。
だめだ、もぅ……!という消え入りそうな叫び。
吐き出された白濁を、擦っていた手のひらで全部受け止める。
………箱云々の話の前から、サスケがいつか離れていく自分に負い目を感じ、なにかと遠慮をしているところがあるのは、以前から気が付いていた。なにしろ自分はわかりにくさに関しては定評ある彼を読み取る事に関しては、ちょっと自信があるのだ。確か仲良くなりたての頃、顔見たさに朝な夕なにしょっちゅう管理人室を覗きに行っていた頃だろうか。伊達に大昔シカマルから、『お前マジでいつかストーカーで訴えられるぞ』と注意された自分ではない。
そうしてそんな自分に対し、ナルトが持っている色々を捧げてくるのを、彼はどうも素直にただ喜ぶわけにはいかないと思っているらしかった。下手したら数年後、離れて暮らす事になった時にナルトが自由を望むなら、別れを選択することも致し方ないと思っている節さえある。
こちらからしたら嘗められたもんだと思わないでもないのだが、しかしこちらはこちらで、後ろ暗い思いがないかといえばそうでもなかった。
だって自分は、その彼自身も平等に持っている筈の自由を奪いたいがために、彼を抱く。
抱いて、抱いて、それ無しではいられないくらいに、無垢な彼を溺れさせてしまいたかった。純な感覚に匂いを覚え込ませ、清廉な肌を唾液で侵し、そうしてその内側さえも自分の形でしか感じられないまでに仕立て上げてしまうのだ。
この先二人の間に距離ができても身体がただひとりを恋しがって啼くようになるまで、まっしろなその肌を自分の色で染め抜いてしまおうと思っていた。限られた時間の中、きっとそれは成し遂げられなくてはならない。迷う心を、遠慮する優しさを、肌に刻み付けられた記憶でがんじがらめに縛り付けるのだ。そうやってこの先彼がどれほど言い寄られようとも、けっしてこの綺麗で可愛い人を他の誰かに取られないようにしたい。
……うんざりするようなただの独占欲。
彼のような優しさや自己犠牲などというような美しいものは、自分にはまるでない。
「――……おーい、大丈夫かってば?」
出した後の脱力感か、すっかり使い果たした様子のその頬に触れて呼べば、伏せられていた目蓋はどうにかまだ持ち上がるようだった。小さく動いた唇に「ん?」と耳を寄せる。まど、という押し潰れた吐息のような呟きに、ナルトはうん?ともうひとつ首を傾げた。
「……窓、開けてくれ」
あつい、という訴えにああ、と苦笑する。視線を上げると、ベッド横の壁に広がるカーテンの無い窓には、きっちりとした施錠がかけられたままだった。腕を伸ばし、カラリとそのアルミのサッシを引く。こちらは本州と違い湿度が低いから、この湿り気は向かいの公園に茂る草木からのものだろう。流れ込んできたひんやりと湿った夜気に、開け幅を調整しつつそんな事を思う。
「クーラーいるほどじゃねえんだけど、閉めきるとさすがに暑いんだよな」
むつかしいってば、と振り返るも、横になったままのサスケはまだどこか意識が半分宙に浮いたままの様子だった。した後のサスケはいつもこうだ。緊張と弛緩の繰り返しにすっかり翻弄され疲れるのか、ぼおっと半目を潤ませている。実際のところ、サスケはすでに随分とナルトとのそれに懐柔されているようだった。コトを始めるまではあれこれ渋りはするけれど、いったん初めてしまえば本当に、あっという間に溶けてぐずぐずの身体になる。強情なのはその口だけだ。
「そんでもやっぱ東京に比べたら絶対涼しいよな」
「……ああ」
「水飲む?持ってきたけど」
「……飲む」
つい今しがた、彼がベッドでダウンしている間にキッチンから持ってきたミネラルウォーターのボトルをみせると、ようやくとろんとしていた思考も普段に戻ってきたようだった。黒い瞳がのろのろとまばたく。幾分その声も、先程よりはっきりしてきたようだ。
「……なんだよ」
身体を起こしては受け取った水を素直に飲む横顔に見蕩れていると、視線に気が付いたサスケが小さく言った。こくこくん、と滑り落ちていく水に揺れる喉仏。身体を許してくれるようになってから、ますます仕草に色っぽさが漂うようになった彼である。開花させたのが自分だと思えば、ますますその艶やかさがいとおしい。
「ん、べつに?なんでも」
「……だったらじろじろ見てくんなよ」
「なんで、いいじゃんか見たいんだもん」
だって好きだからさー、と歌うように言えば、んぐ、と飲みかけていたその喉が不自然な詰りに音をたてた。照れ隠しなのか、軽い咳払いをしたサスケはすぐに、「もういい」と言ってまた横になってしまう。
「ん?いいの、もう?」と言いつつも押し返されたペットボトルをすぐ横にある棚に置いて、空いたその隣に自分も転がり込んだ。
へへへ、と横に来た気配にちらりと視線を寄越したサスケに、笑いかけては更に身を寄せる。まだぽやっと締まりのない赤い唇。すっかり気を許した相手にだけ見せるそのあどけなさに、なんとも頬が緩んでしまう。
「気持ちよかった?」
出し抜けに尋ねると、その質問にサスケは少し面白くなさげに口を結んだ。それでも否定してこない事に気をよくして、更にこぶしひとつ分、寝転がった距離を縮め腕を伸ばしその身体を閉じ込める。
「気持ちよかったよな?」
「……」
「な?」
「……お前ほんとその質問好きだよな、いちいち訊いてくんなっての」
「だってサスケ、どうして欲しいかとか、どこされんのが好きかとか全然言ってくんねーんだもん。こっちから訊くしかねえじゃん」
たまにはちゃんと、口に出して欲しいってば。
そう言ってわざとらしく拗ねたふりをしてみせれば、純粋無垢な彼はほんのり責任を感じるらしかった。優しいサスケ。実際のところ、ここのところかなり彼は絆されやすくなってきているようだった。一度懐に入れた相手にはどうにも甘くなってしまうのも、うちはサスケの習性だ。
「ホントにさあ、何かないのして欲しい事。なんだってリクエストきくってばよ?」
そう言ってその白い耳に誑し込めば、まだ素肌のままの肩がぴくりと身じろぐのがわかった。その動きに(お?)と思う。これはもしかして、もうひと息押せば何かが引き出されてくるんじゃねえの?悪くない反応に、俄然気分も盛り上がる。
「あるだろ、いっこくらい」
「……」
「ほら、遠慮なんかすんなって。言ってみろってば」
「して欲しい事っつーか……気になっている事なら、ひとつあるが」
どこか歯切れは悪いがぽつり打ち明けられた言葉に、ナルトは更に(おおお……!)と身を乗り出した。なんだ、やっぱりあるんじゃないか。いつになく素直に口を割るサスケに嬉しくなる。これもひとえに普段から気持ちを込め懇切丁寧に彼に快楽を教え込んできた自分の努力の賜物ではないだろうか。
「なになに、なんだってばそれ!きいてやっから言えってば」
わくわくしながら先を促すも、サスケはまたもやそこで躊躇いをみせているようだった。
いや、でも。と渋る口に、チュッとキスで先を促す。
「でもじゃねーの。言えって、なんだってしてやるって言ってんだろ?」
「……してもらうんじゃなくて、俺がしたいんだ」
――いつも俺だけが、されてばかりだから。
訥々と打ち明けられた小声に、思わず胸が熱くなった。が、その一瞬後にふと思い留まる。この流れ……もしかしてまた上下問題に関する事だろうか。妙な勘違いで糠喜びした先日のワンシーンが頭を過ぎる。
「すんの?サスケが?」
「そう」
「……それってばもしかして、やっぱサスケも挿れたいって意味?」
「なんだ、それでもいいのか?」
緊張しつつも慎重に確かめれば、逆に気が付いたような声で訊き返されてしまった。げ、やばい。これじゃ自ら墓穴を掘ったようなものだ。さあっと悪くなった顔色に、目敏くサスケが気が付いては鼻を鳴らす。
「――『一部対象外』ってわけか」
「……う、まあ、その」
「よくもまあそんなんで、なんでもきいてやるなんて言えたもんだな。結局口だけじゃねえか」
ぼそりと呟かれた言葉に慌てて「……そ、そんな事なーいよ?」などとその場しのぎな笑いにいつかの恩師の真似を乗せてみれば、ビスクドールみたいな佳貌に氷点下のまなざしを浮かべていた彼は、ますますしらけたようだった。……うっ、だめだこれ完全にハズしたわ……。ひっこみがつかなくなった笑いに、冷や汗が出る。
「けどまあ、その件に関してはもう仕方ないっつーか……今更どうこうとかは、言わねえけどな」
そう言っては胡散臭い誤魔化し笑いで場を取り繕ったナルトにひとつ溜息をつくと、サスケは一旦口を噤んだ。ふいに部屋に流れ込む夜気が一層濃くなる。月夜の晩、植物たちの伸びる青々しい匂いも、また一段と強いようだった。
……本当に、言っていいのか?念を押すように、サスケがまた言う。
「もちろん、まかせろってばよ」
慎重な彼にどんと胸を張れば、向こうはじいっとそんなナルトの様子を見定めているようだった。それをわかった上で更に笑ってみせる。雨降って地固まるだ、さっきまでのぐちゃぐちゃもあった事だし、ここでひとつこのオレの頼り甲斐あるところを彼にしかと見せつけないと。
「ならその穿いてるの脱げ、ナルト」
いきなりそう下された命令に、(……はい?)と思わず首が傾いた。睥睨してくる黒いまなざし。表情のないその冷え切った声色に、おずおずと問い返す。
「え、オレ?」
「そう言っただろ」
「穿いてるのって……パンツも?」
「パンツも。全部」
なんだよ、なんでも言っていいんだろ――と抵抗すれば微妙に拗れそうな雰囲気に、ナルトは訳が分からないながらもズボンのウエストに手をかけた。夏用のジャージのハーフパンツは当然のようにゴム式だ。わけもなくスルンと脱げてしまうそれは、たいした抵抗もなく改めてベッド脇に立ったナルトの両足を滑るようにして膝を抜け落ちた。慣れた動作故か頭で考える前に一瞬で終わってしまったそれに、妙にそわそわと困ってしまう。
「………ええと、脱ぎました」
見張られながら脱ぐパンツはちょっとない恥ずかしさで、もじっと摺り寄せてしまう前が情けなかった。どしたらいいですか、といった小声の質問にもきっぱりと無視を決めたサスケだけれど、素っ裸になったナルトをみとめると今度は自分がベッドから抜け出してくる。
未だ説明のない内容に微妙に緊張していると、床に落とされていた自分の下着とハーフパンツを拾い上げた彼は、そのまま自分だけそれを穿いてしまった。「えっ、穿いちゃうの?」と思わず尋ねると、無表情のままのサスケが「ああ」と答える。
「……あの、やっぱこれって」
「違う。何度も言わせるな」
短い断りにホッとはしたが、同時にますますわからなくなった。どうやら確かにこれは、上下の交代劇ではないらしい。
(えー……じゃあいったい何だろ、サスケがしたいのって……?)
要領を得ないままでもとりあえず大人しくしていると、今度はすっとサスケが立っている目の前に来た。そっと確かめるかのように、胸板へと触れてくる白くたおやかな指先。どぎまぎと目線が釘付けになってしまうそれに、手のひらで隠した前にまた血が集まりだすのを感じた。身体を確かめるかのように肌の上を漂っている視線が、ちらちらとその隠した場所へいく。ふと一瞬合った目が、すっと恥ずかしがるかのように逸らされた。――不愛想はいつだってサスケの照れ隠しだ。そしていつもされてばかりだから自分からしたいという先程の発言。これらを全部素直に取るならば、これはひょっとすると、ひょっとして。
(……も、もしやお口でご奉仕、とかじゃ、ないだろうか……!?)
ゆるゆると恥じらうかのように自分の身体の上を彷徨い続けるまなざしが、どうやら最終的には下の方へと行きたがっているのを察すると、ナルトはにわかに期待する心を抑えられなかった。
そうだ。そういえばこちらからいつも彼にしてやることはあっても、向こうからそれをされることは今だかつてなかった。
マジか……すげえ、涙でそう。この人滅茶苦茶オレの事好きじゃんか。
ほんの少しうつむきながらも、身体に触れてはその筋肉の付き方などを辿る手付きに、思わず目頭が熱くなる………が。
「よし、じゃあ回れ右。後ろ向け」
またもや出された指示に、ナルトは再び(えっ?)となった。
後ろってなに、必要なのは前だろ?そんな事を思いつつも、腕をつかむ腕に立ったままぐりんと身体を半回転させられる。
「えっ……な、なに、なんで?」
「………」
「……なんで後ろ??」
「いいから、手ェつけよ」
言うや否や、とんと押されてきた背中に、身体は嘘のようにあっけなく倒された。顔からマットレスに沈まされそうになるところを慌てて両手をつく。あっ、手ェつけってこういう……?と唐突に腑に落ちたところで、後ろから腰を掴まれた。ぐっと引き上げられる尻。図らずも四つん這いのような姿勢をとらされてしまったところで、ギシリと背後からの音がする。
「――ちょちょちょ待って待ってサスケ、これなんか違うってばよ?!」
一気に噴き上がった焦りの中、慌ててタイムを叫ぶとナルトは急ぎ後ろを振り返った。おかしい、こんな形での口淫なんて、どう考えても不自然過ぎる。もしや騙し討ち……!?などと戦々恐々としつつ見たその顔は、しかし変わらぬ無表情のままだ。
「違うってなんだ、なにも違わねえよ」
「だだだって……フェラしてくれんじゃねえの?」
「あァ?誰がンな事言った」
そんなもんわざわざ、リクエストしてまですることでもないだろ。あっけらかんと切り捨てる言葉に、ガクリと肩が落ちるようだった。
第一それ、ついさっきまで俺のケツに入ってたやつだし。
おまけのように付け足された超現実的な話に思わず(そ、そうだけど……!)となりながらも、「じゃ、じゃあこれ、なにしようとしてんの?」とおそるおそる尋ねてみる。
「……言っただろう、いつも俺ばかりがされてるって」
抱えた尻にじっと視線を落とし、サスケは言った。確かめるような手のひらがそわりと緊張する丸みを撫でる。
言葉の落ち着きとは裏腹になんとなく迫る危機だけは予感できて、ナルトはごくりと息を飲みこんだ。窓から入る群青色した夜気が、粟立つ肌をひやりと撫でていく。
「上下については仕方ねえ。もともと俺が言い出した事だし、今更どうこうするつもりはない――が、それとこれとは、別の話だろう。俺がいつもされてる事そっくりそのまま返してやるから、たまにはてめえも俺と同じ辱しめを味わってみろ」
だってこれではフェアじゃない、というのがサスケの言い分なのだった。
ベッドの上、向かい合い直した膝と膝。サスケは変わらず立ち膝であったけれど、ナルトはほんのり前を隠すような正座である。
(な、なにそれ……フェアじゃないとか言われても)
つけつけと言われた事にやや呆然としつつも、ナルトはがっかりせざるを得なかった。
………ちがった。ぜんぜんちがった。
純粋かつ潔癖な恋人は確かに初心な恥かしがり屋だったが、同時に大変な負けず嫌いであった。そうだってばコイツにそんなの期待しちゃいけなかったんだと、今更ながらに思い知る。
「そんな訳だから。お前のも見せろ」
ケツ寄越せ、とざっくり言い切ると、身構える一歩手前を狙うように思いがけず逞しい力にぐいっとまた腰を引き寄せられた。シーツを滑る膝に、バランスを崩された上半身がぐらりと他愛なく傾いてしまう。うわ!と咄嗟に身を捩って逃げたところに(ちっ)と後ろで忌々し気な舌打ちが聴こえた。……逃げたか、というボソリとした呟き。その低さに本能的にぞくっとさせながらも、その顔をまた振り返る。
「なんで逃げる」
仕留められなかったのが不満なのか、そう言ったサスケは憮然とした様子だった。「にっ……逃げるってばよそんなの、当たり前じゃんか!?」と返しつつも、思いの外俊敏で強かった彼自身の力に、ばくばくとまだ鼓動が収まらない。
「なにが当たり前だ、お前いつも俺の見てんだろうが」
「み、見てるけど」
「だろ?だからそれがフェアじゃないってんだ。俺だって別に見せたくて見せてんじゃねえんだぞ」
「だ、だってでもそれしょうがないってば、してたらどうしても見えちゃうもん」
「どうしてもだろうが何だろうか関係ねえよ。ヒトの身体散々弄っておいて、自分だけは隠しとくなんて卑怯だろうが」
「えええ、ひ、卑怯っていうかなそれ……?!」
「なんでもきいてくれんじゃなかったのか?」
「……き、きくけどさ」
「じゃあ言ったからには黙って俺の好きにさせろよ」
相変わらずの突き抜けた論理に思わず絶句したが、言ってる本人は至極まっとうな主張をしているつもりらしかった。冴えわたる月光の中、上だけまだ着ないままの身体がしろじろと浮き上がる。表情を捨てたようなその鉄面皮になんだか困ってしまって、崩れた姿勢のままナルトは言葉を探しあぐねた。つまり、こういう事なのだろう。毎回受け身になっている自分は色々と恥ずかしいところを見られているのに、ナルト側にはそれがないというのが不満だという事なのだろう。
「い、いいじゃんか別に、そんな事気にしなくても。サスケどこもかしこもキレイだってばよ?見せて恥ずかしいとこなんていっこもねえって」
お前の全部が好きだって、いつも言ってんじゃんか。一向に効果のない呼びかけに今度はそう言って取り成してみるも、サスケはやっぱり表情を固めたままだった。「それはもう、何度も聴いた」というぼそぼそという呟きが暗い沈黙に落ちる。……しまった。普段から盛大に告白しまくっているのが、こんなところで仇になるとは。すっかり値崩れを起こしてしまった口説き文句に、進退窮まって頭が痛くなる。
……とはいえ、サスケの言いたい事も、まったくわからない訳ではないのだ。しかし並べられた言葉にはどうにも不穏な空気が漂っていた。どうしてこうなっちゃうんだろう、彼の事はいつだって、大事に大事に念を入れて愛しているつもりなのに。それだけじゃダメだったんだろうか。それともオレの気持ちがまだまだ足りないせいなのだろうか。
「な、だからそんなの忘れて安心してオレに身を任せてさ」
「そういう問題じゃねえよ」
「オレのなんて見たってしょーがないってば、別に面白いもんでもないし、それに」
「……ナルト」
あれこれ思いつく限りの言い訳で返事を濁そうとするも、やがて小さくサスケに呼ばれると、それも静かに打ち切られてしまった。
ゆるりと上げた視線の先、怒ったようなそれでいてどこか寄る辺ないような不安をわずかに混ぜたような瞳が、唇を結びこちらを見詰めている。
「――…そんな、嫌か?」
ぽつり黙ってしまった空間に落とされた声は、不意打ちの弱弱しさだった。
不安に揺らぐすべすべの頬、恥じらうようにそっと伏せられる艶やかに長いまつ毛。
整い過ぎな程の美形が見せた束の間の綻びを目にした瞬間、ナルトの腹の底からは熱く湧き上がるものがあった。オレとした事がなんたる失態、このかわいい人にこんな表情をさせるなんて。縛るのならばその代わり、命を懸けてでも絶対に幸せにすると決めているのだ。なんでもきいてやると言ったのはこの口じゃないか、今こそオレの頼れる彼氏としての力を遺憾なく発揮すべき時だろうが……!
「――バカ!なに言ってんだってばサスケ、このオレがお前に嫌なんて言うわけ――!」
「そうか、ならいいな」
溢れる思いのままに熱弁を奮おうとしたところで、あっさり断じるとサスケは再びぐっとナルトの腰を掴んだ。エッいやちょっと待ってオレ今まだ話がね?!急転したその様子に泡をくいつつ咄嗟に掴んだ枕に縋るが、問答無用にまた尻が引っ立てられる。ついさっきまでサスケが必死な様子で抱きしめていたそれは、彼が危惧したとおり濡れた髪によって僅かに湿らされてしまったようだった。 むずと突き出した尻たぶを両の手が掴む。
自分の身体が決して今清潔ではない事を思い出したのはこの時だった。つい先程汗まみれのセックスをしたばかりのそれ。流すことなく乾いてしまった肌に、いきおい焦りが噴き上がる。迷いのない動きに「ま――待って待ってサスケいいんだけどそんならせめて一度風呂に!」と堪らず叫ぶも、「うるせえ、窓開いてんだ大声出すな」という先程とはまったく違う叱責が飛んできた。ああいつもながらなんて鮮やかな手のひら返し、好きだバカこんちくしょう。
「ふぅん……なるほど」
ふるふる怯える尻に、覗き込んだサスケが上げたのは、なんとも色気のない第一声だった。
覗かれている気配、どこか納得するかのような微かな吐息。
暴かれてしまった事よりも、綺麗な彼に自分のそこを見られているというその事実がなにより恐ろしかった。逃げたくて膝が震えてしまう。だけど情けなさの中に奇妙な興奮と期待があるのも否めなくて、気が付けば恥ずかしいくらいに息が上がってしまっている。
意外とここは色素薄くないんだな、普通だ。
まるで被検体を評価するようなコメントに(うっ)と込み上げるものがあった。普通って。
「……普通とか言わないで」
「あとちょっと毛が生えてる」
「………実況中継もやめて」
なんだよ、自分のがどうなってんのか気にならねえか?という本気で訝しむような声に、「気になっても今教えて貰わなくてもいいってばよ……!」と思わずカッとなり小さく叫んだ。どうなのこれ、同じ目にってこんなデリカシーない事はオレした事ないし。辱しめってこういう事かと奇妙に腑に落ちたが、どうも理不尽さが拭えない。まあ確かにハズカシメられてる感だけは、やたらあるのだけれど。
「も……もういいだろ?そんなじっくり見んなってば」
触られはしないまでも、じっくりしげしげと注がれてくる視線に、いよいよ耐えきれなくなってナルトは言った。高く上げさせられた尻が情けない。ぷらんと垂れてしまった前も、この状況にすっかり意気消沈してしまったようだ。
「ひでェよお前、さっきからさ。これじゃまるでオレ、人体実験でもされてるみたいだってばよ」
流石にちょっとふてた気分になってそう言えば、そこに注視していた顔がチラリと上がった。
そうだ、知らなかったのか?などとしれっと返されてきた声に、むうっとまた抱えた枕に力がこもる。
「――ぜんぜん優しくなんかないだろう、俺は」
だから『なんでも』なんて、そう簡単に言うんじゃねえよ。
ぽつりと最後に落とされた言葉に、思わず(え?)と瞳が開いた。振り返ろうとしたその背中をやわらかな唇がそっと触れ、濡れたものがちろと肌を舐めてくる。にわかにまた決して綺麗でない身体の事が思考をよぎったが、ぞくっと腰を抜けていく感覚に言葉が阻まれた。言葉とは逆に触れてくる指はどこか恭しい。止める間もなく、舌は動き出す。
「――ひゃっ……ぁ!」
さらりと落ちてくる髪。くすぐったさと同時に、濡れた舌先が背中をゆっくりと辿っていった。
唾液が途中で切れてしまったらしい愛撫がキスに変えられる。ちゅう、とほんの少しだけ吸い付きながら移動していくそれは、しかしやはり慣れていない拙さがあった。脇腹を長い指がそっと撫でるのがくすぐったい。やがてそれらが胸板を彷徨いだすと、胸にある二点で立ち止まった。先を尖らせようとしているのか、くるくると撫でる指の腹は官能的であろうと頑張っているようだったが、どうにもこそばゆさが先立つそれについ「くひひ」と背中が丸まる。
「や、ちょっ……ダメだってばそこ、くすぐった……!」
「……なんだ、ここは感じねえのかよ」
思っていたのと違う反応を返されたのが面白くないのか、乳首を弄っていたサスケはむすっとしてそう零した。優しかった指先が、見限ったかのように最後にぎゅっとそこを摘まみあげる。ヒッと痛みに竦み上がった瞬間、どういうわけかじわっとなにか熱いものが股間に集まったような気がした。あれ?と思いつつも危うさをはらんだそれにちょっとドキリとする――危ない。気を抜いていてはダメだ、なにしろサスケだし。うっかりしていると次々開けられてしまいそうな新しい扉に、慎重に施錠しつつ、笑いを収めどぎまぎとまた枕を抱える。
乳首を諦めたらしい手はそこから離れると、するりと下へと向かう。
性毛を掻き分け、掬うようにして陰嚢を手のひらで包むと、調子よくもまた力を取り戻しつつある幹を避けるかのように、ゆるゆると起伏のない愛撫が施された。
「……ん……っ」
こりこりと膨れてきた陰嚢を揉んでいた指がようやく前に絡むと、思わず安堵したかのように溜息が出た。先を撫でる手のひらに、誘われるように腰が揺れてしまう。しかし数回扱いただけですぐに離れてしまった手に、ナルトは(えっ)と急ぎ後ろを振り返った。「あ、ゃ……も、もっと」という切ない願いにも、サスケは「あとでな」と無表情で見下ろすばかりだ。
「う……さ、さすけぇ」
「ヒトにどうこういうのは勝手だがな、比べててめえは堪え性がないんだよ。ちったあ我慢も覚えろ」
わかったな?という言葉に不承不承ながらも口を噤むと、ぬるっと後ろに触れてくるものを感じた。覚えのありすぎるこの流れ。げ、ウソだろと思いつつ慌てて後ろを振り返る。
「ちょっ……ちょちょちょたんま!!!ダメだってばそれは!」
慌てて四つん這いの片手でソコを隠すと、ナルトは掠れそうになる喉を振り絞り必死で言った。
濡れた指先を庇うように上げたまま、変わらず整った表情のままのサスケがじっと見つめ返してくる。
「そこまですんの!?」
「する」
「い、いけませんサスケさん、そんなことまでしちゃあ……!」
「うっせえ指だけだ、ケチケチすんな」
力抜け、と低く囁かれた瞬間、隠そうとする手の隙間から「つぷ、」と先が入り込んできたのがわかった。ヒエエエと叫びたいのを必死で堪える。そのままぐぐぐと進められるそれが思いの外深くて、恐ろしさと異物感についた膝がどうしても震えてしまった。中に入った指は、やがてゆっくりとなにかを探りだす。職業柄その位置は端から把握しているのだろう。ほんの少し動いただけでわけもなく見つけ出したその一点を長い指先がそっと押した瞬間、どうあっても抗えない感覚にビクリと腰が跳ね上がった。
「――ひっ、ぃ……ッ!?」
「……あった、これだな」
ゼンリツセン、という事務的な囁きと共にまた更にそこを撫でられると、呆れるほど簡単に下腹に射精感が募るのがわかった。ぬるぬると指が行き来しだす。的確に快楽を押し上げてくるその動きに、乱された息がどんどん熱くなった。震えてしまう足のその立てた腿の裏に、うすい唇がそっと、触れるだけのキスをしてくる。あっけなく硬く立ち上げられてしまった前が、はしたない雫をぽたぽたとシーツに落とした。逃げ場のない快感に勝手に腰が揺れて、食いしばった歯の隙間から漏れる喘ぎが抑えきれない。
「ぅ……や、だ……めだってばサスケ、ちょ、これ以上、は……!」
「なに言ってるお前、こんなの序の口だ」
まだまだ、この先はこんなもんじゃねえぞ。そんなふうに言いながらまたぐっとそこを刺激されると、すっかり乾いてしまった喉がまた引き攣れた息をのんだ。そんなふうに細い指先でゆっくりそこを攻める傍ら、唇はひくひくと浅い呼吸に喘ぐ脇から尻までのルートをそっと辿る。
強い刺激とこそばゆい快感の狭間、抱えきれない昂ぶりで喉を涸らしていると、つうっと最後に辿り着いた臀部のてっぺんで、彼はふと思い付いたようにがぶりとそこに噛みついた。
白い綺麗な歯がつける楕円の痛み。不意打ちでされたそれに堪らず「あっ……ン!」とうわずった叫びが漏れると、後ろの彼がくすりと笑う。
「意外と甘い声で啼くんだな、お前」
――からだはこんな、しょっぱいのに。
感心しつつも面白がるかのような響きに、枕に押し付けた顔がかあっと熱くなった。
燃えるような恥ずかしさと一緒に奇妙な歓びが広がって、際の衝動にもう身体の抑えが効かなくなる。
「……む、むり」
「あ?」
「ごめんホントごめん、あとでいくらでも怒ってくれていいから――!!」
「――っておい、おまっ……!!」
振り切るのは簡単ではなかったが、一度思いきればぐんと起き上がった身体で形勢逆転するのはあっという間だった。向こうは向こうで、なにやらこの行為に没頭していたらしい。突然の反乱に一瞬固まったところを、身体の重みに任せぐるりと上下を入れ替わると、ベッドに仰向けとなったその両の手首をすかさず押さえつける。
それでもどうにも真正面からは顔が見れなくて、その肩口ナルトは額を寄せた。
一拍おいた深い呼吸と、そうしてから出される「おい、」という低い声。
……ハイ、と答える自分のその頼りなさに、我ながら悲しくなってくる。
「話が違う」
言い渡されたひと言に、(ウッ)と詰まりながらもナルトは「……そ、そうデスネ」とまた視線を逸らした。
乱れたシーツに押さえつけた手首のその確かさ。月明かりの中、冷ややかに向けられる眼差しには憤然としたものも確かに混じってはいたが、こうなってはもう怒られても仕方がないというものだ。
「なんだってしてくれるんじゃなかったのか」
「……そのつもりだったんだけど」
「やっぱり口だけじゃねえか、だいたいが無理ってなんだ無理って、全部お前がいつも俺にしてることじゃ」
「――いやだってしょーがないってばほんとヤバかったんだから!あのままじゃオレってばケツだけで――!」
憮然と並べられる叱責につい飛び出しそうになった本音にハッと口を噤むと、つらつらと文句を突きつけようとしていたらしいサスケの動きがはたとして止まった。
一瞬の間。余程意外だったのか、じいっとこちらを見上げながらもぽかんと開いてしまった唇が、やがて発言に理解が及んだのか「……へえ?」と呟くと、ニンマリとした笑いに形を変える。
「ケツだけで、なに?」
「うっ……いや、その」
「いっそお前のが素質あるんじゃねえの」
「ちがっ……――ず、ずるいってばお前、医者に普通の人間が身体弄られて勝てるわけねえだろ!」
「バーカ、そんなの関係あるか」
才能だ、才能。小馬鹿にする響きでそう仕返しすると、サスケは大層気分良さげに鼻を鳴らした。開けた窓に一瞬感じた肌寒さは、火照る身体にはもう感じられない。
ナルト。――呼ばれて、ふとその顔を見下ろした。
組み敷かれた所から眇めた黒が偉そうに見上げ、悪戯じみた唇がほんの少し端を持ち上げる。
「――気持ちよかったか?」
機を狙っていたのか、尋ねるサスケは実に晴れ晴れとした様子だった。
どうしようもなく好き過ぎる顔に、思わず悔しくなって顔を伏せる。
額を乗せたその肩は、さらりと滑らかに乾いていた。……くそう、いい男だなあこいつ。汗ばんだ自分とは正反対のそこに、なんだか酷く負けたような気分になる。
「……気持ち、よかったってば……」
「そうか」
「……~~~やっぱなんかズルくねぇお前?!オレなんてほんといっつも必死だし、努力を重ねての今なのに……!」
「は?何だそれ、指一本でそこまで必死になる程だったのか?」
まあ……そんなに気に入ったようなら、これからもちょくちょくしてやってもいいが。色男から一転、乙女のように恥じらいつつもそんな事を口にする彼に、ぎくりと胆を冷やされつつも慌ててその両手を抑え直した。
いやっ……だ、大丈夫だからそれは、今のままでホント満足だから!
そう言っては真剣に覗き込む青い目に、サスケは「ふぅん?」と要領を得ない様子だ。
「……お願いだからあんま無自覚に、やたら色んな扉ノックしないで」
「意味わかんねえよお前、んな事よりそろそろ退けって」
風呂入って寝るぞ、とすっかり済んだ表情でさらりと言い出した彼にまた(エッ?)となると、向こうは向こうで(?)となったようだった。
なんだよ、今日はもう無理なんだろ?ごく素直な口調で尋ねてくる言葉に、「あ、いや、その」ともぞもぞ言い澱む。
「そっちはもう無理なんだけど」
「?」
「……こっちはどうしたらいいですか」
「こっち?」
訊き返す彼に揺らした腰で暗に伝えると、ハーフパンツに触れてきた硬さに、サスケはすぐに気が付いたようだった。(あ、)と今だそそり立つそこに一瞬驚いたような彼だったけれど、口に出されたのは「……俺明日仕事だから」などという言い訳じみた言葉だ。
「なんか……適当に、自分でなんとかしてくれ」
「!!ひどっ――こんなんにしたのサスケだろ!?」
「アレ使えよお前、今こそ例の箱の出番だろ」
「うそォォ……都合良すぎんだろソレ、だいたいがオレもうアレ捨ててきちゃったし!ウチに無いし!」
「は?」
下のゴミ捨て場に置いてきちゃったってばよ、と打ち明ければ、聞いたサスケは唖然としたようだった。「なんだそれ……いつの話だ」と開いた口のまま訊いてくる声に、「さっき。お前がお前風呂に行ってる間に」と憮然として答える。
「サスケいつまでたっても風呂から出てこねえし。待ってるの落ち着かなかったから」
「……まさか、あの間に全部か?」
「全部だってばよ?DVDとかも燃えるゴミでいいって、前にサスケ教えてくれたじゃん」
ちゃんと分けました、とニンマリ伝えると、いよいよサスケは言葉を失ったらしかった。
開けた窓の外で、餌をねだるような猫の甘い物欲しげな声が聴こえてくる。
ここは元々ペット可のマンションらしいから、どこかの部屋で飼われているものなのかもしれない。そんな事を思いつつ、まだ開いたままの唇にチュッとひとつ吸い付けば、ぽかんとしていたその顔が驚いたように目を瞑った。カワイイ。最高カッコいい恋人もいいけれど、やっぱりこっちのサスケも堪らない。
「……またそうやって勢いだけで後先考えてない行動を」
「だってオレ、口だけじゃねーもん。行動で示すんだってば」
なァ、だからさ。呆れかえっている様子の整い顔にニヤリとしては、ハーフパンツのウエストに意味深な指を滑らせると、仰向けにへこんだ薄い腹筋がひくりと素直な反応をみせた。
――今度はちゃんと、お前の声も聴かせてな?
シーツに散る髪の隙間から楚々とした耳を見つけ出し、ふとこちらからも言う。白々としていた頬にはまたうっすら色が差したようだった。困ったような、ふてたような口先がむうっと尖る。けれど覗き込んだ黒には月明りと一緒に、ゆるりと絆された何かが溶けている。
「……まだ言うか」
「言うってばよ?」
「しつけえなァ、ホントに」
「しつこいってばよ?オレは」
知らなかった?とわくわくするように仕返しすれば、またうんざりとサスケは目を細めた。
窓の向こうに広がる真夏の夜はまだまだ明るい。くしゃくしゃに乱れた髪をそっと手で梳きながら、指の背でその頬に触れてみた。産毛のような淡い輪郭を誘うように撫でてやる。密やかな影を落とすまなじりがそっと眇められると、ふんと面白くもなさそうにサスケが鼻を鳴らす。
どうやら、お許しが出たようだ。
「………窓閉めろ、ナルト」
やがて(しかたねえな)といわんばかりの舌打ちと共に、ぼそりと命令は下された。
「はいはい、任せろってばよ」というウキウキ応じるナルトの声が、真夏の長い夜を閉じ込めるような銀の錠の音に、かちりと綺麗に重なった。
「……なんだこれは」
ただいまと言うや否や目に飛び込んできたブツに、連休明けたまっていた仕事でどっぷり疲れ果てていた身体は更にぐったりと肩を落とした。
玄関先で待ち構えていたのはモコモコとしたヌイグルミ仕様のスリッパだ。何かのキャラクターなのか、つま先から甲を覆う部分には白いヘビが象られている。
「おかえり!よかった、あんま遅くならず帰ってこれたんだな」
お疲れさんだってばよ!と快活に応えては出てきたナルトに更に絶句する。スウェットの足に履かれているのは、同じくたっぷりとした毛で覆われた部屋履き。こちらは目にも鮮やかな真緑のカエルだ。
「晩飯、今日はオレ作ったから。簡単なのしかできなかったけど」
「ナルト」
「あ、でもメシよりも先に風呂にするぅ?――なーんて新婚さんのお約束してみたりして!うひゃ~~なんか照れるってばよ!」
「……新婚とかお約束とか関係ねえよ!ンな事よりなんだこのふざけたスリッパは、なんでこんな暑苦しいもんがここにあるんだ!?」
こんなもん買ってくんなよ、と言下に言い捨てれば、にまっとその妙に浮かれていた日焼け顔が企むかのようなものになった。シーズンオフになってからアリーナ外でのロードワークや、炎天下で行われるチームのサポーターに向けたイベントが増えたせいか、ナルトはここのところ実にいい色に焼けている。
「オレはこういうのが一番嫌いなんだ、お前知って――……!」
「違う違うコレ、貰ったの今日。エロ仙人に」
「あ?」
「引越し祝いだって」
木の葉丸があっちに置いてきてたオレの忘れモン持ってきてくれた時、一緒に預かってきてくれてさ。
そう言ってはパタリと鳴らしてみせる足の巨大さに、また言葉を失った。なんだこれは、スリッパというよりもモップだろ。必要性のまったく感じられないそれは、しかしナルトにとっては今や親代わりとでもいうべき人からのプレゼントらしい。
「これ一応うちのチームグッズなんだぜ、フロッグスリッパ!オレのサイズないからわざわざ特注してくれて!」
「……なんでオレはヘビなんだ」
「あ、いや皆は最初『鳥』で探してくれたらしいんだけどさ。フォルム的に見つかんなかったんだって、そういうスリッパ。だからヘビで許してって」
冬になったら履けって言われたんだけど、かわいかったからちょっと履いてみちゃった!
そんなふうに浮かれた様子で足をパタパタさせるナルトに呆れ果てながらも、事情を把握したサスケはひとまず息をはいた。……なるほど、これは長らく寮生活を送っていたナルトへの、チームメイト達からのジョークを含んだプレゼントというわけか。引越しのとき会った実直だがお笑いも好きそうだった後輩を思い出し、妙に納得しては玄関にスリッパを残したまま部屋に上がる。
書斎としてひとつ貰った自分の部屋で着替えを済ませ、ワイシャツの代わりにいつもの洗いざらしの半袖シャツになれば、ようやく人心地つくようだった。……やっぱり仕事のある日の前は、二回目はしないでおくのが賢明だな。朝出る時から既に疲れを引き摺ったまま動き回っていた今日に、ぼんやりとそんな反省をする。
洗濯ものを洗い場の籠に出し、食事の準備を始めてくれているらしいダイニングにふらりと向かう。手伝うか?と尋ねてみるも「いい、今日はオレ休みだったし。座ってて」という気遣いに返されて、ほうと息をつきつつ言葉に甘えてテーブルについたが、やはりそこでまたサスケは首を傾げた。
「……? なんか、茶碗と箸が違わないか?」
並べられたのはどうも見た事のない食器で、どうやらそれはナルトのそれと同じ、いわゆるお揃いで誂えられたものらしかった。ただしほんのひと回り分だけ、サスケの方が小さい。食事の量の差は確かにあるので丁度いいといえば丁度いいのだが、なんというか、これではまるで、夫婦茶碗のようではないだろうか。
「おい、これは」
「あ、それもな、今日宅急便で送られてきてさ。東京の木の葉荘から」
「は?」
「カカシ先生とか重吾さんとか、あとキミマロ?さんとか……チヨバアの名前もあったかな。なんかこの茶碗あの例の絵描きの人が作ったものなんだって、今そのヒト絵の方だけじゃなくて、土弄りにもハマったらしくって」
「作ったって……」
じゃあこの微妙に男夫婦な感じのセットはあいつの仕業か、とようやく腑に落ちたが、同時になんともいえないもやもやも残った。黒檀か何かの高級材で出来ているらしい箸は、流石に同じものが二揃いだ。というか、これが用意されたという事は、あそこの連中にナルトと自分が一緒に暮らすようになったのが知れ渡っているということではないだろうか。……なんだか酷くろくでもない話になっているような気がする。特にあの茗荷頭が中心にいそうなのが更に怪しい。
欝々とした予感にムスリとなっていると、ふとキッチンのカウンターに置かれた物体に気が付いた。
きちんと並べられたそれ。双子のようにそっくり同じ形をしたマグカップは並べてみると赤いハート模様が完成されるという、なんとも肌が痒くなるソレだ。
「ちょっ……――なんだあのカップは、ふざけてんのか!」
いよいよ我慢できなくなって立ち上がると、流石にこれはちょっと恥ずかしいと思ったのか、サスケの苛立ちはナルトにもすんなり伝わったらしかった。しかし「あー、なー?あれはちょい、恥ずかしいよな」という顔は、見る限りどうもまんざらでもない。
「それ、オビトさんから送られてきたんだってばよ?」
照れ笑いと共に明かされた名前に、いよいようんざりと頭を抱えた。なんとなく予想はしていたが、やっぱりあいつか!
「あの野郎、面白がりやがって……!」
「なんかイズナちゃんと一緒に選んでくれたんだって。大事にしてねってさ」
続々と届けられてくる引越し祝いはありがたかったが、どうもそこはかとなく面白がるような風情を漂わせる送り主達に、なにかひと言もの申してやりたくてサスケはぎりりと奥歯を噛んだ。あいつら絶対この同居を面白がっている。近日中に何か釘を刺しておかねばなるまい。
「ちなみにな、オレが今日買ったのはこれだけ」
むかむかとしているところに、便乗するかのようにナルトが差し出してきたのは、昨日ドラッグストアで見つけたハーブのハミガキ粉だった。なんだよ、こいつ結局これ買ってきたのかよ……照れ笑いを浮かべるナルトに、どっと疲れた気になる。
「お前もか……要らねえって言ったしお前も了解したんじゃなかったのか」
「いや、なんか昨日いろいろ危機感を感じちゃったからさ。なんつーか負けてらんねえっていうか、オレもまだまだだなっていうか」
「あァ?負けてらんねえ?」
尋ね返しても、ナルトは誤魔化し笑いのようなもので有耶無耶にするばかりだった。自分で買ったんだからいいだろ、と言っては誤魔化す彼に、うさん臭さを感じつつも重い溜息が出る。つまりこれで、諸々のタイミングに合わせたキスも付け加えられるわけか。ますます朝が忙しくなる。
「――あ、けどあれだサスケ、宅急便以外にも来てるものあるってばよ」
はたと思い出したかのように上げられた声に、ふと付いていた頬杖を外しナルトを見た。
「来てるもの?」と尋ねると、ん、と空色がぱたりとまばたく。
「郵便。なんかシカマルからオレらに」
「シカマル?あいつなんでもうここの住所知ってるんだ」
「あ、オレが教えたんだってば、なんかこの前スゲー久々に連絡きてさ、手紙送りたいから住所教えろって」
なんだろな、と言いつつ見せられた封筒は、まっしろでなんだか随分とかしこまった感じが漂っていた。それぞれに一通ずつ出したらしい。きちんとした毛筆で宛名を描かれた封筒はふたつあり、それぞれに宛名が書いてある。
開けてねえの?と訊くと、ナルトはなんの気もない様子で「ん、」と頷いた。いや、手紙来てんのは気が付いてたけどさ、カーテン取り替えてるうちに時間掛かっちゃったし、サスケ帰ってきてから一緒に開けたらいいかなって。
「だから中は知らない。シカマルも教えてくんなかったしさ」
「ふうん」
「開けてみようぜ」
ちりっと音をたてて端から破けば、白い上質紙の封筒から出てきたのは更に上質な感じのカードだった。見た瞬間ぱっとナルトの顔が輝く。その理由は同じく封筒を開けたサスケにもすぐにわかった。
見合わせた顔にどちらからともなく声がでる。
妙なシンクロで絡み合ったそれは、防音の部屋の中でどちらもひっくり返って響いた。
「「――結婚式!?」」
【end】
のろのろ運転ほんとうにスミマセンでした。
いつかの夏にまたこの続きでお会いできたら嬉しいです.