二番目の風呂はまだ先達のぬくもりが僅かに漂っていて、足裏に感じる濡れた床にも、ひやりとした緊張感はなかった。シャワーコックを捻ろうとして、瞬間戸惑う。固く締められすぎたそれは、今日から一緒に暮らす同居人の仕業だ。
(……あいつめ。これじゃすぐにパッキンがダメになっちまうだろうが)
ち、と舌打ちしつつかなりの力を要した開栓に、いきなり先が思いやられた。後でちゃんと言い聞かせなければと思いつつ、タオルバーに干されているボディタオルを引っ張る。
あわあわと落とした液体ソープを揉みこめば、白い花のような香りがたちのぼった。普段使っているものよりもふにゃふにゃとしたその触り心地に、掴んでいる指が沈む。サスケが選んだものに対し「え、こんな硬いのオレってばムリ、肌剥けちゃう」などと女子のような事を言って、棚からこのクリーム色した一品をチョイスしたのはナルトだ。本当ならば自分はもっとざりざりした、しっかり洗えている感じの方が好みなのに。肌に擦り付けてみても、滑っていくような感触にもうひとつ不甲斐なさが残る。
(カーテン、明日ナルトに忘れないよう交換してもらってこないとな)
物足りなさを感じつつも洗い終えた身体の泡を流していると、とりとめもない思い付きの間に、いまだに電気をつけられない居間の事が浮かんだ。確かに見事な月夜であるからこそ誤魔化しもきいているが、二日連続でのそれはちょっと苦しい。そんなことを考えつつ、ぼんやりとあれこれを思う。
食器洗い用洗剤を忘れたから、カーテンと一緒に買ってきて貰わないと。
台所の水道がやたら勢いがあるけれど、あれはあのままでいいんだろうか。
明日の仕事明けはたぶん書類関係溜まってるな、昼休み返上で片せば終わるだろうか。
保証人になってくれたオビトとカカシに連絡入れるの忘れたな。まあ明日でいいか。
ナルトのやつは相変わらず本当に堪え性がないな、暇さえあればべたべたしてきやがって。
(……頭ン中それしかねえのかあいつ、あんな山ほど他の遊び道具も持ってきたくせに)
つらつらと並べられていった思考のなか呆れたように思えば、またあのやにさがった笑顔が思い浮かんだ。今日だけでもう何回その腕に拘束されたことか。忙しい時はするなと叱れば一応はしょげてみせるが、ナルトは全然反省はしない。それどころかその風貌を逆手に取った彼は、この頃は人前でも外国人を装って平然と仕掛けようとしてくることさえあった。何を考えているのか、今日行ったショッピングモールの駐車場でもイグニッションキーを回した途端、隣でシートベルトを填めようとしていたサスケの頬にいきなりキスをしてきた。恥じらいも外聞も、ついでに遠慮もあったものじゃない。
『いやー、ごめんってば!なんつーかさァ、その――…なんか全ッ然、足りなくてさ!』
日本人としては過剰過ぎるスキンシップに憮然となれば、彼はそう言っていつも照れくさそうに笑うのだった。罪深いのはその笑顔だ。腹が立つことにどうもあの上目使いで「ダメだった?」とやられると、つい言い返す言葉に詰まってしまう。
青い瞳は昔から人を絆すのが上手かったが、年を取ってナルトはさらにその腕を上げたらしかった。そもそもが怒られてもいいやの体でくるのである。実行されてからいちいちそんな風にうかがいをたてられたところで、ダメだったかもなにもないというものだ。
(――いや、違うな)
嘗められてんだ、俺が。シャワーの湯を止めると湯気ごと熱が排水溝に流れていくのを眺めつつ、サスケは思った。
言ってもやめないのは、サスケ自身の本気が足りないからだ。やめろと言いつつもされてしまえばけっして嫌ばかりではない事が、ナルトに見透かされているのだろう。
『お前ってば意外と――夢中になると、声、我慢できなくなっちまうみたいだし』
ふと鼓膜に甦った囁き。一か月ほど前、不動産屋で引っ越し先を探していた最中言われたのは、そんなひと言だった。苦笑が混じっていたその響きに、思わず入り途中だった湯の中へざぶりと身を沈める。湯気をたてているのはナルトが先に使った湯であったけれど、残されたそれは少々潔癖気味なサスケから見ても汚れているようには見えなかった。たぶん彼なりに気を遣いながら一番風呂を使ってくれたのだろう。確かにむこうはむこうで、気にするべきところではちゃんとこちらを思いやってくれているのだ。
ゴールデンウィークの最終日から、二か月と半分。連休までは帰省するための休みを勝ち取るためにかなり無理をしていたからナルトとの時間も取れなかったけれど、それを越えなおかつ自分が仕事にやや慣れてきたこの頃は、月に何度かはお互いどうにか都合をつけては一緒に過ごせるようになっていた。とはいえ、大概はどこに遊びに行くというわけでもなく、落ち合って外で食事をしてしまうとなんとなくお互い肌が恋しくなってしまうのだが。
……気が付くとどちらからともなく口数が減っていて、ナルトの車は暗黙の了解のように、例の場所に停まっていて。
まるでふたりして、とびきりおもしろい遊びでも発明してしまったかのようだ。うっかりするとぐずぐずのまま雪崩れ込んでしまうから、最近のサスケはむしろ自分を制御するため、抱きついてくる大きな身体と距離をおこうとしていた程である。
(けど、向こうからしたら――違ったんだろうな)
……足りないってのは、そういう意味かよ。
ゆらゆらと湯に浮かぶバスルームの電灯の灯りにぼんやり結論付ければ、苦笑いを浮かべるしかなかった。
ナルトの、『マル秘』箱。それを見つけたのは昼間の事だ。
山と積まれた荷物の中あたかも日用雑貨が入っているような風体で紛れていたそれはご丁寧な注意表記付きで、見つかった瞬間のナルトの動揺ぶりと持ってみた軽さなどから鑑みれば、そういったことに疎いサスケでも流石に察しがついた。ホームセンターでの問答により決定的になったそれは、今はナルトの荷物ばかりが詰め込まれている寝室のクロ―ゼットの奥の奥にあるはずだ。大きな体がそそくさと片付けに行っている間、見張り番のようにサスケの前に残された彼の後輩の、居た堪れないような気まずいような妙に気遣われるような、なんとも泳いだ目付きが忘れられない。
ナルトがあんなものを後生大事にこの部屋に持ち込むなんて、正直思っていなかった。
少なくともサスケの方は、そんなもの持ってきていない。
けれど思春期からこちら、周りを見渡してみてもそういった点ではサスケの方が珍しい部類に入る筈で、よくよく考えてみればナルトのソレは男の所持品としては別に何もおかしい物ではなかった。
そりゃあパートナーがいるのに失礼だろという気はしないでもない。しなくはないのだが、しかし同じ性を持つ者としてナルトの身になってみれば、その行動にもまったく理解ができないわけでもなかった。
だってどう言い訳しようと男の目に女の持つ曲線は魅力的に映るし、そこが持つ柔らかさあたたかさは理屈抜きに気持ちがいい。
その位の事は経験に乏しいサスケの中にも、一応の記憶として残っているのだ。
「――サスケ?」
まだー?と間延びする声に突然呼ばれると、また物思いに沈みかけようとしていた顎が上がった。でこぼこしたプラスチック製の透かし板の向こう、脱衣場側に人影が映る。
開けられそうになる扉に「なんだ」と答えると、影はその場で少し動きを止めた。そのまま一度開けるか、それとも声を確かめた事でひとまず良しとするべきか決めかねているのだろう。中途半端に上げられた手が、わずかにドアノブに掛かっているのが見て取れる。
「……もうすぐ出る。濡れるから、向こう行ってろ」
念押しのように命じれば、ようやく納得したかのようにその輪郭が透かし板の枠から消えていった。
溜息がひとつでる。ざあっと音をたてて、湯船から一気に身体を引き上げた。
正直こうなってしまうとこの後の事もただ楽しむだけというわけにはいかなかったが、それでも合わさった肌の良さを覚えてしまった身体は、頭とは別のところでそっと疼いた。悔しいが馬鹿みたいだ。こうなってしまうと、つくずく自分達の経験の差を痛感させられる。
ナルトの手管は巧みだ。
どこまでもやさしく、甘く抱く。
気が付けば絡み取られるように翻弄の渦に巻きこまれてしまうそれが培われたのは、十代の頃から続いてきた実践経験の賜物であろう。カカシの話を信じるならば、学生の頃から彼の周りには世話を焼きたがる女達が絶えず取り巻いていたらしかったし、いつだったか田舎の叔父が酔った勢いでうっかり口を滑らせた(相変わらず要らないところで地雷を踏む叔父だ)事には、初体験も早々済ませていたという。こなしてきた場数が違うのだ。隔たりがあるのは仕方ない。
(……まぁ、ンな事は全部わかってたしな。今更じゃねえか)
ざあっと上がり湯を浴びてからバスルームを出ると、既にナルトはその場から立ち去り、どこか他の部屋へ行ってしまったようだった。ぽたぽたと髪の房から雫が落ちる。ほっとしたような、僅かに期待外れなような複雑な気分で新しいバスタオルで身体を拭い、持ってきた着替えに腕を通した。ネイビーのただのTシャツとコットンのハーフパンツ。ペアルックを熱望していた彼に「すげえ、今もまだそれ現役なんだ?」と昼間の作業中言わしめた、昔から夏場の部屋着にしている着古しのセットだ。
……もちろん現在の彼の眼中には自分しかいないという事は、サスケだって承知している。
思い上がりではなく、現実に一緒にいれば呆れる程わかりやすくそれは見て取れるし、身体を重ねあっている時は確かに彼の夢中が伝わってくる。
けれどだからこそ、勝手にそれで肉体的な欲まで満足させてやれていると思い込んでいた事が恥ずかしかった。恥ずかしいというか、自分で自分に居た堪れないというか。考えてみれば当たり前なのだ、そもそもが受け入れている器官からして、『その為』の場所じゃないのだし。セックスに馴染んでいる彼からしたら、どれだけサスケとしていてもきっと時々はやわらかな女の肌のしどけなさや、男を包み込む蠱惑的な締め付けが恋しい時があって然るべきで――それに。
(――さすがに、これ以上は)
ぽつりと思えば、温まった身体に冷え冷えとしたものが、さっとひとすくい流し込まれたようだった。
そうだ。性的な事だけじゃない。彼の人生そのものが、最早サスケの都合で動かされ始めている。
そもそもがサスケにとってこうしてナルトと一緒に暮らす事になったのは、正直なところまったくもって想定外としかいいようのない事態だった。だって本当は、こんな事するべきではないのだ。こうして一旦は喜ばせておきながら、数年後には自分はまた別離を彼に強いてしまうのだから。そりゃあナルト本人は今も昔もひたすらにサスケサスケだ。感心するのを通り越す程にそれは変わらない。想定外の再会に心底嬉しそうにしているし、予想していた通り少しでも時間が出来ればせっせと車を走らせ会いに来たりメッセージを送ってきたりする。でもそれがナルト本人の為になっているかというと、今でもはっきり頷けないところがあった。ナルトはまったく気にしていないようだけれど朝職場に向かう(実業団員である彼は普段練習の始まる午後までは、オーナー企業の社員として配属された営業所で働いているのだ)にも一時間も早く家を出なくてはならなくなったし、練習先であるアイスアリーナへも決して近くはなかった。現実的に、ここを借りた事で家賃だって発生している。これまでタダ同然の寮費と長門なる人物の手腕による驚くほど安い生活費のみで暮らしていた彼にとっては、その額に結構な差が出ているはずだ。
(……幸せそう、だったな)
先程見たアルバム。ふと大切そうに貼られた写真にあったとびきりの笑顔を思い出せば、沈んだ気持ちの中でもふと口元は緩んだ。目に入ってつい無断で見てしまったアルバムに収められた沢山のポートレートの大部分は、その殆どが赤ん坊の時からのナルトの成長記録だ。折々の記念写真や、旅行先で撮影したらしいひょうきんな顔や楽し気な家族の様子に心和む中、ふとよぎったのはなんともいえない後ろめたさだった。写真に写る、ずっとナルトが取り戻したいと思っていた当たり前の幸福。それさえもサスケには用意してやる事ができないのだった。
きっとこの写真を撮った彼の両親は、我が子の幸せを願いつつアルバムを作ったのだろう。現在の彼のこの状況に、彼らはどんな事を思うだろうか。
……がっかり、させてしまうのではないだろうか。
「おせーってば」
いつまで待たせんの。ぬうっと現れた背後からの影に、サスケは一瞬息を止めた。普段通りののんきな声であるはずなのに実体には妙な威圧感が漂っていて、知らず足が一歩下がる。髪に含まれた水分が、頬に貼り付いて一筋伝った。頭に被ったバスタオルが不意にずれそうになる。
「……ナルト」
「まだそこなの、全然すぐじゃねえじゃん」
「髪、乾かしたらな。すぐ……」
「だから『すぐ』じゃねえって」
そう言うと、出し抜けに腕を上げたナルトは大きな手を広げ、両の手で挟むようにしてタオルごとサスケの頭を掴んだ。わっしわっしと揉むようにしてそのまま驚きに固まる黒髪を拭き始める。力任せにやられた頭が左右に揺さぶられ、湯あたりと相まってくらくらと視界を混ぜ返した。やりたい放題の力加減に、ムッと反発がわき起こる。
やめろ、と低く唸れば、ようやくその乱暴な奉仕は終いになった。ぱさりとタオルが払い取られる。先触れもなく突然開けた視界に、呆然となるサスケにナルトはひとつ吹き出すと、満足げに言った。
「すげー、ぐちゃぐちゃ」
鳥の巣みてえ、という愉快げな呟きに、サスケは猛然と腹が立ってきた。なんなのだその言い草は、頼んでもいないところ勝手にやってきたくせに。
何かきつい言い返しをを口を開けた途端、タオルを掴んでいた筈の手が今度は顔を包んできた。ぐうっと顔だけもっていかれるように引き寄せられキスをされる。無理矢理上げされられた顎が軽く痛んだ。絶対それに気が付いているはずなのに、ナルトはしつこく口吸いを繰り返す。
「ちょっ……」
「ダメだってば、逃がさない」
「は?」
何言って、と言いかけた途端、また口を塞がれた。ずるずると引き摺られるようにしてベッドに連れこまれる。濡れた髪が気になって押し倒された身体を起こそうとすると、闇の中ナルトが馬乗りになってきた。月明かりはリビングに隣接する寝室の中にも端々まで溢れんばかりだ。角部屋の特権である。
「……重い」
どけ、と言い放てば、にやりとした笑みで返された。
悪戯じみた、というのとはまた違う。少し質の悪い笑いだ。
「なに急いた真似してんだよ」
月夜を切り取る大きな影に、サスケは言った。待ちきれなくてもどかしくて、こうしてもつれこんでしまったことならある。けれどその時の性急さとこの展開はまたかけ離れているようだった。なによりナルトの笑顔がいつもと違う。作り笑いめいているというか――少し、怖い。
「別に」
「頭まだ濡れてんだ。新しい布団湿らせたくねぇんだよ」
「いいってばそんなの、明日干しゃいいだろ」
そんな事より、するってばよ。言いながら馬乗りの状態で上着を脱ぐナルトを、呆然と眺めた。Tシャツから現れる筋肉質な身体。盛り上がった上腕筋が、迷いのない動きにしなやかに応じているのを見る。
顧みられる事無く床にほうり落されたTシャツに、なんとなく感じ取れた事をそのまま口にした。どうしてかはわからない。でも。
「……怒ってんのか?」
ぽつりと尋ねれば、ちらりと向いた青がすぅ、と細められた。
まあな、怒ってる。あっさり認める言葉に、サスケは訳も分からず目を開くばかりだ。
「なんで」
「さぁな?」
「……気になる事があんのならはっきり言えばいいだろ」
「サスケだって言わねえじゃん。だからオレも言わねえ」
足を引っかけてくるような返しに、俄かにムッとなったサスケはそのまま黙った。なんだこいつ、単細胞のくせに妙に突っかかってくるような言い方しやがって。腹の上に感じる重みが、いっそう忌々しくなる。
脱いで、という文字通り上からの言葉に、反発して動かず睨みつけた。脱げって、ともう一度言われても動かないサスケに、ナルトはやれやれと肩を竦める。やっぱりどこか、そういったところも普段にはない動きだ。
「なんだその態度は」
「服脱がなきゃできねぇだろ」
「てめえにそう言われて脱ぎたくはねえよ」
「あっそう……じゃあ別にいいってば、こっちだけでも脱がすから」
言ったかと思えば、あっさり尻を上げたナルトの手によってハーフパンツのウエストがぐっと掴まれ、そのまま下着ごとずるりと足先まで抜き取られてしまった。無防備になってしまった局部がひやりとすくみあがる。一瞬にしてされた間抜けな格好に、呆然と屈辱に声が出せないサスケに、ナルトはにんまりと言った。
「いい格好」
そう言われてしまえばますます腹はたったが、同時に半端な着衣が不格好に思えたのも事実だった。舌打ちが口をついて出る。着たばかりのシャツから乱暴に頭を抜いて、腕から落としたままの形で床に落とした。
「…………満足かよ」
やられっぱなしも悔しくて、挑発するようにその目を睨んだ。碧眼が細くなる。月夜に見るそれは、それでもやはりどこかこちらを睥睨するようだ。
――誰だ、これは。
「ん、じゃあケツ出せってばよ」
触ってやっから。命じてくる言葉は、やはりこれまでにはない無神経さだった。反射的にぎりりと睨めば奥歯が軋む。
「……断る」
「なんで」
「お前ふざけんのも大概にしろよ、なんだその」
「しょーがねぇじゃんそのまんまじゃ入らねえんだから。お前自分で準備なんてしてねえだろ」
こんなとこで、余計な手間かけさせんなよ。
低い声でまたぐさりと刺されれば、妙にたじろいでしまう自分がいた。言われるがままの事なんてしたくない。けれど普段だったら突っぱねられるような事が、今日はなんだか躊躇われた。ここで拒否したらナルトはもっと怒るのだろうか。いや、それよりも……
(――俺が相手じゃ、なければ)
気が付いてしまったら、本当に声が出なくなってしまった。
そうだ。もしもこいつのパートナーが、男でなければ。俺でなければ――きっと、もっと。
「……そう。そんで、四つん這いになって」
緩慢な動きながらももそもそと背を向けると、ナルトは屈辱的なポーズを指定してきた。くっ、と悔しさを咬み殺しながら、少し背を丸める。無心、無心だ、やりやすい形になるだけだ。特に意味なんてないと自分に言い聞かせながら、家畜にでもなったかのように両手をベッドに着ける。
「ケツ上げろ」
命じてくる動きは、更に屈辱的なものだった。なんだその言い方は、という怒りがざあっと沸き上がる。けれどそれを堪え、ベッドに着いた手をこぶしに変えた。握った手が震える。それでも思いきれず中途半端な姿勢のまま固まっていると、不意を打つようにして後ろで動きがあった。
――パン!
「もっと。上がンだろ」
冷淡な言葉。対照的に残された尻ったぶへの鮮烈な熱さに、驚愕したサスケは息を詰まらせた。
じん、と追うような痛みがそこに拡がる。不本意極まりない事に、驚くばかりだった瞳からの視界は、見えない後ろでされた事について理解が及ぶと、やがて僅かに滲みだした。痛みからじゃない。屈辱でもない。頭の中がまっしろで、この相手にそれをされた事がショックで、とにかく意味がわからず世界が歪む。
飲み込みきれない状況に固まる中、そんなサスケをもっと追い詰めようというつもりなのか、ナルトが口を開いた。
よし、じゃあそれしたら今度は自分で開いてみせろってば。
普段であれば絶対にないであろう言葉と態度に、また耳を疑った。呆然となる頭の中、この異常な状況に最早やりやすいからだとか、何か道理がだとか、そんな理屈を付けられなくなった事だけが静かに理解される。
「欲しいんだろ?たまには可愛くおねだりしてみろよ」
ほら、早くしろって。
押し付けるような声と共に、背中に重苦しい威圧感がのしかかってきた。月光に伸びる影が、四つん這いになったままのサスケに、彼が腕組みをしてじっとこちらを見下ろしているのを伝えてくる。
嫌だ、なんで俺がそんな事……!
まったくもって見当のつかない疑問と不条理さに目が眩みそうだったが、それでも堪忍袋の緒を握りしめていたのはやはり先程と同じ、後ろめたさにも似た思いだった。そもそもが考えてみればサスケが自分からなにか彼に奉仕をしてやったことなど、これまで一度もないままなのだ。本当のところは大したことない癖に、思いあがって勿体ぶったような態度ばかり取っている男。やっぱりそんなサスケに彼はいい加減うんざりしてきているのだろうか、手に入って全部わかってしまえば、こんなものかと段々飽きて――……?
「――なァんてな!!」
ハイッ、終――了――!!!
強硬な指示から一転、異様に軽いノリになった声色と共にがばっと後ろからその大きな身体にのしかかられるように抱きつかれたのは、その時だった。
ぎくっとした肩が無様に跳ねてしまう。突然の叫びに、呼びかけた名前は押し付けられたシーツに敢え無く吸い込まれた。緊張と羞恥で固まっていた身体が突然今度は大きなあたたかさで背中まで一気に覆われると、驚きと急にのしかかってきた重量に、堪らず立てていた両腕が折れる。ぐしゃ、と意味がわからないままベッドに沈まされ、潰されたサスケは動転した。まだ強いスプリングと厚い身体にサンドイッチにされて、圧迫された胸が息を吐く。
「な……ッ!!?」
「やべーなオレ、結構ハマってたかも」
「は?」
「サスケは?お前ってば意外とソッチ系なんだな、どっちか選ぶなら絶対ドSの方だと思ってたのに」
「……どえす?」
なんの事だ?といきなり戻った普段仕様の喋り口についぽかんと口が開くと、ナルトはそんなサスケに、「へ?」と不思議そうに首を傾げた。さっきまでの冷徹な空気はいつの間にか消えて、その顔を歪ませていた皮肉げな笑いの代わりに、今は普段通りの気安さが漂っている。
「……どっちか選ぶってなんだ?」
そっと身体を起こし座ってからこちらも訊き返すと、あちらはあちらで、そんなサスケにきょとんとしたようだった。視界に入る明るい髪が、さえざえと目に焼き付く。光をのせたそれは月灯りに金の冠をいただいているようで、なんだかいつぞやの配達人が言っていたお伽噺の登場人物のようだった。金のまつげがパチクリとまたたく。……え?いや、だってさ。そう言って開かれた厚みのある唇も、いかにも罪がなさそうだ。
「これってば『そーゆーカンジ』でやってたプレイじゃねえの?」
「……あァん?」
「さっきからサスケ、なァんか全然キャラじゃねえこと言ってきたりしたからさ――だからちょっとシチュ変えて、遊んでんのかなって」
いやーホントはオレこういうのあんま好きじゃねーんだけどさ!ぼんの窪を掻き掻き、ナルトは言った。もーサスケってば、意外と冒険家なんだから。揶揄するような細い目に、つんと指先で指されたりする。
…………意味の分からない照れ笑いと共にそんな事を言われると、呆然としていたサスケにはだんだんと怒りが込み上げてきた。プレイ?キャラ?つーか俺がしたいってどういう意味だ、そっちが強引に俺を引き摺りこんだんだろうが……!
「ふざけんな、誰がそんな……!!」
「違うのかよ」
しんと静まり返った寝室に、先程までとはまた違う、厳しく真摯な声が響いた。
――だったらなんで、あんならしくねえこと言ったりしたんだってばよ。
後ろから感じる、強いまなざし。半分おちゃらけていたような先程までの空気は完全に鳴りを潜め、背中を覆う熱が一段と重くなったように感じた。そこにきてようやく、サスケは策に嵌まった事に気が付く。……こいつ、また。またもや見抜かれてしまった悔しさに、言葉を飲み込んだ唇を噛む。
「あのなぁ、モノゴトにはうやむやにしていい事と悪い事があんだろが!オレに言いたい事があるんだったらハッキリ言えって、なに遠慮なんかしてんだよ」
「……別に言いたい事なんてない。勝手に決めつけんな」
「ウソだ、我慢してるくせに。なんでいつもそうやって肝心な時に全部自分の中だけで勝手に解決しようとするんだ、オレってばそういうつもりでアレ持ってきたわけじゃねえし、ヤな気分になったんならちゃんとゴメンて――!」
「謝って欲しいなんて誰も言ってない。言わないなら言わねえでこっちにも理由があるんだ、馬鹿のくせにやたら先回りすんじゃねえよ」
余計なことすんな、ドベ。最後にそう付け足すと、真剣な様子で背中に張り付いていたナルトは流石にムッときたらしかった。厚く重い上体が、覆っていた白い背中からおもむろに身を起こす。
「……うっせー悪かったな馬鹿で。いいから言えってば、じゃないと――……」
言葉途中でやめると、何を企んだのかナルトはうつ伏せで潰されているサスケの上に、そのまま馬乗りになった。す、と動かされた腕に先程叩かれた記憶からか、ほんの一瞬無意識の緊張が走る。
しかしそんな身構えをするサスケを裏切るかのように、上げられた手の動きは迅速で丁寧だった。そわっと素早く脇に指が侵入してきたかと思うと、それらがごく柔らかな奥の窪みを探りだす。
「――アッ、てめ……!!」
「こうだっての!」
こちょこちょと巧みな動きで擽りを開始した大きな両手に、堪らずサスケはクッと喉を引き攣られた。慌てて枕に顔面を押し付ける。震える肩を堪え脇を掘ってくる指に身を捩らせそれでも声を押し殺したが、そうすれば向こうは向こうで躍起になるのか、ますますその責めは執拗になっていった。ひひひ、と普段は出ないような喉の引き攣りが背中を波打たせる。どこで覚えてきたのか、身悶えやむなしのポイントを外さないその手付きはなかなかのものだ。
「も、よせって……!」息の間に言うも止めて貰えず、やがて耐えかねてバタ足までさせられそうになると、ふいを打つようにナルトが手を止めた。
ようやく止んだそれにほっとして、やれやれと枕から顔を上げかけたところにほろりと声が降ってくる。
「ほんと……言えってば。なんだってきいてやっから」
ぽつんと。少しだけ掠れた言葉は、切望というよりもどこか哀願を感じさせるものだった。
――愛してンだってば、本当に。
じんわりと、声が広がる。こつんと広い額が、うなじあたりに預けられてくるのを感じた。ナルトの告白は、もうすっかりなれっこだ。この大男は本当に、する事なす事いちいち全部が甘ったるい。
……月が明るい。こちらもサイズ不備でカーテンが間に合わなかった窓からは、瑠璃色の夜空が見えた。ざわ、と向かいの公園の木々がおごそかに騒めく。夜も半分が過ぎて、外には少し風が出てきたようだ。刷毛でひいたような薄い雲が、なだらかに闇色の空を流れていくのが見える。
「――……それはこの前もう聞いた。わかってっから、そう何度も言うなって」
本当に、何もない。気にし過ぎだ。
なんだかすっかり済んだ気分になってしまいそう苦笑してみせるも、どうやら必要以上にしょげているらしいナルトの方は、やはり納得がいかないようだった。大人になってもどこか少年らしさを残す鼻っ柱が、むうっと考えるようなしわを寄せている。職業上、下半身の筋力も常に鍛えている為だろうか。腰のあたりにずしりと乗ったままの臀部は、あたたかいが一段と重い。
「……ウソだ、わかってない」
「わかってる。一回聴けば充分だ」
「それは『聴いた』だけだろ?頭でわかってなきゃ意味ねぇって」
「そっちでもちゃんと理解してる。馬鹿にすんなドベが」
「ガッコの成績は関係ねーよ、それにオレこの件に関してはお前より偏差値ぜってー高いし」
「はァ?やたら好き好き言ってくるってだけじゃねえか、肝心なのは中身だろうが」
なんでも口に出しゃいいってもんじゃねえよ、となかなか引こうとしないナルトに向け強引に断ち切ろうとすると、受けたナルトはその言い方からぞんざいな空気を感じ取ったらしかった。なんだよその言い方、気持ち伝えたいってだけなのに。そう言っては大人になってもどこか少年らしさを残す鼻っ柱が、むうっと不機嫌そうなしわを寄せる。
どう言い返してやろうかと考えているらしく、暫し黙ったナルトであったが、やがてはたと気が付いたようにぴくりと息を止めた。
(?)とサスケが視線を巡らす。きょとんと訝しむその顔を青い瞳がぱちりと認めた途端、何か思い付いたらしくナルトがにたりとする。
「じゃあもういいってば、オレお前には言わねえし。お前のカラダの方に言うから」
まるで安いシナリオのような陳腐な宣言につい鼻白んだが、首を傾げるサスケをそのまま無視して、ナルトは再び白い背中に向き直った。
背の上でわずかに重い身体がにじらされる。伏せられてきた上体に、重く沈みかけた空気が動く。
「――……ァ?おい、何して…?!」
「悪かったな、無神経な事して。ヤだったよな?」
そのままつうっと腰まで舌先でなぞられれば、堪えきれなかった吐息と共に、ぞくぞくと駆けあがるような震えが脊髄を走った。そっと腰骨あたりを、大きな手が掴んでくる。よいしょ、と小さく言いながら後ろに座り込んだナルトにそのまま引き寄せられると、再び尻だけが、きゅっと上げられ連れていかれるような形になった。
思い出したかのようにまた羞恥心が顔を熱くする。「……おい!」とまた頬を赤くするサスケを余所に、ナルトはその素直な丸みをみせる丘に、至極まじめな顔で向き合った。
「それに、こっちも。――ごめんな、痛かったってば?」
かわいい、大好き、もう二度としねえから。そう言ってはさっき自らが叩いた箇所を中心に、ナルトはそっと、大切そうに沢山のキスを降らせた。ちゅ、ちゅという音が絶え間なく落ちる。よしよしと宥めるように撫でてくる手のあたたかさが先程の彼のものとあまりにも違っていて、ほっとすると同時になんだかじわっと込み上げるものがあった。丸い指先が尾てい骨をそっと擦る。不本意ながらもふるりと尻が揺れ、こそばゆさと一緒に這い上がってくる官能に、ベッドへ押し付けられた口許はいつの間にかすっかりほどけてしまっていた。くふ、と引き結んだ端からはしたない息が漏れる。時折かぷりとされる甘噛みに、逐一応じてしまう身体が恥ずかしい。
「おま……どこに向かって話しかけてんだ」
羞恥を誤魔化すようにそう言えば、ん?と気が付いたかのようにナルトがこちらを見た。
あ、もしかして妬いてんの?
しれっとそんな馬鹿げた事を言いながらも、ナルトはすっかり余裕然としたものだ。
「アホか、誰が自分のケツに妬くか」
「だよなあ、こっちもサスケだもんな」
面白がるような掛け合いに「……こっちが俺だ」と憮然とすれば、やにさがった笑顔でナルトは少し肩をすくめた。
はいはい、ちゃんと後でそっちにもいくってばよ。
言いながらもがしっと臀部を掴んでくる手に、ぎくりとしてサスケはまた振り返る。
「……でももうちょい、こっちを可愛がってからな?」
含み笑いにハッとなって「いや、いい!それはいいから!」と、慌てて言うも、構わずナルトはグローブみたいな掌で双丘を割り、秘められていたそこをそっと露わにした。
よせって!とまだ言うサスケを黙らせるかのように、ふうっとひとつ、息が吹きかける。そうされてしまえば他愛ないもので、起き上がろうとしていた腕からはかくんと力が抜けてしまった。本当はそこをされるのは好きではないのだ。けれど悔しいことに、意志とは裏腹にすでにその次を識っている身体はじんとして、期待に前が揺れてしまう。
――れろ。伸ばされた舌先が、入り口を一巡した。
「……っふ、ぅ……!」
揶揄うように周りを這われると、いけないと思いつつも立たされた膝がぐらぐらした。ちゅう、と吸い付いた唇の内側で、尖らせた先が柔らかく中へと入り込もうとしてくる。ぬるぬると唾液を流し込もうとしてくるかのようにつついてくるその動きに、たしなみも忘れ後ろがひくひくとしているのが自分でもわかってしまった。
恥ずかしい、汚い、見ないで欲しい――そう切実に思うのに、押し出される息はどうにも甘くなるばかりで。
じりっと下腹に集まってくる熱には言い訳のしようがなかった。不甲斐ない自分に、しがみついた枕へ思わず額を擦り付ける。
「あっ……や、やめ……!」
「うん?」
奥へ奥へと侵入しようとしてくる生温かさに恐れをなし堪らず音を上げれば、躊躇なくそれを行おうとしていたナルトがようやく顔を上げた。「……頼む、やめてくれ」と赤面で乞うと、にやりとその濡れた口の端がしてやったりと笑う。
「もう降参?」
「……汚えっての」
「さっき風呂入ったばっかじゃん」
「関係ねえよ。これ以上すんならもうキスしねえからな」
「え、それは困るってば」
慌てて離れた手にほっとすると、背中を這い上がるようにしてナルトが顔を寄せてきた。へへへ、やめたってばよ!という妙に得意げになって報告してくる瞳が、じいっと赤くなった顔を覗き込んでくる。
「我慢してた事、言いたくなってきた?」
何がそんな嬉しいのか、いやにウキウキした様子のナルトに、サスケはむうっと口先を尖らせた。サスケ、実はかなりおしり好きだよな?ダメ押しのようにそんな事を言ってくるにやけ顔に、思わず「るせえ、ンなわけあるか」と即突っぱねる。ちょいちょいと頬にちょっかいをかけてくる指をずさんに払いのけてやれば、案外あっさりとその手は引いた。けれど赤くなることからは逃れられなくて、そんなサスケにナルトはやっぱり頬が緩みっぱなしだ。
「またまたァ、見てりゃわかるって」
「違ぇよ」
「素直じゃないなあ」
「それで結構だ」
「こないだからさ、なんか声も我慢しちゃってるし」
「……そんなことない」
「それもオレが部屋探ししてる時、お前に言っちゃったからなんだろ。気にするような事じゃねえじゃん、気持ちいい時は素直に声に出した方がもっと気持ちいいってばよ?」
「馬鹿馬鹿しい、男が声上げて喘いだところでみっともねえだけだっての」
だいたいがあんなの、言われて出すようなモンでもねえだろが。つんけんと返すと、そんなサスケにナルトはほんの少し困ったような笑いを浮かべた。
大きな手が、いとおしげに跳ねた後ろ髪を撫でつけてくる。ぐしゃぐしゃのまま乾いてしまったそこは、きっと明日の朝、大変な事になっているに違いなかった。しかしまあ、いい。どうせこの後、この男にもう一度シャワーを浴びなければ到底外には出られないような状態にさせられるのは、ほぼ間違いないのだし。
「――そっか。でもオレ、サスケの声、めちゃくちゃ好きなんだけどな」
もっと、聴かせて欲しいってば。ほんのり残念そうではあるが甘やかに言うと、自然な動きでナルトはやわらかく唇を寄せてきた。口角にひとつ、頬にひとつ。まなじりとこめかみにまたひとつずつキスを落としながら耳の後ろへと動くと、そのまま襟足に丸い鼻先が触れてくる。
くんくんと蠢く鼻孔。探る息に、そわそわと産毛が撫でられた。……ん、せっけん、いー匂い。肩の上からの声がうっとり溜息をつく。
「オレも、おんなじ匂いするってば?」
嬉し気に言われると、なんとなくこちらも鼻が動いた。シャボンの確かな香りの中にあるどこか乾いた甘さ。ナルトの体臭は、どうしてかサスケにいつも深い安心と、ほんの少しの切なさを呼び起こす。郷愁にもどこか似たそれ――あまくるしさに、胸が締め付けられるようだ。
「――っ、ちょ、まだ……!」
「大丈夫、すぐには挿れないから」
気を抜いていたところ、ひやりと最初から二本入ってきたそれに、驚きと共に身がこわばった。一気に奥まで侵入されると同時に宥めるように耳朶を噛まれ、意識して深く息を吐く。逆側から肉を分け入られる感覚にはいまだにせり上がってくるものがあったが、今ではもう先にはこれが熱に散らされる事も知っていた。ゆるゆると指が中を探りだす。ぎゅっと目を閉じ抱き寄せた枕に顔を押し付け、ひたすら身体が馴らされていくのを待つ。
「――ン、ぅぅ……っ……!」
ふいにぐるりと回された指に、ようやく不快とは違う吐息がわずかに漏れた。畳みかけるつもりなのか、首尾よくとろんとまた濡れたものが足された感じがする。周到な手際の良さにまた少し複雑な気分になりかけたが、だがそれをかき消すかのようにいかがわしげな滑りがまた入り口を犯し始めた。浮き出た肩甲骨を後ろから噛まれる。しなったところを腿の内側の弱いところを空いた手が意味深に撫でまわし、膨れた陰嚢が揉みしだかれる。
いつもよりなんだか、愛撫に遠慮がない――呼吸がどんどんせわしくなる。
「や……ぁっ……!」
ぐり、とポイントを狙われた。押されるたびに奔り抜ける電流に耐えかねて、びくりと跳ねた身体がもう支えきれない。
「く…ぅ、」
「こら、逃げちゃダメだってばよ」
落ちかけた腰をまたぐっと抱き寄せると、囁いたナルトはそのまま背中に密着してきては指を深くしてきた。すっかりローションが馴染んだのか、ぬちゃぬちゃといやらしい音が部屋に響く。本数を増やされた指は無骨に太く、そのくせ自在に中を抉っては赤く染まった唇から喘ぎを引き出そうとした。硬い指の腹が意図的にその部分を掠める。その度にいやいやをするように頭を振っては額をシーツに擦り付けるが、散らされた黒髪はどうも向こうの気をそそるものにしかならないらしい。
うなじにまた唇を感じる。熱くて熱くて、閉じた瞼がじんと重い。
「ふっ……ん、ぅ……っ!」
「サスケ、ほんと感じやすいよな――敏感過ぎて、逆につらそうだってば」
ほら、こっちももう、こんなだし。
そう言ってはそっと起ちあがった前まで触られれば、もう我慢など出来るものではなかった。
ああ、という明らかに濡れた溜息が口を付いて出る。
薄目で開いた視界では自分のものが大きな手で緩やかに扱きたてられていて、性を両側から攻められるような興奮に目の前がちかちかした。自分ばかりでなく本当は彼にも気持ちよくなってもらいたいのだ。けれど高められていく熱に付いていくのに必死で、崩れそうになる身体を支えるので手一杯で。身体が全然、いう事をきかない。
「……んぅぅ、ぅ……っ」
「――あれ?」
何かに気が付いたようなナルトが、乱れた髪の合間から出た耳に唇が寄せてきた。
なあ、という小さな声。乱されてばかりの自分とは対照的にまだ冷静なその色に、眉根に悩まし気な影をつくっていたサスケはわずかに瞼を持ち上げた。
「……ん、だよ……」
「なんかさ、今日のお前――いつもより、更に感じてねえ?」
……もしかしてサスケ、最初のアレ、ちょっと興奮しちゃった?
そんな言葉に、「ハア……?!」と不本意ながらもまたそこにぎゅっと力が入ってしまった。おお、とまたナルトが感嘆したかのような声をあげる。
「な?やっぱり。気持ちいいってば?」という再度の確かめに「……るせえ、くだらねえ事言ってんじゃねえよ……!」と下から睨みつけた。なにが興奮だ。やらされた方の身にもなってみろ。
「ふざけてんなら今すぐ抜け」
「あっ…や、ウ、ウソですゴメン!――けどまじでナカ、きゅうきゅういってる」
「知るか! とにかく、二度としねえからな」
「うん、二度としなくていいってば」
「……てめえこそまさか、本気でああいう趣味あるんじゃねえだろな」
「えー?ないってば、オレいたってノーマルだし」
「あれケツまで叩く必要あったか?」
「へ?」
「……絶対楽しんでただろ、お前」
「あっ、あれはちょっとさ!ちょっと、なんか……サスケのおしりがかわいくって!」
ついな、つい!などと言ってはえへらとまた罪の無い笑顔を浮かべる男に、サスケは覆い被されたまま怪しむ視線を送った。……つい、で完全ノーマルな奴がそんな事したがるものだろうか。そもそも普通にちゃんと痛かったし――怪しいものだな、と緩んだ頬に思った。とりあえず近々絶対仕返ししてやらねばなるまい。こちらにはそういう趣味は露程もないけれど。
「……けどさ、」
後ろの異物感はまだあったが内心で復讐を誓っていると、背中の方で笑っていたナルトが不意に動きを止め、穏やかだった青いまなざしがすうっと細くなった。
――オレだって本当は、その気になりゃさっきみたいに、いくらでも酷く抱くことだってできんだぜ?
おどけるように言いながらもどこかいつもと違う空気を醸し出しながら、ナルトはそんな事を言う。
「どうしてそうしないんだと思う?」
挑発するような問いかけに、じっとその目を見返した。
手のひらを上から抑えてくる手が、ふいにひどく重くなる。
「……どうせまた俺の事が好きだからとか、甘いことぬかすんだろう?」
まったく芸がねえな、てめえは。気恥ずかしくなりつつも、妙に逃げられない空気に小さな声は引き出された。言いながらも、なんだか変に汗をかいてしまう。
しかしそれを聴いたナルトはくしゃりと表情を崩すと、少し身体を起こし上からこちらを見下ろしてきた。眇めた青はどこか眩しげだ。なのに口許に浮かぶ苦笑はどこか退廃的で、いつにない彼にほんのり引っ掛かる。
「……違うのか?」
「いや、まあ――そうなんだけどさ」
けど、それだけじゃないってばよ。
そんな言葉に訝しむと、長い腕が伸びてきてそっと髪を撫でられた。
いとおしむような手付き。あやされて絡み取られた溜息が、ほう、と漏れる。
しかしそうしてうっとりしていたところに、唐突にナルトが身体を起こした。背中を覆ってくれていたあたたかさ、よく知るそれがすうっと離れていく。あ、と思う間もなく掴まれる腰の骨に予感が走った。まだもう少しこうしていて欲しいのに。そう思うのだけれど声が出ない。
「――やっぱりサスケは、やさしいな」
ぽつりとひと言、ナルトの呟きが背中に落ちた。
ふとそれに何か無性に言い返したくなった時、ぐんと身体の一番奥を押し貫いてきた大きな熱に、出しかけた言葉は再び飲み込まれた。