すてきな日曜日



『八月も終わって、いよいよ来週にはシーズン開幕ですね。どう、仕上がりは上々?』

タブレットの画面の中、インタビューは先程小南と名乗った女性の進行でゆるやかに進んでいる。
フランクな雰囲気のまま始められたインタビューはその元依頼主である無茶振り男の紹介から、やがて去年までの成績についての話を終え、新たに始まるらしいシーズンへの意気込みへと移り変わっているようだった。ひとつ思い出せばずるずると引き摺りだされてきた記憶に、むう、と口を結ぶ。小さなディスプレイの中に見える金髪の男は、やはりどうしてもカメラを意識してしまうのか、まだ少し表情が固いようだ。
(……まったくあの時は、本当に)
蘇ってきた記憶に、やれやれと頬杖をつく。しょっぱなから「こんな落書きだけで作れるか!」とキレたオレだったが、結局はなんやかやでテンテンにいいように宥め賺され、その後依頼を正式に請け負う事となったのだった。
が、予想していた通り足りなさすぎる情報に、作業はスムーズに進むわけがなく――今にして思っても、まったくもってあんなオーダーもう本気でこりごりである。真面目に描き直せと何度絵を突き返しても毎回返ってくるのはやはり謎の軟体生物のようなイラストだし、大学に問い合わせてみるもなにか妙な勘違いを呼んでしまったのか、その記念品贈呈の制度そのものが既に終了しているのでとあっさり門前払いをくらうばかりで。
そうこうしているうち、突然ひょっこり見つかった同じ記念品である一個のお陰で、どうにか完成させることができたというのが、その当時の真相であった。……というか身近に同じ時計を持っている人物がいたのなら、さっさとそれを見つけて欲しかったというのが本音だ。あの幼稚園児のような絵を頼りに、オレが幾夜古いカタログを拡げ、目を皿のようにしたことか。
が、そんな面倒極まりない依頼であったにも関わらず、オレと依頼人である彼との間に、面識というものはなかった。まあ職人とエンドユーザーなどというのは、大概そういったものだけれど。オレが作った時計には最後の仕上げとして、テンテンの手により裏面に贈り先の人物の名が刻まれたらしかったが、オレはそれも見ていない。彼が東京を離れてしまっていた事もあり、一連のやり取りのすべては、友人であるテンテンを介し行われたものである。

『そうっすね、まあ』
『おお、余裕!さすが、脱ルーキー宣言した人は違いますね』
『へ?あっ…や、あれは別に、そーゆー変な意味じゃなくて!』

んもう、まーたそうやってすぐに茶化すからな、小南サンは~!
踏み込んだような会話も、彼らには普段からよくあることらしい。きちんとしていた質疑応答な会話の途中ぽんと入れられた茶々のようなつっこみに、一瞬慌てたように目を大きくした彼だったが次の瞬間(ふはっ)と降参したかのような息を漏らした。
誘い出された素の笑顔に、少々固かった感じの場にやわらかな綻びが生まれる。せっかく真面目にやってんのに!という声が、スピーカーから若々しく響いてきた。やはリこちらの方が地なのだろう。ようやくと言った感じで、しゃちほこばっていたワイシャツの背中がゆるやかに形を変える。

『だってこの前そう言ってたじゃない。ルーキーは完全に卒業だって』
『そりゃあ単純にオレ年も年だし、5年目だし。普通の会社でだってもうその位だったら、さすがに新人とは言わないってば?』
『まあねえ――あ、会社といえば。そういえば今日、珍しい格好してるのね』

ふと気が付いたように女性が言う。かけられた言葉に、彼はきょとんとしたようだった。
ん?と顎を引いたその顔ははじめ、言われた事に今ひとつピンとこなかったらしい。しかししげしげと自らを眺めているうちやがて(…あ、)と気が付くと、「ああ、これ?」と言ってはノータイで着ている拡げた襟元を軽く掴む。

『その格好、初めて見たかも。普段仕事行くときの?』
『うん、あ・正式にはこの上にまだ作業着のジャケットもあるんだけど。最初今日チームT着ようと思って用意してたんすけど、オレってば今朝バタバタしてたせいで、うっかり家に忘れてきちまって』

すみません、本当。そう言って軽く頭を下げた彼は、そのまま所在なさげに頭を掻いた。話題になったのを機に改めてその姿を観察するも、着ているのはごく平凡な白のワイシャツに、チャコールグレーのスラックスというものだ。一見なにも不自然な事などない、いわゆる勤め人といった風情だったが、実業団員としてはたしかにもう少しチームの宣伝に繋がる服装をチョイスすべきだったのだろう。とはいえ、さすがに鍛え方が違うのか。肘下まで折り上げた袖から覗く腕はトレーニングのためか日に焼けて、素人目に見ても太く逞しい。

『バタバタ?』
『なんか出ようとしたら、家の鍵がどーしても見つかんなくて』
『あらら、それは困ったわね』
『そーなんだってば。そうでなくとも今朝はちょっと遅刻気味だったからさ、もー玄関先でむちゃくちゃ焦って』

「あ~~~カワイイなあうずまき君、いいなあ」
やっぱり会って、ちょっと話したかったな。
打ち合っては笑い合う会話に、横からそんな言葉が聞こえてくる。しみじみ言われたそれに、オレは画面から目線を外しふと隣を見た。タブレットをカバー兼用のスタンドに立て、オレと同じく頬杖をついたテンテンは苦笑しつつも(ふぅ、)溜め息をついている。むべならん、本当ならば先の6月、梅雨時かつセール前の客足が減る時期を狙い、テンテンはかの北の大地へと遊びに行く予定だったのだ。年明けすぐからそのうずまき某にも連絡を取り、彼のガイドのもとすっかり初夏の北海道を遊び倒そうという気でいたのだが、そこに舞い込んできたのがこのウォーターフロントにある巨大商業施設への出店要請だった。これまで店を構えていた郊外のショッピングモールとて決して悪くはなかったが、なにしろこちらは規模が違う。店舗面積こそ変化はないが、全体の来場者から推算した来店見込み数は約3倍だ。舞い込んできた大きなチャンスに、浮かれ心をぐっと堪え、すぐさまきっぱりと宿と飛行機をキャンセルした友人である。
「カワイイ?」
「? かわいいでしょ?」
「……いつも思うが、テンテンお前のセンスはちょっと、独特過ぎると思うぞ」
呆れたように言っては、スーツ越しにも見て取れる広い肩にやれやれと思う。繊細さに欠ける顎、ワイシャツからにゅうと見える太い首。短い金髪から覗いた額はなだらかだけれど、おおらかな男らしさが漂うもので、顔にしても身体にしても実に男性的な特徴を備えていた。どう見てもこいつ、いわゆる『カワイイ』とは違うだろう。そんな事を思いつつちらりと横を見るも、言われた友人は余程面白くなかったのか、むうっとした様子でこちらを睨んでいた。
「やだ、なにそれ失礼な」
「こんな男くささ満載な男の、どこが『カワイイ』なんだ?」
「えーっ、ウソでしょ?!なんでわかんないの、そのギャップがカワイイんじゃない!」
もう、これだからネジには、作品に対する意見が期待できないのよね。失礼にもそんな断言を返してきた友人に、(なんだと?)と閉口する。そんな事を言われても仕方ないじゃないか。蛇や蠍やらナメクジやら、シルバーアーティストである彼女が選んでくるモチーフはいつもそういったカワイイとはかけ離れたものばかりで、オレにはどうしてもそこに愛らしさを見いだせない。まあ店のヒット商品だという蛙のモチーフだけは、唯一可愛いかと思うのだが。そういえばアレのモデルとなったのもこの青年だったはずだ。彼の手許にあるオリジナルの一匹だけが頭に金の冠を被っているのだと、そんな話を以前テンテンから聞いた事がある。

『……とはいえ、忘れ物をしてしまうのはね。キャリアから余裕が持てるようになってきたのはいいと思うけど、反対にそういった所から少し気持ちに緩みが出てきているのでは?』

どうかしら、最近自来也先生の寮も出たという話だし。
流れから出た話題ではあったが、彼女の方ではあらかじめ尋ねようとしていた事柄だったのだろうか。手元にあるクリップボードをちらりと覗き込むと、インタビュアーの女性はうまい具合に、少々手厳しい質問をすぱっと切りだした。
たぶん本当こんな時、ぱっと言葉を返すのが彼本来の質なのだろう。指摘された言葉にうずまき何某は一瞬(うっ)と身構え咄嗟に言い返そうとしたが、しかしぐっとそれを堪えた様子で背を伸ばすと、椅子に腰掛けたまま真っ直ぐにカメラの向こうにいるオレ達へと視線を合わせる。

『ですよね。そこは反省してます、本当に』

オレってば慌て者だし、色々と人に迷惑かける事も多くって。そんな事を言いつつ、しっかりと金髪頭が下げられる。素直な言葉と伏せられた青い瞳に、つい見ているこちらまで頬にあてていた手を外させられた。
――だからいつも皆に支えて貰ったり、たくさん助けてもらって。そういった人達のおかげで、オレは今ここにいられるんです。
彼にとってそれは、普段から心に留めおいている事なのだろうか。謝罪のあと大真面目な表情のままそう続けた彼に、(ふうん)と思いつつもなんとなく、こちらも少し姿勢を正しながらも、椅子に座り直す。

『けど選手としての気持ちに緩みなんか全然ないし、寮出たのも関係ないから!』
『そう?』
『そうだって。むしろオレってば今、これまでで一番調子いいくらいで』
『あら、そんなこと言ったら今度は長門が泣くわよ』
『あっ――ちが、そういう意味じゃなくて!』

もう、小南さん年々オレに対しイジワルになってきてません?!……インタビュアーである編集者は、見掛けに寄らずなかなかの揶揄い好きらしい。せっかく決めたところにまたちょっかいをだされると、途端に彼はまたふにゃりと弱ったように眉をハの字にした。ああ言えばこう言うといったじゃれ合いのような応酬に、やれやれとつい苦笑が漏れる。しかしそのうちに弄られている青年の方も、だんだんと可笑しくなってきてしまったのだろう。困っていた顔は次第にほろほろと崩れ、最後にはなんとも愛嬌のある笑顔に変わる。ああ、そうか。テンテンのいうカワイイとはもしやコレの事か?
(……でかい手だな)
ハハ、と笑う顎を触っている大きな手に、ふと(なるほど)と思う。
そんなこんなで結局一度も話さえもしないまま取引終了となったオレとこの彼であったが、しかしその後、オレは一通の手紙を貰っていた。
やはり友人経由で届けられたその手紙の中、ぴっちりと折り畳まれていたのは一枚の礼状だ。便箋に並べられたびっくりするほどに子供じみた文字に、見た瞬間あの稚拙な絵が重なった。しかしその決して見目良いものではなかったそれが語っていたのは、素直で直球な、納めた依頼品に対する感謝の言葉で――ふいに思い出したそれに、机に向かう丸めた背中を想像する。きっとあの分厚いグローブのような手は、競技には向いてもペンを持つには全体に不向きなものだっただろう。
「――イイ顔してるねえ、うずまきくん」
なにやら納得するような言葉に顔を上げる。見遣った先に見つけたのは、なぜか妙に満足げに腕を組む、友人のドヤ顔だった。
やっぱり、この子は育て甲斐ある子だって、私には最初からわかってたもんね。
偉そうにそんな事まで宣いだした彼女に(はあ?)となる。いや別に、彼はテンテンが育てたわけでもなんでもないだろう。ただの友人相手になんでそんな我がもの顔しているんだ、好きなのかと訊けばそうではないと言うし、女というのはよく解らないものだ。
「まったく。それにしてもあのお姫様ときたら、ほーんともったいない事したものよね。うずまき君こんないい男になったのにさ」
もしかしたら常々思っていた事なのだろうか。やがてすっかり緊張の取れた様子でインタビュアーとの他愛ない会話に興じては、時折肩を揺らし目を細めている彼を眺めていると、やがてぽつりとテンテンが言った。『オヒメサマ』という単語に、記憶を巡りつつ(はて)と首を傾げる。けれどそんなオレについての興味はないらしい。テンテンはどこか上からな感じで頬杖などつきながら、ゆるゆるとした溜め息など漏らしている。
「たしかに綺麗でかわいい子だったけどねー」
「……」
「元気かなァあの子も、今もあの時計大事にしてくれているといいんだけど」
「…ああ、それは大丈夫なんじゃないか?どうやらずっと手入れも怠らず、きちんとしていたようだし」
何気なく言った一言であったが、聞き流すにはどこか不自然だったのだろう。和気あいあいといった様子の映像に頬杖を戻しそう返したオレに、回転が速い彼女はすぐさまその引っ掛かりに気が付いたらしかった。
くるりとこちらを向いたその目がしぱしぱと素早いまばたきを二回する。「うん?なんでそんなの言い切れるの?」とどこか抑えた雰囲気で尋ねられた問いに、「うん?」と同じ語彙で返しつつ、オレは目線を上げ横にいるテンテンと目を合わせた。
「なんでって」
「いや、『ずっと』って」
「ああ、持ち込みがあったんだ。三月の頭くらいだったか――メンテナンスを頼まれてな」
というかあれのどこが『お姫様』なんだ、名前もそうだったが、彼はどこからどう見ても立派な男性だろうが。先程からずっと得たままだった違和感を込めそう続けると、余程驚いたのかテンテンは最初、完全に言葉を失ったようだった。が、徐々に意味と状況が飲み込めてきたのだろう。化粧でくっきり彩られた瞳が更にひとまわり大きくなったかと思うと、「…えええ、なにそれ!?」と叫んでは華奢なその身体がガタンと勢いよく立ち上がる。
「店に来たの!?」
「? そうだが」
「言ってよ!!」
「今言ったじゃないか」
「じゃなくてその時言ってよ、私だって見たかったし、それに――!」
「お待たせしました!!!」
少々きな臭くなってきたところ飛び込んできた大声に、ふたりしてハタと言葉を止める。テーブルの横、この暑い中ほかほか湯気を立ち上らせる大きなうどん鉢を盆を乗せ立っていたのは、今日オレと共にここまで一緒にやって来たもうひとりの友人だった。場を気にしない声量と目立つ風貌に、隣近所のテーブル客までもが一瞬ギョッと静まる。ぴんと伸びた身体にぴったり沿ったTシャツにスリムジーンズ、某アクション俳優を彷彿とさせるサラサラのヘルメットヘア―。ぐりっと見開いたどんぐり眼は見る者を圧倒するが、げじげじ眉毛を張りきらせた笑顔はまったくもって罪がない。
「いや~~すみませんでした本当、うどん屋さんに並んだのですが人がたくさんで、全然前に進めなくて!」
お腹すいちゃいましたよね!!?そう言ってはテーブルの空いた所にその男はドンと遠慮なしに盆を置く。仕草こそは落とすような勢いだったが、どういう仕掛けか鉢たっぷりに盛られたかけうどんは、汁ひとつ跳ねさせないのだった。男――『リー』はテンテン同様、工房での修行時代から付き合いの続く友人だ。名前の通り、中華系の血を引く彼は学生時代に日本へ留学生としてやって来たという話だが、今はこちらに定住し便利屋のような仕事をしている。オレとテンテンはそれぞれ分野の違う見習い職人、彼は出入りしていた配送業者の新人スタッフ。繋がりなどさっぱりなかった筈が、ひょんな事から口をきくようになり、何故かそのまま仲が続くようになったオレ達である。
「おや?どうかしましたかテンテン、おかしな顔で立ち上がって」
通る声のままの問いかけに、(へ?)とつけまつげの目が向く。ぱっくり唇を開けたまま固まるその顔に、リーがまじまじと視線を合わせる。
「どこ行こうとしてるんですか?あっ、お水ですか」
「へ?……や、ちが」
「それでしたら僕みっつ持ってきましたよ!心配ご無用です!!」
さあどうぞ!!そう言っては片手に持ち替えられた盆から、ずばっと紙コップが差し出される。意味もなく熱烈な雰囲気に、口を挟めないままテンテンも「エッ?!…あ・ウンありがと」などともごもご口にしそれを受け取った。白い手が持つコップの側面に見えるのはデフォルメされた青いイルカだ。ここのイメージキャラクターであるその彼がプリントされた紙コップには、冷水器から注いできたらしい水がなみなみと湛えられている。
「あれ?どうかしましたかテンテン、そのおでこ」
通る声のままの問いかけに、(へ?)とつけまつげの目が向いた。唇を開けたまま(へ?)と固まるその顔に、ずいっと距離を縮めたリーがまじまじ見詰める。
「……な、なによ」
「なんだか真ん中に、縦の線みたいなのが見えるんですが。流行っているんですかそれ、鼻を高く見せるとかそういうのですか?」
「ええ?なにそれそんなの」
「違う、それはただのシワだ。ここのところ常時眉間にシワ寄せてばかりいるからな、とうとう跡になって消えなくなったんだろう」
「はぁ?!ちょっ…失礼ね!そんなわけ――!」


―――ワッ!!!


失礼と言いつつも実は内心図星に思うところもあったのだろう。首を傾げるリーに対するオレの回答にテンテンは一瞬焦ったようなどもりをみせそうしてからカッと赤くなったが、しかしその反論は最後まで口にされる事はなかった。外で響く大きな歓声。発信源は隣接の水族館に設置された野外プールのイルカショーだろう、夏の終わりの空に広くいきわたる感嘆と拍手は盛大で、華奢なその肩が咄嗟にビクッと揺れる。タブレットのあるテーブルの上空で、白い手からスローモーションのように紙コップが滑り落ちていくのが見える。
「きゃ…!」
息を飲むような悲鳴の気配を感じるや否や、考える前にふたつの手が伸ばされた。すかさず底を支えてやるオレに対し、立ったままだったリーは上部分を選んだらしい。寸でのところで添えられた救いの手に、ハッとした様子でテンテンがこちらを向く。余程緊張したのだろうか、完全に言葉を失っている様子のテンテンと、ランチタイムの騒めきのなか束の間じっと見つめ合う。

「落ち着け。ぬれる」
「それはっ――………まあ、そうね。ありがと……」

淡々と伝えては、紙コップから手をはなす。それを受け取りながらも、「けどそれはそれで、後できっちり聞かせて貰うんだから!」と、テンテンはまだ怒っているようだった。小声での感謝を告げるも、(たんっ)と小気味よい音をたて奪い返された紙コップがテーブルに置かれる。間をおかずしてどかりとその小さな尻がプラスティック椅子の座面に落とされ、赤くなったままの顔が拗ねたように、ぷいっと横を向いた。
乱暴な仕草に、つい(ハァ?)とこちらもなる。なんだそれは、礼をいうならもう少しなんとかといった態度にすべきじゃないか?せっかくタブレットがダメになる前に助けてやったというのに。ひとりで何をぷりぷりしているのだこいつは、相変わらずわからない奴。

『で、結局鍵は見つかったの?』

インタビューは続く。和気あいあいと進められていくそれを眺めつつ、「あ~よかった、ではいただきましょうか!」とリーが手を合わせた。「さぁテンテンも」という促しに、腕組のまままだ横を向いていたテンテンも、ようやくそれを解く。
くすんだ赤のノースリーブから伸びる細い腕が、テーブルで出番を待っていたファーストフード店のトレイへと向かうと、左の手首を飾る銀のブレスレットがしゃらりと揺れた。一瞬の光を弾くそれにぶら下がる、天然石はみっつだ――赤っぽいのと、白っぽいのと、緑っぽいの。石の名前は知らない。昔からよく着けているのを見るから、たぶん気に入りなのだろう。銀の鎖には幸運を願うためか、更にもうひとつ大きなクローバーのチャームが付いている。

『いやそれがほんと、さっぱり出てこなくて』
『あらやだ、困るじゃない』
『そうなんだってば、キーホルダーも気に入ってるやつなのに』
『じゃあ今日家の鍵開けっ放しで来ちゃったってこと?』
『あ、いやそれは心配ないってば』
『? 心配ないって?』
『中からかけて貰ったから』
『…どういう事?』
『あ~~…その、オレってば今、ひとりじゃないから。一緒にさ、暮らしてるやつがいて――ひとり暮らしじゃなくて、ふたり暮らしなんだってば』
『えっ、そうだったの』
「…えええ、そうだったの!!?」

やだもう、そっちも聞いてないんだけど!! そんな叫びと共に、再びテンテンが立ち上がる。弾みで押されたテーブルに、ぐらぐらとみっつの紙コップがその身を揺るがした。
だから注意しろというに…!と素早くそれらを取り上げると、そんなオレに何故かリーは満面の笑みで「さすがの反応です、ネジ!」とサムアップをしてくる。一方で画面の中は平和そのものだ。わしわしと頭を掻く金髪の彼は余程その環境の変化が嬉しいのか、青い目はまなじりを下げきって、日焼けした頬をさらに初々しい薔薇色に染めている。
見渡したフードコート、まだ歓声の響くガラス窓の向こうには、真昼の陽が燦々と溢れている。
手にした紙コップはふにゃふにゃと生ぬるい。しかし手のひらに伝わってくる中の水はまだきちんとした冷たさで、一瞬考えたオレはふと息を止めると、そのままひと息にそれを飲み干した。