あまくてとろとろ



「ふゴッ……!!!」
鼻先を襲った突然の衝撃に思わず間抜けな悲鳴をあげれば、代わりのようにひとつ、「チュッ」と閉じかけてしまった口許に甘い余韻が残された。ポカンと開いた視界に、映る含み笑い。すっきりとしたまなじりはやわらかく絞られ、形のいい口許は堪えきれない可笑しさでうずついている。
「なんだその声。油断しすぎだ、バーカ」
添えられた揶揄に目をぱちくりとすると、そんなナルトに、サスケは大層気分を良くしたようだった。自分の優位性を示すかのようにゆったりとまたソファに背を凭れると、くつくつと喉の奥を鳴らしながら悠然と肘を掛ける。

「――甘くなくて、残念だったか?」

偉ぶっていても、内心はたまらなく嬉しいらしい。沈ませるようにソファに体を預けているその顔は、心底満足げな笑みに弛みきっていた。ていうか今のが甘くないなんて、本気で彼は思っているんだろうか?
うそだろ……本気で?本気でそう思ってんの?

(かっ……か わ え え……!!!)

嬉しげに目を細めつつも偉ぶったポーズを見せてくる彼に、ナルトは思わずうぐぐと突っ伏しそうだった。どうしようこの子。ホントにかわいい。
思った通りチョコレートに渋るサスケに昼間偶然再会した女の子が考えてくれた案で攻めてみたナルトであったが、恋人はまたもやそんな予想の斜め上を突いてくれたようだった。これだからサスケは堪らない。本人はまったく気が付いていないようだけれど、これって当初の予測よりも遥かに甘い展開だ。
いい意味で裏切ってくれる恋人に、ナルトはどきどきと胸を高鳴らせた。だけど直ぐ様ここでそれを指摘しまうのは早計だ……照れ屋でへそ曲がりな恋人は、恥ずかしがってきっと拗ねてしまう。
きっと本人は今してやったりな気分に浸っている。笑ったり、ましてやからかったりするのも厳禁だ。
慎重に――慎重に。
意固地で固い表面の下にある飴細工みたいに脆くて甘い彼の最深部を味わうには、焦らず、騒がず、周りからゆっくり丁寧に溶かしていくのが肝要だ。
(あー……もう。ほんと、すきだ、オレ……)
ともすればすぐにでも緩んでしまいそうになるほっぺたを、ナルトは決死の努力で仏頂面に紛れさせた。明るい光をのせ細められた瞳に、キュンキュンと胸が締め付けられる。しかしそれを抑えて腕を伸ばすと、熱くなった指先がその首に回されたネクタイを捉える。と、ワイシャツの肩に、ほんの僅かな緊張が走るのがわかった。その一瞬を逃さないよう力を込めて腕を引けば、不意打ちに目を大きくしたサスケは他愛なく腕の中へと収められる。
「っん、ぅ……!」
油断だらけの唇にはじめから奥まで舌を差し込むと、ぎゅっと白い手がナルトの肩を掴んできた。それを無視して縮こまろうとする舌を絡めとると、ん、という上擦った声が微かにあがる。好きな上あごの裏を舌先でくすぐってやれば堪らず漏れ出す甘い溜息が嬉しくて、つい「油断大敵だってばよ」とからかってしまうと途端に蕩けかかっていた顔が憮然となった。ああいけない。まだもう少し、ポーズを保たないと。そうは思うのだけれどキスを受けるサスケはいつもあんまりにも可愛いから、ついついこちらも崩される。
耳を撫で、髪に指を差し込むと、「んっ……」と引き攣りのような短いため息が合わさった唇から漏れた。白いうなじから背中が、猫みたいにそわりと逆だって震える。昔思った通り、サスケはすごく敏感だ。逃げようとする頭をしっかりと押さえつけて、ぺろぺろとその濡れた口の端を舐めまたキスをする。
「――あ・おい、やめ……っ」
しろい首筋を指で伝い、衿口の隙間から無理矢理背中を撫でれば、くすぐったかったのか咎める声と共にその身が捩れた。ぐん、とひとつまたタイを引いて離れかけた唇を戻すと、「……ン!」微温い呻きと共に再び唾液が混ざる。濡れた音を響かせて舌を吸い上げ、耳の後ろのくぼみから鎖骨までを何度も撫であげてやると、再びサスケが甘く鼻を鳴らした。スラックスのままの腰が僅かに揺れる。切なげにしているそこは外から見ても膨らみを持ち始めていて、覚えさせた快楽がしっかりと彼の中に根を張りつつあるのを感じれば知らず頬が弛んだ。
「な……いい?」
唾液でべたついた口許もそのままに掠れた声で尋ねれば、同じく唇を光らせたサスケが照れ隠しみたいな舌打ちをひとつ落とした。伏せたその顔が赤い。拗ねたようなポーズを取っているけれど、向こうだって今は結構じりじりとした状態の筈だ。
「いいけど。あんま、しつこくすんな」
「えぇ?なんだそれ、つまんないこと言うなって」
「……疲れてんだよ」
「オレだって疲れてるけどさ。でもほら、疲れてる時って、甘いもん食いたくなるだろ?」
甘いもん?と訝しみながらも眉を顰めるサスケをそのままに、ナルトはゆっくりとその首筋に唇を寄せた。耳の後ろ、跳ねた襟足の少し上。少し伸びてきた黒髪を掻き分け、そこに鼻先を埋める。くんくんと匂いを嗅げば、やはりそこからはほのかに甘い、温かな彼の体臭がした。汗と、皮脂とに混じる、彼自身の持つ生々しい性の香り。きっとフェロモンというのはこういうのをいうのだろう。鼻腔いっぱいに吸い込んでいると、なんだかそのうちに掻き毟りたくなるほどに胸が切なくうずついてくる。
「んあー、いいにおい。好き……」
うっとりとそう言えば、寄せた顔のすぐ後ろで、うんざりとしたような溜息が聴こえた。
「……いつも思うが、相当キモいぞお前」
そんな風にいうサスケは一応顔は顰めてはいるけれど、諦めなのか慣れなのか、まだ執拗に匂いを嗅ごうとしてくるナルトに対しても、すっかり好きにさせている。
「キモくて結構。全然気にしねえってば」
「開き直るな、変態」
「なんとでも。それにそんな変態と暮らすお前だって、実際のところは似たようなもんだろ」
「……あぁ?」
「変態の恋人は変態だってばよ」
「――ンだと?一緒にすんな」
軽口を言うナルトに律儀にムッとしたらしいサスケは、直ぐ様密着してくるナルトの肩を押し退けようとした。しかしそうして突っ張ってきた手を、分厚い手のひらが発止と掴む。目を大きくするサスケにニヤリと笑いかけ、クルリと手を捻りあげながらその体を反転させると、ナルトはすかさず行き場を無くしていたもう一つの手も捕まえた。これらは全て、昔警備員のバイトをしていた頃新人研修でみっちり叩き込まれた、基本的な捕縛術だ。使うのは随分と久しぶりだけれども、我ながら褒めたくなる程スムーズに事が運べた。
「てめっ……!」
「へっへ~やった、捕縛成功!これでさっきの鼻ぺしんはあいこな!」
「……ふざけんな、放せ」
「いいじゃんちょっとくらい、結局お前ってばオレにチョコくんなかったしワケだし。オレからはちゃんとプレゼントあげたんだから、サスケだって今日はオレに付き合ってくれたっていいんじゃねえの?」
実際のところは最早まったく気にしてなんかいなかったけれど、ポツリとそんな恨み節をあげればサスケは急にじっと静かになった。……ううむ、相変わらずなんて素直ないい子なんだろう。こちらから先に差し出せば、どれだけ不本意であっても同等のものをきっちり返す。これも律儀で真面
目なうちはサスケの、愛すべき性質のひとつである。

「――好きに、させてくれる?」

動きを止めたサスケに確かめると、押さえ込まれたままの憮然顔が、「不承不承」といった感じで小さく頷いた。そんな彼に内心でほくそ笑みながら、ナルトはそっとその襟周りにぶら下がったままのネクタイを引き抜く。そういう趣味があるわけではないのだけれど、なんだか今日のサスケは、やけに甘っちょろいし。どうせもう変態だと言われたことだし、変態ついでにこの際やりたい事をやらせてもらおう。
衣擦れの音に、何をされるのか察しが付いたのだろう。
うつ伏せにされたままハッと振り返る瞳は、純粋な驚きと僅かな怯えに、大きく見開かれていた。
「おい、好きにってのはそういう意味じゃ……!」
「じゃーどういう意味だってばよ?」
囁きながら、手早く掴んだ両手を後ろで結わえたナルトは「よいしょ」と彼をまた反転させると、モスグリーンのソファを軋ませながら再びサスケをそこに凭れさせた。髪を撫で、少しだけ襟周りを乱れさせ睨んでくる佳貌に満足すると、そっとそのすべらかな頬を撫であげる。……なんていうか、素晴らしい光景だ。男の支配欲だとか、征服欲だとかが、見事な程いっぺんに芯まで満たされる。
「……へへ、いい眺め」
「てめえ……覚えてろよ」
「まァ怒んなって。いっぺんコレ、やってみたかったんだってばよ」
だいじょーぶ。ヤな事とか痛い事は、絶対、しねえから。
誑かすようにそう吹き込みつつ、ぷちん、とワイシャツのボタンを外すと、戒めがスパイスになっているのかそれだけで過剰な程薄い肩がびくりと跳ねた。丁寧に開かれていく胸元に見える、薄ピンクの尖り。淡く色付くそこが目に入るともう辛抱が出来なくて、数個残ったボタンもそのままに開けた前を肩口まで引き下げた。「馬鹿、力任せに引っ張んな!」という現実的な叱責にもお構いなしに、迷いなくそこに顔を寄せる。
ちろり、と伸ばした舌先で先端を浅くなぶれば、ひくりとその剥き出しになった腹に緊張がはしった。
ちゅ、ちゅう、と徐々に遠慮なしになっていく愛撫に、ふるふると晒された肩が震えている。
「――ン、いっ……」
「ん?イイ?」
「……い加減にしろっての、この……!」
舌先で潰し、前歯で甘噛みを繰り返しながら開いた方の手でもう片方の蕾を爪先で可愛がっていると、居た堪れなさに耐え切れなくなったかのように、サスケが小さく叫んだ。「……ぅん?」と目線だけで見上げると、下の光景から目を逸らすように横を向いたサスケが、そっと薄目で見下ろしてくる。
「いつも、いつも……」
「へ?」
「……しつけえんだよ、お前は。男の胸なんかにそんな、ねちねちと構いやがって」
「ええー?そりゃ構うだろ、だってサスケここスゲー感じんじゃん」
知ってるもんね~、とうそぶくと、その言い方にムッときたらしい彼が途端に顔をしかめた。
「……そんなとこ舐め回したところで、別に、美味くもなんともねえだろが」などと悪態をつく彼に、「いーや美味い、すげえ美味い!なんでか知んねーけどお前の体ってば、舐めると甘くてなんか癖になる」と言い返す。
「例えば――ここ」
囁いて、くっきりと浮き出た喉仏をぺろりと舐めると、ひくりとひとつ肩が竦んだ。
こことか……そこも。
教えつつ、首筋を舐め鎖骨を噛むと、きりりと上の方で喘ぎを堪えるかのような歯噛みが聞こえる。
うっすらと肉に浮く肋骨を唇でなぞり、脇腹をじんわりと食みながら腰を撫でさすってやると、逃げを打つようにその体が捩れた。残ったボタンを外しながら、ちょっとまた体を起こす。肩に突き出す骨を噛み、黒髪から覗くいたいけな耳をしゃぶりながらすりすりと内腿を撫でると、ンン、と白い喉が息を飲み僅かに反った。怒ったような表情で上気しているサスケの瞼を触り、鼻先を啄むと、チュッというリップ音と共に長い睫毛が震える。ほそいおとがいに指をかけ仰がせれば、うるりと睨みつけてくる黒瑪瑙の中に、とろけ顔の自分が見える――ああ、もう、どうしよう。本当にオレこの人が好きだ。いっそ彼の全部を溶かして、自分も溶かされて。そうして何もかもを一緒にしてトロトロに融けあえてしまえたら、どんなにか幸せで心安らぐだろう。
「……ここも。すごく、好きだってば」
再び体を沈め、言いながら深い影を穿つへそに恭しいキスをすると、真っ赤な顔で固く目を閉じたサスケは「くふん」と小さく鼻を鳴らした。
そのままへそ下に広がる柔らかで傷つきやすそうな部分に、かぷりと歯を立てる。一瞬跳ね上がった体を押さえ更に焦らすようにその辺りを噛んで、舐めてと繰り返していると、やがて飲み込みきれなかったかのように、「ん、ふ……っ」という食いしばった喘ぎが赤い唇から漏れた。下から見上げる顔は悩ましげな赤面だ。眉をひそめ、後ろ手のままびくびくと体を震わせるサスケは、発情が抑えきれない猫みたいで強烈に色っぽい。
「……ったく、この……!」
乱された姿のままのサスケが掠れた叫びをあげると、体を起こしたナルトは意に掛けることなくにんまりとした。
何とでも。それで構わない。
声には出さずにそう返しながらゆったりとそんな彼の中心を数回撫であげる。と、細い腰が逃げを打つように身じろぎした。そんな彼にのしかかり、文句が出される前にベルトを引き抜く。下ろされたジッパーから飛び出したそこに、思わず「ふ、」と笑いが漏れた。ほらな、やっぱりヒトの事言えない。オレを変態だというのならば、サスケだって結構なモンだってそろそろ認めてもいいと思うんだけど。
「――ぁ、ばか、やめ……っ」
制止する声を無視してそこに顔を伏せれば、ちゅぷりという濡れた響きと共にサスケの息を飲む声が聴こえた。先をしゃぶり、窄めた唇で奥まで何度も飲み込めば、「んっ、ん……っ」という抑制された喘ぎと共に、温かな刺激に我慢できなくなった先走りが口の中に広がる。
「……でも流石にココは、あんま甘くはないかな」
しょっぺえ、とすっかり固く反り返ったそこから顔を上げ言うと、下を向いて息を切らしていたサスケの顔にはみるみるうちに更なる朱が差して、あっという間にその首筋までもが熱を帯びたようになってしまった。
「……当たり前だ。だからンな事、しなくていいって、いつも言ってんのに」と恥じ入るように小声で吐き出された反論に、
「なんだよ、わかってねえなあ。所々違う味がするから、どれだけ食っても食べ飽きないんだろ」
と言い返す。

「まったく、お前って……」
「んー?」
「……救いようがねえな」
「そう?自分ではもうとっくに救われてるつもりなんだけど」

なあ、上、乗って?
座ったまま甘えてそう言うと、赤く潤んだ切れ長の瞳が、ぎゅっとこちらを睨んできた。
それでも笑って両手を広げれば、作ったようなしかつめ顔が、開けた腕の中に大人しく入ってくる。
後ろ手のまま膝立ちで跨ってきたサスケに満足して「エヘヘ~やった、大サービスだな!」と抱き締めると、下着とスラックスを脱ぎ落としワイシャツ一枚になったサスケが、フンとひとつ鼻を鳴らした。
「……バレンタインだからな」
という無表情な呟きに、そうかそうかバレンタイン様様だってばよォ!と頬擦りする。

「――知ってるか、ナルト」

ぼそ、と落とされた低音に、(んじゃあそろそろ一番美味しいところをいただきましょか!)と浮かれた気分でいたナルトは、ふと食指を動かすのを止めた。白い双丘の奥、魅惑の窄まりを目指しとろけきっていたその顔が、「え~、なに?」とのんきに返す。

「バレンタインデーにはな、ホワイトデーっつう対になる日があるんだぞ」
「え?」
「世間一般ではバレンタインのお返しは、3倍返しがセオリーだからな」
「……え゛??」

悠々と眇めた黒と開けっぱなしになった青が混じり合うと、ごんごんとヒーターの燃える部屋の中で、寄せあった額と額とが「コツン」と軽くぶつかった。
思ってもみなかった一言に、ただただ呆然となる。
そんなナルトにゆっくりと腰を落としていくと、押し出されるような溜息の合間に、サスケは艶然とほほえんだ。



「そういう訳だから。ホワイトデーにはケツ洗って待ってろよ」
「それを言うなら首だろ?」
「ケツだ」
「……」
「……」
「……」
「しっかり洗っとけ」
「…………ハ、ハイ。(やべえサスケマジだ……)」






【end】
無体がしあえるのは仲良しの証拠