あまくてとろとろ


こんなにすきで、どうしよう。


     *

借りたマンションは自分の職場からは少し離れた大学病院のある市内にあって、それはとにもかくにも生活の足に車を使えないサスケが、負担なく勤め先まで行けるようにという配慮からだった。
病院のほど近く、院行きのバスが停まるバス停から徒歩二分の、三階建てマンション。
運良く空いていたそこの二階の角部屋に、それぞれのお盆休みを使ってナルトとサスケは引越していた。南向きの2DK、建物前には専用の駐車場付き。結構いっている築年数についてお互いなにも言わなかったのは、多分都内に今も建つ由緒正しきボロアパートへの、秘かな配慮と敬意からだろう。古いけれども陽当りがよく、窓からの風景に向かいの公園に植えられたイチョウの木が映り込むそのマンションを、ナルトはかなり気に入っている。
しかして今彼がいるのは、同じ市内とは云えどもそんな落ち着いた住宅街の中ではなかった。
街の中心部をはしる賑やかな大通り、その中程にあるシックな佇まいの一軒。
燦然と掲げられた看板にある金文字の店名は、よく知られた高級チョコレートの専門店だ。
(やべえ……なんか、思ってた以上に緊張すんな、コレ……)
人で溢れかえる店内をショーウィンドウ越しに見て取って、ナルトはごくりと息を飲んだ。
2月14日、帰宅ラッシュ最中の夕方5時30分。店の中にあるショーケースの前でおしくらまんじゅうかというようにギュウギュウ詰め寄せている客達は、全員が揃えたかのように女性だ。自分で自分の思い付きに盛り上がってここまで来てしまったのはいいけれど、いざこの中に足を踏み入れるとなると結構勇気がいる。

「――うずまき君?」

驚いたように確かめる声に振り向くと、大通りの向こうからたっぷりとした黒のダウンコートを羽織った小柄な女性が、こちらに向かって小さく手を振っていた。真っ赤なハイヒールが、色彩の少ない冬の街で鮮やかに映える。楚々として整った色の白い小さな顔で驚きと喜びで弧を描く唇も、同じく目が覚めるような赤だ。
久しぶりね、となんのてらいもなく話しかけてくる彼女になんとなく芯のない返事を返すと、そんなナルトの様子に赤い唇がクスリと笑みを漏らした。
「やあね、なに気まずそうな顔しちゃってんの」
さばさばとそんな風に言ってまた笑う彼女は、今は途絶えているけれども以前しばらく交流があった、自来也ご贔屓の店に勤めていた女の子だ。
サスケとどこか面影の似ている彼女と、ナルトはかつて、時々会っては体を重ねあうような関係だった。何度かデートっぽい事もしたような気もするが、その時の事は正直あまり覚えていない。記憶に残っているのはただ彼女の折れそうに細いウエストと、頼りない程にやわらかな真っ白な乳房だけだ。彼女と落ち合うのは大概彼女の仕事が引けた後だったし、会えばそのまま示し合わせたかのようにホテルに雪崩込むのが常だったから、申し訳ないけれどもそんな記憶しかないのも、致し方ないというものだ。そもそもがお互い、相手にそういった恋愛めいたものは求めていなかったのだろう。ナルトが他に好きな人がいることを彼女は最初から承知していたし、ナルトも彼女が自分といない時にどこで誰といようが、まったく気になったりしなかった。多分彼女も同じような感覚だったのだろう。何も言わずに店を辞め、ふっつりと音信を経ってしまった彼女に、ナルトはずっとそう思っていた。
どう、元気にしてる?と何気なく腕に触れてくる彼女に少し困ったように微笑むと、聡い彼女はすぐに察するものがあったようだった。触れかけた手はナルトのダウンジャケットの表面だけをそっと撫でると、「そう、それなら何より」とやわらかく言って離れていく。
「でもビックリしたなあ、こんな所で会うなんて」
「うん」
「珍しいね、こっちに出てくるなんて。何か買い物?」
「あー……まあ、そうなんだけど」
――待ちに待った、バレンタイン・デー。
イベント事が大好きなナルトではあったが、そもそも最初はただ単純に、好きな人からチョコレートを貰いたいなと思っただけだった。
だけどちょっと考えただけでもそれは恋人の性格上絶対ありえない事だったし、もう少し考えてみたらそもそも男同士なのに、こちらが貰うばかりなのも変なような気もしてきてしまって(セックスでの役割上では現状彼が一歩譲ってくれているけれど、でもそれ以外では徹底して『対等』を求めてくるのがサスケである)。そうやって悶々と悩んだ結果、結局(ならば自分も)と思い立ち、仕事帰りに街の中心部にあるチョコレートメゾンへと寄ってみたのだ。ここならばバレンタイン以外の目的で店に来る人も少なくない。2月14日に男がチョコレートを買いに来ても、そう目立ちはしないだろう、なんて思ったのだが。
「……ああ、ここに用だったの?」
チラリと視線を目の前にそびえ立つチョコレートショップへと泳がせると、そんなナルトにまたもや彼女は、ピンときたらしかった。なるほどね、と腑に落ちたかのような目が、女性客でごった返す店内を眺める。

「なんだ、じゃあ一緒に入ろっか」
「へ?」
「私もここに用があって来たの。今夜お客さんに渡す分のチョコ、ここに予約してあるのよ」

行こ、とニッコリ誘われると、彼女はキョトンとしたままのナルトの背中を躊躇うことなく押した。触れるだけだった先程とは違い、今度の手はしっかりと頼もしい。
重々しいガラスの扉を押し一歩中に踏み込むと、濃いチョコレートの香りと共に、それとは違う女性達の熱気に煽られたような甘い香料の匂いに、いきなり体が包まれた。突然店内に現れた頭二つ分高い金髪に、店の中の視線がざあっと集中する。
(ひえぇぇ、め、目立ってる!やっぱむちゃくちゃ目立ってるってばよォ……!)
集まってくる視線に一気に汗が吹き出たが、一緒に並ぶ彼女は堂々としたものだった。錐のように細いヒールで感心する程優雅に歩み進むと、レジ前に出来ている長蛇の列の最後尾にするりと入り、後ろに立つナルトにちょいちょいと手招きする。
「ほら、早くおいでって」
「は?えっ……でも」
「君背高いからここからでも商品見えるでしょう?この人じゃあお会計するまでにも随分かかりそうだし、並びながらどれにするか選んじゃいなさいよ」
言われてふと姿勢を正せば、なるほど確かにバレンタイン用のチョコレートはショーケースの中ではなく上に並べられていて、背の高いナルトであれば、ちょっと背伸びをすればそれらを一望するのはわけない事のようだった。ビター、ミルク、ホワイト……はたまたトリュフ、プラリネ、ガナッシュ。シンプルな形のものから、一体どうやって加工しているのだろう、赤やピンクやらの可愛らしいプリントを施された目を引くデザインのものまで、実に様々なチョコレートが金のギフトボックスに詰められては所狭しと並べられている。
「ねえ、ところで今更な質問なんだけど」
すっと上げられてくる視線に、「ん?」と斜め下を見た。既に予約していると言っていた通り、彼女はもう特に自分の買う分は見る必要がないらしい。
「これって、バレンタインのプレゼントを買いに来てるの?」
「へ?」
「それともご進物か何か?誰かにお返しでもするの?」
「あー……えっと、」
バレンタイン用、だってば。とポソリと答えれば、切れ長のアーモンドアイはぱちりとひとつ瞬いた。「ふぅん?」という相槌は、どこか探るような響きがある。
「バレンタイン用」
「うん」
「キミの方からあげるんだ?貰うんじゃなくて?」
「や、そりゃまあ、オレだって……けど別にこっちからあげたっていいだろ?そういう決まりがあるわけじゃないし」
うちなんかはいつも父ちゃんが母ちゃんにプレゼント送ってたってば、などとつらつら続けると、彼女も納得がいったようだった。……嘘は言っていない。父親の出身地である北欧では男性から女性へ愛を告白する方が一般的だったらしく、毎年バレンタインにはナルトの家では両親がお互いにプレゼントを交換しあっていた。
「けど、欲しいは欲しいんだ?」
納得はできても、つっこみどころはまだあるらしい。アッサリ言い当てられると、ナルトはまたくうっと黙った。そりゃまあ、貰えるものならば是非とも貰いたい。でもそれはまず有り得ないだろう。説得くらいは試みてはみようと思っているが、期待値はかなり低い。
「だったら自分からお願いしてみたらいいのに。チョコレートくださいって」
「えー?」
「だって、今もう付き合ってるんじゃないの?」
意味ありげに見上げてくる目に一瞬ドキリとさせられると、赤い唇が妖艶に「ふふ、」と弓のようにしなった。そういえば彼女とは最後、彼女が店を辞めてしまったのをきっかけに、別れもちゃんとしないままなんとなく離れてしまったのだった。そもそもその頃にはもう殆ど会うことさえもなくなってきていたのだけれど、まがりなりにも一応体の関係を持っていたというのに、辞める事すら教えて貰えなかったという事に、勝手だなと思いつつも当時はほんのり傷ついたりしたものだ。
久しぶりに会う彼女は、以前のセミロングから短いショートカットに変わっていた。更に鮮烈な印象の美人になっているけれど、話の内容やダウンコートの下に見える艶かしいラインを浮き上がらせたミニのワンピースから察するに、今でも昔と同じ仕事に就いているのだろう。
「付き合ってるってばよ、ちゃんと」
小さく答えると、彼女はおかしそうに「へぇ、」と優美な眉をしならせた。
「……一緒にも、暮らしてるし」
照れながらも伝えると、「あらそう。それはそれは」とダウンコートの肩がきゅっと粋に竦められる。
実際。サスケとの暮らしは、本当にすこぶる順調だった。
確かに職場は今までよりも少し遠くなってしまったり、普段チームが練習に使っているアイスアリーナへ向かうにもこれまでに比べたらちょっと通いにくくはなった。
だけどそれよりも毎日毎日少しずつ重ねられていく『当たり前』が、今のナルトには何より嬉しくて。
朝ダイニングでもそもそと喉に引っかかるトーストを咀嚼する姿に、夜ソファで寝そべりながら浮かべている、半分寝かけの緩んだほほえみに。毎日発見する新しい彼への愛しさで、ナルトはここのところ窒息気味だった。とりあえず少しずつでも消化していくしかないとばかりに苦しくなる度に気持ちを言葉にしては彼に渡してはいるのだけれど、それでも体内製造される『好き』には全然追いつけない。伝えても伝えてもそれでもまだ言い足りないようで、すっかり日常化してしまった告白に呆れる彼を前に、ナルトはちょっと途方に暮れる。
またその『好き』を投げかけられる側の彼は見事なまでにそれに無頓着で、ひとり盛り上がるナルトを適当に受け流したまま、のびのびと普段通りの生活を送っているようだった。だけどどれだけ冷たくあしらわれていても、決して本気で嫌がられてはいないらしい。それがわかるのがまた幸せで、調子にのっては再びくっついていってしまう。好きで好きでしょうがないところへ更に『好き』は深くなる一方なのだから、どうにもこれは抜き差しがならない。
(……あー、サスケに会いてぇなー……)
不意に今朝玄関先で見送りをしてくれた彼を思い出し、ナルトはほうと溜息をついた。
サスケに会いたい。
朝一緒にいたし夜にはまた会えるけど、それでもどれだけだって、サスケと一緒にいたい。
「やあね、思い出し笑い?」
つい、やにさがった顔になってしまっていたのだろう。緩みきった日焼け顔に呆れるかのように、前にいる彼女が溜息をついた。そういえば最初に一気に集まってきていた視線は、もう殆ど感じない。隣に迫力ある美人がいる事が、なんとなく人々の興味本意で観察してやろうという気を、ぴしゃりと押さえ付けるらしい。そういう意図もあって、もしかしたら彼女は誘ってくれたのだろうか。
「なあにその顔。とろとろじゃない」
「えっ、そう?そうかな」
「私といる時は、そんな顔したりしなかったくせに。よっぽどうまくいってるのね」
「あー……まァ、な。うまくいってるってばよ、たぶん」
「たぶん?」
小さく答えると、彼女はおかしそうに優美な眉をしならせた。
『たぶん』なんだ?ときゅっと上げられてくる視線に、こくんとひとつ息をのむ。

「うそ。……すごく」

言いながら、照れ隠しにうなじを掻けば、アイラインの入った大きな瞳が、ほんのりと眇められた。見られている首筋が熱い。顔もきっと、目に見えて赤く染まっている筈だ。
そんなナルトを、彼女はじっと黙ったまま見上げていた。
「ふぅん、」と呟いて組まれた腕。赤いエナメルの爪先が、カウントダウンを取るかのようにゆっくりと上がっては下りている。
「で、お惚気は置いといて。どれにするかは決まったの?」
ようやく列が少しずつ前に動き出したのを受けてだろう。促すかのように小首を傾げ、彼女は再び訊ねてきた。どうやらレジのスタッフがひとり増員されたらしい。カウンター内では店のイメージカラーらしい深いオークブラウンの制服を着た女性達が、笑顔を貼り付けたまま慌ただしく立ち回っている。
きらびやかに並べられたチョコレート達を前に、腕を組む。
うううん、と中途半端な呻きで返せば、それがおかしげに細められた。
「なあにそれ、随分悩むのね」
「んー……どれも美味しそうなんだけどさ」
「美味しいわよ、ここの。個人的にはトリュフがお薦めかな、ラムがすごく効いてるの」
「いや、でもその……それもやっぱ、甘いよな?」
遠慮がちに確かめると、それを聞いた彼女はキョトンと目を丸くした。そうしてから軽く握った手で口許を隠しつつ小さく吹き出しては、「甘いわよ。当たり前じゃない」と笑い出す。
「だってチョコレートだもの。甘くなきゃ」
「……だよなあ」
至極当然の回答に、ナルトはがっくりとうなだれた。そうだよな、そりゃそうに決まってる。甘い恋人達のお祭りに添えられるのは、やはりとろける程に甘い菓子がふさわしい。
「甘いのが苦手な人なの?」
だったらチョコじゃない他の物をあげたらいいじゃない、とアッサリ言う彼女に(むう、)と呻りつつ、ナルトはもう一度また背を伸ばした。そりゃあその方がサスケには喜ばれるのかもしれないけど。でも折角の初めてのバレンタイン、一度位はきっちりセオリーを守ってみたい。
「けど、チョコをあげたいんだってば。バレンタインだし」
「ふぅん?」
「……なんかその方がちゃんと、バレンタインしてるって感じがするってば?」
そう返せば、再び彼女は一瞬キョトンとした。くすくす笑いがピタリと止んで、ちょっと真面目な顔が「うーん、……じゃあ、こういうのはどう?」と語りだす。

「キミからまずチョコをあげるでしょ?そしたら今度は、それをそのまま向こうからキミへプレゼントしてもらうの」
「えー?」
「そうしたらキミから向こうへもチョコあげられるし、キミもチョコが貰える。相手も苦手なものを食べなくて済むし、いいこと尽くしじゃない」
「……いやー、でもそれってば、実際やったら結構虚しいってばよ?」

想像してみただけで、なんだかありありとその光景が目に浮かんだ。自分に害はないから提案したら一応乗ってはくれるだろうけど、きっと彼はものすごく冷めた目でオレを見るだろう。
「自分で買ったチョコを結果的に自分で食うって事だろ?」
「うん」
「……イタすぎじゃない?」
「別に自分で食べなくてもいいじゃない。食べさせてもらったら?『あーん』て」
そう言って、おどけたように開けられる赤い唇にポカンとすると、やがてだんだん彼女の提案の意味がわかってきた。……成程。それならばまあ、悪くない。彼としてもギリギリ妥協の範囲内だろう。そして普通に突き返される状況よりは100倍マシだ。
そうしてナルトが感心の溜息をついたところで、ちょうど間を合わせたかのように列が進み、前に並ぶ彼女の番がやってきた。告げられる名前に、カウンター下からあらかじめ用意してあったらしき店の大袋が取り出される。袋が二重になっているところから察するに、中には相当数の商品が入っているのだろう。提示された金額は、チョコレートの値段としてはちょっと驚くような額だ。(ひええ、義理で毎年こんな事しなきゃならないって、女の子って大変だなあ)と内心青ざめるナルトをよそに、毛筋ひとつ乱れさせず彼女は財布を開いている。
自分の会計も終えて外に出ると、すっかり暗くなった表通りで、先に会計を終えた彼女が待っていてくれた。手に持つ紙袋が重そうで、あんなものを持ったままよくぞあんな細い踵の靴で歩けるものだと感心する。あれも熟練による技のひとつなのだろうか。
持つか?と尋ねると、彼女は笑ってかぶりを振った。「平気よ、このくらい。けっこう私、見た目よりも力あるの」などと言う彼女の息が白く曇って、きんと冷えた夕方の街に淡く消えていく。
「――色々とありがとな。助かったってば」
ホッとした気分でそう言うと、ナルトは手に下げた紙袋をちょっと持ち上げた。買ったのは結局、万が一にでもサスケが食べてくれる可能性も考慮しての、プレーンなビターチョコが三粒だけ入ったシンプルなセットだ。
「いい案も貰ったし」
「うん」
「なんか本当、声掛けてきてくれて嬉しかったってばよ。なんていうか、その……最後、黙っていきなり店からいなくなっちまっただろ?電話とかも繋がらなかったし、オレってばなんか、気を悪くさせるような事しちまってたのかなって……」
「やだ、そんな風に思ってたの?そんなわけないじゃない、そりゃあ最初の晩いきなり私を男の人と間違えた事については、今でもちょっと複雑ではあるけれど」
さらりと告げられた台詞に、完全にふやけて気を抜いていたナルトは「……へ?」と瞬時にして固まった。強い光をのせた大きな瞳が、きゅっとつねり上げるようにこちらを見る。

「した日は次の朝、必ず寝ぼけてその人の名前呼んでたし」
「え……、」
「普段は全然連絡してこない癖に、彼女と別れる度に再確認するみたいにまた会いに来て。そういう時だけ店に来るのってどうなのかなって思ったりもしたけど、でも別にそんなの、全っ然、まったく、怒ったりなんかしてないわよ?大人だから」

清々しいほどにきっぱり言い切ると、彼女はその完璧に整えられた佳貌に大輪の笑みを浮かべた。
……なんというか、思い当たる節がありすぎる。ありすぎて何も言い返せない。

「――ねえ、ところでね?」

グウの音も出せなくなったナルトに、ピンヒールの足が一歩前に出た。
来月ね、私ここの近くで、お店を開くんだけど。
甘い甘い囁きに、震える喉が思わずゴクリと鳴る。
「お、お店?」
「うん。自来也ちゃんには私からも、連絡しようと思ってるんだけど。でもそれ以外にも沢山お酒を飲む若い子達が、いっぱい遊びに来てくれたら嬉しいなって」
「あっ……や、でもさオレってば」
「やだ、別にキミに恋人の目を盗んできてなんて、言うつもりはないのよ?」
そんな事を言う彼女に思わず「…へっ?」とひっくり返った声を上げると、グロスでぷるんと艶めいた唇が、ニッコリと弧をえがいた。
ホッケーチームの子とか、会社の人達とか。キミそういう知り合い、沢山いるでしょう?
白く細い首を心持ち傾げて、彼によく似た美貌が歌うように言う。

「じゃあこれ、今度できるお店での私の名刺。よろしくね」

言うやいなや、緋色の爪先が優雅に動き、ダウンジャケットのポケットにするりとピンクの名刺が差し込まれた。
ああやっぱり女の人のしたたかさには敵わねえなあと項垂れるナルトの後ろで、家路を急ぐ車達のクラクションが、けたたましく鳴り響いた。