「――どういうつもりだ」
薄闇に覆われた半地下の駐車場でサイドブレーキが引き上げられると、ようやくこの途中下車の目的に気が付いたサスケは低めた声で尋ねた。停車した車の窓から、入ってきた駐車場の入り口が見える。ビラビラとした胡散臭い目隠しの向こう側はまだ明るく爽やかな5月の午後で、あからさまないかがわしさの漂うここと比べると、まるで彼岸と此岸程の隔たりがあるように思える。
「なんでこんなとこに来る必要があるんだ」
「……」
「お前はさっき俺が言った事を、聞いていなかったのか?」
「……」
苛立ちを抑えつつ確かめてみたが、運転席に座るナルトは何も答える気は無いようだった。節くれだった指が、すみやかにエンジンキーを回す。唸り続けていた機械音が止まると、車内はますます重い静けさで満ちた。黙ったままのナルトがおもむろに体を後ろに伸ばし、後部座席に置いていたボディバッグを取り上げる。
「……降りんのかよ」
バッグを手にしたナルトがそのまま運転席のドアを開けようとするのを見て、サスケが言った。
昨日からじりじりと続いていた言い争いは先程一応の形で終結したと思っていたのに、その上で彼がサスケの家に向かう前に、わざわざここに寄った理由が解らない。
「俺は降りねえぞ」
「……」
「お前、マジでいい加減にしろよ。どういうつもりでここに来たのか、ちゃんと説明し…」
「――オマエが降りてくれたらな」
ようやく口を開いたナルトはサスケが言い終える前に一言だけそう残すと、それきりまた口を噤んだ。押し付けるように車のキーをサスケに渡すと、そのままさっさと車から出て行ってしまう。
(なんだあいつ…クソムカつく)と思いつつも振り返ることなく灯りの漏れる建物への入口に消えていく後ろ姿に、サスケは苛々と奥歯を噛んだ。しんと静まり返った駐車場には他に人の気配はない。しかしこんな所でひとり置いていかれてしまっても、車の運転が出来ない自分には徒歩でここから出て行くしか手段がないのだった。あのビラビラをくぐり抜けひとりで沢山の車が行き交う表通りに出る度胸はないし、建物の玄関を抜けるには一度ナルトと同じようにホテルの中に入るしかない。そもそもサスケには、ここがなんという街なのかもよくわからないのだった。一瞬だけスマートフォンを使って現在位置を確認してみようかと思うが、場所が場所だけになんとなくGPS機能を使うのがためらわれる。たとえ人工衛星相手でもなんだか嫌だ。
……重々しい舌打ちをひとつ打ち鳴らすと、サスケは仕方なしにやはり後部座席に置いていた自分のバッグを手に取った。抜け出した助手席のドアをバタン!と打ち付けるように閉め、八つ当たりするかのようにきつく施錠ボタンを押す。
そこだけぽっかりと明るい入口に足を踏み入れると、続く奥の突き当たりで自分を待っているらしき背の高いシルエットが見えた。早々と手続きを済ませてしまったらしく、余裕ある雰囲気で立つその右手には、何やらルームキーらしき金属片が見える。
なんの説明もないままにどんどん行動を決められるその姿勢に、知らず鋭い舌打ちが出た。
本当に、どういうつもりなんだこいつは。妙に物慣れているその周到さもやけに腹立たしい。
「てめ…!」
「よかった、来たな」
向こうの見えない真黒なカウンターとサンプル写真が浮かぶ大きなパネルの前を、顔を背けるようにして足早に通り抜けると、ナルトに追いついたサスケは苛立ちの湧き上がるがまま声をあげようとした。しかしそんなサスケにどこかホッとした様子のナルトは素早くその手を取ると、「行こ」と短く囁く。絡められた指に思わず「ふざけんな、離せ」と恫喝すると、一瞬だけ厚みのある大きな手は引かれそうになったが、直ぐ様思い直したかのようにまた力が込められると、サスケの細らかな手のひらはしっかりとそれに包まれてしまった。慣れた風に見えるけれど実際は内心穏やかではないのだろうか。伝わってくる湿った熱は酷く熱く、掴んでくる手はどこかぎこちない。
無言のまま手を引かれエレベーターに押し込まれると、目的階に着いたナルトはおもむろにルームキーのナンバーを確かめた。迷いのない仕草でドアを探し当てスムーズに扉の鍵を解くと、憮然としたままのサスケをちょっと振り向き、その背に手を当て先に入れというように促す。有無を云わさず押してくる力に、サスケの内面にはまたじわりと反感が湧き起こった。部屋の真ん中には大きなベッドが鎮座し、窓には真昼間から締め切られたカーテンが重たげにぶら下がっている。比較的シンプルな造りの部屋だったけれども、それでもヘッドボートの上に置かれた小箱の中にピンク色のパッケージがきちきちと並べられているのが見えると、やはりここはそういう事の為の部屋なのだという事がまざまざと思い知らされた。とにかく何か言ってやらねば収まりが付かない。そう決意し目を釣り上げ振り返ったが、しかしその直後大きな体が被さってきたかと思うと、半開きになっていた口許がいきなり深く咥えられた。最初から深すぎる口づけに体が跳ねる。吸うタイミングを逃した呼吸が、思わず苦しげな呻きを漏らす。
「――ん、…ふ…っ!!」
閉じるのを忘れた視界で、伏せられた金の睫毛が揺れるのが見えた。慌てて拒否をするべく唇を閉じようとするも、先手を打つかのように合わさった口の端から太い親指が差し込まれ、それを阻まれた。だらしなく開いたままになってしまった合わせ目からは逆にぬるりと舌を絡め取られてしまい、吸い上げられる感覚に思わず指が縋る先を求める。ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅと多分な水音を溢れるがままに響かせているのは絶対にわざとだ。耳を犯してくる淫靡な水音の中、掻き回される咥内に酸欠の頭が徐々に遠くなっていく。しかしその裏側では意思の伴わない行動に置いてきぼりにされた気持ちが、冷めた視線で溶かされようとする体を見張っているのを感じた。顔を固定してくる手のひらが熱い。口の端から零れた唾液が厚みのある舌に舐め取られ、また舌の奥へと押し戻される。
いよいよ息苦しくなったサスケが呻きつつ硬い胸板を押しのけると、そこでようやく責め立てるようなキスは終いにされたようだった。惜しむようにゆっくりと離れていくその唇はてかりを帯びて濡れ、いやらしく光っている。
「…お前、ほんと、どういう…!」とまだ苦しい息の間に質せば、熱っぽさに潤む青が僅かにきゅうと細められた。長い腕がぐるりとまわされ、強い力で思うざま両腕ごと抱き締められる。
「ごめん…オレってばせっかちで、我慢が出来ねえから」
「は?」
「お前んち着くまでなんて、やっぱ待てない」
……しよう、と耳許で囁かれた言葉に呆然としていると、固く肉厚な体がもたれ掛かりながら体重を預けてきた。支えきれず思わず数歩下がった先で、スニーカーの踵が何かにぶつかる。あっと思ったときには既に遅く、抱きついてくるナルトに更に体重を掛けられたサスケは、そこでガクリと膝を折らされた。男二人の重みにスプリングが悲鳴を上げる。そうして目を見開いたままベッドに沈むサスケに、隙を逃さず大きな体が覆い被さってきた。あげようとする声を重ねられた唇に塞がれ、再び舌を差し込まれる。くすぐられる口蓋と強く抑えられた肩に呆然となっていると、内腿にさわりとした気配を感じた。どうにか頭をずらし見下ろした先で、ナルトの手が自分の下肢に伸ばされ宥めるように撫でてきているのを知る。慌てて止めようと伸ばした手はやすやすと捉えられ、絡めた指のままシーツに縫い付けられた。のしかかってくる体が重い。動きを制するかのように、ナルトの体が動転するサスケの上に跨る。
すっぽりと自分を包む重い影に、展開についていけず真っ白になっていたサスケの思考がようやく回帰した。本当に、何なんだこれは。まさかこいつ、俺を犯そうとしているのか?余りある力をふるい、四肢を押さえ組み敷いて。我が侭に暴走したその欲を、俺の同意も無しに押し込もうと?
(――嫌だ……!!)
湧き上がってきた拒絶はあっという間に体中を巡り、作りかけの標本のようにベッドに押し付けられている体を硬くさせた。そんな事をしてみろ、一生謝り倒されようとも絶対に許すものか。ナルトがどうしてもと望むのであらば、体なんて本当に好きにしたらいいと思っていた。だけどこういうのは嫌だ。腕力にものを云わせて、こちらの意思を無視して体を無理矢理溶かし、快楽を覚えさせようとしている。どれだけこちらが本能的な快感を覚えようともこんなのはただのレイプじゃないか。相手がナルトだろうとこんな事は絶対に許さない。絶対に、絶対にだ…!!
一気に燃え広がった激情にギリと奥歯を噛んだが、しかし体はしっかりと抑えられ動けないままだった。怒りと焦りと、そして偽りようのない恐怖が、シーツに押さえつけられた背中をじわじわと湿らす。再び降りてくる唇に顔を背けると、それはそのまま耳を噛み、露わになった首筋を熱い吐息が甘く吸った。息が上手く継げなくて苦しい。至近距離にある金髪から逃げるように目を硬く閉じていると、やがてめくれたシャツの裾から腹に直接触れてくる熱にサスケはびくりと身じろいた。するすると何度かウエストを撫でたその手は一度はシャツの中に入ろうとしたが、何故か思い止まるかのようにそれは中断され、方向を変え下へと降りていく。
硬い指先は躊躇うかのように、細い腰とジーンズの隙間から覗くアンダーの縁周りをゆるゆると這っていたが、その内に意を決したかのように鉛色したボタンに指を掛けた。密やかな金属音と共に開放感が訪れ、そこが外されたのを感覚だけで知る。ジジッという短いジッパー音と共に、サスケの胸中にはどんどん怒りよりも恐れが大きくなってきた。首筋に顔を埋めているナルトは何も言わないままだ。やめろ、という声を出したいのに喉が異様に張り付いて声が出ない。
……やがてとうとうジーンズの中へと侵入を果たした手のひらは、邪魔者を除けるかのようにそこを大きくくつろげた。厚手の覆いを無くしたそこが心もとない。そうしてからその手が形を確かめるかのようにそこを包んだかと思うと、むぎゅ、と一度それを掴んだ。
ひ、という引き攣れるような呼吸音と共に、四肢が硬直する。
固まった体の上で、金髪頭が「…あれ?」と首を傾げた。
「なんだ、サスケ……ぜんぜん硬くなってないじゃん」
そう言って、そっとジーンズの中から手を抜いたナルトは驚愕に目を見開いているサスケを見下ろすと、どこか拍子抜けしたかのように眉を下げた。肘を伸ばし、上から張り付くようにして乗っていた体を離す。そうしてからまだ言葉が出ないサスケに気が付くと、困ったような微妙な笑いを浮かべた。未だ衝撃から抜け出せないサスケに向かい、「どうしよ、えっと…緊張してる?でも初めてじゃないんだよな?」などとのんきに訊いてくる。
「まいったな…けど、サスケがこれじゃできねえし。オレやっぱ下手?気持ちよくない?」
「…!?」
「…………あんまオレも自信ないけど、ちょっと口で…してみっか?」
「ふッ…―――ざけんな馬鹿、ンな事しなくていい!」
――そんな事よりも今すぐ離せ、ブッ殺すぞ!!
あげられた本気の怒声にびくりと竦んだ肩を見て、隙を突いたサスケは動きを取り戻した足でぽかんとするナルトの股間を思い切り蹴り上げてやった。こわばりさえ取れてしまえば押さえつけてくる腕を払うのは案外容易く、なんとも表記のしようがない呻きをあげて崩れ落ちてくる胸ぐらを両手で掴み、勢いのままに体を反転させる。背を丸くしているナルトをひっぺがすようにベッドに沈めると、シャツが伸びるのも構わずぐいぐいと首根っこを締め付け、仰向けになったその腹の上にどすんと容赦なく尻を落としてやった。華奢なサスケといえども、全体重をかけて馬乗りになれば流石に重たいのだろう。「ぐえっ…」と息を吐き出しつつまだ最初の反撃が効いているらしいナルトが、見開いた目を白黒(白青?)させている。
先程とは完全に逆転した体勢で、サスケは呆然としているらしいナルトの開いた口をじっと見下ろした。涙目でポカンとこちらを見詰めてくる間抜け顔を見るに付け、どんどん怒りが膨れ上がってくる。
「てめえ……この俺相手に舐めた真似してくれンじゃねえか、どうなるかわかってんだろうな…!?」
湧き上がる激情のままに唸ると、跨られたナルトはようやくサスケの怒りに気が付いたようだった。「は!?―――えッ、な、なんで?やっぱ気持ちよくなかった!?」などと言う彼に、「いいわけねえだろが、こんなの!」と思わず叫ぶ。
「ヤリたいからって、こんなレイプ紛いの事までしやがって…!」
「は!?レ、レイプってなんだってば!!?」
「今お前がやってたことが、まんまそうだろうが!こんなとこ連れ込んでいきなり押し倒しておきながら、よくも…!」
「ちっ…違う違うそうじゃないってば!そういうつもりじゃねえって!!」
にわかに慌てだしたナルトは言いながら首をもたげてきたが、それさえも腹立たしくてサスケは再び喉元を抑える腕に力を込めた。しかしナルトはナルトで、何か余程言いたい事があるのだろうか。ぎりぎりと歯を食いしばって、必死で首筋に力を張り押さえてくる力に立ち向かっている。
「何が違うだ…散々人の体勝手に触っておいて。今更言い訳すんじゃねえよ!」
「だっ…て、しょーがねえじゃん!こうでもしなきゃサスケその気になってくんねえかなって」
「その気もなにも、オレはしない!俺はてめえの下にはならないとさっきからずっと言ってんだろ!」
「――だから、それでいいんだってば!サスケが上でいい!!」
見下ろした先であげられた全力の叫びは、急に音が無くなった部屋にバカバカしい程よく響いた。ぱちくりと目を瞬きながら、言葉の意味を理解するのに数秒の間が掛かる。それでもようやく捻り出せたサスケの第一声は「…は?」という疑問詞だけだった。何言ってんだこいつ。さっきまで散々上じゃなきゃと愚図っていたくせに、…聞き間違いか?
そんな風に思っていると、眼下にある首を伸ばした顔が、ふいにふにゃりと崩れた。
「聞き違いなんかじゃねえってばよ?」という見透かされた言葉に、苦笑いを浮かべるナルトをぽかんと見下ろす。
「あってるって。サスケが上でいいんだって」
「…何言ってんだお前、じゃあ誰が下になるんだ」
「そりゃもちろんオレだってば。他に誰がいんの」
至極当然といった様子の答えにしばし呆気に取られたサスケだったが、やがて意識が戻ってくると「…いいのかよ。お前どうしても上が良かったんだろ?」と確かめた。訊かれたナルトはそう深刻そうでもない様子で、んー…としばし考える。だがその内に言葉が決まったのか、数回青い目をスッキリとまたたくと、「まあそうだったけど、けどなんかもうどっちでもいーや。それよりもサスケとできない事の方が嫌だし。オマエの言うとおり、上だろうが下だろうが、セックスするって意味では確かにどちらでも変わりないしな」などとあっさり答えた。「オレが心から納得してれば、サスケだって別にすんの構わないだろ?」と確かめてくるその様子は、張り詰めたような気配は吹き消えて、どこか達観したかのように力が抜けている。先程まであんなにも完璧にサスケを押さえ込んでいたその腕も、ベッドの上で無防備に投げ出されたままだ。
「だからさ、オレとしよ?今から、ここで」
清々しいほどにひっくり返った主張に唖然としていると、そんなサスケに馬乗りにされ仰向けに倒れたままのナルトが、にかりと下から笑いかけた。なんだかこれじゃ、今度は自分が彼を襲っているようだ。眼下でシーツに沈む短い金髪に、すっかり冷めた頭がふとそんな事実に気が付く。途端に全体重を掛けていた尻が落ち着かなくなって腰を浮かせようとすると、伸ばされてきた右腕が鈎のように首の後ろに回され、ぐっと上体を引き寄せられた。形のいい口許に浮かぶ戸惑いを拭い去ろうとするかのように、首を伸ばしたナルトが下から唇を寄せてくる。ちゅ、ちゅ、と上下を啄まれ、やがてそっと唇だけが撫でるように合わさってきた。人は誰しも下に敷かれると、淑やかになるものなのだろうか。なんだか先程よりも、随分と慎ましやかなキスだ。
ふうっと息を吐きながら離れると、ほんのりと細められた碧眼が「サスケ、緊張…取れた?できそ?」と尋ねてきた。冷えていたように思えていた部屋の温度が、ほんの少し上がった気がする。
「できるできないの前に……お前、本当にこれでいいのか?」
「ん、男に二言はねえってばよ」
「……ありえねえ位痛いかもしんねえぞ?」
「いいって。うちはセンセイが責任とってくれんだろ?」
しつこい確認に対し笑うナルトはそんな軽口じみた事を口にしていたが、ふと遠くに落ちたままの彼の片手に目をやると、曲げられた丸い指先がほんの僅かに震えているのが見えた。動かない体に跨ったままそっと心臓の辺りに手をついてみると、鍛えた胸板の下で鼓動が異様に早く強く鳴っているのがわかる。自分の影の中でベッドに沈む笑顔をちらりと見下ろすと、弧を描いている唇の代わりに、その瞳だけは妙に張っているのに気が付いた。隠していたものがバレた事に、向こうも気が付いたのだろう。睨めば青い瞳は他愛なく揺れ、不自然に泳ぐ。
「……ばァか、やっぱビビってんじゃねえか……」
「そんな事ねえって!」
「そんなにまでしてしたいのか?本当はかなり無理してんだろ?」
「……ま、まあ、確かにちょっとは、怖いんだけど」
でもしょーがないじゃん、ハジメテなんだもんよ!と半分開き直ったかのように言ったナルトは、サスケの尻の下でもぞもぞと身じろいた。揺らされる体の上で眺める日焼け顔が、虚勢が剥がされた恥ずかしさからか一気に赤く染まっていく。
相当無理をしているらしい彼に「そんなにまでしてしたい理由って何なんだ?あるなら言ってみろよ」と首を傾げると、訊かれたナルトはしっかりとした厚みのある唇をきゅうと噛んだ。短くなった前髪からのぞく額が、なだらかな曲線を描いている。
「性欲処理が目的なんかじゃねえってのはわかった。けど、それなら尚更ここまで無理する必要ないだろ」
「……」
「もしかしてさっきオレが言った事で気ィ遣ってんのか?だったらそんな事しなくても…」
「そんなんじゃねーって。オレは自分がどうしてもしたいからするってだけで」
尋ねられると、ナルトは続いていた会話を切ってしばらく黙った。どうやら真面目に自分の思考を探っているのか、考えるその姿は至極真剣な様子だ。時折ちらちらと、こちらを窺うような視線が流れてくる。逃げは許さないとばかりにじっとその瞳を見張り、サスケは考え込むナルトの腹の上に跨ったまま腕を組んだ。…なんだか段々、この奇妙な構図にも慣れてきてしまったようだ。人の慣れとは恐ろしい。
やがて観念したのか、ナルトはひと呼吸すると、ゆっくりとした動きで「…あのさ、」と口を開いた。
真っ白なシーツの上にある金髪は、明るくない室内でもうっすらと輝いて見える。
「サスケ、さ……オレと離れてたこの数年間の間に、オレ以外にも仲いい友達出来ただろ?あの水月って人とか、重吾さんとか。あと、あの絵描いてくれた絵描きさんとかさ」
おそるおそるといった様子で話し出したナルトは、上目遣いでサスケを見た。まあ、仲がいいという程には親しくはないのかもしんないけど。でも昔に比べたら、サスケの付き合いってすごい範囲広がってると思うんだってば、オレの知らない人とかも多いし。そう一気に続けてから呼吸を整えるように、ひとつ短い息を吸う。
こんな場所で聞く意外な名前に戸惑っていると、ナルトはまた少し口を噤んだ。
そうしてから遠慮がちに「…で、さ」と繋げる。
「オレら選んだ仕事とかも全然違うし、そうやってそれぞれの世界がもう結構しっかりできちゃってて。そんでもって更に、お互い忙しくって中々会えないだろ?けどそーゆー会えない中でさ、オレってばなんていうか…自信、みたいなのが欲しいんだってば。サスケにとってオレは友達以上の存在なんだっていう、証明というか…。多分セックスに拘んのはそれでだと思う。それに…」
ふいに言葉を止めて、ナルトが口篭った。
「なんだよ、ここまできたんならもう全部言えよ」と催促すると、「言うけど…怒るなよ?」と先触れしつつ、おずおずとまたその口が動き出す。
「――オレさ、いっこだけでいいから、誰も知らない…お前の兄ちゃんも知らない、サスケが知りたい。オレだけのサスケが欲しい」
「え?」
「ごめん、スゲーみっともないし、兄弟相手に何バカバカしい事言ってんだって自分でもわかってんだ。わかってんだけど…」
――でもほら、時々はやっぱちょっと……妬けちまうから、さ!
歯切れ悪い告白の最後をおどけるような口調で締め括ったナルトは、誤魔化すように鼻を擦るとそのまま「ニシシ!」と明るく笑った。
思ってもみなかった彼の本音に、なんだか言葉が出てこない。
「だからさ、ほんとこれは、オレが自分のためにしたい事なの!遠慮なんかすることねってばよ!」
再び誘ってくるナルトの両手が、サスケの頬を包んだ。
指先に宿っていた細かな震えは、いつの間にか消えてなくなっている。
(なんだよ、それ)
手の下にある温かさを感じつつ、サスケは考えた。
意外だった。最初は単に好色なだけだと思っていたのだけれど、まさかナルトが体をあわせる事に、そんな意味を重ねていたなんて。
――ナルトの事は大事だ。けれど彼が指摘した通り、自分の中で一番優先すべき人物は、今でもやはり死んだ兄なのだった。兄への敬愛とナルトへの気持ちは全く別のものだし、ナルトだってきっとそれはわかっているのだろう。むしろ今聞いてしまった彼の本音は、誰よりもそれを理解しているからこその発言なのかもしれなかった。理解しているからこそ、そんな事に妬く自分の馬鹿馬鹿しさを恥じていたのだろう。それを証明するかのように、早くもそんな事を打ち明けてしまった事を悔やむかのような赤らんだ顔が、「あ~やっぱさっきのナシ!ナシな!こんなん言っちまったけどホント別に、普段は全然気にしてないからさ!」などと言っている。
……けれどもこんな事を聞いてしまった後では、ますます自分の方にばかり利があるのは間違っているような気がしてしまった。確かにこのままナルトのいうようにするならば、自分の主張は全て通る。ナルトに組み敷かれる事も、女のように体を開かされる事もなく熱を分け合える。けれど自分が望んでいたのは、なんとなくこれとは違う形だったように思えた。ならば、一体どういう形だったら良かったのだろうと考えてはみたが、それはそれで、明確なビジョンは思い浮かばない。……もしかしたらこういうのを、『機を逃した』というのかもしれない。自分の性格上、いくらこうしてナルトの方から『さあどうぞ』と言われたところで、今更『じゃあ遠慮なく』というようには出来そうにないのだ。
「ん、気持ち決まった?する?」と再び笑顔に戻ったナルトが首に腕を回そうとしてくると、そんな彼の腹の上からいよいよ居心地が悪くなった尻を退かしつつ、サスケはうつむいた。
ベッドに転がったまま訝しげに見つめてくる、やわらかなまなざしをを感じる。
「サスケ?」
「……やっぱやめとく」
「へ?」
「言っただろ、無理してまでしたい訳じゃないって。この先も絶対しないってのは、まあ…取り消してやっから。けど今日はもうやめだ。いつまでもこんな所にいないで、早いとこ家に帰ろうぜ」
そう言って、立ち上がろうと床に足を下ろすと、待ったと言わんばかりにベッドについた白い手首を、大きな手が咄嗟に掴んだ。ぎょっとして下を見ると、何故だか妙に必死な様子の彼が身を捻るようにして体を起こしている。強い力に腕がたじろぐ。さっきまで幼気な小鹿みたいに震えていたくせに、今掴んでくるその力は冬眠明けのヒグマのようだ。
「ちょっ…待てってばそんなのダメだって!いいじゃんもう、何がまだ気に入らねえの!?」
「……気に入らないとかじゃねえんだけどよ。でも急いで結論を出す事でもないだろ?この先ゆっくり話し合って、お互い納得のいく結論が出た時にでも……」
「ダッ、ダメダメ!そんなゆっくりなんてしてらんねえってば!」
なんとなく煮え切らない口調で伝えると、俄かに勢いを増してきたナルトが慌てた様子で叫んだ。
むくりと起き上がってきたその顔は、熱意からなのか恥ずかしさからなのか、とにかく真っ赤だ。
「先延ばしとかはやめて!折角ついた決心が揺らいじまうってば!」
「……そんなんで揺れる決心だったら、尚更しない方がいいだろ」
「なんで今じゃダメなんだよ、サスケだってしたいんじゃなかったの!?」
「そりゃそうだが、でもなんかこれじゃ…不公平というか」
「そんな事ねえって、オレが自分でいいって言ってんだからもういいじゃん!」
「けどお前、本心では上になりたいんだろ?」
「そっ…だけど!」
「無理させてまでしたくねえんだよ」
「けどしょーがないじゃん!サスケだって上がいいんだろ?ならオレはいいって!」
堂々巡りな言い争いに溜め息をつきながら、サスケはうんざりと前髪をかきあげた。まったく…こうなってしまうとナルトは本当にしつこい。何が何でも今ここで、サスケを上にして事に至るつもりなのだろう。本心では自分が上になりたいくせに…半分位はきっと、意地になっているだけに違いない。
どうにか上手い事諦めさせる方法はないだろうかと思いあぐねた時、ふと自分の手首を掴む大きなこぶしが目に入った。
……うまく乗ってくるかどうかは賭けだ。けれども、誘ってみる価値はあるかもしれない。
「――ナルト、」
少しだけ声に色をつけて呼ぶと、伏せ気味になりかけていた空色の瞳が面白いように跳ね起き、こちらを見た。薄闇のなかにも明るい金髪が、シーツに小さな衣擦れの音を残す。
「ジャンケンしようぜ」
「へ?」
「ジャンケン。これだったら公平だし、勝っても負けても恨みっこナシで型がつくだろう?俺が勝ったらお前俺のいう事きいて、今回は素直に諦めろ。その代わり、お前が勝ったらそん時は、俺がお前の希望を叶えてやるよ」
「……希望って……?」
途端にどぎまぎしだしたナルトに不敵に微笑むと、「お前、本当はオレに突っ込みたくて、仕方ないんだろう?」とサスケは寝転がったままの彼を見下ろし囁いた。ただそれだけで、ぞわりとその大きな体が粟立っているのを感じ取る。そんなナルトに少し愉快な気分になってきたサスケは小さく鼻を鳴らすと、硬直しているらしいナルトに身を伏せていった。本当に、呆れるほどにこいつはオレに弱い。誘惑というのはされるよりもする方が断然面白いななどと密かに思いつつ、指の先で早くも赤く染まっている首筋をつうっと撫でた。頬に落ちる邪魔な髪を耳に掬いあげ、震える耳朶にに唇を寄せ吐息を吹きかける。もう充分彼はぐらついているだろうけれど、もうひと押し位しておくか。計画を成功させるにはここでしっかり彼を煽って、勝ちたい気分を最大限引き出しておくのが肝要だ。
「いいぜ、抱きたきゃ抱けよ。お前の気が済むまで、今夜は何度でも付き合ってやる」
「えっ」
「……本当は今も、我慢してるんだろ?勝ったら、もう……好きにして、いいんだぜ?」
金髪から覗く耳に甘い毒のような言葉をたっぷり注ぎ込んだ後、「どうだ、勝負するか?」と尋ねると、まだどこか鼓膜に張り付いたままの声にぼおっとなっているらしいナルトは一瞬ぐるりと何か思いを巡らせたらしかった。が、しばしの間考えるとやがて決意を漲らせた声で「…やる」と短く宣言する。言葉と共に万力のような力で繋がれていた手首がようやく放されると、白い肌にはくっきりと赤い指の痕が残っていた。…どうやら明日はシャツの袖を捲るのを控えなければならないらしい。まったく、迷惑な馬鹿力だ。
(――よし…これでとりあえず、今日はこのまま帰れそうだな…)
赤くなった手首をそっと確かめながら、サスケはむくりと起き上がってきたナルトをじっと眺めた。これだけ焚きつけたのだ、多分ナルトが出すのは『グー』で間違いないだろう。……どうしても勝ちたい勝負の時、昔から彼が出すのは決まってその手だった。それは昔読んだ心理学のテキストの一ページで見つけた他愛ないジャンケン必勝法であったが、感情がそのまま外に出やすいナルトに対しては、非常に効果的なのだ。どれだけ下になると言い張ったところで、ナルトは本心では絶対に上になりたいに決まっているのだった。今しがたしっかり煽っておいたし、これで今回も首尾よく勝てる事だろう。自慢じゃないが、これまで一度も対ナルトに於いては読みを外したことはないのだ。
こじれた話にうまく収集がつけそうで内心でホッと息をついていると、サスケは突然「…けどさ」という声に呼び戻された。「その条件だとなんか、オレばっか不公平じゃね?」というナルトに、訝しみつつ首を傾ける。
「不公平?」
「だってそれじゃオレの条件ばっか良すぎんじゃん。せめてオマエが勝ったらオレも下になるってば。そうじゃなきゃフェアじゃないだろ」
「……わかった、じゃあそれはそうしよう」
「けど、今日はもうしないで帰るぞ。いいな?」という断りに、一応は納得したらしいナルトはこっくりと頷いた。大きな体がベッドの上できっちり居住まいを正す様子は、なんだか本当に大型犬の訓練でもしているようだ。…まあここまで言うならとりあえず、ナルトには下になっておいてもらったらいいだろう。実際いつするかどうかは、またこの先考えたらいい。流石の彼も、あれだけ怒ればさっきのような強引な事はもうしてこないだろう。
「準備はいいか?」と尋ねつつしゃんと背中を伸ばし向かい合うと、なにやらもぞもぞとあぐらの尻を納め直していたナルトは「おう」とも「ああ」とも聞こえるような返事をした。青い瞳と視線がかち合う。ほんの少し泳いだそれが、おずおずと「ええと……最初はグー?」と訊いてきた。
「要らねえよそんなの」
「一回勝負だよな?」
「当然」
「うう…ドキドキすんな」
「そうだな」
「あいこだったらどうする?」
「そん時考える」
「……どうする?」
「……決着着くまで再戦したらいいだろ」
「そっか、えっと、じゃあ、それから…」
「――…ッおい!」
緊張を誤魔化すかのようにくどくどと喋り続けるナルトに苛立つと、向かいでやはりあぐらをかく大きな体がギクリと肩をあげた。「いい加減にしろ、とっとと勝負付けるぞ」とつっけんどんに言うと、(うっ)となぜかたじろいだ様子のナルトがふかぶかと息をはく。
まだどこか物言いたげな様子のナルトに「なんだよ、まだ何かあんのか」と睨むと、じっとサスケの方を見詰めていた彼が、おもむろに口を開いた。「あの……あのさ。その、ほんと……これだけは、わかっておいてもらいたいんだけどさ」という控えめな告白が、縮こまった体からしどろもどろに流れ出す。
「あのさ、あの……さっきさ、サスケってばオレに、オレが望むなら体なんていくらでもって言ってくれただろ?」
言い出された話に記憶を遡らせつつ、サスケは「…あぁ、」と口の中で呟いた。そういえば先程車の中で、勢い任せではあったが確かにそんな事を言った気がする。
「あれさ、ホント、嬉しかったってば」とはにかみつつ言うナルトに、この先の展開を知る良心が、ちくりと痛んだ。そうか…そんなに重く受け止められていたか。そう思えば、つい先程までの強引な誘いもあれはあれで彼なりに必死だったのだろうと、なんとなく絆された気分になる。
ちょっと怒り過ぎだったか、金的はやりすぎだったかもなとうっすら反省しつつ送られてくるまっさらな視線を受け止めていると、一瞬だけ下を見たナルトが「だから、その」と小さく言った。そうしてしばし黙った後、突然「オレだって、同じだから。サスケが欲しがるんならこの体全部、命ごとオマエにくれてやるからな!」などと大仰な事を言い出すナルトに、思わずぽかんと口が開く。
「だからさ。本当に、オレってばどっちでもいいんだ。負けても絶対、文句なんか言わねえから」
――ん?
「オレってばこれから、『本気で勝ちにいく』けど。――でもそう思ってるって事だけは、ちゃんとわかってな?ただヤリたいだけじゃねえからな?」
――んん?『本気で勝ちにいく』??
きっぱりとそれだけを告げたナルトはようやく満足したのだろう、言われた言葉にひとり固まるサスケを余所に大きく息をつくと、人好きのするその顔をにっこりと破顔させた。(よし、これで安心!)とでも言わんばかりに背を伸ばし、ぐんと胸を張る。
「…っしゃ、じゃあ勝負だってばよ!」という威勢のいい声が張られ、大きな手のひらが力強く握られた。折られた肘がぐっと引かれ、「じゃーん・けーん!」という掛け声が始まる。
(――どういう事だ…!!?)
すっかり気が軽くなった様子で腕を振るナルトに、サスケは真っ白になっていく頭を食い止めるのに必死だった。
――こいつ。絶対何か、気付いてる…!
いつから?どこで、誰から聞いて知ったんだ?確かめたい事は山とあったが、ひとまず今は目の前の勝負が問題だった。ということは、さっきサスケがした誘惑も、そうする事で自分が勝とうとしている事も、何もかも承知の上でこいつはこの勝負に乗ってきたという事か。むしろそれを知っているからこそ、わざわざこんな出来レースのようなジャンケンに応じて来たのだろう。…なんてこった、道理でやけに達観したかのような筈じゃねえか。どういう思いで誘いかける俺を見ていたのだろう。こんな状況でひとり悦に浸っていた自分は誰より恥ずかしいじゃないか。小狡い策で勝とうとする俺を、ナルトはどう思っているのだろう。
(ちくしょう、どうする……!?)
余裕綽々で勝負に挑もうとしていた頭は、間際に投下された煩悶にあっという間にぐちゃぐちゃにされた。『本気で勝ちにいく』という事はきっと彼は『グー』を出すのだろう。向こうからしたら、うまいこと勝ってくれよと保険を掛けたつもりだったのかもしれないが、こうなってしまうと逆に自分の性格上ほいほいと勝ちになどいける訳ないのだった。もしもそこまで考えた上での計略だとしたら全くもって恐れ入るが、そんな小難しい仕掛けなんて出来ないのがこの男だ。行きのレンタカー屋では勘付いてる風はなかったから、この秘密を知ったのは実家にいる間にだろう。クソが、誰だよこの単純馬鹿に妙な知恵付けさせたのは…!?カカシか、母さんか、それともこいつと同類の馬鹿叔父か!?
苛々と八つ当たりじみた怒りを煮えたぎらせつつも、頭の中で唯一確かなのは、端からナルトは事の勝敗をサスケの意思ひとつに委ねようとしているという、その事実のみだった。まったく、これだから彼は詰めが甘い。表向きはただの『ジャンケン』なのだ、小賢しくも俺の裏をかくつもりならば、いっそ裏の裏をかいて自分が勝ってしまえばいいのに。それをしないこいつはきっと本物の大馬鹿だ。そうしてそんな馬鹿にいいように振り回されている自分も、悲しくなるほどに大馬鹿だ。
――握られた拳がおおきく振りかぶる。
最後の瞬間、空転していく思考の片隅で、目を逸らすかのように下を向く金色の頭が見えた。
「――ぽん!」
………。
…………。
………………突き出されるようにして合わせられたお互いの手に、意気込んで目を閉じてしまっていたナルトはおそるおそるそのまぶたを開いた。
付き合わされた手と手。
想定とは180度違う結果の余りの思いがけなさに、張っていた肩の力がすとんと落ちる。
「――…あ、あれ?」
「なんだよ」
「へ?や、だ、だって――なんで?」
「……知るか。ジャンケンなんだから、どっちが勝ってもおかしかねェだろ」
居心地悪そうに出した手を引っ込ませたサスケに呆然としていると、突き放すかのようにそんな言葉が返されてきた。無表情のまま横を向く整い顔。ナルトからの視線に気が付いたらしい彼は不機嫌そうに少し睨んできたが、どうやら怒っているのとは微妙に違うようだ。
そうしているうちに突然思い切ったかのようにその体がするりと動き、しなやかな仕草でベッドから降り立った。背を向けたまま腕が交差され、着ている上の服の裾を無造作に掴む。ガバリと男らしくそれを脱いだサスケは、腕を抜きつつちらりと後ろを振り返った。現れ出たなめらかな背中を見ても、狐に抓まされたかのような顔でただ呆然と動けないでいるナルトに気が付くと、苛立ったかのように派手な舌打ちがひとつ打ち鳴らされる。
その音と「…おい、」という不機嫌な声に、はっと我に返る。
「なにいつまでもボケッとしてんだ」
「へっ?あ、いや……い、いいの?」
「いい。負けは負けだ」
「……えっと、なんか手違いがあったようなら、もっかいジャンケンし直し……」
「ざけんな。二度とやるか」
ぶっきらぼうに言い捨てられた言葉につい「……意地っ張り」と呟くと、途端にそのクールなポーカーフェイスの角がボロリと崩れ落ちた。
乱れた黒髪のかかる頬に、さあっと鮮やかな朱が散る。
「うっせえ!――いいからとっとと服を脱げ、ドべ!!」
威勢のいい啖呵と共に脱いで丸められたカットソーが投げつけられると、それはもそもそ喋るナルトの煮え切らない顔の真ん中に、ものの見事に命中した。
半ばやけっぱちのように部屋に響いたそれは無駄にわあんと広がって、二人のいるホテルの部屋の温度を、さっきよりも確実に上げた。