R.I.P.
幼い頃、母親と一緒に出かけた途中の公園で、一度だけナルトを見かけたことがある。確か、まだアカデミーに入るよりもずっと前だ。日に映える金色の髪と薄汚れた服が、妙にちぐはぐに感じたのを覚えている。
母親はナルトの事を知っていたらしく、ブランコに座っている金髪の子供に気がつくと、サスケの手を引いたまま近付いて、
「こんにちは」
とにこやかな笑みを浮かべ話しかけた。声を掛けられた事に気がついているはずなのに、その子供は母親を睨みつけるように見上げるだけだった。一向に挨拶を返す気配がない子供に、サスケはひどく反感を持つ。
(なんだよ、せっかく俺の母さんが、こんにちはって言ってやったのに)
自分の母親が軽く扱われたような気がして、サスケは「もう行こうよ」と母親の手を引いた。
離れていく間際、ブランコをこっそり振り返る。その子は変わらずそこに座り続けては、挑むような目で公園を見渡していた。
ずっと座っているのに、どうしてあの子はブランコで遊ばないんだろう。ふと疑問に思ったサスケは、しかしすぐにその理由に気が付いた。
――ああ、そうか。
誰も押してくれる人がいないからだ。
親がいない生活なんて想像したこともなかったサスケは、その時は何故その子がひとりで公園にいたのかという理由までは思いが廻らなかった。
ただ、その子供は『ひとりきりだ』という事実に気が付いただけだ。
(……つまんないだろうな)
ぽつんと思うと、俄かにその子に対する同情が浮かんだ。自分と同じように、きっとあの子もまだブランコを自分で漕ぐことができないのだろう。
ひとりで遊ぶのは本当につまらない。俺だってにいさんがいないと、遊んでいてもすごく退屈な気がして仕方ないのだ。ずっとひとりで遊んでいるのでは、あんな風に拗ねてしまうのもわからなくもないような気がする。
最後にもう一度、サスケは金髪の子を振り返った。
誰も押してくれないブランコに跨った子供の睨むような顔は、今度は泣きべそを我慢しているように見えた。
突然襲ってきた記憶との邂逅に、ポケットに手を突っ込んだまま歩いていたサスケは一瞬固まった。どうして今頃になってそんな事を思い出したのかといえば、その時の児童公園が記憶のままの姿で唐突に現れたからだ。
久々に重なったオフ日。珍しく夕飯を奢ると言い出したナルトと共に、サスケは夕暮れの路地を歩いていた。
抜け道を開拓しようというナルトの誘いで、初めて通った見知らぬ裏通り。
ペインによる壊滅の後、ついでに区画整理も行われたという里にはサスケが知らないこういった道が幾つもできており、こうして何の気もなしに足を踏み込むと時々思いがけない場所に出る事がある。
「あー…この道、こんなとこに出るのか」
奇跡的にも襲撃から生き残ったらしいその公園を見渡して、ナルトが小さく呟いた。あの時と同じブランコが、頼りなげに風に揺れている。
日が落ちる寸前の公園には人気がなく、サスケはそこが記憶よりもかなり狭い場所だったことに軽く驚いた。
「…なぁ、あのさ、昔ここで…」
言いかけて、ナルトはふと口を噤んだ。ほんの少し考えて「…やっぱなんでもないや」と笑う。
「なんだ、いいのかよ?」
「ん? いいんだってばよ」
さー、メシだメシ!
吹っ切るようにそう言うと、公園を素通りしてナルトが先に進みだした。 何食うー? という声にも無言で立ち止まったまま、サスケは金髪の後ろ頭を見送る。
ところが数歩進んだ所で、振り返らないままの無防備な首筋が不意に動きを止めた。今日最後の光が、こころもち丸められた背を照らす。
……斜め後ろ、おもむろに突き出される手のひら。
『グー・パー』が2回。
――ふ、と口許を緩めると、サスケは先で待つ影の隣に立った。
そうして自然な動きで開いたまま待ち構える手のひらに、同じく自らのものを重ねる。
「…ヘヘ」
安心したような笑いを浮かべると、ナルトの脚が再び動き出した。指先に、力が込められる。混ざりあえた体温がどこまでも頼もしい。
糖化された記憶がブランコの影に、ゆっくり静かに沈んでいくのがわかった。共有できない痛み。分かちあえない感傷――それでも繋ぎあった手のひらからは、同じ時を刻む鼓動が確かに伝わってくるから。
……掠れることさえ叶わない思い出たちが眠る墓標に、サスケはそっと祈りを捧げた。
並んだサンダルが、夕闇に染まる土を踏みしめる。揃いの音が、心地よくふたりの鼓膜を打った。
「……久々にラーメン食いてェな」
「おお、いいねぇー」
summer cold
壊れかけのインターホンがひび割れたブザー音でやる気なく鳴いたのは、人生初の連続欠勤を待機所に連絡した、その日の午後だった。
もやもやとした頭痛の暈がかかる頭を、枕から持ち上げる。
新聞屋か、それとも何かの集金か? 正直今のコンディションではベッドから這い出るだけでも十分大儀だったが、呼び出し音が4回目になったところで根負けしたオレは、のたのたとした動きで起き上がると薄っぺらな玄関のドアを開けた。
「…へ? サスケ?」
「――よォ」
なんだ、まだちゃんと生きてんじゃねェか。
そう言って何故か小さく舌打ちを落としたチームメイトは、断りもせず堂々と部屋に上がり込んでくると、ガサリと音を立てて手に下げていた大きな袋を流し台前のテーブルに置いた。
呆けるオレを放置して、散らかり放題の部屋を一瞥したサスケは無言のままだらしなく垂れ下がったカーテンに近づくと、一昨日から締め切ったままの窓をぴしゃりと開け放つ。風に翻ったカーテンを手早く纏め、そのまま抜け殻のような形になっている湿った毛布に手を掛けたサスケに、はっと立ち戻ったオレは慌ててその手を止めた。
「ちょっ――なんだってんだよ、勝手に人の部屋いじんなって!」
「しょうがないだろ、任務なんだから」
任務ぅ? と聞き返すと、憮然とした様子のサスケはこくりと頷いた。整ったその顔に、《非常に不本意だ》という文句が、ありありと書いてある。
熱で倒れたナルトの看病をせよというのが、自分に課せられた今日の任務だというような事を、サスケは渋い顔のまま淡々と説明した。
「看病って。え? それって依頼主は?」
「……カカシだ」
憎々しげに告げられた担当上忍師の名前を聞いて、オレはやっと得心した。滅多に体調を崩さない、たとえ病気に罹っても大概一晩で復活するオレが、珍しくも二日も連続して病欠を申し出たものだから、さすがの上忍師もちょっと気にかかったのだろう。
聞けば、偶々今日の七班の任務は資料整理のみで、最初からカカシ先生とサクラちゃんだけで人手は足りてしまっていたのだという。要は暇をしていたサスケに丁度いいやといった感じでカカシ先生がオレの看病を申し付けたというのが、事の真相であるようだった。
「熱」
「は?」
「何度?」
必要最低限の単語で端的に尋ねてきたサスケに、さっき測った体温計の値を伝えると、不機嫌そうだった顔が更にぎゅっとしかめられた。
メシは? と続けて訊かれ「…食欲ないってば」と答えると、サスケは(まあそうだろうな)と納得したように鼻を鳴らす。
「…あの、さ…」
「何だ」
「……窓、閉めてくんねェか?」
ちょっと、さみぃんだ。
ポソポソとそう告げると、ああ、と気が付いたようにサスケが後ろを向いた。つい先程自らが全開にした窓を静かに動かし、ほんの少しだけ隙間を残した位置でそれを止める。
「全部、閉めてくれって」
「いや、まだもう少し換気してた方がいい」
――この部屋、おまえの風邪のニオイで充満してる。
感情の透けない声でそう告げられると、オレは急に恥ずかしいような申し訳ないような、兎に角自分の不潔さを指摘されたみたいな、酷く居た堪れない気分になった。
実際、体調を崩してからのこの二日間、風呂に入っていない。急に自分の体臭が気になってきて、オレは無駄と解りながらもそっと体を縮こませた。
「あのっ……ゴメン、オレ、におう?」
「じゃなくて。風邪菌が漂ってる感じがするというか」
「風邪菌?」
「あるだろ。病気の気配、みたいな」
「えっ……じゃあオマエ、ここに居たらうつっちまうんじゃねェの?」
おずおずと白い横顔を見上げると、薄い唇がきゅっと上がり、いかにも意地の悪そうな曲線をつくった。
「大丈夫だ、昔から夏風邪は馬鹿がひくものだと、相場は決まってる」
そう嗤うサスケに、迂闊にもほんの一瞬、見蕩れてしまう。
「……あっそ。じゃあエリート忍者のサスケクンは、安全圏内ってわけ?」
「そーゆーこと」
くくく、と喉の奥を揺らすサスケは愉快そうに目を細めると、さっき束ねたばかりのカーテンを半分解いて、容赦ない夏の日差しが差し込む窓の半面を隠した。残りの半面は白い薄物のカーテンで覆うにとどめると、調光された部屋は眠るには丁度いい位の、心地いい薄闇に包まれる。
音もなくテーブルに戻り持ってきた袋の中身を取り出していくサスケを、阿呆のように見つめていると、放心したようなオレに気が付いたサスケが「…なんだ、何か飲むか?」と首を傾げた。
「や、だいじょうぶ…」
「ならさっさと寝てろよ」
「あー…その、荷物さ」
「ああ、コレはオレが買ったんじゃねェから。カカシとサクラが持ってけってさ」
色鮮やかな果物やペットボトルを手際よくしまっていく後ろ姿を、オレは熱でぼやけた瞳で眺めた。換気をしたせいか、入れ替わった新鮮な空気が、ゾクリと肌をあわだてる。
風邪で発熱しているオレは今やたらと寒いけれど、サスケにとっては真夏に窓を閉め切ったこの部屋の状態は、実のところかなり暑苦しいのではないだろうか。
うっすらと水を刷いたような白い首筋が目に入ると、唐突に気がついてしまったオレは、何も言わずにすぐ窓を閉めてくれたアイツに、なんだかとても申し訳ないような気分になった。……こういう時って、こちらからさり気なく退出のきっかけを作ってやる方が親切なんだろうな。かちりと填められたロックに、そんな事をぼんやりと思う。
「えっと……あの、サスケ。今日はもう、カカシ先生達のとこ戻らなくていいの?」
「なんでだ?」
「……なんとなく」
「今日はもうこれがオレの任務になってるから、カカシ達のとこに戻る必要はない」
「ああ…そう」
「帰って欲しいのか?」
「や、そんなんじゃ、ないんだけど…」
なんとなくもごもごと煮え切らない言葉を口の中で転がしているオレに、計るような視線を送ってきたサスケは、やがて小さな溜息をひとつついた。つかつかとおもむろにこちらへと近寄ってきたかと思うと、唐突にベッド脇で立ち尽くしたままのオレの胸に手を伸ばし、軽い力で《とん、》と押す。
朦朧とした頭がぐらりと揺れて、不意を打たれた体は呆気なくベッドに沈まされた。
「なっ…!?」
「いいから、寝てろっつってんだ。…心配すんな、テメエが起きるまで、ちゃんといてやるよ」
下から見上げた微かなほほえみが嘘みたいにやさしくて、油断だらけのオレはまたもやうっかりそれに見惚れた。これまでの人生で一度も掛けられたことのなかった言葉が、どうしようもないあたたかさで体中に広がっていく。
なんだよコイツ。
なんか、すっげぇ、いいヤツみたいじゃんかよ…。
ホントは薄々気がついてはいたけれども絶対に認めたくなかった事実に、くらくらと脳髄が冒されていく。
「…えと、ご迷惑、おかけします」
「ああ、まったくだ」
そう言ってムスリとした顔は、すでに普段通りの憎たらしいスカし顔だった。そもそもが『任務』なのだから、彼にとっては深い意味はなかったのかもしれない。
それでもゆっくりと離れていく密かな足音は、病人を労わる気遣いに満ちていて。
ついじんときてしまった鼻の奥を、必死で隠す。
こんな何気ないあれこれなんかで、あんなにも大嫌いだったコイツをちょっと好きになってきてしまっているオレは、多分まごうことなき大馬鹿者なのだろう。
(……だって、夏風邪、ひいちゃってるし)
言い訳のように呟いて毛布を引っ被ったオレは、閉じこもった部屋で静かに漂うサスケの気配にドキドキしながら、そっと瞼を閉じた。
ほんのちょっと瞳が潤んでいたようにも感じたけれど、それはきっと熱が高いせいだと思うことにした。
ある晴れた日に
「――いい天気だなァ」
ゆるゆるとした春間近な光が差し込む、午前11時。
ミルクたっぷりのコーヒーを啜りつつ言ってみるも、目の前で何やらさっきから難しそうな資料に目を落としている相方は「んー」といい加減に、喉の奥を震わせるだけだった。
二週間ぶりのオフ日。日差しと部屋の隅で炊かれた小さなストーブのお蔭で、すっかり温まった部屋。
寝たいだけ寝てようやく起きたオレ達は、つい先程中途半端な食事(朝食というには余りに遅く、昼食というには些か軽い)をとったばかりで、頃合の満腹感に椅子に座ったオレは、ストーブの上で先程からしゅんしゅんと絶え間なく続いているヤカンの歌を聴きながら、うっとりと背を凭れた。
テーブルからまだ動かされない皿には、さっき食べたばかりのオムレツの欠片がほんの少しだけ。
白い皿に残る鮮やかな黄色が、寝過ぎで潤む目にぼやぼやと染みる。
「どっか出かけっか?」
なんとなくそのまま話が終わるのも物足りないようで、背もたれに腕を掛けたオレはそんな漠然とした提案をしてみた。
だって折角の休日だし。
するコトはもう昨夜、たっぷりしたし。
「どっかって、どこに?」
「いや、特に決めてねえけど。買い物とか」
「なんか買いたいもんあんのか?」
「……特にないけど」
ならいいだろ、着替えんのもめんどくせえし。
あっさりそう片付けられて、この話は終わった。その間もサスケは一度も顔を上げないままだ。軽く下に伏せられた瞳が、片手で持つ資料の文字を淡々と追っている。「んーと、それじゃあ……メシとかは?」
「今食ったばっかだろ」
「映画とか」
「今特別観たいのはねえな」
思いつくままに上げていった提案を次々と袈裟斬りにされて、ちょっと面白くないオレはムスリとそのうつ向くサスケの、僅かに見える鼻先を睨んだ。
くっそー、そりゃまあサスケの言い分は、全部その通りなんだけど。本当の事を言えばオレだって別に物凄く外出がしたいわけじゃなくて、なんとなく話の流れで言ってみただけなんだけどさ。
「行きたきゃお前ひとりで行ってこいよ。オレは家にいるから」
オレから出る不興を感じ取ったのだろう。資料を一旦膝上に置いたサスケは片腕を伸ばすと、マグカップの中で湯気をたてるコーヒーを一口含み、なんの感慨もなくそう言った。
そうしてからまた資料を手に取り、ゆったりと足を組み替える。その間にも目線はずっと、広げた資料の文字を追ったままだ。食事後その資料を見だしてから一度も、サスケはオレと目が合っていない。
「いや、いいってば」
「なんで。外出たいんだろ」
「だって折角一緒にいんのに、ひとりでフラフラ出掛けてたって、つまんねえってば」
「…あっそ」
なら勝手にしろ、と呆れ気味に呟くと、サスケはそれきりまた口を閉じた。話が終わってしまったオレも、黙ってずるずるとマグの中身を啜る。
表ではぽかぽかと真昼の太陽があたたかな光を地上に届け、その余波でいつもよりも、アパート前の道を行き交う人達も普段より多いようだった。まあこんな事今感知できてもしょうがないんだけど…つーかさ、折角のオフなのに、なんで仕事持って帰ってくるかなコイツ。揃って休みになったのって確かひと月ぶり位じゃねえの?一緒に暮らしてたってお互い任務で外泊が続く事も多いしすれ違いばっかなのに。
何でも出来るからってコイツちょっと仕事引き受け過ぎだよな。今度カカシ先生に訴えてみようか。
一向にこちらを気にかけないサスケに、
(あーもー、しょーがねえから洗濯でもすっかな)
と溜息混じりに立ち上がろうとしたところで、下を向いたままのサスケが「おい、」とぞんざいにオレを呼んだ。
「…ンだよ、別にどこも行かねーよ」と低く返すと、やっぱり文字を追うのをやめないサスケが、「いや、出かけろ。お前ひとりで」などと言う。
「はー? 出かけろってどこに、ひとりで行ってもつまんねえって」
「散髪。お前、一か所だけ髪短くなってる」
ミスったんだろ、と素っ気なく言い当てられて、オレは思わずその指摘された部分に指を伸ばした。
右耳の上、短く切り取られたひと房。
サスケの言うように、そこは昨日の任務中、敵のクナイにスッパリとやられたところだった。いやなんでそうなったかといえば、ついぼんやりとサスケとのアレコレを妄想していたせいなんだけど…休みが揃った日の前夜だけは、好きなだけ快楽に没頭してもいいというのが、オレとサスケの間にある暗黙の了解だ。
……よく気付いたな、と感心すると、マグカップに寄せられていた唇が「まあな」と言った。みっともねえから、今から床屋行って揃えてもらってこい。それじゃいかにも『敵にやられました』って言ってるみたいだろ。
「仮にもお前、火影候補だろうが。だせえミスしてんなよ」
言い捨てるサスケにちょっとムッとさせられながらも、反論できないオレは黙って座っていた椅子を引いた。 ぎいーっという床を擦る音にも、サスケは「うるせえ。引き摺るな」というばかり。相変わらず視線ひとつ上げようとしない。
「はいはい、わかりましたよ。揃えてくりゃいいんだろ、揃えてくりゃ」
「……」
「つーかさ、こんなちっさい変化にお前よく気がつくよな。サスケってばホンット、オレをよく見てんのなー。実はオレのこと相当、好きなんじゃねえの?」
先程からの適当なあしらいに嫌味を込めながらニタニタ言ってやると、そこでようやく紙面にずっと目を走らせていたサスケが、マグカップを手にしたままふと顔を上げた。目脂もついたままのオレとは違う、すっきりと冴えた瞳。
それがすっとオレを見詰める。
まなざしにドキリとさせられたところで、やがて熱いコーヒーで濡れた唇が、おもむろにニヤリと片側だけ上げられた。
「――そうだな。思ったよりもオレはお前のこと、好きかもしれねえな」
さあ、くだらねえこと言ってねえでさっさと行ってこい。そう言うと、ぽかんと顔を赤くしていくオレを追い出すかのように、一瞬だけ上げられた顔はすぐにすいっと下に向けられた。ストーブの上に置かれたヤカンは、変わらず機嫌よく蒸気を吐き出し続けている。
窓から見える空は、抜けるような快晴。
小春日和に誘い出された小鳥達が、ベランダの欄干でおしくらまんじゅうをしている。
……ねえ、信じられないような話なんですけどこのヒト昔、オレに向かって「オレの負けだ」って言った事あるんです。
いやホント、嘘みたいでしょ?
嘘みたいだよなァ――オレもそう思うってば。