LOG.1

DEKO

「――サスケ」
呼ばれて振り向くと、掻き分けた前髪の下に少し体温の高い掌が乗せられた。
そのまま髪をくっと掬われると、油断していた額があらわになる。
こつん、と柔らかい金髪の掛かる額がそこに軽くぶつかってきて、至近距離の青い瞳が満足そうに細められた。
「…お前、俺のデコ好きだよな」
からかい混じりの声で言ってやると、んー。と喉を鳴らすような返事が返ってくる。
『ナルトのお気に入り』に気がついたのは最近だ。こうして何でもない時にも、ナルトは俺の額に触りたがる。
撫でたり、掌をぴたりと密着させたり、キスをしたり。
そういえば、アレした後にも必ずデコにキスをするな。
……デコフェチ? って、そんなのあるのか?
「なんで?」
「…なんでだろ、考えたことねってばよ」
「考えてみろ、あんま触られすぎてハゲたらどうしてくれる」
「大丈夫、ちゃんと責任とるし」
「…そういう問題じゃねえよ。馬鹿じゃねえの」
んんー?と額をくっつけたままナルトが首を傾げる。
まごうことなきアホ面。なんでこんなヤツとこんな関係になってしまったのかと我ながら呆れる。
しかもこのアホ面にちょっと愛しさを見出してしまっているあたり、かなり末期だ。
「…あ、わかった」
ぱっと空色の瞳を見開かれた。お、なんか思いついたらしいな。
「サスケ、ここにいつも額当てしてんじゃん?」
「お?…おぉ」
「デコが見えてるのって、任務外で会ってる時だけだから。だから」
「?」
「……なんか、付き合ってるんだなーって実感する……みたいな」
だから他の人には、触らせちゃダメだってばよ?
そう言われると、ちゅーっと音をたてて額に長々キスされた。
……前髪、下ろしてみるかな。
後でそんな事思ったけど、それはナルトのためなんかじゃない。全然ない。

「しようよ。」 side/N

「サスケ、まだ寝ないの?」
ふいに掛けられた声に、顔も上げないまま「んー」と返事をした。
読んでいる紙面に集中しているせいで、なんだか鼻に抜けたような声が出てしまう。
間抜けだ。しかしまあ、相手が相手なので気にしない事にした。冊子の頁を繰る指を止めないでいると、掛けているソファの後ろからにゅっと洗いたての頭が覗く。
「ねぇ、寝ないの?」
頬の真横でもう一度訊かれた。
「寝ない」
「えー…寝たほうがいいんじゃない?」
「べつに。明日はオフだし」
「…うん、でもさ、オレってばもう寝ちゃうんだけど」
「そうか。おやすみ」
素っ気ない挨拶を返すと、すごすごと金髪が引っ込められた。
遠ざかっていく足音。もう深夜だぞ、もう少し静かに歩けよ。声に出して言ってやろうかとも思うが、それも面倒に思えてやめる。
読み終わるまであともう少し。指先で書籍の残り僅かな厚みを確かめて、ソファに沈ませた身体の位置を直す。
続いて聞こえてくるはずの、寝室のドアの音が何時までたっても届かない事に微かな違和感を感じていると、やけに謙虚な音をたてながら再びドアが開いた。
端から覗く、洗いたての金髪。

「ねー…やっぱそろそろ、寝ませんか?」

もう一度、掛けられる声。
少し拗ねたような、媚びるような、うずうずとした期待が見え隠れする。
ここで放置をすると後が面倒だという事は、これまでの経験上よく知っていて。
ふう、とひとつ息をつき、俺はしかたなく冊子を閉じ立ち上がった。青い瞳が、早くも熱に潤んでいるのがわかる。
……ゆっくりと急がない動作で近づいていくと、辿り着く前に待ちきれなくなった長い腕に攫われた。

「続き読みたいから、とっとと終わらせろよ?」
「……ハイ。(にゃろう、ぜってー『もっと』って言わせてやるってばよ)」

「しようよ。」 side/S

床に広げられた忍具を確認していると、突然ヒヤリとした冷たさに背中が急襲された。
ぅひ!と妙な叫び声をあげて振り返ると、してやったりという顔の恋人。
喉に感じる圧迫感から推測するに、部屋着にしているトレーナーの襟ぐりから両腕を突っ込んでいるらしい。
「…やっぱお前、体温高いな。あったけー」
「ヒトをカイロ代わりにすんなっての!」
「いいだろ、皿洗ってたら水すげえ冷たくてさ。暖めさせろ」
そういやさっきまでこいつキッチンにいたっけな。
落ち着いて集中できていたから気がつかなかったが、忍具の手入れに入る前に、キッチンで食べ終わった夕食の後片付けに向かおうとするサスケの後ろ姿を見たような気がする。
どんなコツがあるのか、サスケの水仕事の音はいつもすごく静かだ。
盛大に音と泡を飛ばしてしまうオレとは大違い。
「……マジであったかいな……」
湿った掌がひたりと背中を這う。
オレの熱が、冷え切ったサスケの手に移っていくのがわかった。
「……ずっりい、オレのもあっためろってば!」
強引に腕を抜かせて向かい合うと、上着の裾からシャツを潜ったその奥へするりと指先を忍ばせた。
しっとりと柔らかな肌に触れると、ついいつもの癖で動き出してしまった不埒な指が、しなやかな腹筋をくすぐるように甘く撫でてしまう。
ン、と微かに漏れたゆるい吐息。冷たい耳朶に噛み付くと、ふるりと肩が揺れた。
たまらない気分になって、たくし上げた上着をアンダーシャツごと引き抜こうと試みると、抵抗することなくあげられた両の二の腕の裏側が目に入る。
驚く程白いそこに思わずむしゃぶりつくと、クスクスとくごもった笑いが上着の中から漏れ聞こえた。
「くすぐってーんだよ、ウスラトンカチが」
すっぽりと上着を抜き去ると、少し髪を乱したサスケの面映そうな笑い顔。
潤みながら細められた瞳の目尻は、ほんのり赤く色付いて。
……やべえ。一気に準備万端になっちゃったんですけど。
いいかな? いいよね?
ああ、もう、なんていうか……イタダキマス!

「アレ? もしかしてさっきのあれって誘ってたの?」
「…今頃気がついたのか」
「おま、わかりにくいってば」
「でもしっかり釣られてんじゃねぇか」
「……(ごもっとも)」

敏感肌

……ああ、いる。
待機所に足を踏み入れた瞬間に解る、彼の気配。仙人モードなんて使わなくても、彼の纏うチャクラだけは即座に感知できる。
なんでかなァ、わかっちゃうんだよなァ、すぐ。
目よりも先に、肌でわかる。なんて研ぎ澄まされて美しい気配。
いつだったか彼の小隊にいた感知タイプの女の子は、彼のチャクラに惚れ込んでいたのだと聞いたことがある。全力で納得だ。こんなに刺激的で、魅惑的なチャクラがあるだろうか。
ほら、見つけた。あの輪の片隅。笑いかける。
……ほんの少しだけ、笑い返される。それだけで目眩がするほどの喜びに、オレの肌は震える。一緒にいるのは、今日の任務で組んだマンセルの仲間だろうか。最近親しげに会話をする相手もかなり増えてきたよな。里に戻ってきたばかりの頃は、オレしか話しかけられなかった程とんがってたくせに。
喜ばしいことだってのはわかっているのだけど、でもちょっと―面白くないのだった。
穏やかな横顔、わずかにほどけた白い頬に、しょうもないヤキモチが頭をもたげる。なんだよなんだよ。オレだけの笑顔だったのに。
あの肌が、ほとんど日焼けとは無縁でシミひとつ出来ないのを知っているのは、今や俺だけじゃない。
……でも、あの肌が一番綺麗に見えるのが、汗に濡れた夜明け前の薄闇の中だと知っているのは、今でも俺だけなのだった。
思い出し、顔が緩む。宥められる独占欲。
足が動く。視線の先、彼の元へ。
一歩一歩近づくごとに、肌がぴりぴりする。この甘く刺されるような感じが、堪らないのだった。
指を伸ばす。あともう少し。肩に届く。
振り向いて、声を聴かせて、それから――
「サス―ケェ…えェえええ!!?」
全身を電流が突き抜ける。浮かれていた思考は文字通りショートする。
あれ? ……あれ?
「ちょっ―なんで、いきなり千鳥流し?」
「……なんかお前から邪まな気配を感じたから」
さすがサスケ。もしやオレ以上の敏感肌?
感電死してもいいから今すぐ抱きしめたい、とか言ったら、少し位は困ってくれるだろうか。
……くれないだろうな。やっぱりな。