ひーまーだァァ―――。
長机に突っ伏して呻くと、もうここに来てから何度目かも判らなくなった溜息をつく。
ただ座っているという作業がこんなに辛いとは。
ちらと隣を見上げると、相方はパイプ椅子の背もたれにしっかり寄りかかって腕組したまま、
先程から微動だにしない。
もしかして寝てんじゃねえの、こいつ。
不信の目を向けた途端、寝てねえよ、と心を読んだかのように不機嫌そうな声が返ってきた。
まだ寝てねえ、の間違いだろ。
暇に飽かせて突っかかると、面倒臭そうに目蓋が上がり長い睫毛に縁どられた黒い瞳が現れた。
大きなあくびと共に深く吐かれた息が、白く煙るのをぼんやりと見送る。
夜明けの交代まではまだまだ遠く、時間は唸るほどありそうだった。
* * *
「ナルト、お前今夜暇だろう?」
軽い任務を終え報告書を提出しに赴いた待機所で、ナルトは唐突に綱手に呼び止められた。
深く考えることなく、暇だけど、と答えるとニンマリと紅の引かれた唇が上がる。
「よし、じゃあお前、今夜このまま大門の夜間警備に就け」
「は?オレ今帰ってきたばっかなのに!?」
「大丈夫だ、多分今日はたいして人も来ないから座ったままで済むだろうし」
もうひとり相方もつけるからな、と言い足すと、いそいそと待機所を出ていこうとする。
そういえば、今日は木の葉の女子で集まって忘年会をするのだとサクラが言っていた。
大酒飲みの綱手が、そんな楽しそうなイベントに参加しない訳が無い。
「なんだそれ、ばあちゃんは宴会行くくせにオレには働けってのかよ」
「そう言うな。年末年始勤務の特別手当も付けてやるから」
まあ兎に角行ってこいと背中を押され、渋々「あ・ん」の大門へ足を向けた。
大晦日の夜だ。
人に溢れる繁華街に反して、里外れに向かうにつれて一気に人気が消えていく。
そりゃそうだよな、オレだって今夜は家で、炬燵に蕎麦に紅白のつもりだったってば。
そんな事を考えながらやる気なく足を進めていると、暗闇にそびえ立つ大門が見えてきた。
準備のいいことに、今日は門松まで脇に飾り付けてある。
更に目を凝らすと、かがり火に照らされた長机の向こうに、よく見知ったくせのある黒髪。
軽く手を挙げると、警備日誌らしきものを退屈そうに捲りながら頬杖をつくサスケと目が合った。
「……相方ってお前かよ」
そう言うと、盛大な溜息をついてサスケが項垂れた。
「あ―――、誰も来ねえなあ」
「そりゃあ、大晦日だからな。わざわざこんな時間に出入りする奴はそういないだろ」
遅々として進まない時間に早々とげんなりしつつ、ぼつぼつと会話を落とす。
遠くに見える里の繁華街の辺りの夜空が、幻のように淡く明るい。
今頃はサクラ達の女子会の方もさぞや盛り上がっているのではないだろうか。
「座ってんの飽きた。尻が痛え。」
「ドべでも一応忍者だろうが、我慢しろよ」
「な、サスケはなんでばあちゃんに捕まったんだ?」
「……独り身で、決まった相手もいなくて、大晦日の夜も退屈そうだからだそうだ」
「うっ・は……!鋭いなーばあちゃん」
「……るせぇ」
「オレと付き合ってるって言ってやればよかったのに」
「勝手に話を捏造すんじゃねえよ」
「なんだよなんだよ、オマエもういい加減オレにほだされてくれてもいんじゃねえの?」
「追われると逃げたくなるのが一般心理ってやつだろ」
なんだよそれ、とやや拗ねた気分でナルトは隣を見る。今年も一年、つれないままだった男。
……ああ畜生、しっかし今日も美人だなあ!
「なるほど、じゃあ追わなけりゃ逃げないでいてくれるってこと?」
「は?」
「んじゃオレ、もう追わないことにする」
来年の目標にするからな!と宣言するナルトをサスケはぽかんと口を開けたまま見つめた。
何言ってんだこいつ。
「……馬鹿かお前は。お前が追ってこなけりゃそれで終わるだけだろうが」
「え?でも追わないでいたらサスケがこっちに来てくれんじゃねえの?」
「……なんでそうなる」
「ずっりーの。んじゃオレばっかが好きみたいじゃん」
「……いやだから、実際そうなんだろ」
なんだそれー!!
小さく叫んで、椅子に座ったままナルトは四肢を投げ出した。
絶妙なバランスでパイプ椅子が斜めに傾ぐ。
長机に膝をかけて面白くもなさそうにしばらく椅子を漕いでいたが、やがて遠くから低く震える除夜の鐘の音が聴こえてくると、動きを止めてしばし耳を澄ませた。
「これってボンノーの数だけ打つんだっけ」
「百八つだろ」
「それって多いの?少ないの?」
「さあ?とりあえずお前はそれ以上あんだろ」
「そーなんだよ、ありすぎて困っちゃうってば」
ギイーコ・ギイーコ。
冷たい金属製の背もたれに二の腕を引っ掛けて椅子を漕ぐ度、パイプの軋む音が響いた。
要領を得てきたのか、次第に揺れる幅が大きくなってくる。
大きく傾げる度に、受付の上に設えてある狭い天井が視界に入った。
少し伸びすぎた金髪が目に掛かる。
年越し前に散髪位しとくべきだっただろうか。まあ今更言っても詮無い事だけれど。
「今年も未消化のボンノーばっかが残ったなあ」
「そうか、なら今から走って鐘突きにでも行ってこいよ」
「そしたらここひとりになっちまうってばよ?」
「全然構わないが?」
「つれないなあ、こんなに好きなのに」
「あっそ」
「好きだってば。……サスケ、好き」
「あー、はいはい」
「せめてもちょっと真面目に聞いて欲しいってば」
「乱発しすぎで価値が暴落してんだよ、テメエのは」
「……さすが、ボンノーのないサスケさんはムツカシイ事言いますね」
「ないわけじゃねえよ」
「またまたぁ」
「あるに決まってんだろ、男なんだから」
「そーか、男だったな、そういえば」
ギイッコ・ギイーッコ。
「……てめ、わざと言ってんな?」
なめてんじゃねえぞ。
低く言い捨てた声がしたかと思うと、上を仰ぎ見ていた青い瞳が黒い影に覆われた。
うなじにひやりと冷たい感触。
サスケの指だと認識した瞬間、半開きになっていた口許が、近づいてきた薄い唇と重ねられた。
そのまま、二度三度と深く吸い上げられる。
微かな水音をたてて唇が離れる間際、ぺろりと溢れた唾液まで舐め取られた。
「……オラ、思い知ったかよ」
呆然と見開かれた空色の瞳に、してやったりと笑いを浮かべるサスケが映った。
……固まること数秒。間をおいて、ナルトはやっと我にかえった。
ガターン!と派手な音をたててパイプ椅子から勢いつけて立ち上がる。
頼む!もう一回!!と今にもひれ伏しそうな勢いで拝み倒してくる金髪頭を黒い瞳が愉快そうに見上げる。
また一年、こいつがいれば退屈しないで過ごせそうだ。
そんな事を密かに思い、笑いを堪えてサスケは言う。
「俺からのお年玉だ、ありがたく受け取れよ」
「……ええっ、年に一回だけってこと!?」
I wish you a Happy New Year.
今年も、君の笑顔を隣でみていられますように。
【end】
今年だけじゃなく、来年も再来年も。永遠に一緒にいておくれ!
以下はおまけです。その頃の女子会。
お時間ある方はグリグリッとスクロールどぞ↓
「綱手様、今日サスケ君になんか頼んでたでしょ?」
「あー、そうそう、あれはなんだ、私からナルトへのお年玉だ」
「え、お年玉ですか?私も欲しいです!」
「なんだテンテン、お前も告白タイムが欲しいのか?」
「……はい?」
「ふふふん、今年はナルトのやつかなりの任務をこなしてくれたからな。褒美にサスケと二人きりで新年を迎えさせてやったんだ」
「きゃー!!!おもっきし職権乱用ですね!!」
「大門の警護なんて、今日はうんざりするほど話す時間あるでしょうねえ」
「なんだ、シズネだって企画した時ノリノリだったじゃないか」
「ちょっとサクラ、あんたから見てどうなのよ、サスケ君ナルトのやつにどこまで許しちゃってんの?」
「えー?うーん、多分まだキスくらいまでじゃないかなあ」
「なにそれ!!そんなのあいつら既に昔事故チューしちゃってんだから今更じゃない!」
「なんだ、そんな事あったのか」
「ヤダ、私も見たかったー!!」
「ナルトのやつ、もう一気に押し倒しちゃえばいいのにって思うんですけどね」
「わー、サクラちゃんだいたーん!でも私もそうおもーう!!」
「でしょー?」
「いやでも、サスケの方はどうなんだ、覚悟はできてんのか?」
「覚悟も何も、里に帰ってきた時点でもう諦めついてるんじゃないの?」
「いやでもあの性格じゃあそう簡単に身を捧げるなんてできないでしょ」
「もう時間の問題だと思うんですけどねー」
「じゃあもしかして、今夜二人きりでいたらなんかなってんじゃないのー?」
「きゃー、見に行っちゃう!?」
「机の下でお手て繋いでたりして!!」
「ヤダヤダ、あたしカメラ持ってく!!」
「どうします?18禁な事しちゃってたら」
「ぎゃー!!ちょっ、カメラじゃなくてビデオ持ってかなきゃ!!」
「……それ、ちょっと売れそうね」
「シズネさん!?ダメですよ!!?」
「……あのう、みなさん、お店の方がそろそろラストオーダーだとおっしゃってるんですが……」
こちらはこちらで盛り上がったとの事です。