milk

「……そんな筈ないだろ」
翳された一枚の紙切れを凝視して、サスケは低く唸るように言った。
しかし何度見直しても、書き記されている数値に間違いはないらしい。
へっへっへー、と得意げに笑う金髪頭が、いつにも増して憎たらしい。

ほらほら、よく見てくれってばサスケちゃん。
間違いなくオレってば、サスケちゃんより大きくなっちゃったんだってばよ!

茶化した物言いにイラつきながらも、自分の持つ用紙をもう一度検めてみる。
……納得いかないが、そこに書かれた数値がナルトのものよりも低いのは認めざるをえないようだった。

  * * *

「……テメエ、どんな汚い手を使いやがった」

サスケが里に戻ってから1年。
ナルトやサクラの尽力によりやっとの事でサスケも中忍試験を再度受けられる事となり、エントリーのための身体検査に来た病院で一通りメディカルチェックを受けたサスケは、待合室で同じく検査に来ていたナルトに詰め寄った。
そもそも今更ながらにこの中忍試験を受けることになったのも、この男が「サスケも一緒に受けなきゃダメだ!!」という訳の解らない駄々を捏ねたせいであったのだが、まさかこんな所で早くも勝負があるとは。

「人聞きの悪い事言うな!正々堂々、あるがままの数値だってば!」
「そんなバカな事あるか。この俺がドベナルトに抜かれる訳ないだろ」
「うがぁっ!!なんっだその言い方!!?」
いい加減認めろってば!!と喚きながら眼前に突き出された用紙の「身長」の欄には、確かに自分より2mm程大きな数値が記されている。

……たかだか2mm。

そう思いはするのだが、こうこれ見よがしに自慢されると無性に腹が立つ。
細身だが全身のバランスの良いサスケは普段から実寸よりも長身に見えるらしかったし、自分でも問題なく身長グラフは右肩上がりでいってるはずだと思っていた。
どちらかというと骨格のしっかりしたタイプのナルトを見ていても、追い抜かされているような感覚はまるでなかったのに。

「ま、牛乳の勝利だってばよ」

ニヤニヤしながらナルトが言う。
そういえばコイツ、昔から家では水代わりに牛乳ばかり飲んでいたなと思い出す。
牛乳……牛乳か。
しかしあの、ナルトのように和洋中すべてのジャンルの料理に一徹して牛乳を合わせる食事というのはどうしても嫌だ。
アカデミーの給食ではあるまいし、普段の生活にそれを取り入れるというのは我慢ならない。

「……フン。たった2mm位でそんな浮かれやがって。くだらねえ」

強いて嘲るような表情を作りサスケは言い捨てた。
なんだそれー!?と喚くナルトを尻目に、検査服から着替えるため更衣室へ向かう。

――このままで終われるかよ、畜生が!

ぎりぎりと悔しい歯噛みをしながら、検査服を脱ぎ捨てる。
廊下から上機嫌な様子のナルトの鼻歌が聴こえてきて、サスケは益々苛立ちを募らせた。



「あー、どーしても仕事の後はすっごく糖分取りたくなるのよねー」
エントリーと身体検査を終えた帰り道。
丁度退出時間と重なったから、と一緒に病院を出たサクラも加わると折角だからお茶でもしていこうという事となり、三人で喫茶店へ足を向ける。
あまり普段は行かない、洋菓子専門のカフェに行きたいといったのはサクラだ。
先日いのと一緒に開拓した店のフルーツタルトが絶品だったので、甘いモノ好きなナルトにもそれを食べさせたかったらしい。苦手分野だから遠慮しようと内心思ったサスケだったが、コーヒーもすごく美味しかったからサスケ君も大丈夫よ、などと先手を打たれるとなんとなく断るタイミングを失くしてしまい、そのまま2人に付いてきてしまった。

「聞いてくれってばよサクラちゃん、オレってばついにサスケより背が高くなったんだって!」
「へえ、そういえばあんた身長の伸びが全然止まってないもんね」
「……2mmなんて、誤差の範囲内だ」
「でも勝ちは勝ちだってばよ!」

得意げに膨らんだ小鼻を忌々しい思いでちらりと見て、店員に通された席にどかりと座る。
木の葉では珍しい洋風な設えのその小さな店は、大通りから少し裏に入った場所にあったが、店に足を踏み入れてみると日の光がふんだんに入る設計になっているらしく、中は思いの外明るかった。
ふんわりと漂うバターと砂糖の甘ったるい香りに、早くも顎の奥が軋むような感覚がある。
店そのものの雰囲気はさておき、甘いもの全般が苦手なサスケにとってはあまり居心地のいい場所とは言えなさそうであった。

「まあね、でもサスケ君は確かにもう少し食事量を増やしてもいいかもしれないわね」
医療忍者の視線でサクラがサスケを眺めて言う。特にカルシウムや動物性蛋白質は成長にとってすごく大切なものよ。
「ほら!!やっぱ牛乳だってばよ!」
再びしてやったりという顔でナルトが言う。
ああ、牛乳は確かにいいわね、とサクラも否定することなくナルトの意見を聞いている。
しかし納豆なんかも身長を伸ばすのにすごく有効らしいわよ?との声には思わず「却下」と言い捨てた。
「……というか、俺の身長がどうだろうとお前らに関係ないだろうが。ほっとけよ」
憮然とした様子でサスケは店のメニューを広げながら言った。
いい加減、この話題からはもう離れたいのだ。

2mmは誤差だ。ナルトは俺よりでかくない。以上。

反論を許さない姿勢で言い切ると、ぱん!と音を立ててサスケはメニューを閉じた。
ほら、とそれを「納得いかねー!」と顔全体で言っているナルトに放ると、腕組みをして再び深く椅子に座りなおす。
あーあ、というようにもう一冊あったメニューの影でサクラが呆れたような溜息をついたのが判った。


「ご注文はお決まりでしょうか?」
3人が静かになったところで、タイミングを見計らっていたのか店員が声を掛けてきた。
「えーと、私は季節のフルーツタルトとキャラメルマキアートを。ナルトは?」
「オレも同じやつで。あ、飲み物はミルクティーにするってば」
「サスケ君はコーヒー、ブラックよね?」
出来るだけ自然に、気を使っていない風になるよう気を付けながらサクラが訊く。

「――いや、カフェオレにする」

たっぷり間を置いて、視線を下げたままサスケがぼそりと言った。
かしこまりました、とメモを取った店員が席を離れていく。
妙に静かなサクラとナルトを訝しく思い、そっと目線を上げると。
……真っ赤になって、ふるふると細かく痙攣する頬を必死で耐える2人がいた。

「…………なんだよ」

(サスケ君、微量でも牛乳を摂取しようと…!!)
(オマッ…なんか、ケナゲだってばよ!!)

「……てめえら、何笑ってやがる!?」

(あああ、恥じてる!!かわいい!!!)
(でもまだ写輪眼出てないし、ギリオッケーだってばよ!)

「おい!!」
「……お待たせいたしました」
遂にサスケが「お前ら、いい加減にしないと燃やすぞ!?」などと物騒な事を言おうとした時。
テーブルの雰囲気を一切意に介しない長閑な声で、盆を持った店員が割り込んだ。
色鮮やかなタルトと、ほわりと湯気を立てるカップを3つ滑らかな手付きで置くと一礼して去っていく。
それらと未だ緩みそうになる口許と格闘する同僚を見比べて、サスケはちいっ!!と盛大な舌打ちをした。
……どうもこいつらは俺に対して遠慮がなくなりすぎてきていやがる。
由々しき事態だ。そう思ったところで、「サスケ君」と声が震えるのをなんとか抑えられたらしいサクラの声が投げかけられた。

「――帰ってきてくれて、本当にありがとう」

花が綻ぶような笑顔を浮かべてサクラが言う。ニコニコとしながら、隣にいるナルトもそれを聞いていた。
午後の光が溢れる店内は、少しずつ人が増えてきたのかさざめきのような話声があちこちで広がる。
そんな中、穏やかな2人の笑顔は粒子の粗い写真のようで。
サスケはフンと小さく鼻を鳴らして横を向くと、「……またそれか」と呟いて大ぶりな自分のカップに手を伸ばした。
横を向いたまま、ミルクのたっぷり溶けたカフェオレを一口そっと啜る。

「……あっ、つ!」

想像以上の熱さに、図らずも声が漏れて。
舌先にじんわりとした熱と痛みが残り、思わず眉根を寄せる。
それを耳聡く拾い、サスケのしかめっ面を見て取ったナルトとサクラは。

今度こそ、声を出して笑った。






【end】
7班小話。
サスケが帰ってきたら、彼らには弄りにくいのに突っ込みどころ満載なサスケを生暖かく気遣いながら面白がる、という形になって欲しいなと!
とりあえず「帰ってきてくれてありがとう」は、サクラにとって伝家の宝刀になるような気がします。(2012)

おお…こんな事を考えていたんだな!という感じのお話ですが、でもこれはこれでいとしいものかなと。まだ書き慣れていない感じがこそばゆいのですが、記録として手を加えず残しました。ちなみに私個人はNSの身長差についてはどちらが高くても美味しい派です。節操がない。