*原作ベースの未来設定。妻子は登場しませんがいること前提の会話や描写はあります。
*アホなエロ話を延々してますが枯れてます。ホント枯れてます。←最重要事項
*原作END設定はどうあっても嫌だという方はここでお戻りください。
*イチャつく中年なんてマジ勘弁という方も絶対回れ右推奨。
*ホモではない。と敢えて言いきってみる。
食える!という方のみ下へどうぞ。
「――――で、だいぶ街の復興は進んでいるが、まだまだ治安はいいとは言えねえな。もう少し経済が良くなるまでは、あそこの地域の事は気に掛けておいたほうが良さそうだ」
報告は以上だ。
いつものように纏めると、残った息を深く吐ききって、オレは先程からじっとこちらに向けられている碧眼に、つと目を合わせた。経年で飴色がかっている、半月状のデスク。どっしりと構えるそれの向こう側に座るのは、同じく着任から数年が経ち大国の里長としての風格が徐々に備わってきた、七代目火影だ。
「そっか。成程、よくわかった」
碧眼を細め、里長であり親友でもあるそいつはオレに告げた。お疲れさん、明日シカマルにもつたえておくな、という声にも、以前のような子供じみた甲高さはない。
嵩高く積まれた書類はいつもながら呆れる程の量で、そこに座るナルトの前に、見事なバランスで山脈を作っていた。山間に見えるのは大きなディスプレイと、食べ終えて放置されたままのインスタント食品のパッケージ。コレクションのように並べられた茶色い小瓶は、多分栄養ドリンクだろう。
「サスケさ、もう家で晩飯食ってきたんだろ?これからちょい一緒に飲みに行かねえ?」
ワーカホリックを絵にしたような様子のデスクに(まずはここを片した方が作業効率が上がるんじゃねえか?)と呆れていると、マントの止め金を外しつつ立ち上がったナルトが訊いてきた。既に旅装から軽い普段着に着替えているせいだろう。オレが既に一旦家に寄ってから来たのを、見越した言葉だ。
「そりゃいいが。お前、仕事いいのか?」
「んー、まァ…」
「片付けなきゃならない案件が溜まってんだろ?まずはそっちを先に終わらしたらどうだ」
「いや、これはまた明日。期日までにまだ時間あるやつだから、多分どうにかなるし」
へらりとするやつれ顔は相当に疑わしいものだったけれども、ナルトはもうすっかり今日は仕事を切り上げる気でいるらしかった。すっきりしないまま答えを渋っていると、そんなオレにナルトは「行こ行こ!」と背を押してくる。
されるがままに後ろを向くと、その背中を監視するかのように、ぴったりとナルトが張り付いてきた。やたら近い距離で付いてこようとするナルトに、捻った体で肩越しに「おい、」と言う。
「ん?」
「近い」
「そう?」
「そうだ」
さがれ、と短く命じると、ぞんざいな物言いが癇に障ったのか、ニヤついていたナルトは途端にむうっと口先を尖らした。「へえへえ、わかりましたってばよー」という棒読みの返事に、ちょっと鼻を鳴らしオレはまた前を向く。
早春の夜気はどこかしっとりとした水気を含んで、風呂を使ってきた後の肌には、少々冷えるものだった。やはり上着が欲しかったなとぼんやり思いつつ(普段愛用しているマントは家に帰った途端、出迎えてくれた娘に剥ぎ取られ即洗濯機に放り込まれてしまった)、しんと静まり返った廊下に伸びる影を見下ろす。
サンダルの足先を前に出すと、後ろの大きな影もぴったり揃えて一緒に足を出してきた。…まったく、さっきの仕返しのつもりだろうか。くだらん悪ふざけもいい加減しつこい。
「おいナルト、お前なァ――――…ッ!?」
前向きのまま、言いかけた瞬間。
いきなり背後から強い手のひらに両のこめかみがホールドされたかと思うと、息を飲むオレの首筋に暖かな吐息がぬるりとかかった。
* * *
「なんかさァ、言いたかないけどお前ってばどうしてそう昔っから容赦がないの?聞く耳ってのを持ってないの?」
場所を移した、執務室の横にある応接間。つい先程、一切の断りもなしにオレを押さえつけようとして返り討ちにあったナルトは、したたかに蹴られた脇腹をさすりつつ憮然と呟いた。革張りのソファで横並びになった膝前にあるのは、開封した酒瓶。見慣れないラベルから察するに、多分誰かからの土産物だろう。ふたつのぐい呑に継がれた酒はやわらかな乳白色で、天井からのぼやけた明かりをゆらゆらと浮かべている。
「ちょっとくっついただけなのに、いきなり回し蹴りとかさぁ」
「あれのどこがちょっとだ」
「ちょっとだって。ちょおーっとだけ、お前の頭のニオイ嗅がせて貰っただけじゃねえか」
「…だから。それがキモいっつってんだ。いきなり頭引っ掴んできたかと思えば、ヒトの耳の後ろでフゴフゴ鼻鳴らしやがって」
受けさせられた暴挙を思い出しつつ、オレは憤然とぐい呑を煽った。さっきオレの頭を固定したナルトはそのままそこに顔を寄せてくると、いきなり髪に鼻を埋めるようにしてそこのにおいを嗅ぎだしたのだ。
「――――『加齢臭』だァ?」
油断しきっていたのか、咄嗟に反撃したオレに他愛なく床に転がされたナルトは、突然の暴挙を尋問したオレにそう説明したのだった。曰く、オレのニオイを嗅ごうとしたのだと。耳の裏側や頭皮から出るいわゆる『オヤジ臭』というやつを、オレの体に確かめようとしたのだという。
「いやー、シカマルがさ?」
ようやく色々落ち着いてきたのだろう。まだ僅かに痛むらしい脇腹をさするのを止め、ナルトが言った。枕カバーをな、剥がすじゃんか洗う時。そん時シカマルが家で子供に言われたんだって、親父のカバーだけはニオイですぐにわかるって。なんか変なニオイがするって。
「で、そっからもしかしてオレら、もう加齢臭ってやつが出てんのかなって。こないだ話しててさァ」
「…それとオレのニオイを確かめるのが、どうして繋がるんだ」
意味がわからない、と相変わらずの飛んだ話に、オレはうんざりと額を押さえた。だったらオレじゃなくてシカマルのニオイを嗅ぐべきだろう。なんでいきなりオレが頭押さえつけられて耳元でいい年した男の鼻息を聴かされなきゃならないのか。
「なんだよ、ダメだったか?」
「はっきり言って不快千万だ」
「だってオレらの同期の中でお前が一番若作りじゃんか。だからお前が臭うようなら、他の奴らも全員確定かなって。今度お前帰ってきたら確かめてやろうって思ってたんだってば」
自信満々な主張に、オレは再び頭が痛くなる思いだった。なんてくだらない。そんな事のために、他人に無駄な体力を使わせるな。
「……で、結局、どうだったんだ?臭ったのか?」
一応とばかりに訊ねると、横でオレと同じように手酌でやり始めようとしていたらしいナルトは、何故だか恨めしげな目付きでこちらを睨んできた。
臭わなかったってば、という不満気な回答に、密かに胸を撫で下ろす。
「そうか」
「クサイどころか、なんかお前女の子みたいなイイニオイした」
「…出掛けに風呂入ってきたからな」
言いながら、つい口許に余裕の笑みを浮かべると、隣でナルトが「え~?」と不興そうな声を上げた。
なんだよもー、四十前の男がさァ、フローラルフルーティーのカホリなんてふわふわさせてんじゃねえっての。
ぶちぶち文句を垂れつつ開けられる盃に、合わせるようにしてオレも酒を舐める。そんな事言ったって仕方ないだろうが。たまにしか帰らない我が家には、オレ用のシャンプーなんて存在しない。
「あーでもやべえよ、ホント。ニオイはともかくさ、この頃マジで老化を感じてて。昔のカカシ先生の気持ちがスゲーわかるってばよ」
――オレってば最近ほんと元気なくてさァ。なんつーの、中折れっつーの?たまに(おっ?)てなってもそのままガーッ!!ってて勢いつけて一気にいかないと、最後までたどり着けないっつーか。
そんなあからさまな告白に、思わずぐぶりと喉が鳴った。どんな顔してそんな事言ってるのかと横を見たが、言ってる本人は案外淡々とした様子だ。
「仕事の疲れが溜まりすぎてるせいじゃねえの?お前見たところ随分と帰れてないみたいだし、寝不足も続いてるだろ」
碧眼の下に浮かぶクマを見遣りながら、オレは言う。いくら栄養剤でドーピングを図ろうと、足りない睡眠を補うには限界がある。
「そんなの今に始まったことじゃねえし。昔だって忙しかったってばよ」
「…まあな」
「なーなーお前さァ、最後にしたのっていつ?覚えてる?」
突然迫ってくるナルトに、オレは嫌々ながらもぼやっと考えた。最後?最後ってそりゃ…と記憶を辿るも、どういう訳か具体的にいつだというのがびっくりする程出てこない。
「――思い出せねえだろ?」
黙ってしまったオレに、鬱々としていたところから一転、嬉々とした様子でナルトが言った。ニヤニヤとする顔が腹立たしい。腹立たしいが、言われた事は確かに図星である。
「ま…オレは殆ど、家にいねえからな」
誤魔化しがてら酒を煽ると、そんなオレに横にいるナルトは「ほほほぉう」と妙に勘に障る声をあげた。いやらしげな目付きには、平和を第一に掲げ日々奮闘する、里長としての誠実な輝きはない。そういやコイツは和睦が得意だが、昔から人の神経を逆撫でするのはもっと得意なのだった。細められた碧眼はどういう訳か、さっきよりも随分と活き活きとし始めている。
「いないからこそよく覚えてるもんじゃねーの」
「その為に帰ってくるわけじゃない」
「んじゃ少なくとも帰ってくる度にあるわけじゃねえんだ?お前この前里に帰ってきたのって確か先々月だったから、て事はさ」
「どうでもいいだろがそんなの。大体がもう結婚して20年近いんだぞ、そんなの無くたって別におかしくは…」
「でもサイんとこはまだ毎晩あるって言ってたってば」
告げられた話に、オレは思わず言いかけていた言葉を飲み込んだ。毎晩?という恐る恐るの返しに、大真面目な顔したナルトがこっくりと頷く。
「…嘘だ」
「いやマジで。あいつ空気読めなくても嘘はつかねえから」
「できんのかそんなの」
「できるんだろ。少なくともサイの方はそれが普通だと思ってるみてえだった」
やー、でも、毎晩はねーよなあ…と言いつつ、ナルトも酒を煽った。確かにそれはない。少なくとも今のオレには無理だ、頑張っても多分早晩弾切れになるだろう。体力馬鹿のナルトでさえこう言っているのだから、あの墨絵男の精力おそるべしである。
「ああー…なんかこんなの、昔は想像もしてなかったなァ」
溢れ出てきたような吐露に、オレは横で伸びをするナルトを見た。徹夜なんて毎晩出来たし、馬車馬みてえに働いてもちょっと休憩すれば即回復できたし。体だって鍛えりゃ鍛えただけ応えてくれるしさ、どんだけ疲れてても勃つもんは勃ったし。
「なーサスケ、お前ってばまだ朝しょっちゅう朝勃ちってある?」
急に振られ、返答に詰まったオレは、口に含んだ酒で喉を鳴らした。朝勃ち…朝勃ちか。そういやそんな現象もあったな。最近はそうそうお目にかかることもないが。
「ねえな」
「だよなー、オレももうあんまねェってば」
「まあそもそもあんなものに、たいした必要性もないだろ」
「あ、そういや知ってっか?加齢臭ってな、どうもここら辺からも出るらしいぞ?」
ふと思い出したのだろう。急にこちらを向いたナルトは人差し指をぴんと立てると、鼻筋から額にかけてのラインをつうっとなぞった。頭や顔の中心…つまり、皮脂の多い場所に発生するということだろうか。
「ふうん、そうなのか」
「そうなんだって」
「お前どこでそんなの調べてくるんだ?サクラに聞いたのか?」
「いーや、グーグル先生」
ぐうぐるせんせい?とオウム返しにすると、そんな首を傾げるオレにナルトがへらりと厭味な笑いを浮かべた。サスケもさあ、いい加減ちっとはパソコン出来るようになった方がいいってばよ?という賢しげな言葉に、そこはかとない反感がムカリと湧く。
むすっとしたまま空いたぐい呑に酒を注いでいると、またナルトが「なァなァ、」と言ってきた。
なんとなく癪な気分ではあったけれど身を乗り出してくる気配に根負けして、仕方なくオレは横目をやる。
「…うるせえ、なんだ」
「あのさあ、さっきオレってばお前のニオイ確かめてやったじゃん?だから今度はさ、お前がオレのニオイ確かめてくんない?」
遠慮のえの字も見当たらない依頼に、唖然としたオレは開いた口が塞がらなかった。
というか誰も頼んだわけじゃないのに、何なんだその『してやった』的な言い草は。
さっきオレに向かって『昔からどうこう』なんて偉そうに言っていたが、こっちから言わせてもらえばこいつのこの押し付けがましさだって、十分似たようなものなのだった。ヒトに言う前に、まずは自分の方こそ我が身を振り返るべきなんじゃねえのか。反省くらい猿でもするぞ。
「嫌だ、断る」
迷う余地もなく即座に言えば、予想通りナルトは「え~~、なんで?」と不服そうな声をあげた。
なんでも糞もあるか。なにが悲しくてこのオレがこんな夜更けに、中年男のボサボサ頭を嗅がなきゃならないのか。
「いいじゃんかニオイ嗅ぐくらい。一瞬だろ」
「ふざけんな。一瞬でも嫌だ」
「オレはサスケの頭嗅ぐの全然イヤじゃなかったってばよ?」
「そういうところがお前はオカシイってんだ」
大体がオレは風呂上がりだけどお前は違うだろうが。他人に嗅げというのなら、頭くらい毎日きっちり洗ってんだろうなと睨むと、途端にその青い瞳がゆらゆらと頼りないものになった。「お前なァ…」と低く唸ると、一瞬ギクリとしたナルトが慌てて手に持ったぐい呑を置く。
「いや!オレだってさ、いつもはちゃんと毎日風呂入ってんの!風呂好きだし、かーちゃんからの言い付けだし!」
「…へぇ」
「でっ、でもほら、どうしても家帰れない時はさ、ここで体拭く位で済ます時もあるっていうか。シャワー室作ってくれって、シカマルに何度も頼んでるんだけど、予算がさァ…!」
「つまり、今日は頭洗ってねえんだな?」
やっぱり断る、人に頼むならせめて頭洗って出直してこいと冷たく突き放すと、そこにきてようやくナルトはウググと口を閉じた。じっと送られてくる上目遣いを無視しつつ、そっぽを向いて早くも半分程にまで嵩が減った、一升瓶に手を伸ばす。
「――じゃあさ、鼻とデコは?それもダメか?」
どうあっても、諦める気はないらしい。しばらく黙っていたナルトだったが、再び飲みだしたオレがようやく顔を前に戻したのをみると、おもむろにそんな事を訊いてきた。しつこいな、と思いつつチラリと横を見る。ぐっと背をまっすぐにする大男は、仮にもひとつの里を束ねる長がこんなしょうもない事にと情けなくなる程に、至極真剣な様子で姿勢を正している。
「顔だったらさ、家帰れない時もちゃんと毎朝石鹸つけて洗ってるし」
「……」
「もちろん今朝もな!夕方頃にも目覚ましに顔洗ったし。しっかりザブザブやったってばよ」
「…絶対だな?」
まばたきひとつしない視線に早々と諦めをつけると、オレは渋々言いながら、ふかいふかい溜息をついた。こういう顔をこいつがしている時は、もうほぼアウトだ。ここでグズグズいつまでもやり合っていても、ナルトの方が退く事なんて、まず100%無い。だったら適当なところで妥協案を飲むほうが圧倒的に楽である。長い長い付き合いの中で、ようやくオレは最近その術を覚えた。
コトンと小さな音をたて手にしていたぐい呑を置くと、ナルトはそれだけで全部察したのか、「やった、ありがとな!」と嬉々とした。そうしてから亀のようにニュッと首を伸ばしてくると、ココな、ココ!と満面の笑みで自分の顔を指す。
「このへんのォ、デコから鼻筋の辺り。ちょいテカってるとこ、いわゆるTゾーンってとこな」
「最悪」
「そんな事言うなって~オレってばこんなん頼めるのサスケだけなんだからさ!」
何気なく言われた言葉につい絆されそうになり舌打ちすると、オレの内心を知ってか、ナルトは嬉しげに「ニシシ」と笑った。まったく、天性の人たらしだと思う。どうせ他所でも似たような事あちこちで言ってるんだろうなと思いつつも、それでもつい悪くない気分へとちょろまかされてしまうオレも大概だが。
ちょっと情けない気分になりつつもどうにかそれを無表情に閉じ込め、顔面を突き出し何故か異様に心待ちにしている様子のナルトの方へ、オレは気が進まないながらも座っていた尻をずらした。金色の眉の間、額の一番平らな部分に渋々と鼻先を近付ける。
くん、と控えめに鼻をヒクつかせると、うひゃあ、と何故かナルトははしゃいだ声を上げた。
なにが「うひゃあ」だ。つーか何喜んでんだこいつは、やらされてるオレの身にもなりやがれ。
「うっは・なんだこれ、くすぐってえ~~!」
「やかましい。大人しくしてろ」
「ふひひ、なんかサスケ、やっぱイイニオイするってばよ」
そんな風に 意味不明な盛り上がりをみせるナルトだったが、どうどう?クサイ?という問いかけに 「よくわからん。別に何も臭わねえんじゃねえの」 と適当に返されると、すぐさま「え~、もっとしっかり嗅げって」という身勝手極まりない催促を突き付けてきた。
「うっせ。ちゃんとやってる」とゲンナリしつつも仕方なく更にもう少しだけ顔を寄せると、そこでようやく鼻先に僅かに甘い、乾いた皮脂のようなニオイがする。
迫る視界でフワフワとそよぐのは、すっかり短いのが定番となった金色の髪だった。元々明るい黄金色だったそこは、ここ数年で徐々に白金のような色合いになってきたように思う。
「…お前、最近髪の色変わってきたんじゃねえか?」
ふと指摘すると、言われた通りじっと大人しくしていたナルトは、「ああ、」と言って目だけ動かした。
それ多分、白髪だってばというあっけらかんとした声が、顎下あたりで妙に心地よく響いてくる。
「白髪?これがか?」
「うん。なんかさあ、オレの頭元々色濃くないから判りにくいんだけど。多分そのうち真っ白になるんじゃね?」
「ふうん」
「つか、サスケだってあんじゃん。さっき後ろ嗅いだ時、ちらちら白いのが見えたってばよ?」
思いもかけない指摘に、オレは「何、本当か?」と目を大きくした。元々髪なんて気にかけてもいなかったから、言われるまで自分には、まだそんなもの無いと思っていたのに。
直ぐ様確かめようとすると、何を思ったか眼下で大人しくしていたナルトが丁度目の前にきたオレの顎先を狙い、突き出した唇でいきなり(ちぅっ)と吸い付いてきた。ぎょっと目を剥くオレに対し、じっとこちらを見詰めてくるナルトはいたって平然とした風だ。ただその顔は、気付けば完全にとろりとした酒気に染まっている。
「…おっま…!」
「あっ、しまった。つい」
「ついじゃねえよこの酔っ払いが!」
「だってちょうど目の前にあったし。なんか可愛かったから」
即座に叱るも、すっかり出来上がった様子のナルトはヘラヘラと笑うばかりだった。唸った叱責も尖らせた視線も今のこいつには全く響かないらしい。ワリィワリィ、などと一応口では言っているがその実まったくそんな事思ってないのだろう。細められた淡色の青はひたすら上機嫌で、目尻にはやわらかな皺が寄っている。つーか可愛いってなんだ。オレ今年不惑だぞ?
「ダメだった?」
またもや笑いのうちに尋ねてくるナルトに「むしろどうしていいと思ったのかを説明しろ」と睨みつけてみても、向こうにはサッパリ効果が無いらしかった。
「え~だってさァ、サスケだし。サスケだからさ」
などと言うにやけ顔には、やはり反省の色は微塵も無い。酔いが回ると、こいつはいつもこうだ。元々オレに対してはスキンシップ過剰気味だったのが加速して、周りがちょっとドン引きするような事を、平気で仕掛けてくる。
むきになるのも馬鹿馬鹿しくて、無言で前を向きぐい呑に残っていた酒を一気に干すと、そんなオレにナルトが
「なんだよちょっとチュッってしただけだろ。今更こんなんで怒んなって」
などと軽く肩をぶつけてきた。触れ合った場所からじんわりと、少し高い体温が伝わってくる。すっかり酔いが回っているせいだろうか。先程まで肌にまとわり付いていた肌寒さは、今は綺麗に何処かへ行ってしまっている。
「なぁサスケ、オレらさあ、ぶっちゃけこんなに長生きできるなんて、昔は思ってなかったよな」
オレの肩に凭れながら、いやにしみじみとそんな感慨を告げてくるナルトに、オレは小さく鼻を鳴らした。
まあ、確かに。
その考えに関しては、オレも同意してやってもいい。
「結婚とか、子供とか」
「……」
「その上ほら、『トモシラガ』ってゆーの?老け込んでくのはヤだけどさ、でもオレってばサスケと一緒に頭の真っ白なジジイになれんのは、結構っつーか、かなり嬉しいってば」
「――白くなる前に、全部無くなってなきゃいいけどな」
ぼそりと茶々を入れると、途端に(ハッ!)とした様子のナルトは慌てて自分の頭を押さえた。
「しまった、そうじゃん!エロ仙人系じゃなくて、三代目のじーちゃんコースの可能性もあるってば」
などと戦慄く声に、ふと禿頭を光らせ豪快に笑うナルトが頭に思い浮かぶ。
出来上がった想像にくつくつと喉の奥を揺らしつつ、オレは再び酒瓶に手を伸ばし、空いたぐい飲みにとろとろと白濁した酒を満たした。
細く開けられた窓からの夜気に、沈丁花が混じる。娘はもう寝ただろうか。妻の方はまだ起きていてオレを待っているような気もしたけれど、なんとなく連絡するのがめんどくさい。まあ一応、行き先は告げてきたし。あいつならば適当に察して、先に休むだろう。
新月の夜は、窓の外に一面の星空を広げている。
馬鹿話を肴に淡く濁った酒を飲むオレ達の上で、古びた電灯がジジ、と短くまたたいた。
【end】
男は身勝手な方が萌えると思うんですけどどうでしょう。