Ring-a-Bell

家の手前にまで来てもなお、ナルトは気にかかっているようだった。
「ほんとに大晦日に来ちゃってよかったのかな。やっぱ新年明けてからの方が」
「いいって言ってんだろ。こっちが指定したんだ、今日にしろって」
だからお前は気にしなくていい、と前を向いたまま再び念を押す。そうしてやればようやく、ナルトは「…そっか」と言って微かに笑ったようだった。ほっと吐かれた息が白く煙り、年の瀬の路地に流れる。お正月にそちらへ帰国するから、できたら一度、サスケの家へ新年のご挨拶しに行ってもいい?たしかに最初そう提案してきたのはナルトの方だ。けれどそれを大晦日に前倒しさせたのはサスケの家族の方の意向である。
曰く、元日から向こうになると、うちは家には親族がひっきりなしにやって来るため、落ち着いて客をもてなすことができない。
「なにしろいよいよの真打登場だ。兄としてきっちり見定め…いや、話をしなくてはならないからな」
そう言っては「ですよね? 母さん」と確かめる兄と、深く頷く母により、大晦日の食卓へお呼ばれすることになったナルトである。
「つーか……こちらこそ悪かったな。お前も予定あったのに無理言って」
短い冬の日の、弱い光を受ける横顔をそっと見る。詫びる視線にナルトはハッとしたようにこちらを向いたが、すぐさま「ええ~?それこそいいってばよ、そんなの」と破顔した。隣を歩く大きな身体は何度か見たことのあるコートを羽織っていたが、その下に着込んでいるのはいかにも仕立ての良さそうなスーツだ。何やら帰国の予定を早まらせたせいで、ナルトはナルトの方で仕事のクライアントが主催するパーティーから直接飛行機に乗らなくてはならなかったらしい。
「けど正直、長く居たいパーティーってわけでもなかったし。むしろ抜け出す理由ができてちょうど良かったってばよ」
イシシと笑うその子供じみた笑顔と厚みのある身体を包む上品なダークグレーのスーツのギャップが、なんとも魅力的にみえる。こいつまた各方面で、のべつまくなしにモテてんだろうなあと思うと、サスケとしてはやや複雑ではあった。同窓会での再会を機に米国で暮らすナルトと遠距離で付き合うようになり丸2年、こうして直接会えるのはせいぜい半年に一度。会う度に彼は精悍さを増しているようだったが、けれどそれに比例するように忙しくもなっているようだった。まあ弁護士として、売れっ子になっているということなのだろう。喜ばしいことではある。ことではあるのだが。
「……まあ、次ン時はまたオレがそっち行くからな」
抜かりなくチェックしねえと。吐く息に混ぜ、ぼそり呟く。後半部分はよく聞き取れなかったらしく、一瞬怪訝そうな顔をしたナルトではあったが、しかし未来の約束は間違いなく彼の喜びだったようで「えっ、なに?またサスケ来てくれんの?!」と嬉しそうに肩を揺らした。
「いつ来るか先に教えてくれってばよ、今度は空港まで迎えにいくからさ」
「要らねえよ。けっこう英語もわかるようになってきたし」
そっけない返しに「ええ~、そう?」とナルトがふわふわした足取りで笑う。そのまま少し行ったところで、ふとその肩を止め「ん、」と指させば、示された一軒にナルトはすぐ気が付いたようだった。
「あっ…ここ?」と表札に目をやるナルトをそのままに、慣れた仕草で門を抜け、玄関へのアプローチを進む。一歩後ろで付いてきているナルトは、ほんのり緊張をしてきているらしい。玄関のドアの前まで来たところで、スウ、ハア、と深呼吸を始めた男に苦笑しつつも、ノブに手をかけようとすると突然
「ちょっ…待って!」
急いた声と共に、今度はサスケの肩が引き止められた。
「? なんだ」
「いやその、新年の挨拶さ。いま先取りしちゃってもいい?」
「は?」
「ホントは午前0時のカウントダウンに合わせて、誰よりも先に、オレがサスケに新年の言葉を言いたいんだけど。でもほら、今夜はちょっとその時間お互いどうしてるかわかんないかなって。だから、先取り」
だめ? とうかがってくる空色に呆れながらも「…いや、まあいいけど」と答えると、ホッとした様子でナルトは姿勢を正した。
「サスケ」とまるで泳ぐようなゆるやかな動きで、夕闇のなか一歩、長身が近くなる。


「――…You know what I love the most about celebrating New Year? Knowing the fact that I get to spend another year with you. 
(新年を迎える、オレの1番の楽しみは何だと思う?お前ともう1年、一緒に過ごせることだってばよ)」


低くやわらかく、耳元で吹き込まれた言葉の甘さに、思わずくらりと酩酊しそうだった。
負けじとその瞳を見つめ返す。淡い笑みで溶けた青にこちらも小さく鼻を鳴らすと、ぐいとその首を引き寄せ、耳朶に軽く掠めるほどの距離に唇を寄せた。ふ、と悪戯に息をかけてやれば、ぴくりと首筋が固くなる。


「Another year? ――Till death do us part,right? 
(もう1年? ――死がふたりを分かつまで、だろ?)」


「えっ?――…えええええ??!!?」
マジすか、と離れながらも一瞬にして真っ赤になったナルトが声をひそめ叫ぶ。あんまりにも必死なその様子に、なんだか可笑しくなりながら頷いた。ほんとに??いいの??!と更に確かめてくる彼に、「むしろお前、そのつもりじゃなかったのかよ」と逆に訊く。どこか緩みそうになる口許を引き締めつつ睨んでやれば、ナルトは慌てたようにくしゃくしゃと金髪を掻きながら「いやっ、もちろん! そのつもりでした!!!」と弾むように答えた。

「えええ、いやでも、そっか……そういうことなら」
「? どういうことなら?」
「オレってば今日スーツで来たの大正解だったな。さすがサスケ、このタイミングでプロポーズしてくるなんて、めちゃくちゃ効率いいってばよ」
「?!! ちょっと待て、今のはそういう意味じゃな」
「――サスケ?」

突然ガチャリと開いたドアに、ぎくりと肩が上がる。またもや食い違ったまま突き進みだしている気配に、急ぎ止めようとしたところ入ってきたのは兄だった。
どうも内容はともかく、言い合っている様子が中でも聞こえたらしい。サスケ、大晦日に表で大きな声を出すもんじゃない。そんな注意に返す言葉もなく突っ立っていると、そうこうしている間に兄は、ナルトの方に顔を向けると怖いくらいに穏和な表情を浮かべ声をかけた。
「君が?」
「あっ――ハイ! あの、オレ」
「大丈夫、わかってる。さあ、どうぞあがって」
「えっ? …えっと、じゃあ、お邪魔しまッス!」
きびきびとした仕草で、兄に促されるがままナルトが脱いだ靴を揃える。
なんとなく覚えのある流れに茫然とそれを眺めているサスケに気が付くと、顔を上げたナルトは軽くはにかんだ。そうしてから任せとけといわんばかりのウインクを、背後にいる兄に隠れぱちんとひとつしてみせる。――…っていやだから、そうじゃねえっての!!!


遠くなっていく思考の彼方で、響き渡る鐘の音がする。
その音は悲しいかな除夜の鐘でも、ましてやウエディングベルでもなく、どうやら開戦を告げるゴングの音であるようだった。



【end】
英語しゃべるN最高に好きなのに英語力の限界がああ(号泣)
Sはかなり英語の勉強し直しがんばりました。