≪The Final Round≫

「――で、さァ! まあやっぱそうなってくりゃオレも我慢出来ねえじゃん? たまらずカーシート倒して、そのぴらぴらのスカートを捲り上げたワケよ!」
忘れもしない、十七歳の夏。
あの頃けばけばしい音楽に合わせ語られるのは、大概が下品な自慢話だった。
すっかり慣れてしまったアメフトチームの仲間の家のソファで、足を組んだオレはその時曖昧な笑みで、手にしていたライム入りの瓶をゆらゆらと弄んでいた。耳を傾ける一同は、同じくハイスクールで日々ボールを追いかけ合う仲間達だ。ニキビの目立つその顔は皆一様に、覚えたてのアルコールに浮かれて赤く染まっている。
「そんでな、そン時のその女の声がまたすげえの! でけえのなんのってさあ、マジAVかよって」
「バーカ、ならそりゃお前マジで演技だったんじゃねえの? てめえのナニがスゲエとかじゃなくて、ただ単にその女がイってるふりしてくれてたってだけだろ」
意気揚々と語られる話に水を差したのは、グループのリーダー格であるひとつ上の先輩だった。ただ腰振ってるだけのてめえの単細胞なセックスにも付き合ってくれるなんてよ、なかなかどうして、優しい女じゃねえか。ニヒルな表情と共に言われた辛辣な台詞に、どっとその場に笑いがわく。言い込められたチームメイトはさっきまでの自慢げな風から一転、悔しげに顔を赤らめるばかりだ。
「いやーけどオレはやっぱそういうのダメだわ。誰とでもやる女ってのはさー」
収まりかけた盛り上がりを再び煽るかのように、誰かが言った。ああだこうだ言いつつも、結局は誰も彼もあの頃は隙あらば自分の経験自慢をしたがっていたのだ。
「わかる! まあエロいのは大歓迎なんだけどよ」
「だよな~、でも誰彼かまわずってのはよ」
「てことはやっぱ処女か?」
「あー、けど初物であることにあんまプレミア付けてこられんのもさあ。そういうのって重いよな」
「――え? なんで、『初めて』って特別なもんだろ。重くて当然だってば」
むしろそれがいいんじゃねえの? 話の流れにふと口を挟むと、再びの盛り上がりを見せだしていた一同がずらっとこちらを向いた。きっとこういう話にオレが自ら加わってくるのが初めてだったからだろう。並んだニキビ面は皆好奇心に目を輝かせている。
「おお~、なんだナルト、ようやくお前もこういうネタに食いついてくるように!」
「そーゆーワケじゃ、っていうかさっきの! なんで重いのがダメなんだよ、『初めて』って皆嬉しいもんじゃねえの?」
大仰に腕を広げ抱きついてこようとする一人を軽く避けつつ、オレは更に尋ねた。だってそんなの、考えたこともなかった。オレはただ、初めての経験をあいつと共有したいだけなのに。『いつか』の為にとっておきたいだけなのに。
そんな思いと共に頭に浮かぶのは、最後の教室で目に焼き付けてきた、オレンジの光に照らされた淡い淡い微笑みだった。いつかオレも、彼みたいになりたい。そしてもしも、ほんの少しでも彼を追い抜けたと思えることが出来たら、その時こそもう一度、正々堂々リトライしたい。
そんな風に思いながら、これまでずっと苦手だった勉強も新しく始めたスポーツも頑張ってきたというのに。
「嬉しいっちゃあ、嬉しいかもしんないけどさ。けどそれをあんまりかざされて『初めてだったんだからね!』ってやられんのはさあ」
妙な食付きをみせるオレに、チームメイトのひとりがぼそぼそと答えた。するとそれを押し上げるかのように、周りの奴らも再びわっと身を乗り出してくる。
「わかる! こっちからしたら知ったこっちゃねーってやつな!」
「あ~それなあ。うっとおしいよな」
「そうそう、なんか責任取れって言われてるみたいだしさ」
「みたいっつーか、言ってるんだろ?」
「勘弁してくれってんだよなー、そもそもそんなもんに縛られる位なら、最初っからべつに要らねえっての」
ぽんぽんと吐き出される言葉はどれもシニカルな笑いと高慢さに満ちたものだったが、しかし本当のところは誰も、そんな偉そうなことを入れるほどの経験なんてまだしていないのだった。いかに自分を周りよりも格上に見せるか。今にして思えば馬鹿馬鹿しいことこの上ないけれど、思春期真っ只中であったあのころ、仲間達の間には常にそんな虚栄心が渦巻いていたのだ。
けれどその当時のオレには、そんな仲間の間にある妙な見栄なんてわかる筈もなかった。
なにしろその時のオレは、その『そんなもん』を守るのに結構苦労していたのだ。十代後半に差し掛かったオレの体内には常にその清冽な決意に反して処理してもしきれない程の欲が混濁していて、自分でもそんな自分自身に途方に暮れていたりもした。そうでなくとも、告白してきてくれた子を断るのはオレにとっては心底気の滅入る作業で―だってやっぱりどんな相手であろうと、オレを好きだと言ってくれる気持ちはすごく嬉しいものだったし。第一好きな奴に振られた時のしんどさは、誰よりもオレ自身が身をもってよく知っている。断るたびに相手にあの時のオレと同じ気持ちを味あわせているのを思うと、個人的な我侭よりどうにも申し訳なさの方が先に立つというのも事実だった。
「なんだナルト、もしかしてお前が彼女作らねえのって、そこらへんの事情が関わってきてるわけ?」
思わず考え込んでしまったオレにふと声を投げてきたのは、またもや先輩だった。見栄に突き動かされた会話からは離れていたその人だったけれど、その言葉に他奴らも「えっそうなのか」とオレを見る。
「……『初めて』を取っておかれるのって、そんなに迷惑なもんスかね?」
おそるおそる尋ねると、先輩はちょっとオレを試すように目を眇めた。色の濃い瞳にちょっとどぎまぎする。完璧な美形にブルネットのその人はいつだってクールな佇まいで、ほんの少しだけ『彼』を彷彿とさせるのだ。実はオレがハイスクールでアメフトを始めた理由も、チームにこの人がいたことが結構大きい。
「どうだろうな、相手によるんじゃないか?」
緊張するオレに反して、その人は素っ気なく答えた。そいつもお前と同じだったらいいんだろうけどさ。違った場合はそうなんじゃないか?
「同じって?」
「そいつもお前みたいな初物信仰の持ち主かってこと。ってかその前にそいつはお前のこと好きなの、お前見てるとどうも今付き合ってるとかじゃなさそうだけど」
「同じじゃないし、好きじゃない……です」
あいつスゲー、モテるし。オレ既に振られてるし。
今はもう全然、連絡取り合えてもいないから。
悔しかったけれど、オレは本当のことを言うしかなかった。先週オレの元に届いたシノからの手紙。そこには中学の時サスケが付き合っていたという、ひとりの女生徒の話が書かれていた。『彼』とは違う高校に進学したシノだけれど、たまたまその女生徒とは同じ高校だったらしい。
その容姿と佇まいから近隣の高校にもファンの多いその『うちはサスケ』と中学時代に一時期付き合っていたという彼女は、その当時の彼がいかに優しくスマートなデートに自分を誘ってくれたかをまことしやかに吹聴しているとのことだった。「まあしかし、語られているのは一方的な話だけだからな。オレとしてはあのサスケが彼女相手にそんな気の利いたエスコートをするとは思えないが、一応耳に入ってきたので伝えておく」とシノの手紙は結ばれていたが、それでもあれだけ引く手あまたな彼だ。語られていないだけで、きっと沢山の経験をしているに違いない。
まったくもって、神様は不公平だ。世の中にあんなになんでも持ってる人間を造るだなんて。その上オマケみたいな気まぐれで、そんな人に対しオレみたいな何も持ってない人間を恋に落っことすなんて。どう考えたってハードル高過ぎじゃないか、オレとサスケの間にある壁はオリンポス山よりなお険しく高い。
「じゃあ仕方ねえな。価値感が合わねえなら、同じようにありがたがれっつーのは無理な話だろ」
やれやれ、といったように先輩は言った。
そうだよなあとばかりに、まわりにいる奴らも頷く。
「けどなあ、正直オレとしたら、そんなことする位ならいっそそんな貞操観念なんか捨てちまった方がいいと思うけどな。そんでお前もそいつと同じ位経験値積んどいた方が得策なんじゃねえの」
がらがらと崩れ落ちていこうとする価値感に暗い顔をしていると、それを取りなすかのように先輩が言った。「え? オレも??」と目線を上げると、どこか『彼』を彷彿とさせるような形のいい薄い唇がニヤリと上がる。
「だってそうだろ、そんな経験豊富な相手にお前、童貞男がどんだけ満足させられると思ってんだ」
「……へ?」
「うまいこといけたとしても、実際寝てみたら全然ダメでさ。アンタじゃ物足りないのよなんて捨てられてみろ、お前そうなったら相当ショックでもう二度とアソコも勃たなくなるんじゃねえの? そうならないためにも、がっちりそいつの心も体も掴んで離さないようなテクニックを今のうちから習得しといた方がいいと思うけど」
「な、なるほど……!」


誰かと寝るのなんて簡単だ。
十七歳の時のせられるようにして童貞を捨てて以来、経験を得たオレはそう思っていた。
だって人の体はみんな、やわらかくてあたたかい。男でも女でも、若くても年をとっていても、それだけは変わらない。刺激を受ければ性器は勃つし、動けばオレも相手も気持ちいい。そりゃあ大嫌いな相手だったらそうはいかないのかもしれないけれど、相手に対する人としての尊敬の念さえあれば、ちゃんと相手を喜ばせられるものだ。方法と手段を誤らなければ、ちゃんと最後には約束の快楽が手に入る。ある意味数学の公式のように間違いのないものだ。セックスなんて本当は、記号のように単純なものだと思う。
それなのに。

「サスケ……これ、どう? 痛い?」

バスルームにあったオーガニックオイルは何かの花の種子を原料にしているらしく、指でかき混ぜる度にほのかにパウダリーな甘さが香った。尋ねつつ、枕に押し付けられたまま耐える、見えないサスケの表情を窺う。四つん這いになった体はやっぱり想像していた以上に白く痩せていて、その慎ましやかな暗がりにオイルで光るオレの指がぬるぬると出入りする度に、うすい肉に浮く肋骨がひくりひくりと慄いていた。ぎゅっと枕の端を握り締める手がまた白い。強く刻まれたリネンのシワが彼の忍耐を表していて、そんなサスケの姿にオレはまた薄情にも、劣情を高まらせてしまう。
「これは?」
「…………っ、……」
「指、増やすな? ゆっくり……するから」
「ん――…ク……ッ」
動かす指がようやくスムーズになってきたところでもう一本を増やすと、スポーツで硬くなった指の節がそこを押し広げた途端、食いしばった歯の奥から殺しきれなかった呻きが漏れた。神経を行き渡らせた耳がそれを拾うと、反射的にオレの体が引く。
ご、ごめん痛かった? 大丈夫?
あたふた訊いても、顔の見えないサスケは白い背中を震わせるばかりだ。

気楽で簡単なセックスばかりで十代の終わりからを埋め続けてきたオレは、初めての『恋愛感情込み』のそれにすっかり翻弄されていた。大事なサスケが痛くないように、苦しくないように、気持ちよくなれるように。ちゃんと出来ているのか心配で心配で心配で、ちっとも前に進めない。
(――ったく、こんなん、どこが経験豊富だっての。噂なんかをホイホイ信じ込んで、馬鹿じゃねえのかオレは)
縋り付いた枕に散る黒髪のいたましさを見るにつけ、オレはかつての自分を思い切りぶん殴ってやりたい気分に、どんどんなっていった。長く続けられている緊張と弛緩の連続に、既にまっしろな背中はくったりしている。こんなに感じやすくて、素直な反応で。これのどこが慣れた奴なのか。勝手な思い込みも甚だしい。
十二年ぶりに会ったサスケはとんでもない美人に成長していたけれど、やっぱりオレにとっては格好よくて謎めいた、憧れのヒーローのままだった。
憧れて、憧れて――きっと一生手に入ることなんてないと思っていた、まっしろで穢れない人。
父親譲りの風貌を理由に、小さな頃から一部のクラスメイトから意味もない意地悪をされることが多かったオレにとって、中学校の教室で出会った彼はまさにオレ自身が夢に描いたスーパーヒーローを、まんま現実にしたような奴だった。勉強も運動もなんでも出来る、一匹狼の優等生。ちょっと偉そうなきらいはあったけれど、それだって自分自身に対する誇りというか、築き上げた自信に裏付けされたものだった。でもなによりも好きだったのは、彼の公正さだ。当時、目立つくせに出来の悪いオレに対し教室内には微妙な空気が常にあったが、そんな中でも彼だけは、ひとかけらの偏見も嫌味も持つことなく、堂々とオレに話しかけてきてくれた。
あの時の彼の行動が、どれだけオレの救いになったか。
きっと本人からしたら覚えてさえいないことだろうけれど、オレはあの入学から夏休みまでの数ヶ月間に彼と交わせた会話を、実はすべて記憶している。
(――にしても、どうしよう)
深夜の静寂に包まれたワンルームには、ふうふうという不規則に乱れた息だけが聴こえる。ベッドの上、早くも疲労困憊になってしまったらしいサスケは、もう顔も上げられないらしい。
バスルームでのひと悶着の後どうにかこうにか念願だったベッドインまでは来れたものの、話はそう簡単ではないようだった。初めてなのも反応が素直なのもそりゃあオレとしては大歓迎だけれど、しかしこれではちょっと。
「なると……?」
ずっと枕に伏せられたままの頭が、わずかに動いた。うるりとこちらに流れてくる濡れた黒。呂律が回っていないように聴こえるのは、忙しなく早まっていく吐息に喉が付いていけなかったためだろう。興奮と緊張とにずっと枕に押し付けられていたその顔は、疲労に彩られながらも鮮やかな血の気に染まっている。
「ど、した……?」
「あ――いや、」
「……続き、しないのか……?」
「ん、する、けど」
やっぱり痛くしないで最後までってのは、絶対無理だよな……。肩ごしに見える早くもいっぱいいっぱいな様子の横顔に、オレは歯切れ悪くうつむいた。重力のまま、ぐんにゃりとたわんだように沈む背中の両側で、きれいな肩甲骨が上下している。
経験の無さからなのか、それとも男性同士という自然の摂理に反した交わりを強行しようとしているせいなのか。サスケはもうずっと、無意識にこわばってしまう自らに耐えているようだった。あちこちキスをして、丁寧に愛撫を施して。そうして体が解れた頃を見計らってから後ろへと手をのばしたのだが、いざその部分にオレの指先が潜りこんだ途端、彼はどうしようもない緊張に襲われてしまったらしかった。オイルで濡らした窄まりは先程から何度指で往復しようと、中々ゆるみをみせてはくれない。時間をかけ、どうにか二本目までは侵入を果たしてはみたものの、この先に待つことを受け入れる為には、まだまだ手間と時間が必要なようだ。
おい、と煮え切らないままのオレに気が付いたらしいサスケが、眇めた目つきで途切れてしまった言葉の次を促した。
それに小さく苦笑で返し、汗に濡れる白い背中に口付ける。
「なんだよお前、とっとと続き――」
「なあ、あのさ」
――やっぱさ、今日はここまでで、良しとしとかねえ? 指先を締め付ける彼の中の感触。そこに抗いがたい衝動を感じつつも、オレはそっと指を引き抜いた。
そりゃあ気持ちとしてはしたい。今すぐにでもしたい。
けれどその欲を押さえ付けてでも、彼に無理はさせたくなかった。
痛がらせたくないし、それに……怖がらせたく、ないし。うすうす自覚はしていたけれど、どうにもオレはサスケに対しては我を忘れてしまう傾向があるらしかった。
優しく優しく、どこまでも労ったセックスで、丁寧に彼を溶かしてやりたい。そう思っているのは本当なのに、その一方で抱いている願望はもっと激しいものだ。痛かったら即蹴飛ばして帰るというのは流石に大袈裟に言ったまでだろうけれど、それでも散々な初体験に(もう懲り懲り)と思われてしまう可能性は無きにしも非ずだった。この先の為にもサスケにはこの行為を嫌いになって貰いたくないし、それに万が一限界を感じたサスケにまた「今すぐ帰る」とか言い出されてみろ、今度こそ何をしでかすか。割と本気で、法的にも人道的にもヤバいことをしてしまうかもしれない。
それほどの危うさが、この恋にはある。
「良しとする?」
拍子抜けしてしまったのだろうか。オレの提案にオウム返しになるサスケは、どこか放心しているようだった。「……なんだ、萎えちまったのか」などという呟きは無表情だけれどほんのり寂しげで、それを聴いたオレは慌てて姿勢を正す。
「ちげーよ、ンなわけねえだろ!」
「じゃあなんで」
「そんなんじゃないんだけどさ、でもほら……あんま無理するのも、よくねえし。ごめんな、オレの我侭に付き合わせちまって。オレは十分満足したからさ、サスケももう楽にしたらいいってばよ」
あっさりと引いてみせたオレが意外だったのだろうか。うつ伏せのままのサスケは、ポケッとした眼差しで振り返るばかりだった。一見冷たそうに見える美形がそうしてみると、途端に愛らしさがにじみ出る。
あー……オレやっぱこの顔好き。ものすごい好きだなあ。
しっとりと濡れた輝きを見せる瞳に、オレはまた嘆息した。そういえば美人は三日で飽きるとか、昔どっかの誰かが言ったんだっけ? かわいそうに、そいつが会ったのはきっと『並』の美人だったんだろうな。極上かつ破格の美人であれば、その規格は一概ではない。だってオレ、いくらでもサスケ見ていたいもん。一年だろうが十年だろうが、百億年だってこの顔にはまったく飽きない自信がある。
……本当のことを言えば。同窓会に来る前、実はオレは、かなり調子にのっていた。
日本を離れ、多人種が同じ教室の中にいるのが当たり前の国へと移住してからオレの妙な目立ち方はなくなって、代わりに向けられたのは親しげな言葉と、沢山の人からの明るい好意だった。勉強もスポーツも、頑張れたのはひとえに中学の教室でいったんENDを出された初恋に対する憧れと、彼に追いつきたいという切望によるものだったけれど、それでも実際力を付けだしたオレに集まったのは紛れもなくオレ自身に対する期待や賞賛で。
高校に上がり、その時の学生達をリードするような中心メンバー達とつるむようになり、ちょっと悪い遊びも覚えて。沢山の女の子に囲まれだしたのもちょうどこの頃だ。例の飲み会以降、乞われるがままにデートやセックスを楽しんで、そうしてなんとなくカッコイイからというだけの理由でロウスクールに進んでしまった。
もしかしてオレ、サスケをとうに抜かしちまったのかも。
順風満帆な人生にそんな奢った考えを持ち始めていたオレに躓きが訪れたのは、ロウスクールを卒業後、今の弁護士事務所に就職してからしばらく経った頃のことだった。学生の頃とは違うシビアな世界で、オレは全く今までのような振る舞いが出来なくて。毎日怒られるし、覚えなきゃならないことは山程あるし、それでもチームの仲間に迷惑がかかることを思えば、不貞腐れることも無責任に投げ出すことも出来ないし。
なんかオレってば、こんなんで良かったのかな……こんな大人になりたかったのかな。
ふとそんな疑問に囚われてしまったオレの頭にふと蘇ったのが、中一の時玉砕したままの想い人のことだった。正直、調子のいい日常の中で最早それは恋というよりただの象徴みたいになっていたし、会ってみたところで何をどうとか、具体的に考えていたわけではない。けれど何故かはわからないけれど、今自分が一番必要なのは身内贔屓をしてくれる仲間や甘やかしてくれる適当なガールフレンドじゃない、あのまっすぐで厳しい瞳のような気がした。
サスケに会ってみれば。
昔みたいに見上げるばかりじゃない、同じ高さになった視点で彼と話が出来たら。
もしもそれが出来たのなら、今の自分にもう少し自信が持てる気がした。同窓会に行ってみようと思ったのもサスケにまた会いたいと思ったのも、結局は全て自分の都合だ。そんなオレに彼がここまで付き合ってくれたというだけでも、じゅうぶん奇跡だといえた。子供じみた強引さで初心な体に無理を強いる位なら、多少の嘘をついてでもこの場は退くのが最良だろう。がっつかない分、少しはオレの成長も見せられるというものだ。
ベッドサイドにあるデジタル時計が、音もなく午前三時を示す。
しんとしてしまった白い肢体に向かい、「な? だからさ、サスケ。今日はもう本当に」と言いかけた時、唐突にそれは起こった。

「なんだ……その程度か」
「ん?」
「だったらオレがする。替われ、ナルト」

低く掠れた言葉に「へ?」となると、四つん這いになったままだったサスケがゆっくりと身を起こした。薄闇の中、汗を刷いたままの体が白く浮かび上がって見える。
とんでもなく細い腰が艶かしく捻られたかと思うと、平たい腹とその上の方で慎ましやかに色付いた淡色の乳首がオレの方に向けられた。抜けるように白い肌の中心、くろぐろと茂る局部に思わず視線が留まる。……あ、サスケ、ちょっと勃ってる……。半分程の固さではあるが上を向き始めているそれに、思わずこくりと息をのむ。妖艶としか言い様のない肢体に兆す確かな男の本能に、同調するかのようにオレもぞくぞくする。
ぼおっと見蕩れているオレに、しなかやな長い腕がつと伸ばされてきた。
白い腕に誘われ自分も両手を伸ばす。すると、抱きついてくるかと思われたサスケがそのままぐんと、オレの上体に体重を乗せてきた。あっ! と思った時にはもう背中はシーツを感じていて、ぎしっと男二人の重さに高級ベッドが呻く。すかさず動いたサスケが四肢を杭のようにして、オレをシーツに縫い止めた。「……ん?」と訳が分からないオレに「ん?」とからかうようにサスケが返す。
下から見上げるあっという間の逆転劇に、オレは目をぱちぱちと瞬いた。
な、なにこれ、どうなってんの? 混乱する頭で捻り出した言葉が、舌の上で滑る。
「見りゃわかんだろが、攻守交替だ」
ポカンとするオレに、サスケが言った。「コウシュコウタイってどういう意味?」と咄嗟に漢字変換が出来なかったオレに、サスケが細く目を眇める。
「上下が逆になるって意味だ、今度はオレがお前の上になる」
「上? サスケが乗っかってくれるって意味?」
「そうだ」
「……つまり、騎乗位」
「阿呆か、そんな都合のいい話のわけねえだろ」
「へ?」
「そうじゃなくて、てめえがヤらねえならオレがヤるって話だ。お前明日にはここを発つんだろうが、ここまできておいて何も無いまま帰らせてたまるか」
「へ……??」
堂々と言い切ったサスケに、今度はオレが絶句する番だった。
……てことは、つまり、あれか?
オレがサスケにするんじゃなくて、サスケがオレに突っ込むって意味か??
「えっ……本気?」
まだ半信半疑なオレが見上げるも、サスケの方ではまったくもって、不自然でもなんでもないことらしい。驚くオレに対し、サスケはさも当然のような顔をしていた。……いや冗談でしょ、そんな清楚な顔で、受けっぽいオーラむんむん振りまいて? 声には出さないけれど、オレがあまり自分にとって愉快なことを考えていないのは伝わったのだろう。(信じられない)という顔をするオレに、そんじょそこらの美女なんかより余程綺麗なその顔が、忌々しげにひとつ舌を打つ。
「なんだその顔は、不服なのかよ」
「だだ・だってさぁ……!?」
「そもそもだ。お前が勘違いしなけりゃ、オレは最初からこうするつもりだった」
「へ?」
「オレだって男なんだぞ? ガキの頃からお前見てなんかモヤモヤしてたし―機会があれば、絶対いつかお前抱いてやろうって」
「うそっ、サスケが?」
「そう、オレが」
「……考えたこともなかった!」
「……考えろよ一度くらい! つかお前その勝手な思い込みで動くのホント何とかしろよ、それだからさっきだってずっと……!」
引き出されかけた瞬間、ふと飲み込まれた言葉に「さっきって?」と顔を覗き込むと、ぐっと唇を結び何かを耐えた様子のサスケと目が合った。黒い瞳に、同じくめをぱちくりとさせるオレが映る。傲岸そうなその眼差しに浮かぶかつての面影に、先程結局判定のつかなかった背比べをふと思い出した。ああサスケってば、やっぱどっからどう見ても綺麗だよなあ。先程とは違うポジションから見るサスケに、オレはまた阿呆のように見蕩れてしまう。
だがそんなサスケに誘われるようにしてうっかり動き出してしまった右手は、その細い腰に触れようした途端、ぴしゃりと容赦なく叩き落とされた。
ビクッと跳ねたオレの肩に、サスケが頭勝に目を眇める。
「ひえっ……エッ、なんで!?」
「ダメだ、触るな」
そう言い捨てると、顔を寄せてきたサスケは無意識にキスを待つオレをからかうかのように横へ逸れると、いきなりかぷりとオレの耳を噛んだ。ひゃっ思わず肩が上がる。そこにすかさず白い手がつと掛けられ、そのまま(すすす、)と胸をなぞって降りた。触れるか触れないか、微妙なタッチで滑り降りていく指先。こそばゆくてむずむずするそれに、そわりとした予感が集まる。
噛んだ耳に小さくキスを残したサスケはやがて首筋に場所を移すと、やわらかな唇でそっとそこを啄み始めた。固定するかのように、細らかな左手がそっとオレの頬を包む。ちゅ、ちゅっという音と共に、比較的薄いその皮膚に濡れた温かさを感じた。サスケってもしかして、自分も首されんのが好きなのかな。なんだか楽しげにさえ聴こえてくるリップ音に、ぼんやりとそんなことを読み取ったりもする。
……なあんだ、どんだけ凄いことされんのかと思ったら。
そんな風に思いつつ、オレは首筋に掛かる吐息に心地よく目を閉じた。まあそうだよな、こいつ自分がする方も初めてなんだもんな。そう思えば一気に余裕も生まれて、後ろの危機も忘れオレはうっとりとその幼い前戯に身を任せる。
そりゃあこれまでオレが経験してきたものに比べたらサスケの前戯はとびきり可愛らしいものだけれど、こういう感じもまあ、悪くなかった。物足りないといえばそうなんだけど、でもなんか微笑ましいというか、癒されるというか――
「ナルト」
緊張から一転。ほのぼのとした気分になりかけた意識の中ふと呼び掛けられて、オレはぱちりと目を開けた。
目の前にある美形。気が付けば至近距離にサスケの顔がきている。
「へ? なに?」
「寝るな、馬鹿」
「寝てねえって」
「……ムカつく。お前ちょっと自分に経験多いからって余裕ぶっこいてんだろ」
「なにそれ。だから寝てないってば」
「キスだ。キスするぞ、ナルト」
「は?」
「ベロ出せ。目ェ覚まさせてやる」
「ちょ、な……ン、ふ……ッ……!?」
唐突な指示にぽかんとしていると、宣言どおりサスケが、オレの口許に(はむっ)と食いついてきた。
ぬるりと巻きついてくるような舌に、ぞくぞくとした快感がはしる。掬い上げるようにして吸い上げられた舌を、菓子でも舐めるかのようにサスケの舌が弄ぶのがわかった。ぬるぬるとした唾液が、口の中に沢山溜まり始める。な、なんかキスに関してだけはほんと、サスケどんどん積極的になってくな……。半分はサスケのものであるそれが口の端から溢れると、それを機にしたかのようにようやく赤く濡れた唇が離れていく。
熱っぽい瞳が、誘うようにオレを見た。
別れた唇がもうせつなくて、物欲しさに胸がうずうずする。
「……は、サスケ……」
我慢出来なくて手を伸ばす。しかし即座にまたぴしゃんと叩かれた。お預けタイムはまだ続いているらしい。……地味にこれ、効いてくるな。もどかしさと溜め込まれていく欲求に、オレは尻をもそもそさせた。絶妙な力加減で残される痛み。なんだか妙に刺激的なそれに、変な性癖まで開発されてしまいそうだ。
「う~……触りたい」
「だめだ。我慢しろ」
「なんで触っちゃダメなんだってば」
「今はオレが好きにする番だからだ」
「好きにって、そんな……無理しなくてもいいのに」
「無理なんてしてない、勝手に決め付けるな」
「ちょっと手伝うくらいいいじゃんか」
「黙れ。余計な手出しで邪魔してくんじゃねえよ」
雑駁とした口ぶりにうへぇと口篭らされると、不意を打つようにして喉仏に吸い付いてくる温かな唇を感じた。先程のついばむような首筋へのキスとはまた違う湿った感触。熱い舌でぐるりとそこを舐めたそれが、今度はオレの鎖骨をなぞる。ぴりっと心臓の上、左の乳首にはしる甘い痛みにびくりと驚けば、どうやらその薄い爪先で先端が抓られたらしい。目を大きくするオレに、サスケが可笑しげに鼻を鳴らした。胸を撫でる吐息、鼻先をくすぐる湿った髪からの香り。五感全部を揺するそれらにどきまぎと身を任せた瞬間、下腹部にさわりと気配を感じる。
心臓を弾ませながら目を遣れば、それはちょうど萎えかけて再び勃ち上がりかけていたオレのものに長い指が絡まされた所だった。
同じ男であるが故、触れるべきポイントもやるべき動きも容易くわかるのだろう。整った指先は確かめるかのように先を撫で、くびれを捻り上げるような動きでゆるゆると幹を扱いた。ぬめりを広げられ、クチクチと卑猥な音をたてては擦られる先端。淫靡な音を響かせるそれに、お預けのまま投げ出されていた手がぎゅうとシーツを握り締めてしまった。
うゎ、なにこれ気持ちいい……! うすめた視界に映る、オレのものにじっと注視するサスケ。動きは拙いままなのに妙に背徳的にも見えるその光景に、深い溜息が止まらない。
「どうした色男、あんがい他愛ねえな」
なんてことのない、ただ上下に動かされただけの手の動き。それにさえ思わず腰を沿わせてしまうオレにサスケが鼻で哂った。流れる髪がその顔を半分隠す。昔の短かった髪も好きだったけれど、今のサスケのほんの少し伸びた髪もすごくいいと思う。というかたぶん、オレにとってはそんなのどっちだっていいのだ。サスケだったらなんだっていい。彼から与えられるもの全部が、オレにとってはご褒美だ。
「……だって、気持ちいい」
小声で答えれば、勝ち誇っていたその顔がきょとんと目をまたたいた。
ぷっ、と小さくその唇が息を吹き出し、くつくつと揺れる白い肩が薄闇に際立つ。
「なんで笑うの」
「いや――だって、お前」
「……もう触ってもい?」
「ダメだ。まだじっとしてろ」
もう少し、してやるから。
正直なオレの反応が余程お気に召したのだろうか、そう言うとサスケはすっと体を下へとにじらせた。汗のせいか、それとも二人分の吐息のせいだろうか。いつの間にかしっとりしてきたリネンのシーツが、ずれていくサスケに合わせ波を寄せていく。
覚えのある流れに(えっ、ウソだろ?)と一瞬思ったが、果たしてそれは現実らしかった。
濡れ紅の慎ましやかな唇。それがそっと開かれ、ぷくりと露のように先走りを溜めたオレのものを頭からゆっくり、息をひそめのみこんでいく。
「――ん、あ……っ!」
絡みついてくるぬめりのその熱さに、とてもじゃないけど声が抑えられなかった。すぼめられたその奥、上顎と舌で狭められたところへ一気に迎えられたそれだけで、どうしようもなく腰が震える。咄嗟に止めるかのようにその肩へと手が伸びてしまったが、目敏いサスケは直ぐ様それに反応した。咎める目線にピシリと制されて、ぐっと息をのんだオレはそのまま手を止める。コマンドに従順なオレは、主人の満足に足るものだったのだろう。再び元の位置へと戻った握りこぶしに(ふ、)とひとつご満悦の息を漏らすと、褒美を与えるかのようにサスケが動きだす。
ちゅぷちゅぷと微温い水温を立てて、黒髪の頭が上下する。拙いながらも緩急をつけしゃぶられると、もう何も考えられない程の気持ちよさだった。時折襲われる際どい引っかかりに、彼の口の中にある白い歯を感じる。濡れて柘榴色になった唇がひだになったオレの包皮を柔らかく食んで、また亀頭をゆるく飲み込んんでいく―嘘みたいだ、サスケが、あのサスケが、オレにこんなことしてくれてるなんて。火のような興奮に思考が焼かれていく中、畏れにも似た感動が胸に押し寄せてくる。
はぁぁ、と思わず出た溜息に、知らず手のひらがその頭へと伸びた。
動かずの命令を破ってしまったオレにサスケは一瞬(む、)という顔をしたが、どうにか許容範囲だったのだろう。震える手付きで髪を撫でると、そっとその目が細くなった。
高慢ちきな顔しながらも撫でられるのを良しとする姿は、まるで気位の高い猫のようだ。茎の部分にかぷかぷと甘噛みを繰り返す唇から、白く尖った牙が覗く。
「――あ、ちょ……っやばいサスケ、それダメだって……!」
じゅっ、と先端を吸い上げられる感覚。急に積極さを増した動きに、びくりと体が跳ね上がった。一番気持ちのいいところを集中して攻められ、予感が一気に押し上げられる。否応なく荒くなってしまう息に、サスケは更に追い討ちをかけてきた。すっかり蕩けてだらしなく口を開けている鈴口をちろりと舐めると、薄い唇が再び喉深くオレを飲み込む。息がどんどん忙しなくなっていき、押し寄せてくる予感に髪を撫でる手が止まる。
ぬるぬると動くその卑猥な上下運動に、ひたすら煽られながらもオレは必死で耐えた。
けれどもほんの一瞬、(んく、)と喉の奥を突かれたサスケが不意に苦悶の表情を見せる。その顔にかあっと理性が焼き尽くされた瞬間、咄嗟に出た手でオレは小さな頭を掴み、そこから有無をいわさず引き剥がした。
「――……っにすんだてめえ、動くなって言っ」
「ごめッ……ほんともう無理!」
叫んだ瞬間、暴発するようにして弾けたオレ自身に、怒声を上げようとしていたサスケも流石に声を止めた。ビュルッと勢いよく吹き出した精液が派手に飛び散り、怒りの形のままで固まったその顔を汚す。
茫然となるその頬に、楚々とした薄い唇に。オレの体から出たばかりの白濁がぼたりと滴った。穢された白い肌に後悔が怒涛のように押し寄せたが、しかし同時に湧き上がってきたのは誤魔化しようのない愉悦だ。どうしよう……なんかこれ、無茶苦茶、エロいんだけど……。高嶺に咲き誇る花を自らの手で手折ったような、未踏の真っ白な雪原を自分の足で汚していくような。そんなどこか後暗いけれど言い様のない快感が、懺悔する心を嵐のように嬲っていく。
「……ん、んん――!」
いけないと思いつつも背徳的な歓びに陶然としていると、押し殺した声がオレを呼んだ。 ハッとして見れば、付いてしまったオレのものから口の中を守るかのように、サスケが唇を結んだままこちらを睨んでいる。そうだサスケだ、うっとりしている場合じゃなかった。まずは彼への謝罪……や、けど先に顔拭くのが最優先か。どうにかしろ、と命じてくる不機嫌な眼差しに、「ごっ……ごめんすぐ拭く! 今すぐ綺麗にするから!」と慌ててオレは備え付けられてあったティッシュに手を伸ばす。
マッハの勢いでちょっと多すぎる程のティッシュを引き抜きその顔を拭こうとするも、しかしそんな焦るオレの手首をはっしと掴む手があった。
へ? とばかりに振り返ったオレに、顔を汚したままのサスケがじっと目を合わせてくる。ほんのり赤く滲んだその目尻、とろりと白濁が垂れる口―潔癖そうな外見に施された性の香りに思わず釘付けになると、サスケは動けなくなったオレを更に拘束するかのように、甘やかな動きでオレに抱きついてきた。男の割にはほとんど体毛のないすべすべの肌が、ひたりとオレに張り付いてくる。至近距離で目が合った瞬間、ちろりと見せられる赤い舌―その先がまだ唇に残るオレの放ったものを、見せつけるかのようにそっと舐めとってみせる。
(うわ、なんちゅーことを……!)
意識の高い彼には到底似つかわしくないそのすれた行為に慄いた瞬間、開きかけたオレの口を塞ぐかのようにサスケが唇を合わせてきた。
問答無用で塗りつけられてくる混濁。
強引に突っ込まれてきた舌も、オレ自身の放ったもので味付けがされている。
「んっ……ンン!??」
ぬるついた生臭さと塩気と、それから何とも言えないえぐい苦味。たぶん普通に暮らしていれば一生味わうことのなかった自分自身の味が、オレの口の中いっぱいに広げられた。思わず身を引いては「おぇ…!」とえずいたオレに、見ていたサスケが「フン」と尊大に鼻を鳴らした。
「さ、さいあく……」
「最悪とはなんだ。オレの方がもっと最悪だ」
そんなどこまでも偉そうな口振りに恨めしげな目つきを送ると、気が済んだかのようにオレから奪ったティッシュで顔を拭くサスケは、(ざまあみろ)とばかりにニヤリと笑ってみせた。そうだった、こいつ考えてみたら、昔っからこういう奴だったってば……。やられたことにはきっちり同じだけの仕返しを見せる彼に、負けず嫌いだった子供の面影がぴたりと重なる。
じっとその目を見つめるオレに、口の端を上げ意地の悪そうな笑いを浮かべていたサスケが、ふとそれを止めた。向こうは向こうで、何か過ぎるものでもあったのだろうか。ふ、と小さく息を漏らしたサスケはゆったりと腕をオレの首に回すと、また口付けを求めてきた。口の中に残る不味さを飲み下し、オレはその五分咲きの蕾みたいに初々しい赤を吸う。
本当に、磁石でも付いてるみたいだ。どれだけ貪っても飽き足らない口内に何度も挑んでいけば、貪欲なオレにサスケが小さな笑いを漏らす。
「ねェ……やっぱさ」
最早すっかり誤魔化しのきかなくなった欲望に、抱えきれなくなったオレはおずおずと言った。
やっぱオレ、どうせなら抱かれるよりも、サスケを抱きたいな……。
自分の不甲斐なさに情けなくなりつつも、抱きしめるサスケの目を覗き込む。
「あ? なに今更なこと言ってんだ」
「で、ですよね」
「早漏が調子のんな」
「ちっ……違うってば、オレいつもだったらあんな早くねーもん! あれはその、サスケだから……!」
ずけずけとした物言いに慌てて反論しようとしたオレだったが、ふと思い立って言葉を止めた。じいっとオレを見詰めてくるサスケに、しゃんと背中を伸ばす。
サスケだから、我慢出来ないんだって。
大真面目に伝えると、ちょっと不機嫌そうにしていた顔が何故か更にむうっとした。けど、オレの言葉はたぶん、ちゃんと伝わった気がする。だって何も言い返してこないし、怒った風でもないし。それに拗ねたようむくれたほっぺたにも、ほんのり赤みが差してるみたいだし。
「……だめ?」
尋ねると、随分な間をあけてからサスケが小さく舌打ちをするのが聴こえた。けど、その先は何も無し。斜め下を見たサスケはひと言も喋らない。
じっと待っても何も返してこないサスケに、勇気を出してオレは触るなの禁を破ってみることにした。
緊張に胸を高鳴らせつつ、オレを抱きしめたままのサスケの背中に手を回す。無言はそのまま許可の意味だったのだろうか。今度のサスケは怒ったりしなかった。さっきサスケがオレにしてきたのを思い出しながら首筋を啄んだオレは、そのままオイルの滑りが残る深いところに、再び指を潜らせてみる。
つぷつぷと具合を確かめつつ慎重に指を進めていくと、深い部分に差し掛かった所でサスケがまた「んっ…!」と小さく緊張するのがわかった。あっと思いすぐにまた指を抜こうとするも、しかしそこで退却をしようとしたオレの手を、素早く動いたサスケの手がはっしと止めた。
「……ちがう」
「え?」
「ちがうんだ。痛いとかじゃ、ねェよ」
…………もうちょい、……だ。
消え入りそうな小さな声に、オレは「え?」と聞き返した。あらためてその真っ赤になった顔を、まじまじと眺める。「もうちょいって?」と無神経に訊くオレに、サスケは更に恥じらいを増しているようだった。シルクを思わせる極上の肌が、淡いピンク色にみるみる染まっていく。
やがて何かを決意したのだろう、サスケは抑えていたオレの手を掴み直すと、導くようにしてその手に力を込めた。
誰もまだ入ったことのない狭くきつい中を、サスケに導かれオレの指が進んでいく。
「えっ……な、なに!? どしたんだってば」
またもや想定外の行動を取るサスケにただあたふたしていると、やや奥まできたところでぴくりとサスケの手が止まった。もはや顔を見られるのも恥ずかしいのだろう。隠れるかのようにオレの首元に顔を伏せていたサスケが、耳元でそっと小さな告白をしてくる。

「そこ、だ」
「へ?」
「………………覚えろ」

囁くと、打ち明けたサスケはもうこれ以上は無理だとばかりに、ぎゅうとオレにしがみついてきた。そこ? と訝しみながら確かめると、指先が小さなしこりに触れるのに気付く。
(ん?)と慎重にそれを指先で撫ででみると、反射するようにしてオレの首根っこにぶらさがったサスケが、びくりと体を跳ねさせた。……もしかして、もしかすると。ふるふると震えるその様子は、さっきまでうつ伏せで愛撫を受けていた時の姿に、限りなく近いものだ。
緊張と興奮を押し殺し、ぐり、とほんの少し力を強めそこを攻めてみる。
するとサスケが「あっ……!?」と驚いたような声をあげた。
ほぼ無毛に近いすべすべの体の中、一箇所だけ黒々とした茂みを作るそこで力を失いかけていたペニスが、刺激に押し上げられるかのようにしてゆっくりとたちあがってくる。
「サスケ……ここ、気持ちよかったんだ?」
そっと尋ねると、オレの肩に顔を埋めたサスケがかすかに鼻をならした。艶めいた黒髪がぱさりと肌にかかり、甘酸っぱいくすぐったさを残す。胸いっぱいに吸い込んだそれに堪らなく煽られながら、オレは再び抜き差しを始めた。色の薄い幹が天を仰ぐ先で、控えめに割れた鈴口から透明な雫がぷくりと盛り上がっていくのがみえる。ああやっぱり、と思いつつ何度もそこを触ってみた。たぶんこれ、前立腺てやつだ。男の体でも気持ちよくなれる場所――サスケの中にある、イイトコロ。どうやらオレは臆病になるあまり、初心なサスケがようやく感じ取れる場所にまで指が届くたび、その戦慄きに逃げるという中途半端な焦らしプレイのようなことをずっとしてしまっていたらしい。
左手で涙を流すペニスを宥め、教えられたそこを掠めるよう心がけながら、やわやわと後ろを広げていく。んく、と何度も息を飲むサスケはオレの首にぶら下がってはいたが、二本目の指がぐるりと中をかき回したところで、ああ…っ、と深い声で喘いだ。ようやく聞けたその声が嬉しくて、何度も同じ動きをしてしまう。ほぐされたそこはその動きにすっかり懐柔されて、抜き差しするオレの指をきゅんきゅんと抱きしめる。
頃合に普段からカバンに忍ばせている避妊具を取りに行こうとすると、サスケがまた強くしがみついてきた。
どこいくんだよ、という掠れた問いに、「……えっと、そろそろつけとかねえと」と曖昧に返す。
「つけるって」
「ほら……ゴム。要るだろ?」
「要らねえよそんなの。このまま入れろ」
「えっ、いやでも、後ろだし。つけた方がいいって」
ありがたいけれど後々のことを考えれば避けるべき申し出に、オレは眉を下げた。そりゃあこのまま突っ込めれば最高なんだろうけど、オレのことだからまた中で暴発しちまうかもしれないし。いきなりサスケに、腹壊させるわけにもいかねえし。
さっき出したばかりだからどうにか今度は我慢がきくだろうかと思いもしたが、しかししなだれかかる白い肢体を眺めればどうにも自信がなかった。「マナーだしさ……」と迷いに迷っているオレに、潤んだ視線が伺いをたてる。
「……なきゃ、だめか?」
ぽつりと問う声は不安げに揺れて、その控えめに掻き消えていく声音からは、凛とした外側にいつも隠されている剥き出しの彼を思わせた。やっぱ汚ねぇよな、などという付け足し。そこにきてようやく、オレは彼が気にしている理由を知る。
……バカにすんなよ。このオレがサスケのことを汚いなんて、万に一つでも思うわけないじゃないか。

「―……っ、ん、くぅっ……!」

見せられた不安に、衝動のまま後ろへと押し倒し、そのまま声もなくひきつるサスケをじりじりと貫く。熱い熱い中を割りながら、オレのものがサスケに飲み込まれていった。
きつく歯をくいしばるサスケの後ろは再びの緊張に襲われ、入ろうとしてくるオレを拒む。それでも挿入の衝撃で萎えかけた前をオレの手がゆるく扱きだしてやれば、は、と小さな息が漏れた。そのまま半開きのまま戦慄く唇を慰めるように吸い上げると、わずかにサスケがそれに応じる。震える肩に、浅い呼吸に喘ぐ胸に。丁寧に口付けをしていく内に、ようやく後ろの方も少しずつ弛緩をみせてくる。
「……サスケ」
堪えきれなかったらしい涙のにじむ目尻にキスをしながら呼びかけると、サスケはそっと薄目を開いた。
サスケ、声。……声、出して。
過去の経験で培われた知識を総動員してそう耳元で囁くオレに、うぅ、と眉根を悩ましく寄せたサスケがこちらを見る。
「……は、……ぁ……?!」
「息、吐いて。ちから、抜けるから」
「……ン、ぁ、ぁ、あ……あぁ、ああア――……っ!」
息が吐かれ、力が弛んだそのタイミングにあとわずかだった部分まで一気に貫く。オレに促され声を出していたサスケの語尾が、最後は悲鳴のようになり掠れて消えた。奥までオレを受け入れてくれたそこの狭さに、オレはじっと耐えながらふかいふかい溜息をつく。すげぇ、なんだこれ……! あっという間にもっていかれそうになるそのきつい蠢きに、最初からいきなり腰が震える。
お互いの熱が完全に混じり合うのを待って、オレはゆっくりと動き出した。
くうくうという辛そうな呻きを漏らしながら、サスケがオレにしがみついてくる。
(ああ……やばい、やばいってばこれ……!)
大きく腰を動かすその度に、絡みついてくる熱い肉がたまらなかった。未通だったそこは信じられないくらい狭くきついが、これまで経験したことのない程の締め付けだ。腰がぴたりと密着する度に、どちらのものともわからない粘液がぐちゅんと混ざり合う音が密やかに響く。じっくりゆっくり、サスケへの負担が無いようゆるゆると動いてみるも、そうしていくと我侭に発散できない欲望が、徐々に腰のあたりにわだかまってきた。
……ああ、このままこいつを、オレで壊してしまえたら。
慎ましやかなくせに淫靡なここに、教え込むようにしてがつがつとオレの杭を打ち込んでみたかった。華奢な肩に噛み付いては壊れるくらいにまで深く抉り、そうして泣き叫ぶ彼の最奥に、オレの印をぶちまけられたら。―体の奥から湧き上がってくる残酷な衝動に、快楽に飲み込まれた理性がぐらりと傾く。
「……ナル、ト……」
きつく目を閉じ欲望と戦っていると、ぽつりと呼びかけてくる声がした。はっとして開く視界。見下ろすと我慢でぼやける視界に、汗まみれで細く目を開けるサスケが見える。
気持ちいいか、と尋ねてくるサスケに、「……うん」と深く頷いた。
うん、すげえ。すげえ……気持ちいい。他に言い表せるような言葉もなく、語彙力のない答えしか返せない間抜けなオレの頭を、ふわりとサスケが下から引き寄せる。
ぎゅ、と抱きかかえられたその喉元で、「そーか」という安堵のような溜息を聴いた。
「……なら、よかった、な……?」
辛そうな息の合間にそう言うと、痩せた手のひらが確かめるように、何度かオレの髪を撫でてくれる。あやしてくれるようなその優しい動き。じわっと鼻の奥が熱くなる。
ああ。ああオレは、なんてことを。

(神様……!)

ごめんなさい、と。抱きしめる腕の細さとしみじみと伝わってくるその体温に、オレは無性に懺悔したい気分になった。オレは今まで本当に悪い子でした―けど今日からは本当に心を入れ替え、いい子になります。誘われたからってほいほいデートに付いていかないし、告白される度に二つ返事で気軽に応じたりしません。他人の噂話を鵜呑みにしないし、それからこの先一生、適当なセックスはしないと誓います。
だからどうか。どうかこの優しい人を、オレに一生ください。
傷つけないように、泣かさないように、ずっと笑わせてあげられるように。……この人の為だったらどんな努力だってします。だから絶対に絶対に、オレから彼を取り上げないでください……!
擦り切れそうになっていた理性をかき集め、オレは再び堪えた。
甘く手を回してくれているサスケに、強い抱きしめで返す。
下へと手を伸ばし、伸びきってオレを受け入れてくれている皮の部分にほんの少しだけ触れてみた。必死さを隠せないでいるそこは、サスケがオレ以上に我慢をしてくれている証拠だ。汗ばんで濡れるその髪と額とに口付けを繰り返しながら、今すぐにでも暴発してしまいそうな情動を抑えていく。慎重に、慎重に、最大限の尊敬と不断の忍耐とをもって、オレはそっと彼を揺すり上げた。再び動き出したオレに、サスケがひゅっと喉を鳴らす。

「――ン、くっ……ぁ……っ」
「サスケ……」
「あっ……ぁ、や……ッ……!」
「好き……好きだってば。十二年前のサスケも会えなかった間のサスケも、今この瞬間のサスケも全部。全部好き。最高に好き……」

大事なものをオレにくれて、ありがとう。
最後に囁くと、後ろの方で、オレの背中に回されたサスケの手が、ぎゅっと力を込めるのがわかった。同時に、きゅうんと中がまた強く絞まる。出ていこうとするオレを引き留めるようなその動きに、思わず「うっ」と声が漏れた。それにしてもこの美人はつくづくとんでもない。見た目も極上だけどナカの方も相当なものだ。
流されるようにしてイってしまいそうになる自身を、どうにか耐えて、細い腰を抱え直す。 さっき教えられた場所を狙って突くと、サスケがひくりと仰いだ喉を引き攣らせた。よかった、こちらの方でもちゃんと彼を感じさせてあげられるみたいだ。ホッとした気分でまた慎重にそこを攻めだすと、どこかまだ緊張の残っていたサスケの体も次第にぐずぐずととけていく。挿入で一度は萎えてしまった部分も再び勃ちあがってきて、とめどなく先走りが溢れている先端に気が付いたオレがそっと包むようにしてそこを掴むと、サスケが「うあ…っ」と感嘆するような息を吐いた。皮の厚くなった手の内側でぐりぐりとその箇所を撫で回しながら、同時にほんの少しだけ速めた動きでサスケの好きな場所を穿っていく。襲い来る快感から逃げるようにして反る背中をしっかりと抱き留め、片手で性器への愛撫を続ける。
そうしてやればびくびくと、ほの白く輝く体が魚のように跳ねた。もう体中全部に気持ちよさが広がっているのか、薄い胸は桜色に染まって、目の前にきた小さな乳首までもがぴんと固くそそり立っている。淡色から濃いピンクへと色付いたそこ。堪らずむしゃぶりつけば、逃げ場を無くしたかのようにサスケが高く叫ぶ。
「ああっ……ゃ……あ、なる……と、なると…―!」
呂律の回らなくなった舌でオレの名を呼んでは手の内で果てた彼に、オレ自身もどうしようもなく煽られた。開放の瞬間、最大級の絞り上げをみせたそこに問答無用にもっていかれそうになる。
いやいやしかし中はダメだ。サスケに負担をかけないってさっき決めたばかりじゃないか。
揺らぐ理性をかき集め、オレはそれに耐えた。しかしじっと目を閉じひとり耐え忍ぼうとするオレに、何を思ったか達したばかりのサスケがいきなりするりと足を絡ませてくる。
「ちょっ……!? 何してんのサスケ、ダメだって中で出ちまうから!」
焦るオレに、既に疲労困憊であるらしい癖にがっちりオレをホールドしたサスケが「うるせ……離れんなって」と気だるげに答えた。くろぐろと濡れた瞳が、オレを誘うかのように見詰めてくる。
「いいから、お前も出せ……オレだけいかせて終わりにするつもりか」
そう言うと、オレの首の後ろに手を掛けぶら下がるようなスタイルになったサスケは、果敢にもゆらりゆらりと腰を揺らしだした。……な、なんなのこいつ、初めての癖になんちゅー無茶すんの……?! 間違いなく痛んでいるだろうになけなしの根性で自らを掻き回すその動きに、我慢できそうだった絶頂への扉が再び開き出す。
「あっ…だめ、サスケ、そんっ……動くなって!」
「い……から、いけ、早く……!」
うるりと目尻を滲ませて、サスケがオレを睨んだ。初めての体験に疲れ果てているうえ、達したばかりの脱力感まで背負っている筈の体が甘くうねって、中にいるオレを誑かす。
意図して力を込めているのだろう、オレの腰にぶら下がるようになっている尻の筋肉がぎゅっと締められて、出ていこうとするオレを何度も抱きしめた。中に入れているのは確かに自分である筈なのに強引に昂ぶらされる倒錯感に、思わず女のような喘ぎが口から漏れる。
「やっ……ぁ、ぁ、やば、やばいっ……て……!」
うわごとのように言えば、下にいるサスケがニヤリと不敵に笑った。濡れて輝くその瞳に魅入られて、いよいよ理性が働かなくなる。 ナルト、サスケが呼んだ。
もっと欲しがれ、ナルト。―お前になら、いくらでもくれてやる。
「ごめん……!」
一声叫んだオレは両手でサスケをかき抱くと、そのまま薄い肉の上に張り出した華奢そうな腰骨をしっかりと掴んだ。湧き上がる本能のままに強く深く突き上げを始めると、オレに揺さぶられたサスケが上ずった悲鳴を上げる。
やがて訪れた、絶頂。
細い咽喉を仰け反らせ痙攣を繰り返すサスケに、押し流されるかのようにオレも熱い飛沫を奥に放つ。
「――ごめ、なか……出しちゃった……」
くたくたと崩れ落ちながら謝ると、同じくもう限界らしいサスケが「……いい、知ってる」と返した。熱い吐息で掠れた声が、酷く性的に聴こえる。
「どーしてこんな、無茶すんの……」
経験も手管もないくせに見事にオレを陥落したサスケに、オレは訊いた。汗びっしょりの額に張り付く黒髪をそっと撫で付けては、荒い息のままそこに自分の額をコツンと乗せる。ようやく質量の減ったオレのを引き抜く瞬間、また小さくサスケが呻くのが聴こえた。くぷ、という淫猥な音を立てて溢れてくる精液に、申し訳なさと同時に言い様のない充足感のようなものがぶるりと下腹部に巡る。
「二回、いったな……」
それは尋ねたオレへの答えだったのだろうか。サスケが呟いたのはそんな言葉だった。
「へ?」と額を重ねたまま目をぱちくりとさせる。すると同じく至近距離にある黒眸が、上にいるオレをあらためて検分するかのように、きゅっと細く眇められる。

「クチで一回、ナカで一回――」
「?」
「オレは、一回だけだ」
「……あっ!?」

オレの、勝ち。
晴れ晴れしく告げると、ようやく気が付いたオレに、サスケは実に気分良さそうにクククと笑った。オレの腰の後ろ辺りでまだ組まれたままの脚が、その笑いにゆらゆらと白い踵を揺らす。……しんっじらんねえこいつ、まさかそんなことの為に、わざわざあんな無茶を? 馬鹿げた回数勝負に対し文字通りまるっきり捨て身な行動を仕掛けた彼に、呆れると同時に(やられた!)というような奇妙な愛おしさのようなものがこみ上げてくる。
くそう。これだからサスケは、たまらない。

「――なぁ、再戦は?」

口惜しさと、それ以上に胸いっぱいになった甘苦しさを噛み締め尋ねると、笑っていたサスケがふいにその笑いを止めた。「今からは無理だな」という実に現実的な答えに、そりゃわかってるってとキスで返す。
「そうじゃなくて、サスケの仕事って税理士さんなんだろ? 日本の会社も決算期は年度末だよな」
「おお、二月三月はマジで死ぬぞ」
「んじゃ四月に入ったら大丈夫?」
「あー……どうかな、まだちっと厳しいかもな。お前は?」
「オレはほら、時期とかあんま関係なくクライアント次第だからさ」
「へえ」
「……けど取り敢えず今わかってるだけでも、一月いっぱいまではほぼ無休かな……今回ここに来んのに、結構無理くり休暇ぶんどってきちまったし」
「ふーん、てことは」
一番早くても、次会えんのは春過ぎか。いきなり随分と先になりそうな再会に思わず無言になるオレだったけれど、サスケの方は意外なほどにあっさりしたものだった。平然としたまま崩れることのない鉄壁のポーカーフェイスに、なんだかちょっとがっかりする。
うっ、そうだよな。こんなに離れたくないのはオレだけなんだよな。
一分一秒でもたくさん一緒にいたくて、いっそこのまま事務所に辞表FAXしちまいたいとか結構本気で思ったりしている馬鹿は、きっとオレの方だけなんだよな……!
「まあ、そう焦るな」
そんなオレの不満はありありと伝わったのだろう。そう言ってはふとその顔を苦笑に変えたサスケは手を伸ばすと、下に組み敷かれたままオレの髪をわしゃわしゃと掻き回した。やっぱりどうにも飼い主が愛犬に(よし、よし)といっているかのようなその動きに釈然としないながらも、差し込まれる指の気持ちよさについうっとりと目が細まる。
オレの頭を好きに撫でたサスケは、やがてその手を止めると不満げにまだ尖るオレの口先に苦笑した。
まだまだ先は長いんだ、どうしたらいいかはこれからゆっくり考えていったらいい。
そんな言葉に、思わず「へ?」と目が開く。
「……先、長いの?」
随分と悠長に構えたその考えにつっこむと、落ち着いた風情でオレを諭していた整った顔が、きょとんとしてオレを見る。黒目がちな大きな瞳。それがぱたりとひとつまたたいたかと思うと、「長いに決まってんだろ?」と小さな頭が稚く傾げられる。
「えっ、決まってるんだ」
「そりゃそうだろ」
「なんでそう思うの?」
「あ? 馬鹿お前、男が一度ヤったからには、ちゃんと誠意をもって責任を取るもんだろうが」
常識だ、常識。そんな今時ちょっとないくらい極端な論に唖然とすると、そんなオレにサスケがゆっくりと手を掛けてきた。首の後ろ、ぼんのくぼのあたりに、あたたかな重みを感じる。
不快感はゼロだけれどこれまで寝てきた女の子達よりも間違いなく重いそれに、どきりとひとつ、心臓が鳴った。サスケはオレが怖いなんて言ったけど、本当のところは、サスケの方だってそう大差ないんじゃないだろうか。到底逃げられなさそうなその重さにうっすらそんな事を思いつつも、込み上げてくる幸せのまま、おっかなくて可愛い最高の恋人を抱きしめる。

「責任?」
「そう、責任」
「それってばオレの一生分くらいで足りる?」
「まあ、ギリってとこだな」

なんだそれぇ、ギリなのかよ! そう言って思わず笑いだしたオレの口に、同じく弧を描いた赤い唇が寄せられてくる。
甘い呪縛のようにも思えるそれを、そうしてためらうことなくオレは吸い上げた。





【END】