コロッケパン、ジョニー・B、ジャム&ミルク

購買のコロッケパンは、月曜日が一番うまい。
まことしやかにそんな説を打ち立てたのは、クラスメイトのチョウジだ。それが理由かはわからないが、とにかく長い行列に耐え、ようやくワゴンに辿り着いた時、その週でピカイチのうまさであるらしき総菜パンは既に売り切れた後だった。がっくりしながら仕方なしに買ったのは二番人気のジャムコッペだ。もちろんこれだってじゅうぶんおいしいんだけど、でもどうしても腹持ち的な面において、身長も胃袋も絶賛成長期真っ盛りの男子としては、全力で支持しきれない部分がありまして。

「だよな、サスケ」
「あァ?」

呼びかけて、チラと横目で見る。言われたサスケはもくもくと、食べている口を止めず表情も変えないまま返事をしたが、口の中のものを飲み込んでから、ようやくこちらを見た。
昼休みの屋上。気持ちいい陽がさす中で、オレはサスケとふたり、フェンス前の段差に座っている。
『ドア故障中』の張り紙が嘘で、実はコツさえ掴めば誰でも自由に屋上へ続く重い鉄の扉を開けることができるのをオレ達が知ったのは、去年の終業式の事だ。「絶ッ対に誰にも言わず、内緒にしときなさいよ?」という念押しの元、吹きっさらし極寒地獄確実な屋上掃除の代行(本来であればそれは、職員室でじゃんけんに負けたカカシ先生がやるべき仕事だった)と引換えにオレ達が手に入れたここは、今現在はオレとサスケふたりだけが使える、秘密の特等席だった。まあ確かに、季節によって環境は、良いばかりではないんだけど。でも見上げた一面に秋の高い空が広がるこの時期、すっきり乾いた風が抜け、食後の昼寝まで大の字になって堪能できるここは、間違いなく学校内で一番のスペシャルなランチスペースだ。
「何が『だよな』だ。いきなり同意だけ求めてくんじゃねえよ」
主語を付けろ。つんけんとそんな事をいう口が、ペットボトルのお茶をまた含む。うすい唇から入ったそれが、浮き出た喉仏を揺らしするすると降っていくさまを、横からぼんやりと眺めた。サスケは幼馴染だ。小学校に入って一番最初に、オレが声を掛けたクラスメイト。…まあそこには別に、なにか自慢できるような特別な出会い的なものがあったとか、そういう事はなくて、単純に「うちは」「うずまき」で出席番号が前後であったというだけだ。その流れで席も前と後ろになり、まあ自然話をする仲になったというだけなんだけど。
「だからコロッケパンの話」
「はぁ?」
「おばちゃん特製のジャムコッペ、そりゃうまいんだけどさ。でもやっぱコロッケパンの素晴らしさは群を抜いているよなって話。あとほら、今日月曜日だし」
「月曜は別に関係ねえだろ」
そしてそれは今現在そのコロッケパンを食べている、オレへの当て付けか? つらつらと語るオレに、ぼそぼそサスケが返す。言われた言葉のとおりその手に持たれているのは、噂の週で一番うまいとされる、購買名物コロッケパンだった。今日の四時間目、オレのクラスは家庭科で教室も移動していたから出遅れてしまったんだけど、サスケのとこはカカシ先生の物理だったから、たぶん時間ぴったりに終わって即行で購買に向かえたんだろう。
「交換ならしねぇぞ」
「そんなんわかってるってば、サスケジャム嫌いだし」
「じゃあなんだ」
「ひとクチちょーだい?」
笑って首を傾げ、オレは口をあーんと開けた。
「嫌だ。断る」
すぱっとされた答えに、エッと思わず笑顔が固まる。開けた口をそのままに目を大きくするも、サスケはいたって平静とした顔だ。
「ええー、なんで、いいじゃんひと口くらい! ホントに月曜のが一番うまいのか食わせてよ」
「嘘つけなにがほんのちょっとだ。そう言ってでかい口で噛み付いて、遠慮もなしに半分は一気に食っていく癖に」
そう同じ手に毎度乗ると思うか。断固として言いきっては、フンとサスケはまた前を向く。整った口元が開き、見せつけるかのようにがぶりとコロッケパンに噛り付いた。
ちぇっ、なんだよケチ。言いながら座ったまま足を投げ出す。ゆらり、ゆらり、左右に振る上履きの先っちょ。ぽかぽかのコンクリートに正午の影が揺れる。それを眺めながらカサカサと横に置いていたレジ袋を引き寄せ、中からぽってりと長細い、ジャム入りのコッペパンを取り出した。
「んんーっ、けどやっぱ、これはこれで」
おいっしいんだよなあ。はぐっとひと口噛み付いたそれに、しみじみ天を仰ぐ。なんだかんだ言いつつも、こちらはこちらで、大好きな味だった。キツネ色したふかふかのコッペパン、塩味のしっかり利いたバターを塗ったところに、惜しみなくたっぷり挟まれた特製イチゴジャム。ふと目に入った切れ目からはみ出たそれについ舌をのばせば、ぺろっと舐めとったそれに気が付いたサスケが、ちらりと呆れたような目を寄越す。
「なーサスケ、お前ってば秋休みどっか行った?」
もぐもぐしながらまた尋ねる。口の中のものをごくんと飲み降し、紙パックのミルクを手に取ると、揃えたようにサスケもまたお茶を飲んだ。なんとなく同じタイミングで飲み物を含み、そうしてまた同じタイミングでそれらを持つ手を下ろす。返ってこない返事に「?」とさらに隣を覗き込んでみれば、むすっとしたままのサスケはお茶を飲み降し、「…別に、どこも」といい加減に答えた。
「秋休みったって普通の土日に休みくっつけただけの、ただの三連休じゃねえか」
「まあそうだけど」
「わざわざそこに合わせて出掛けるほどでもねえよ」
「あれ、でもお前んとこイタチ兄ちゃん帰って来てたんだろ? この前そう言ってたじゃん」
以前聞いていた話に、ふと確かめる。地方の大学に通うサスケの兄貴が、この秋休みに帰省すると聞いたのは、確か先々週の事だ。
「どっか遊びに行ったりしなかったの?」
「しない。つかあいつ帰ってきてねえし」
「へ?」
「実験中にトラブルが起きたとかで、あいつのゼミの奴ら全員、連休中は研究室に泊まる事になったんだと」
まったく、自分だけ楽しそうで結構な事だな。そう呟いてはむすっとするサスケに(あ、そゆことね)と思う。サスケはこう見えて、実は超絶兄貴っ子だ。自分では気付いてないみたいだけど、兄ちゃんが帰ってくる時は物凄く機嫌が良くなるし、逆にほったらかしにされるとめちゃくちゃむくれる。昔からそうだけど伝えた事はない。だって絶対、怒るし。兄貴大好きなくせに、なんでかそれを人に悟られるのは、弟的には許せないらしいんだよな。
「ふうん、そっか」
じゃあ、仕方ねえよな。前を向いたままのサスケに、そんな相槌を入れる。なんとなく気配を探るように隣を見てみたが、まっくろな瞳はつまらなそうに、陽の当たる屋上を眺めるばかりだった。
下の校舎の窓からはいかにもオールディーズといった感じの、海外のロックナンバーが漏れ聞こえてくる。たぶん洋楽マニア揃いの放送部が選んだものだろう。繰り返されるサビと共に、ギターがじゃかじゃかと掻き鳴らされると、まるで合わせるかのように(ぺこん!)と、吸っていた牛乳の紙パックが横をへこませた。
「――なあ、そういや聞いたかよ」
キバの話! 突然出した大声。黙ってしまったところ上げたそれに伸ばしていた足を引き寄せると、オレは両方の靴裏で足元のコンクリートを(たんっ!)とタップした。
だだっぴろい屋上で高らかに響いたそれに、サスケがぎょっと目を大きくする。
……はァ? キバ?
訝しげにサスケは繰り返す。いきなりな話題変更に、少々気分は害されたようだが、それでも一応は興味を引かれた様子だ。
「なんの話だ」
「ほら、キバがさァ、こないだナンパして捕まえた子いたじゃん。あの猫耳の」
覚えてる? そう確かめれば、心当たる話はすぐに見つかったのだろう。目をぱちくりとさせていたサスケは手にしていたペットボトルを一旦置くと、「…ああ、あれか」と答えた。キバというのはオレやサスケ同様、小学校からずっと地元の中・高と同じルートで上がってきた仲間の一人だ。家が動物病院で、当人は完璧犬派を公言してはばからなかったキバが、訪れた女子高の文化祭にて猫耳喫茶でウェイトレスをしていた女の子に一目惚れし、必死の猛アタックの末その彼女からお付き合いOKの返事を貰うことに成功したというのは、幼馴染連中の間では通った話だ。
「いたな、そんなの」
「あのなあ、そんなのとかゆーなって」
「それがどうした」
「いや、その彼女とさ。秋休みにあいつデート行って、そんで初めてキスしたらしいんだけど」
――なんとあいつ。
そのまま勢いで、最後までやっちゃったらしい。
大真面目に打ち明ければ流石に馴染みの仲間の事、少しは引っかかるものがあったらしい。細い眉はほんのごく僅かだけ、(ほぅ?)といった感じでピクリと動いた。
が、しかしそこはサスケ、すぐさま飛びつくような話題でもないらしい。
ふぅん、そうか。
座りながらちょっと猫背になった無表情は、そんなどうでもよさそうな相槌を返す。
「……そうかって、エッそれだけ?!」
「いやだって合意の上でなんだろ?」
「まあそうだけど」
「だったらいいんじゃねえの。オレ関係ないし、特に興味もねえな」
「うわっ、なんだってばその余裕な態度…! ムカつきますけど!」
そりゃあさ、お前はその気になりゃ選り取りみどりだから、余裕だろうけどさ! ビックニュースにも揺らがないその美形に、フンと拗ねる。サスケはモテる。無愛想でブラコンで口が悪くてついでに天然だけれど、だけどそれでもモテる。モテるが故の無関心なのだ。
「うう〜……ちくしょう、けどいいなぁキバ。どんなんだったのかな」
もやもやした思いを抱え、溜め息をつく。いつもつるんでる幼馴染み連の中で、最初に彼女ができたのはシカマルだった。忘れもしない、中三の夏だ。極度の面倒臭がりであるその男の、相手がさらに高校生のお姉様だと聞いた時の、オレとキバの衝撃ときたら、それはもう大変なものだったのに。
「やーらかかったかな」
「……まあ、それはな」
「ふわんふわんで、あったかくて。唇とかもさ、女子のクチってなーんかいつも、プルプルのウルウルじゃん? なんでなんだろうなあれ、話しててもなんとなく甘酸っぱいいい匂いするし」
……だからファーストキスはレモン味とか、みんな言うのかな。
憧れを込めそんな事を言う。言いながらなんだか自分でもちょっと照れてしまったけど、でも口にしてみると、いかにも現実そうな気がしてきた。
ぬくぬくのコンクリートの上、なんとなくほんわかな気分のまま、温まったお尻でもそもそと座り直す。しかしそんなオレの夢に、容赦なく入ってきては斬り捨てるのがサスケだ。
ハァ? バッカじゃねえの。
白けた発言に「へ?」と隣を見れば、映るのは完全にすかした、やたら整った横顔だけだ。
「くっだらねぇ、そんなの嘘に決まってんだろ。クチ同士をくっつけりゃ、味すんのはそりゃ唾液の味だ。いきなりレモンが出てくるわけないだろうが」
まったく、自販機じゃあるまいし。やれやれといった感じで、ささやかなオレの夢をズタズタにした男は溜め息をつく。明らかに小馬鹿にしたその発言に、いきなりカチンときたオレは咄嗟に、手にしていたジャムコッペを横に置いた。
くそう、なんだよその言いぶりは。
空いた手の平を眺め、ぎゅうと握る。兄ちゃんに振られ落ち込んでるみたいだから、せっかくこっちも気遣ってやってたのに。自分だって誰とも付き合った事ないし、キス未体験じゃないか。偉そうにしてても同じチェリーであるのは一緒なのに、なんでそんな言い方を……ん? キス未体験?
「――…そうだ。だったら試してみればいいってば」
ふとした思い付きに、おもむろに口にする。言い出したオレの目の前で、あちこちに跳ねたサスケのくせ毛が、正午の光を浴びつやつやとしているのが見えた。
言われたサスケの方は、「…は?」と首を傾げる。
しかしそこは、やはり長年付き合ってきた経験からだろう。最初目をぱちくりとするばかりだったサスケだったが、オレがゆっくりとその両腕を広げたのを見て取ると、すぐさまハッとしたように身構えては、組んでいた足を解く。くそ、さすが察しが早い。
「ばっ――何考えてんだお前、ふざけんなよ!」
サスケが唸る。それを皮切りに素早く手を伸ばすも、サスケの動きはオレの上をいく速さだった。白い手首を掴む瞬間、その一瞬前の隙にサスケはグッと顔前で両腕をクロスする。それでも流石にパンを置く余裕はなかったのだろう。完全ガードのその手には、食べかけのコロッケパンが握られたままだ。
「……ち、ちから、抜けってば、サスケ……!」
ぎぎぎ、と力を込めた腕に、奥歯を噛み訴える。渾身の力でそのガードを破ろうとするも、サスケはなかなかに強硬だった。
「……クソが、抜く訳ねえだろうが、バカ……!」
クロスした腕の下、掠れた声が返す。目一杯の力比べに、ぶるぶるとお互いの腕が震えた。さらりとしていた首筋が一気に熱くなり、皮膚からじわっと汗が出るのがわかる。
「なんで抜かねえの……?!」
「アホか! 当たり前だろうが!」
「嫌がンなよサスケちゃん」
「ざけんな、調子に乗んじゃねえよバカナルト!」
「ちょっとだから……ちょっと試すだけだし!」
「ちょっともクソもあるか! 頭沸いてンのかお前は!」
「だってサスケ、実際しなきゃ信じてくんないじゃん」
「だから信じるもなにも、なんで男同士でしなきゃなんないんだ!」
「いいじゃんそんなの!」
「よくねえよ!」
「いいってば別に! オレはサスケだったらキスくらい余裕だっての!!」
――だから! そう叫んだ瞬間、渾身の力にやはり震えていた開襟シャツの肩が、ふと動きを止めた。おっ!? となったそのタイミングでぐんと力を込める。サスケは咄嗟に手を戻そうとしたがしかし時すでに遅かった。
頑なだったそのガードが、一瞬で敢え無く崩される。
しゃあ、オレの勝ちィ!
高らかな宣言の中ぱっと曝された顔を見れば、現れたのはそれはそれは見事な、耳まで真っ赤に染まった幼馴染の顔――で、ある予定だったのだが。
(え、あの……一応これ、冗談のつもりだったんだけど……)
目に映るちょっと想定外の反応に、おろおろと思う。常に整っているはずのその美形は困惑と恥じらいに唇を噛み、強気な瞳は追い詰められた狼狽えに、困ったように揺れていた。
……なんだろうこれ。なんていうか、すごく、かわいいですけど……。
目が合った途端、よせばいいのに何故かぎゅうと瞑られてしまう瞳に、なんだか酷く胸が駆り立てられる。ふにふに柔らかそうな唇、女の子のようなふわふわさはないけど、触れば絶対にすべすべであろう、なめらかな白い頬。
やばい。絶対かわいいじゃんか、これ。
そう思いつつ見れば見るほど、イケナイ場所がなんだか、むずむずしてくるような。

「――…いつまで掴んでやがる、離せ!」

どかっ! 派手に蹴り込まれてくる上履き。見惚れていた所みぞおち辺りに直撃したそれに、思わず「ぐえっ!」と呻いてオレは身体を折った。
慌てて見上げると目に入るのは、段差に腰掛けたままフンと居直るサスケ。オレを蹴った長い脚がゆったりと戻され、そうして優雅に組まれては静かに落ち着く。
「ったく、悪ふざけも大概にしろ。いい加減オレも我慢しねえぞ」
横に置いたままだったペットボトルを手に取りつつ、今しがたオレに蹴りを入れた彼は言う。
……いや、我慢なんかしてねえじゃんお前。
そう言い返したい気持ちをぐっと堪え、むうっと口を結びオレもその場に座る。イケナイ場所のむずむずは、なんとなく蹴飛ばされた衝撃のなか散ったようだ。
うーむ、なんだったんだろうな、あれ。
まあ、シシュンキだもんな。
あるあるだってばよ。……あるある、だよな?


月曜日のコロッケパンは、一番おいしい。
その説を打ち立てたのはチョウジだが、そこにはキチンとした理由があるらしかった。 
なんでもそれは月曜日が、購買のおばちゃんが一番はりきる日だからなのだそうだ。たっぷりのキャベツ、丸々としたコロッケ。先がまだまだあるので、材料の使い方が豪快だ。これが水曜や木曜あたりだと、ジャガイモのみならずソースまでもがちびてくる。チョウジの判断では購買のパンの場合おいしさは、おばちゃんのヤル気と気前の良さに直結しているらしい。ホントかなあと思わなくもないが、まあ、あんがい真実をついているのかもしれない。

「……なあ、コロッケパンやっぱおいしい? サスケ」

スピーカーから流れてくる割れかかったギターを背景に、オレはまたちらりと隣を見る。
すがすがしい秋の風の中、ふとオレを見たサスケは少し考えると、「おー」と言ってはかすかに笑った。







【end】
2017年10月開催ナルサスオンリー「木ノ葉学園ナルサス部!」にて発行されました記念アンソロジーに寄稿させていただいたものです。学パロがお題でした。
じつは学パロには苦手意識があり(なにしろ遥か昔の話になってしまったので、自分が書くと時代錯誤な感じになってしまうような気がして)あまり書いたことがなかったのですが、書き出してみればさすがナルサス、楽しく書けてしまうのでした。サスケって自分でごはん作ったごはんはあんまり食べないけど、誰かに出されたごはんはいっぱい食べるんじゃないかなと勝手に思っています。でもそれって誰でもかもしれない。おばちゃんのコロッケには隠し味に練乳が入っています。←ケンタロウさんのレシピにあった。