はねやすめ

唐土の鳥も  田舎の鳥も  

渡らぬ先に

七草たたけ  七草たたけ

とん とん とととん とととん とん

  * * *

早々と傾きだした太陽に、あたしは小さくため息をついて早足だった歩みを小走りに変えた。
紐で斜めがけにした竹籠の中で、今しがた摘んできたばかりのものが跳ねる。
冬晴れで日が暖かいのをいいことに、なんだか随分とのんびりとしてしまった。きっと店では、いつまでも戻らない娘に業を煮やした母が、苛々と算盤を弾いていることだろう。せっかちなあの人は予定通りに物事が運ばないのを、ことのほか嫌う。ちらと途中で別れて別の場所にお使いへ行ったミチルの方はどうなっているだろうと思ったが、あたしはすぐに足を早める方に集中した。要領のいいあの双子の妹のことだ。きっと何の心配もないだろう。
弾む息で上を仰げば、雲一つない空の高いところで、大きく旋回する翼が見えた。
澄んだ空気を温める冬の陽が、土が剥き出したままの乾いた道に降り注いでいる。
それにちょっと目を眇めたあたしは、ふとチカリと視界の端に映り込んだ光に気が付いた。首を巡らせてみると、道を外れた先の緩い傾斜に、明るく輝くきんいろを見つける。こんな里外れの場所には不自然なそのシルエットに、あたしはぎゅっと目を凝らし用心しながら近付いた。なんだろう、もしかして行き倒れの旅行者だろうか?もしも怪しい人物を見かけたら大人に報告するようにというのは、忍び里の子ならば誰もが小さな頃から教えられている事だ。

(あっ……うそ、もしかして)

――火影さま、だぁ……!
ポカポカとおひさまの光を受け気持ちよさそうに横たわっている人影の正体がわかると、あたしは途端に胸がどきどきして頬が熱くなるのを感じた。こんな所で火影さまに会えるなんて。お正月から、なんて幸運だろう。
時折市井におりてきては里民と交わるのを何よりも好むこの里長が、あたしは大好きだ。
実際にその力をふるう場面を見たことはないけれど、里の大人達の誰もがこの人のことを忍界最強の男だと誇らしげに称えているのは知っている。木の葉を出たことがないあたしには他の里長がどんな生活を送っているかは知る由もなかったが、時折悪戯小僧共に混じって泥まみれになって遊んでいる里長というのは、やっぱり珍しいのではないだろうか。かと思えば、つい先日の新年の一般参賀の時には、里の中心にある棟のバルコニーで、威風堂々とした立ち姿を見せていた。男の子みたいな顔も、男の人みたいな顔も、どちらの火影さまもすごく魅力的だ。だから里の女の子達は、皆一様にこの人に憧れている。……かくいうあたしも、その中のひとりだ。

(わ……よく寝てるなぁ)

嬉しくてつい足音を忍ばせて更に近付き覗き込んでみると、軽く開いた口元から微かないびきが漂っているのが聴こえて、あたしはくすりと忍び笑いを漏らした。
少し伸ばされた前髪が、ふさふさとした金の睫毛に軽く掛かっている。
思いの外その伏せられた影が重たいのに気が付いて、あたしは改めてまじまじとその寝顔を見詰めた。いつも沢山の人に取り囲まれているこの人をこんな間近で見たことはなかったけれど、なんだか普段よりも、その顔色がうすいような気がする。体調があまり良くないのだろうか。ぴったりと閉じた瞳の下には微かな隈が見て取れて、この若き里長がいつになく疲労を溜めているのが、あたしにはわかってしまった。

(……火影さま、お疲れなのかな……)

あたしのような小娘でも、各地に深い繋がりを持つというこの人が、今尚無くなる事のない無益な争いを防ぐため、他里からも随分と頼られているのだという話は耳にしたことがあった。
精悍に引き締まり、素晴らしく頼り甲斐ありそうに見えたその容貌は、よくよく見てみればやはりまだ随分と年若く、やわらかで傷つきやすそうな部分を残している。
疲れが見える里長を起こさないまま、そっと離れようとしたあたしは、聴こえてきた「ぅん……」という小さな呻きに、動かしかけた足を止めた。
振り返って見下ろすと、直接降り注ぐ日光から逃げるように、大きな体が寝返りを打とうとしている。
確かに今日は冬にしては暖かだったが、燦々とした日差しは閉じた瞳にも少し眩しそうだった。寄せられた眉根が、むずがるようにしかめられている。
ああ、目が覚めちゃう。
憧れの人の貴重な午睡を壊されたくなくて、あたしは咄嗟に腕を伸ばした。両の手のひらで急ごしらえの小さな日除けを作り、そのしかめた目許に掲げる。影はうまく目許を覆えているだろうかと、あたしはその寝顔を息を潜めて覗きこんだ。
だいじょうぶかな、気持ちよく眠れてる?それを確かめたくて、あたしはうすく開いた口許に注視したまま地に膝を着き、身を寄せようとした――その、瞬間。

風を斬る音と共に足元に銀のクナイが突き刺さり、ふっと明るい陽光の中、背に黒が差した。
次いで急降下してくる大きな影。驚くあたしに迫り来たそれは息をつく間もなく接近してきたかと思うと、間際で一度勇壮な翼で大気を叩き、ふわりと静かに地上に舞い降りる。
現れた影の正体は、とてつもなく大きな鳥だ。
鋭く賢い瞳をキョロリと回しているその猛禽は僅かに身を屈めると、恭しくもその背から主であるらしき黒装束の青年を丁寧に降ろした。
顔を覆う獣面が意味するものは、この里に住まう者ならば誰でも知っている。
……知ってはいるが、実際に本物を目にしたのは初めてだ。

「――お前。今こいつに、何しようとしてた?」

迷う余地を与えない冷徹さで質された問いに、あたしはただただ怯えるばかりだった。
きっとこの人は、この眠れる里長の安全を図るための守人だ。
一体いつから見張られていたのだろう。日よけを張ろうとしたその動きが、不審な行動として取られてしまったのだという事を理解するのに、あたしの動かなくなった頭は馬鹿馬鹿しい程に手間取った。
どうしよう……暗部というのは誤魔化しや言い訳の効かない組織だと聞く。情け容赦の無い、厳しい人達だとも。

「ごっ、ごめんなさいっ……あの、日差しが」
「あ?」
「火影さまが、眩しいんじゃないかと……思って」

ようやく言われた言葉に、足元で眠ったままの青年を見下ろした獣面は、寝顔に差し込む日の光に気が付くと納得したような声をあげた。
降りてくる時に風に吹かれたせいだろう、少し乱れた外套から覗くむき出しの肩は、驚く程白い。
呆れたようにその腕が腰にあてられると、面の下から安堵の混じった溜息が聴こえた。真っ黒な外套の下から腰に佩いた長い得物が覗くのを見て、あたしの動悸は一気にばくばくと、せわしなくなる。

「成程。……確かに寝るには、ちっと明るすぎるかもな」

そう言って守人が軽く手を上げると、後ろで控えていた鳥が、その大きな翼を片翼だけゆったりと広げた。つくられた影の角度はよくしたもので、丁度眠れる要人の顔をそっと日差しから守っている。

「……これでいいか?」

面越しに確かめるようなまなざしを向けられたが、あたしはすぐには声が出せなかった。
喉に餅でも詰まったかのように、緊張して返事が言えない。
それでも無反応でいるせいでこの黒装束の守人の不興を買うのも恐ろしくて、言葉も無いままガクガクと首を縦に振ると、一緒になって腰あたりにある籠が弾むように揺れた。その様子にかすかな苦笑いがこぼされたのが、ほんの少しだけすくめられた肩から漂ってくる。
顔は見えないけれど、まだ随分と若い人なのかもしれない。
絹のように艶めく黒髪を呆けたように見詰めながら、あたしは思った。「よし、もう行っていいぞ」と命令口調で言われた声にも、凛とした張りがある。つい今しがた初めて間近で見た火影さまも、遠巻きに眺めていた時はもっと大人に見えたけれど、こうして近くでよくよく観察してみるとなんだかやけに幼い感じがした。特別優秀な忍というのは、年齢さえもあやふやにさせるのだろうか。母親あたりが聞いたら身をよじって羨ましがりそうだ。

「――あのっ」

そのまま背を向けようとしたその人に、あたしは勇気を振り絞って声を掛けた。
呼び止められたのが意外だったのか、行きかけた足のまま黒装束が立ち止まる。ちょっと傾げられた長い首も、優雅な白い鳥みたいだ。

「まだ何か?」
「えっと、あの……こ、これを、火影さまに!」

そう言って斜めがけにしていた竹籠を急いで外して差し出すと、意表を突かれたのか黒装束が一瞬身じろいた。しかしすぐに落ち着き払った仕草で籠の中を覗き込んでくると、納得したかのように「ああ、」と息をつく。

「――七草か」

随分沢山だな、という独り言のような呟きに、慌てて「あっ…うち、旅籠なので…!」と答えになっているようないないような、妙な返しをしてしまった。新年七日の朝餉にはお客全員に七草粥を振る舞うのがうちの習わしだ。そこまで説明しようかどうしようか悩んでいるうちに、その人は「ふぅん」とまるで興味ないような、それでいて全部が了解できたかのような不思議な相槌を打った。表情が見えないというのは、なんて不安を駆り立てるのだろう。誰が考えたのだか知らないが、暗部に面を着けされるというのを決めた人は、きっとすごく心の有り様をわかっている人だ。

「……『すずな』と『すずしろ』が足りないな」

感情の読めない声音でそう突っ込まれると、あたしは俄かに汗が吹き出してきた。そうだ、よく考えたら七種全部揃っている訳ではなかったのだった。あたしときたら、思いつきだけでなんて中途半端な事をしてしまったのだろう。

「えっと、その、それはミチルが……じゃなくて、妹の方が持っていて……!」
「何故これを?」
「なっ、七草粥を食べると今年一年病気に負けないって言われてて……あの、火影さま、ちょっとお疲れみたいだったから。どうかこれ食べて、元気になってください」
「……お疲れ、ねェ」

ゆるんだ語尾に、素顔はわからないままだけれど、面の下の顔がほどけたような笑いを浮かべたのがわかった。
急に和らいだその空気になんだか妙にどきまぎしていると、しなやかな腕が黒い外套から差し出され、白い指が覗きこんだ籠の中からひょいひょいと迷いなく五種選んで取っていく。

「オレ達の分はこれだけでいい。あとは持って帰れ」
「……え?」
「二人分だったらこれで十分だ」

でも、とまだ戸惑っていると、ちょっとため息を付いた守人はそっとその後ろに手を回した。
しゅる、と紐の解ける音と共に獣面がほんの少しだけずらされ、片方の目までだけが晒される。
現れた顔は、やっぱりすごく若い。――それに一部しか明かされていなくても、この人が目を見張る程に整った顔だというのが、僅かな素顔からだけでも充分うかがえた。驚きと緊張とですっかり頭がのぼせてしまったあたしに向かい、切れ長の目許がほんの少しだけ細められる。

「心配ねェよ。こいつの丈夫さとスタミナ馬鹿はガキの頃から折り紙付きだし……七草粥もちゃんと作って、後でしっかり食わせるから」

何故だかほんのり愉快げな空気を含んでその人は約束すると、すぐに顔を隠すように後ろを向いた。
――さあ、もう行け。
再びの厳しい語調に、まだその黒曜石の瞳にぼおっとしたままだったあたしは、はっとして慌てて踵を返した。そうだ、まだ帰り道の途中なのだった。家ではきっと、母親がとうに「おかんむり」になっているに違いない。日が傾く前に戻りなさいと、あんなに言われていたのに。
緩い傾斜を急いで登り、再び乾いた田舎道を竹籠を抱えて歩き出したあたしは、そっとさっきまでいた場所を振り返った。守人はこちらを背を向けたまま、足元で横たわる主を見下ろしている。
(……やっぱり、火影さまと同じ年くらいなのかな……)
そんな事を思いながらどうにも振り切れずちらちらと後ろ髪引かれながらも歩いていると、突然ぐっと横から腕を掴まれ、あたしは側の茂みに引き込まれた。面食らって声も出せずにいると、用心のためかいきなり口許を抑えられる。その感触だけですぐに相手がわかり、あたしはそのまま横を確かめた。やっぱり。こんな事するのはひとりだけだ。

「――ミチルちゃん」
「サクったら、様子を見に来てみれば、こんなとこでお喋りしちゃって!しかもあそこで寝てるの火影さまじゃない!どういうことなの!?」

抑えきれない興奮を無理矢理押し込めたようなヒソヒソ声で一気にまくし立てた双子の妹を、あたしはまだちょっと惚けたまなざしで見詰めた。自分とそっくりの顔が、ほっぺたを紅梅色に染め上げている。後ろに背負った籠の口からは、しっかりと残りの二種である大根と蕪の葉が見える。宿の女将である母は適材適所だと言って、愛想のいい妹には知り合いの農家へのお使いを、引っ込み思案な姉にはひとり黙々と作業のできる野草摘みを言いつけたのだった。

「あれって暗部の人よね?すごい、私初めて見た!」
「うん、私も。……っていうかミチルちゃん、なんでこんなとこで隠れてるの?帰らなきゃ」

おかあさん、待ってるだろうし。
絶え入りそうに細い声でそう言うと、それを聞いた妹は(何言ってんの、信じられない!)といったように目を大きくした。「帰る!?せっかくあんな近くに火影さまがいるのに!?」叱りつけるかのような言い口に、思わず肩を竦める。

「こんなチャンス滅多に無いよ、私はもうちょっと近くまで行って火影さまを見てくるから!チャンスがあったらお話できるかもしれないし!」
「――でもすぐに暗くなっちゃうから、帰れって。あの暗部の人も」
「あの人もなんかすっっごい雰囲気あるよね!いいじゃない、見てるだけだし、まだもう少し日が沈むまでには時間あるし。大丈夫だよ、こっちには全然気付いてないみたいだもん。平気平気!」

帰りたければサクちゃんだけ先に帰んなよ、と言い捨てると、躊躇なく隠れながら茂みを伝って彼らに近づいていく妹に、あたしはふかぶかとため息をついた。
ああダメだ。こうなったらこの子は絶対に動かない。……仕方ない、どのみち今戻っても母親には遅いとか道草してたんでしょとか言われるのだろう。どうせ叱られるのならふたり一緒にの方が、怒られる量も二分の一だ。
覚悟を決めたあたしは少し離れた場所にいるミチルの場所(多分あそこが彼らの声が拾えるギリギリの近さだ。さすがミチル、盗み聞きの手順まで要領がいい)まで同じように這っていくと、妹に倣って茂みの隙間に頃合な覗き穴を見つけた。隣りに来たあたしを見て、ミチルはふふんと優越感に満ちた含み笑いを漏らす。ほら、やっぱりね。サクちゃんだって見たかったんじゃないの。そう小さく囁かれた言葉に、「……そんなんじゃないよ」と頬を膨らめる。
澄んだ冬の空気を伝って、静謐な青年の気配が伝わってくる。
なんて透明な気配を纏った人なんだろう。極彩色のような賑々しさを持つ火影様とは、まるで正反対だ。

「――オラ。そろそろ起きやがれ、このウスラトンカチが」

出歯亀よろしく息を詰めてふたりを見詰めていたあたし達の目の前で、横たわったままの白い羽織の脇腹を、見下ろしていた黒装束の守人が足先でつつくように蹴った。
……え?け、蹴った?
というか、ウスラトンカチって何?『火影様』の隠語だろうか?

「ったく、ひとを試すような真似しやがって。いつか本当に寝首掻かれンぞ。わかってんのか」
「えっ、サスケが寝首掻いてくれんの?」

マジで!?掻いて掻いて!と嬉しげに飛び起きた金色の影に、思わず小さなふたつの背中は茂みの向こうでびくりと跳ねた。どう見てもあれはこの瞬間に起きたという感じではない。
ということは……ずっと、寝たフリだったってこと?

「いつまでも様子見やがって。もし本当に間者だったらどうするつもりだ」
「またまたァ、サスケだってあの子は全然殺意がないってわかってたから、あそこまでほっといたクセに。顔近づけてきてたから、止めに入ったんだろ?」

ちゅーされちゃうかと思った?ヤキモチ焼きさん。
揶揄するようにうそぶいた火影さまの横で、後ろ姿のままだった黒い影が一瞬ふっと消えた。
かと思うとすぐに上体だけ起こした火影さまのお腹の上に、馬乗りになるようにして黒い影が現れる。
像が結ぶと同時に、金糸の掛かる首筋に閃くクナイがひたりとあてられているのが見えた。ええっ……あれ、ほ、本物のクナイだよね?暗部が火影さまに刃を向けるのっていいんだろうか?

「お前。寝首と言わず今すぐにでも、その首掻っ切ってやろうか?」
「ハハ……………嘘ですごめんなさい」

空々しい笑いを浮かべながらも唱えられた殊勝な言葉に、フン、と鼻を鳴らして守人は刃を収めた。そのまま横にずれて白い羽織の隣りに腰を下ろすと、脚絆の巻かれた足を伸ばす。そこでようやく、彼の顔の全容がわかった。やっぱり、すごく綺麗な人だ。あまりの佳貌に、もしかして女の人なのかとも思ったが、その強いまなざしとさっき見た面を抑える骨ばった手に、あたしは直ぐ様それを思い直した。しかしそれほどまでに優美なつくりの人だ。あんな綺麗な男の人、これまで見たことがない。
束の間のやりとりを引きずる様子もなく、火影さまがふあぁ、と大きなアクビをひとつした。……あの様子だと、途中までは本当に寝ていたのだろうか。じゃあ一体、いつどのタイミングで目を覚ましていたのだろう。

「あー……ようやくこれで新年の挨拶回りもひと段落だなー」

流石にこう宴会ばっかだと、結構疲れるよな。
そう言って苦笑する火影さまに、隣りの青年が「まァな」とぼやくように呟いた。さっきまでの冴えざえとした空気が嘘みたいに鎮められ、今はすっかりやわらかな雰囲気だ。

「どこに行っても迎え酒受けんのはなー、嬉しいしありがたいんだけどさ」
「縁起が良さそうだから鷹で挨拶回りしたいって言い出したのはテメエだろうが。自滅しやがって、この馬鹿が」

そう言って呆れ果てたように目を眇めた守人に、「いや、だってさあ!」と里長は顔を向けた。
眠っていた時は随分と顔色が悪いように見えたけれど、この人と喋っているうちにどんどん頬が明るくなっていっている気がする。

「あの上昇する時もヤバいけど、着陸するのに急下降するのがまたすげー胃にクんだって!『ぐおおっ!』って!!」
「ほんっと考え無しだなテメエは」
「やー…さっきはマジでヤバかった。超まわったってば」
「旋回しろっつったのは自分だろ」
「う…だってその方がカッコイイじゃん。なんだかんだ言いながら、サスケだってノリノリだったくせに。――まあでも一回やってみてわかったから、来年はやめる。次は違うのにしよう」
「……アオダとかか?」
「あー…あの蛇行運転もなあ。つーかアイツってばオレがサスケに命を下すといちいち『シャーッ!』ってするからイヤだってばよ。なんかどっちが火影だかわかんない感じになるし」

オレだって結構頑張ってんのにさァ、とちょっとうなだれた頭が、驚く程自然な仕草で隣の黒い外套の肩に乗せられた。そんな火影さまにくつくつと喉の奥で笑っているらしい彼の人の動きに合わせて、金色の髪がふわふわと揺れている。
伸ばされた黒髪と金糸がほんの少し絡み合うように混ざるのが見えて、あたしは思わずこくんと息をのんだ。
別にどこも、変なところはない。多分この人達は火影とその守人になる以前からの友達同士なんじゃないかというのは、あたしのような子供にも気安い会話から窺える。
なのに、なんでだろう……なんだかすごく、この人達って……

「で?その草は何になるんだって?」

白い手に握られたままの野草に目を留めて、里長は首を傾げた。
ああ、これな。そう言って差し出された大きな手の上にぱらりと草を広げ、その人は素っ気なく「粥に入れんだよ、七草粥。アカデミーの薬草学で習っただろ」と当然のように言う。

「七草……習ったっけ?」
「さすがドベだな、全然覚えてねェのか」

まあたっぷり刻んで明日の朝出してやるよ、とニヤリとした守人に、少し引き攣った笑いを浮かべた里長は小さな声で、「……お手やわらかに」と囁いた。
もしかして、火影さまは七草粥が嫌いだったのだろうか。
浮かない顔色を見て俄かに不安になってきたあたしの耳に、低く甘い声が届く。

「――まあ、そう言うな。正月料理で奢った口と胃袋には、これが何よりの良薬だぞ」

へえ、そうなんだ?
感心したように手のひらの上の野草を眺めていた里長はふと顔を上げると「なあ、これ五種類しかないってばよ?」と首をひねった。尋ねてくる主に、「ああ、あとは大根と蕪が入るんだ」と素っ気なく答えた黒装束の青年は、再び面を着けると後ろで控えていた大きな鳥の背を撫でる。

「そのふたつは、妹の担当なんだと」
「妹?……ああ、なるほど」
「そろそろ戻るか。正月早々、シカマルに青筋たてさせんのも悪ィしな」
「ん、そだな」

身を低めた鳥が、大きく翼を広げた。
バサリと一度、空気を叩く。
風が起こり、枯れた芝草が風花のように辺り一面に舞い上がった。
思わずそれに見とれて上を見上げた瞬間、ぱっと視界に笑んだ晴天の瞳が映り込む。

「「――きゃ……!!」」
「こら。ノゾキはダメだってばよー?」

全く気配を感じさせぬままいつの間にか後ろに立っていた里長に、度肝を抜かされたあたしたちは同時に尻餅をついた。
それを見てにかりと悪戯じみた笑顔を見せると、火影さまは「これ、見物料代わりに貰ってくな」と両方の手にひとつずつ持った野菜を掲げてみせる。慌てて後ろの籠を確かめると、ミチルの籠から『すずな』と『すずしろ』がひとつづつ減っていた。一体いつの間に……離陸の準備をしているあの鳥からはそれなりの距離があるのに。もしかして、最初から最後まで、あたしたちののぞき見は全部この人達にはお見通しだったのだろうか。そんな想像に冷たい汗がたらりと背筋を伝わって落ちていったのを感じた時、金色の影はまた一瞬のまたたきのうちに消え、今度は鳥の背に移動していた。すごい。あの暗部の人もだけど、この人達の動きってまるで風のようだ。

「いくぞ、ナルト」
「おぅ!……じゃーな、お前らも早く帰るんだってばよ。これ、ありがとなー!」

羽ばたきを繰り返しながら徐々に高度を上げていく大鷹を、揃ってポカンと口を開いたまま、あたしたちは見上げていた。
はためく純白の羽織と、夜のような黒の外套。
その背景には日の落ち始めた西の空があえかなうすくれないに染まり始めていて、それら全部が一幅の絵のようだ。

「………ねェ、サクちゃん………」

いつの間にか繋がれていた手をぎゅ、と握りしめてきた妹が、うわごとのように呼んできた。
なに?と答えるあたしの声も、未だ白昼夢の中にいるようだ。

「あたしね、あたし……」
「……うん」
「あたし、この里に生まれてこれて、よかったなあ」

そうだね、あたしもそう思う。
手を握り返しながらそう返すと、ふと思いついたかのように妹がこちらを覗き込んできた。
サクちゃんは、どっち派だった?と尋ねてきたその声は、早くもいつものませたミチルのものに戻っている。

「あたしは火影さまよりもあの暗部の人の方が好みかも。サクちゃんは?」
「あたし?あたしは……」

遠くなっていく金と黒に目を凝らしながら、あたしはちょっと考えた。
優しげな火影さまはもちろん素敵だったし、あの黒髪の暗部の人も物凄く綺麗だった。
――でも多分、あの人達はふたり揃っているのが、一番魅力的に見えるんじゃないかな。
根拠があるわけではないけれど、そんな風に思う。
説明するのが何故だかちょっと勿体無いような気がして、あたしはそのままふふふと笑って竹籠を持ち直して歩き出した。
不思議そうな顔で、妹がついてくる。
明日の朝はならい通り、母と妹と三人で、七草囃子を歌いながらこれを刻もう。
もしかしてあの暗部の人も歌ったりするのだろうか。……いや、多分絶対にそんな事しなさそうだから、代わりに火影さまに歌わせるのかもしれない。あの人ならば平気で、里長に歌のひとつやふたつ歌わせそうだ。
田舎道を抜け上り坂を上がりきると、里の中心部が見渡せる小高い丘に出た。
あたしの暮らす場所。あの人たちが、守ってくれている場所だ。

(……今年も一年、うれしい事がたくさんありますように……)

大きな鳥はもう完全に見えなくなっている。
だけどその背でたなびいていた二色に思いを馳せながら、あたしは茜さす里の上空に静かに広がる、まだおろしたての年の気配を胸いっぱいに吸い込んだ。






【end】
リクエストで、「火影ナルト、サスケは補佐でも暗部でも上忍でも何でも。この2人の日常を第三者視点で」でした。新年というだけでもう日常じゃないという…まあ目を瞑ってくださいとしか…
この暗部頭は毒見の名目のもと火影様の食生活まで面倒みてくれてるみたいです。たぶんこの火影さまは一生メタボにはならない。(でもサスケはそのうち陰で部下から「おかあさん」て呼ばれると思う)