融解点

しろいしろい背中を組み敷き入り込めば、あとはもう溶けて崩れていくばかりだった。
堕ちようとする腰を引き寄せる。力のこもるオレの指が、新たな印をそこに残す。
深い窪みをみせる肩甲骨に歯を立てると、驚いたような感じ入ったような、くぐもった嬌声がひとつあがった。
なだめるようにそのままそこを舐め、うすくひかる汗を味わう。
ふいに窓を叩く雪の音が変わった。半分みぞれのようになったそれが、凍てついたガラスをびしょびしょと汚し始めている。
ふるふると震える肩までを唇でなぞりあげると、堪えきれないといったように潤んだ瞳が僅かに振り返った。「も、いい……うごけ」と囁かれたその声も、甘く掠れている。
誘われたオレは一度身を引いて、引き攣れる背中を抑え再びその体の最奥を突いた。
狭くきつい内部がそれでも誑かすように蠢きだせば、ざわついた腰はもう止められそうに無かった。

  * * *

脱ぎ散らかした任務服を片付けるのは、いつだってオレの仕事だった。
しっとりと濡れて未だベッドに横たわったままの恋人は、事後はいつも浜に打ち上げられた魚のように動かない。
いや、動かないのではなく、動けないのだ。
それだけ無理をさせているのだろうなとうっすら思った。思ったけれど、別に憐れむ程の同情は湧いてこない。だってどんなに取り澄ましていようとも、最後には必ず彼はオレに縋り付くようにして喘ぎ果てるのだ。無理はさせているのだろうけれど、それ以上の快楽も与えられている。そんな自負は、憧れだったこの男の中に分け入って自分の痕跡を残す事に対する後ろめたさを隠す、上手な言い訳になっていた。ようやく口説き落とした彼と一緒に過ごすようになって、もう何年が経っただろう。数え切れないほどの快楽を貪りあっているというのに、呆れるほどこの行為に、飽きが来ない。
軽い気怠さの残る腰を曲げ、床に落ちたベストと黒のハイネックを拾い上げる。降りかかっていた雪のせいか、しっかりとしたつくりの生地は冷えて重たく湿っている。
呆れたことに、それらは寝室ではなくそこへ続く廊下に捨てられていた。今日はいつにも増して我慢が利かなくて、一緒に帰宅してすぐに、もつれ込むようにしてベッドに引きずり込んでしまったのだ。点々と落ちている余裕のない情事の痕跡に、思わず苦笑いがこぼれる。ドアを閉め錠を回した瞬間、噛み付くようにキスをした時カチカチとぶつかり合った額当ては、一番にむしり取られたらしく玄関先で見つかった。重なり合うようにして落ちているそれを、今更ながら丁寧に拾い上げる。
鈍く輝く鋼の冷たさを手のひらでそっと拭って、ふたつのそれを並べて棚に置いた。
里に戻って一度打ち直されたサスケの額当ても、すっかり小傷や擦れが増えて貫禄が出てきた。

「――服、」

まだ掠れたままの声で弱々しく告げられると、オレは額あてから目を離しゆっくりと振り返った。
いつの間に起きたのか、毛布にくるまるようにして丸くなっているサスケが、恨めしげにこちらを見ている。

「……あれ?もう起きたんだ?」
「お前……いっつもオレだけ剥きやがって。さみィだろが」

でもさっきまで汗かいてたってばよ?と笑って答えると、不満気な舌打ちが小さく鳴らされた。自分だけ着替えてねえでオレの分も持ってこい、と命じる恋人に、「へェへェ」といい加減に返事をする。
引き出しから彼のいつも着ているスウェットを引っ張り出して放り投げると、無言のままサスケはそれを受け取った。すぽりと躊躇なく被る彼に(…あっ)と思う。しなやかなその体には、まだオレの唾液と精液がこびりついたままのはずだ。きっとシャワーが面倒なだけなのだろうけど、それでもオレに汚された体を厭わない彼に、こっそり充足感を覚える。征服欲、というものにも、近いかもしれない。

「雪、」
「ん?」
「……積もりそうにないな」

窓の外に目をやったサスケは服を着た上から更に毛布をもう一度被り直して、珍しく惜しむような声で言った。先程オレが火を入れたばかりのヒーターは旧式で、二人住まいの部屋を温めるにはまだ時間が掛かる。

「ああ、…そうな」
「途中で音が変わったから、多分そうだとは思ったが。もうすっかりみぞれに変わっちまった」
「……気付いてたんだ?」

静かな落胆が込められた言葉にちょっと驚くと、窓を濡らすみぞれ雨から興味を外さないままのサスケが、当たり前だろ、と呟いた。
当たり前、なんだ?
快楽に乱されて、外の音なんて耳に入ってないかと思ったのに。
……確かに感じていたはずの繋がりが急に頼りなく感じられるのは、こういう時だ。こんな些細な事に、さっきまで感じていた充足感は他愛なく揺らぎ出す。
それって、オマエが優秀な忍だから?
それともあんな声出してても、実際のところはまだ他の事考える余裕があるってこと?

「――やかましいな」

ぽつんと言われた言葉に、ふと我に返らされた。
え?と聞き返したオレに、視線を合わせないままでサスケが、
「外。みぞれになると、急にうるさくなる」
と独白のように言う。

「また雪になるといいのに」
「サスケって、そんなに雪好きだったっけ?」
「いや、雪が好きなのはオレじゃなくて……」

ふいに噤まれた口許はかすかに引き結ばれると、そのまま何事もなかったかのように話は打ち切りとなった。
ぼんやりと遠くに投げられた瞳は、はるかな残像を追っているように見える。
頬杖をつく手首があんまりにもしろくて儚げで、オレはまた不安になる。ふとした瞬間に、時折見せられるこの目に、懲りもせず何度も考えてしまう自分にうんざりする。自分自身を責めて、どこか『向こう側』にいる人たちのところへ行きたそうにしている横顔。常世と幽世の狭間で揺れているようなそのまなざしに、情けないほど歯噛みする。
――なあ、サスケ。
オマエが本当に望んでいた世界では、きっとオレはここにいないんだろうな。
オレではない、違う誰かと。当たり前のように暮らせている世界を、夢見ていたんだろう。
だけど今、オマエの傍にいるのはオレだけで。
……そんな現実に、オマエは一体、何を思ってる?

「――な。もっかい、しよ」

明確な答えを見つけるのを逃げるように、オレはぎしりとベッドに膝を乗せた。
凪いだまなざしで、座ったままのサスケがオレを見る。これもまた悲しいほどに、いつもどおりのパターンだ。彼が熱に駆られた瞳になるのは、いつだってグズグズに体を溶かされた後だけ。それでも声を上げてオレを求めてくれるのはその時だけだから、不安を拭いきれないオレは、いつしかこんな方法でその穴を埋めることを覚えた。
焦がれて焦がれて、ずっと追いかけてきた、この男が。
オレと同じ温度になって溶けて崩れ落ちてきてくれるその瞬間に、どうしようもなく夢を見る。

「またか。さっきしたばっかだろ」
「したけど、全然足りねえよ」
「……ちょっと最近、多すぎるんじゃねえか」
「そんな事言うなって。オレってば、何回だってオマエとしたい。やりたいんだ」

考え込むように返事が途切れたサスケをオレは抱き寄せると、口内を最初から思うざまに蹂躙した。
舌のつけ根にあるヌルつきを掬い取り、歯の隙間までくまなく舌先で確かめる。
彼の不潔さまでも享受できる自分にどこか陶酔しながらうすく目を開くと、そんなオレにどこか感じるものがあるのか、向こうは向こうで悩ましげに眉をひそめているところだった。
わざと音をたてて舌を吸い上げると、びくびくと肩が跳ねる。
着たばかりの服を再び剥ぎ取って鎖骨に口付けしようとすると、ほんの少し不興を買ったかのように、
「ちょっ……待て」
という声がした。
焦れたように見上げると、諦めたかのように膿んだ瞳が「お前も脱げ」と言う。

「……オレだけ寒くさせんな」

そう言いながらも手を出す気はないらしいサスケにのしかかったまま、オレは着ていた部屋着を雑に脱ぎ去った。腕に引っかかったそれを適当に放り投げ、再び蠱惑的な陰影を刻む白い躰へと向かう。
息を吹きかけるように首筋をたどり、時折気が向くままに赤い花を散らしていく。その度にかすかに歪む顔がそれでも文句を言わない事に、何とも言えない満足感が生まれる。
ちっ、ちっ、と吸い付く度に肌の上で密やかにたてられる音が、まだ温まりきらない室内に響く。
舌先で鎖骨をなぞると、ふ、と甘さを増したため息が漏らされた。骨に沿った筋をなぞられるのが、サスケは好きだ。
彼の躰を組み立てているその基軸を、今この瞬間はオレがどうとでもできるという感覚は、どこか残酷さを含んだ欲となってオレをぞくぞくさせた。今ならば多分、オレはこいつを殺せる。白く美しいであろう彼の骨を、容易く砕ける。そう思うことがそのままオレの熱に繋がっている事を、多分サスケも知っているのだろうと思った。そしてオレがそんな事を考えているという事実に、当のサスケもどこか暗い喜びを感じている事に、オレは密かに感付いている。
胸の突起にそっと触れると、びくんとその背筋がこわばった。「なんだよ、なんだかんだ言ったって、ここもこんな硬くしちゃってんじゃん」と笑うと、「馬鹿か……テメエの指が、冷たいんだよ」と無愛想に返される。

「へえ…そう」
「……っ」
「ホントにそれだけ?」
「……それ、だけだ……っ」

可愛げない言葉にくるくると薄紅の先端を弄ばれ、固い指先で弾かれれば、たまらなくなったのか「…んっ、」という呻きが聴こえた。「だから、冷てえって」とまだも言う彼に、ならばと今度は熱くぬるむ舌先で執拗にそこをねぶる。唾液を塗り込み、前歯で甘噛みすればその度にオレの肩口に掛けられた彼の指に力が入るから、またそそられる。脇腹を噛んで、無駄のない腹を撫でる。淡い影が宿る形のいいへそまでもがいとおしくて、尖らせた舌で淵を舐め、音をたててキスをする。

「ん…ふ、……っ、……あ、ぁっ」

抑えられなくなってきたらしい声にほくそ笑みながら腰骨を撫でさすり、少しずつ下履きをずらした。まだ半分も勃っていないそこをやんわりと掴むと、拒むように痩せた腰が捩れる。制するようにそれを押さえつけ、手の内にあるやわらかなものをゆっくりと上下に扱いた。つい先程出したばかりのそこは、なかなかすぐには反応を返してこない。それでも根気強く甘やかしていくうちだんだんと硬くなってきたそれに、ベッドサイドに出しっぱなしになっていた潤滑油を足して更に可愛がり続ける。空いている左手で背筋を静かにさすり上げ、うつむきがちになっている襟足を甘く引っ張って上を向かせた。ようやく溶け始めた瞳に満足して、軽く開かれた唇に再びむしゃぶりつく。

まだ……まだだ。こんなんじゃ足りない。満足できない。
――もっともっとどろどろにしなくては。融けて、ひとつになれるくらい。

唇から耳元までのラインをキスでつないで、そのまま慎ましやかに暗い穴を覗かせている耳の奥深くにまで舌を伸ばした。ぴちゃぴちゃという卑猥な音は、きっと彼の鼓膜をダイレクトに震わせているのだろう。細かく震えるそこに唾液を注ぎ込み、更に穴を穿つ。「ばっ…やめろって……!」とぞわぞわとした悪寒に彼が身を捻ると、その動きを利用して、再びその躰をシーツに倒す。押し返そうとする手を片手でまとめ上げる。万歳するようなその姿勢にちょっと笑うと、途端に潤んだ目がきつく睨み上げてきた。ああ、まだそんな目をして。早くオレのいる場所にまで降りてきて欲しいのに。

「なに笑ってやがる」
「ん、別に……なあ、今もまだ、聴こえてる?」
「なに…が」
「外の、音。……みぞれ、また雪に変わったな」
「――ん、うっ……あ、あ、…あぁっ……!」

顔が見えないよう耳元でそう囁いて、まだ先程のぬめりが残る後ろに、遠慮なく指を差し込んだ。
それだけで軽く引き攣る足を片方だけ肩に担ぎ上げて、ずぶずぶと中を探っていく。一度した行為の置き土産が中からとろりと溢れてきて、オレの指を濡らしていった。こんな清冽な男の体に、オレときたらなんて不埒な事を教えてしまったんだろう。かすかな後悔が頭をよぎるが、そんなものはポイントを掠める度堪えきれない快感に吐き出されるため息と、ばら色に染まっていく白い躰に、あっという間に蹴散らされる。何を今更。どう言い訳しようとも、薄暗いこの欲望をオレがずっと抱いていたのは紛れもない事実だ。そしてそんなオレを、このどこまでも汚れのなかった男が、受け入れてくれているのも事実だ。
たっぷり掻き回した指を引き抜くと、ぷちゅ、といやらしい音がした。
やわらかく解されたままのそこが、妖しい動きでゆっくりと口を開いたり閉じたりしている。

「…すっげ、やらし…」
「――そういうことを……っ」
「もっともっとしてやるから……サスケ。もっと気持ちよく、もっとたまらなくさせてやるから、な……」

喘いで。
よがって。
ないて、堕ちてきて欲しい。
冷たい彫像のように完成されたその端麗さの下には、どうしようもなく快楽に弱い生々しさが息づいているのを知っている。そうして堕ちてきたらもう、彼はオレのものだ。すがりつく腕も立てられる爪も、全部がオレだけのものだ。

「いっ……あ、ああ、は、あぁ――っ…!!」
ぐん、と躊躇うことなく一気に貫けば、しなやかに割れた腹筋がひくひくと脈打つように震え、しろくすべらかな背が弓なりにしなった。既に一度オレを受け入れていたそこは抵抗することもなく、きゅんきゅんとオレを締め付ける。ああ、なんて嬉しい裏切りだろう。こんな綺麗にすました奴の中が、こんなにも熱くて淫らだなんて。黒髪の散る頭の横に手を置いて片足を担いだまま、ずるりと引き出してはまた深く挿す。円を描くように腰を揺らして入口の浅い部分を小刻みに擦り、そうしてもの欲しげな瞳が潤んでこちらを見上げてくれば今度は奥にある彼の好きなところを的確に狙って何度も突いた。は、は、と忙しない息を付く口許に誘われるように口付けると、息苦しいのかくぐもった呻き声が赤く腫れたような唇からこぼれ落ちる。白い躰をふたつに折って、上からのしかかるようにして更にその奥を目指せば、震える長いまつげが滲みだした涙で濡れているのが見えた。繊細なまぶたに、いたいけなこめかみに雨のようにキスを降らす。やわらかな耳朶を食んでねぶってしっとり湿った黒髪を撫でれば、乱れた前髪の下で黒瑪瑙の瞳がうっすらと開かれた。掠れて今にも絶え入りそうな声が、荒い呼吸で乾いた唇から僅かに漏れる。ナルト、と囁かれたその唇の動きに、また煽られて腰の動きが速まる。

「……く、るし……」

ゆさゆさと揺さぶられて揺れる白い足を肩に感じながら突き上げ続けていると、下から押し潰されたような非難が聴こえてきた。高められた熱に朦朧としかかった頭で見下ろすと、熟れた唇を噛み締めて必死で耐えるような顔をしたサスケが、眇めた瞳でこちらを見上げている。そうしている間にもオレが動く度に「ん、んっ」と鼻に抜けるような甘い悲鳴は途切れる事なく続いていて、押し寄せる快感に体が止められない。重さのあるオレに乗られた白い体躯は、深く折られて確かに苦しそうだ。ごめん。ごめんなサスケ。こんな薄汚れた嫉妬で、焦燥で、お前を穿ってしまって。だけどオレも苦しいんだ。――苦しいんだ。

「ナル、ト……」
「わり…も、少しだけ……っ」
「――たがう…な、ナルト…」
「え?」
「うたがうな………」

そう囁いて切なく寄せられた眉と滲んだまなじりに呆然とした。
もう一度言われた言葉を確かめようとその息の切れる口許に顔を寄せると、その動きは図らずも一際深いところへとオレを侵入させたらしい。うぁ…!と叫びがあがり、汗にまみれて輝く躰がびくりと大きく跳ねた。ずっと甘く擦り続けていた彼のものから、トロトロと勢いのない混濁が流れ出る。押し出された涙のようにも見えるそれは彼の腹の上にゆっくりと溜まっていき、滑りを帯びててらてらと光った。ただそれだけの光景に馬鹿みたいに昂ぶったオレは、達した後のさざめきに動く彼の中でようやく果てる。背中を何度も痺れが駆け抜けて、腰がぶるりと大きく震えた。開放感に全身の力が抜ける。雪崩のようにサスケの上に崩れ落ちると、抜けた先端からぽたりと残滓が落ちて、シーツに生ぬるいしみを作った。息を乱す白い胸に耳をあてる。激しく動く心臓、熱い躰。きっとこの下では今めぐるましい程に血が走り、赤い肉を動かしているのだろう。では、心は?オレの与えた快楽に酔って溶かされたこの躰の中で、あの高潔な魂は一緒に融かされているだろうか。

(疑うな、か……)

力なく投げ出された手のひらにおずおずと指を絡めると、黒い瞳がうっすらとこちらに向けられた。
ただ静かにオレを見ただけで、疲れ果てたようなそのまなざしは、すぐにまた閉じられる。
音が消え、オレのまだ荒れた鼓動だけがひたすらに脈を打ち続けている。
ようやく温まってきた部屋の窓は白く曇り、外の景色は、もう見えない。







【end】
汚したいのは誰にも渡したくないからか、それともどれだけ汚れても愛していると伝えたいのか。
けれど雪は融けたら水になり、泥もろとも流れていくのが本望なのかもしれないですね。

……なんて、希望じみた事を言ってみたり。
本当のことなんて、わかりそうでわからないまま融けてしまうものなのでしょう、きっと。
それでいいような気がしますし、それがいいのかもしれないです。