**attention**
・本誌698話までのネタバレを含みます。
・七月の水蜜桃~time after time~からの後日談。(というよりワンシーン)
・壮絶に捏造。製作者の願望をモリモリ詰め込んであるため、原作の結末と大きく違っている可能性が高いです。(2014.11.08現在)
・それでもいいよ!という心の広い方は↓へどうぞ。
「あ~…サスケ、さ。お前ってばなんか、今欲しいモンとかある?」
山積みとなった書類の影から、そう言って窺うような上目遣いをされたのは、念願かなっての就任式から三ヶ月も経ったかという晩秋の事だった。連日の残業に疲弊しきった、深夜の執務室。星もない真っ暗な空を、冷え切った北風がぴしぴしと渡っていく。
「ああん?この眠気を全部消し飛ばせる位のカフェインだったら今すぐ欲しい」
胡乱さを増した頭で、先程から唸るばかりで一向に熱風を吐かない暖房器具のスイッチを弄りながら、言外に『休憩するなら茶を淹れろ』と返したサスケに対し、ナルトは「そーゆーのじゃなくってさ」と微妙に困ったような顔をした。普段生気に溢れるその顔にも、サスケに負けない程の隈がある。ナルトはデスクワークが苦手だ。
「なんつーか、こう…」
「?」
「…そう、値段とか、買える買えないとか全然関係なしにさ。あれすごく欲しい!ってのある?」
買えないものでもという言葉に「なんだそれ、ただの願望って事か?」と軽く鼻先で笑いつつも、他愛ない会話は単調な仕事で倦みきった頭に、新鮮な酸素だけは運んでくるようだった。執務室の隅に置かれた自分のデスクに戻りつつ(こちらも見事な資料の山だ)、サスケは頭の隅でもやもやと考える。
欲しいもの、欲しいもの。買えなくてもいいから、あったらいいなと思うもの。
「…ああ、そうだ。ポンチョが欲しい」
ぽっかりと浮かんだ答えを告げると、紙のタワーの影から覗く空色の瞳がぱちくりとしばたいた。
「はあー?」と聞き返してくる声はなんだか不満げだ。
「なんだってばそれ、そんなの欲しいの?」
「いや、木の葉の支給品のやつ。あれの色変えたヤツがあればいいなと」
「なんで?」
「だってあれ白だけだろ?雪原ならいいがそれ以外の場所だと際立って目立つし、やたら汚れるんだ。前々から思ってたが絶対改善すべき。お前次の議会で提案しろよ」
「…なるほど、そういやそうだな」
最初は鼻にシワを寄せていたナルトも説明を聞けばこちらの言い分にすんなり納得した様子だったが、ふと黙るとやがて「でもさあ…」と口を開いた。
「あれ確かに問題点は多いんだけどさ、あれ着てるサクラちゃんスゲーかわいいじゃん?」
という呟きに、ぼんやりと同じ班の紅一点の姿を思い出す。
「あー…そうだったか」
「そうだってば」
「そうか。じゃあ当面は、現状維持でいい」
酷く偏ってはいるが納得の言い分にあっさり退いて仕事に戻ろうとすると、そんなサスケにナルトは俄かに慌てたらしかった。急いで付け足された「じゃあ、他には?」という再びの問い掛けに、ちょっと面倒になりつつ「他は…別にこれといっては無いな」と適当に答える。
「いっこも?無いの?」
「まあ強いて言うならヒーターか」
「ヒーター?」
「この部屋寒すぎンだよ、場所高い上に全面ガラスだし。…つかこの暖房絶対もう死んでるだろ、さっきから全然部屋の温度上がってない気がするんだが」
「ああ、確かにオレもさっきから全然あったかくならねえなぁとは――じゃなくて!」
いい加減な受け答えに僅かに苛立った様子のナルトは、年甲斐もなく頬を膨らめると、ゆったりと大きな火影の椅子を引きながら少し身を反った。背もたれにぐんと上体を乗り上げると、さっさと仕事に戻ってしまったサスケに挑むように視線を合わせつつ、「そういうのじゃなくて…あと、できたら秋冬にどうこうするようなモノじゃなくて、夏頃に欲しいものを考えてくれってば」などと言う。
「はあ?なんだ、だったらこんな時期に訊いてくんな、夏前に言えよ」
「だって早くから知っといた方が、準備とか根回しとかしやすいかなって」
「準備?準備ってなんだよ」
「…………なんだっていいだろ」
妙に引っかかる言い口に目を眇めると、途端にその青い瞳は誤魔化すかのように横に流れた。
夏前、欲しいもの、準備などという幾つかのワードとその怪しげな誤魔化しっぷりに、ぷかりとひとつ、ある可能性が浮かんでくる。…いやしかし、いくらなんでも気が早すぎるだろう。そう思いはしたが、可能性としては十二分にありそうだった。せっかちなこいつの思考回路の事だ、無い話ではない。
まさかとは思うが、と切り出しただけで、白い羽織の肩がギクリとひとつ跳ね上がるのが見えた。
その様子に思わずうんざりとこめかみに指をあてる。
……ああ、これは多分、ビンゴだ。信じられない、まだ11月だぞ?
「――頼む、やめてくれ」
「なっ…まだなんも言ってねえじゃん!」
「そうやって騒がれたくねえから、わざわざ出生日を言わないでいたのに」
「は…はァ?なんの事?オレってばただ単に、ちょっと仕事以外の話がしたかっただけだし!眠気覚ましにお前の欲しいものとか聞いてみただけだってばよ」
そっぽを向きながらそんな白々しい嘘をつくナルトに呆れると、ふかぶかと溜め息をついたサスケは手にしていた筆記具を置いた。
一向にあたたかくならない部屋に、窓を叩く北風が小さな家鳴りを響かせる。
「欲しいものなんて、なんもねェよ。本当に」
……だいたいがお前からはもう、大きなものを貰ったからな。
そっと呟くように添えられた言葉に、誤魔化し笑いでにやけていた小麦色の顔はすうっと静かになっていった。そんな中ほんの一瞬、黒の視線が白い羽織から覗く、彼の右腕を見る。真っ白な包帯に包まれているのは、忍である彼の為にチャクラを練る事も出来るよう作られた、特別性の義手だ。
なんとなくそのまま何も言葉を継げないでいると、まっさらな瞳が、無表情のままのサスケの視線を迷わず捕らえた。
色の無いままの唇は、どこか不敵に笑んでさえいるようだ。
「――なんだそれ。貰ったのはオレだって一緒だろ」
同じく包帯で包まれた相方の左腕を見ながら、なんでもないようにそんな事を言うナルトに、サスケは知らず苦笑いが込み上げてきた。
まったく、こいつはなんでも自分達を横並びにしたがるな。そんな事を考え、鼻を鳴らして下を見る。蒼い視線を感じると、失った体の一部分が、なんだかじんと熱くなるようだった。そうしてうつ向いた拍子にふと、閨の中で見る切断面を思い出す。鍛えられたナルトの体は、人柱力である証として傷ひとつ無い。男の目から見ても、引き締まり強いバネをもつその体は中々に見応えのあるものだ。
だがサスケにはそんなナルトのどの部分よりも、薄く柔らかな皮で包まれたそこが、殊に美しく感じられる。
……他の場所よりもほんの少し温度の高い、すべすべとした桃色の切り口。
完璧な肉体の中たったひとつだけ残された、消されることのない戦いの痕跡。
「…まあそういう昔の話はどーだっていいんだ、そんな事よりもオレが知りたいのは今のサスケが欲しいものをだな…」
尚も食い下がろうとするナルトに「だから、ねェって」と苦笑混じりに返すと、すっかり精悍な締まりを見せるようになったその頬がむうっと子供のように膨らんだ。
「…遠慮なんかすんなってば」などと言う不貞てた声が妙に可笑しくて、つい釣られるように片眉を上げる。
「遠慮してるように見えるか?」
「くそ…見えねえな」
「だろ?」
「…っとに、相っ変わらず欲のねえヤツ。それじゃオレばっかが貰いっぱなしになっちまうってば」
「貰いっぱなし?」
つるりと飛び出してしまった言葉にすかさず反応すると、悔しげにしていたナルトは目に見えて(しまった)という顔になった。今更そんな事したところで、もう何のために欲しいものを尋ねてきているのかなんて、とうにバレているのに。そう呆れつつも、今の科白にようやく得心する。…多分、先月あった、自分の誕生日の事を言っているのだ。20年以上慰霊祭を行ってきた鎮魂の日は今年から終戦記念日という名に変わり、里民達が各々自分の家族と過ごす日として、里の休日に認定される事になった。議会に提案を出したのはシカマルだが、密かにその原案を彼に持ちかけたのはサスケだ。当日はサスケ個人では特別何かしたわけではなかった(その事で少しだけナルトは拗ねた訳だが)が、その日行われた誕生パーティーは、結果的に一斉に休みになった事で同期やら先輩やら気心の知れた仲間全てが揃う、大々的なものになったのだった。
多分ナルトは、その辺りの裏事情の事を知ったのだろう。黙っておけと言ってあったのに、どうやらあの面倒臭がり屋には存外口が軽いところがあるらしい。
「別にあれは、お前の誕生日を祝う為にやった訳じゃねえぞ。そもそもあのパーティーだってオレはノータッチで、サクラ達が計画したものだろ」
「…そりゃ、そうかもしんないけど」
「つかお前、さっき根回しとか言ってたが、何をこんな前々から準備するような事があるんだ?まさか議会を動かすようなレベルの事を考えてるんじゃねェだろな?派手な事考えてんなら即刻やめろよ、オレはそういうの嫌いだって知ってんだろが」
「う…で、でもさっきサスケ、ポンチョの事は議会に言えよって…」
「あれは趣旨が違うだろ」
あっさり否定をされると、草臥れた金髪は更にしおしおとうなだれて、白い羽織の肩もがっくりと落ちたようだった。
「あーもー、なんでいっつもお前の方が、オレより先になんかくれんのかな。オレの方が絶対お前の事好きなハズなのに!」などと呻きつつ広げた書類の上に突っ伏すナルトに、つい小さく鼻が鳴る。
「ほんとにさあ……なんも無いの?」
オレってばお前に、なんだってくれてやりたいと思ってんだぜ?
そんな、顔を伏せたままのナルトからのくぐもった声を聞くと、サスケはゆっくりと椅子に掛けたまま背中を伸ばした。
本当に、どうしたらこの気前の良すぎる男に解ってもらえるのだろう。
だってこれ以上、何を望めというのか。
欲しいものの全ては、もうここにあるのに。――消えた手のひらの内側に、今もしっかりと掴んでいるのに。
「そうだな…なら、今すぐ欲しいものだけ貰っておくか」
そう言って、ぎしりと蝶番の音を軋ませながら掛けていた椅子から立ち上がると、その音に突っ伏したままだったナルトがキョトンとした様子で顔を上げた。急がない歩みで火影の席に近付き、ゆったりとその机の縁に腰を上げる。
近づいてくる黒に空色の瞳が僅かに大きくなると、小さく笑んだサスケは唇を半開きにしたままのナルトに顔を寄せ、そのままそこを一度甘く吸い上げた。乾ききっている薄皮に丁寧に舌を這わせ、ゆるんだ口角に小さくキスを落とす。
息をつきながら額に額を重ねると、どちらからともなく伏せていた瞼が静かに上げられた。
見詰めた先ではふかい青が驚きと期待を綯交ぜにした光を湛え、金の睫毛が何度かまたたかれる。
「え…したいの?」
「ああ」
「珍しいな、サスケからなんて」
「眠気覚まし代わりにな」
「なにそれ、ひっでェ」と鼻にシワを寄せたナルトだったが、ふと真面目になると爪先で頬を掻きながら「でもさあ、それってした後は逆効果じゃね?オレ流石に今日は起きてらんねーかも」などと続けた。「そうか、じゃあやめとくか」といつになく勤勉な彼に、サスケも未練を見せる事なくすんなり退く。
と、すぐさま脇に下ろされていた右腕が、焦らない動きで掴まれた。
「うそうそ、するに決まってんじゃん」という浮き足立った声に、疲労の溜まった頭がじんわりとほぐされる。
「…あれ?」
「うん?」
「でもまさか、本気でこれでもう終わりにするつもりじゃねえよな?ちゃんと他にも欲しいもん…」
「――いいから。もう黙れって」
尚も追いかけてこようとする言葉を唇で塞ぐと、金の眉はほんの一瞬だけ不本意そうに顰められたがすぐに差し込まれてきた舌を自らのもので絡め取った。しばしの間穏やかな水音が響き、そうしてややもしてから離れた唇が、「…ホント、ズリィよお前。いっつも自分の事ばっか後回しにして」と不貞腐れたように言う。
……年代物のヒーターが、今頃になってようやく奥の方で着火する音が聴こえる。
口を尖らすナルトにくつくつと笑いつつ、包帯の腕が机を占拠する書類の山を押しのけるのをサスケは身を捩って助けると、再びその手を伸ばした。
【end】
リクエストで、「time after timeの続き」でした。
現在は2019年9月 ですが、冒頭の注意書きから当時の動揺やらなんやらが伝わってきますね……。
原作NSの素晴らしさは勿論至上ですが、たくさんのifが生まれる二次の世界も私はやはり大好きです。
冒頭のポンチョのくだりはたしか映画に登場するポンチョスケを見て、そこから思いついた会話だと思います。木ノ葉のポンチョはかっこいいけど、絶対汚れやすいし隠れるには不向きだよね…(余計なお世話)