*ナルサスですが、ほんのりカカサスを匂わせる描写があります。苦手な方は回避してください。
それが目に入ったのは丁度オレがサスケの一番深い所に侵入を果たした瞬間の事で、オレの下で上半身をうつ伏せにされ息を詰めていたサスケがそれに気がつかなかったのは、考えてみれば当然の事だった。ちかりと視界に差す、ガラスの輝き。夏休み真っ最中の学校に来ているのは数人の教師と野球部、熱心な吹奏楽部の面々。そして僅かな生徒会のメンバーのみで、がらんどうとした校舎のあちこちからは、時折音合わせをする短い旋律が聴こえてきていた。そんな中、学祭準備を理由に待ち合わせした生徒会の備品庫で汗だくになっているオレ達は、いつも通り当初の目的もそっちのけで、みっともない程に必死になって更に体内の水分を無駄に放出している最中で。閉め切った窓の外では乾いたグランドに、枯れた野球部の声が響いている。
不意に動きを止めたオレに、挿入の衝撃に耐えていたサスケがうっすらと振り返った。
うなじに掛かる襟足が、しっとりと濡れて束になっているのが見える。
「――ンだ、てめえ…こんな時に余所見たァ、随分…余裕が、出てきたもんだな」
霞む声で皮肉むサスケに、「馬ッ鹿、んなワケあっかよ」と汗まみれの苦笑で返すと、オレはそろりと一度体を引いた。 そうしてから再びぐっとその最奥に楔を打ち込むと、押し付けた腰に薄い尻が揺れ、噛み殺しきれなかった喘ぎが朱に染まった口元から僅かに溢れる。
偽物臭い木目調の会議机に投げ出された白い上半身は既に汗まみれで、整然と並んだ背骨のくぼみには甘やかな影と共に、きらきらとした光の膜がうっすらと張られていた。脇に浮く肋骨を撫で、そっとその前にある小さな尖りを指先で探す。見つけた彼の芽を強く弱く何度か摘み上げれば先を軽く引っ掻く度に包み込んでくる内部がきゅんきゅんとオレを抱きしめ、絞り取るような動きをみせてくるのが堪らない。女のそれとは違うのだから、きっと本当は毎回もっとゆっくりしてやらなければならないのだろう。そう頭では理解しているのだけれど、後ろから穿つ度にしどけなくなっていく内部に、いつだってオレはあっという間に腰が止まらなくなる。つい先程真っ先に引きずり下ろしたズボンのベルトが、片方の足首でカチャカチャとうるさい。それでもがつがつと自分勝手に求めれば、揺さぶられた方にもどうしようもない快楽がもたらされるらしい。食いしばっていた唇はやがて陥落したかのように緩みだし、紡ぎ出された細い細い悲鳴に思考はいいように浮かされた。むき出しにされた両足、机の上で固められる白いこぶし。やわらかさなんてどこにもない薄く平たいその体に、どうしてこんなにも煽られるのか。
「…ぁ……ぁ、や…あっ!」
ヒクつく腹筋を後ろから撫で、そのまま前で立ち上がるサスケのものに指を絡めると、仰け反った細い喉がひゅっと引攣れた音をたてた。
皮を伸ばし懸命に異物を飲み込むそこに何度も何度も打ち付けを繰り返しながら、同じリズムで先走りでべたべたになっているサスケを扱き、背中の中心線に沿い舌を伸ばし溜まっている汗を舐める。つうっと舌を走らせる度に、しなやかな背中がびくびくと震える。
こうなってしまうともうあとは時間の問題だ。
オレもサスケもただひたすらに息を切らし、快楽を追いかけるだけの生き物になる。
「…サスケ、サスケ…」
「――あっ…は、ァ、……ッ…」
「……は、サスケ、すげ…なか、締まって…!」
「…や、も、…ィ…ク、イク……ッ!」
絶入るような叫びと共に、後ろから挿入されたままのサスケがぱたぱたと白濁を床に落とす。
ああ、こいつってば、どんどんイクの早くなってくな…なんて事をうっすら考えつつも、その締め付けに中にいたオレも他愛なく爆ぜた。
サスケとオレは友達だ。
それも、別に特別仲が良かったわけでもない友達だ。
…本当は、いっそ友達というよりも、『クラスメイト』とかいう単語で表現した方が正しいのかもしれない。けど、流石にこういう事をしている関係ではあるので、本当にまだ一度も接点を持ったことのないクラスのヤツとは一線を画しているだろうし、かといっていつも一緒につるんでいるキバやシカマル達のような悪友とも違う。だからやっぱり、この距離を言い表す単語としては『友達』というしかない気がする。もしかしたら『セフレ』とも呼べるのかもしれないけれど、そう言い表すにはもう少し、オレの気持ちは割り切れない。
委員会が、一緒だったのだ。
クラスで二名づつ選出しなければならない学祭の実行委員に、くじ引きをした結果たまたまオレとサスケがアタリ(といいつつ、本意としてはハズレなわけだが)を引いたのだった。
夏休み明けすぐにある学祭の準備はもうゴールデンウィーク過ぎ位から始められるのが常で、面倒臭さで倦みながらもオレとサスケは生徒会の設けた実行委員会に顔を出したのだった。やる気のないオレらはもう全部適当でいいだろと、意見を求められてもいい加減な返事を返すばかりで――それを見かねた生徒会顧問のカカシ先生が、参考にするようにと言ってオレ達に去年までの学祭の様子を記録したディスクを貸してくれたのだ。
……コトの始まりは、この一枚のディスクからだった。
「――あれ?このディスク、傷いってんのかな?」
その日。待てども待てども一向に画像の現れない真っ黒な液晶画面に、開けてもらった視聴覚室でオレは首を捻った。貸してもらったディスクを見ようとプレーヤーに差し込んではみたものの、どうしたわけか、いつまで経っても待っている映像は現れてこなかったのだ。
「なんだよ、これじゃ参考も何もないじゃんか」と席に座って口を尖らせたオレの横で、サスケは無表情で頬杖をついていた。そもそも、サスケと二人きりになったのはあの日が初めてだったのだ。最初くじ引きで委員に当たった時も、仕事がめんどくさいというよりもコイツと一緒にやらなければならないというのが憂鬱で、それさえなければもう少し委員会の仕事も楽しめるのに(元々オレはお祭り騒ぎは大好きなのだ)とその当時のオレは思っていた。
なにしろ、『うちはサスケ』は謎の男だった。
まず誰ともつるまない、喋らない。女子なんかはその顔の良さに惹かれるのか、きゃあきゃあ騒いでは時折果敢にこのだんまり男に挑んでいるようだったけれど、それらも適当にあしらうばかりで割と和気あいあいと仲のいい今のクラスの中でも、完璧な一匹狼を貫いていた。勉強はずば抜けて出来るし、運動部に入ってるわけではないけれど、体育なんかを見てるとどうやら何をやらせても人並み以上の成績を出すらしい。学校が終われば即帰っていくし、休み時間はどこに行っているのかいつも教室から消えていて、まったくもってその生態は、謎に包まれるばかりだった。
…まあそれでもほんの少しだけ見えてくるものもあって、とりあえずコイツは今のクラスに馴染みたいとか、誰かと仲良くなりたいとか、そういう意思はさらさらもっていないんだなというのだけはよく見て取れていたので、委員が決まってからもオレは出来るだけコイツとは必要以上の会話は持とうと思っていなかった。だって絶対に好きなタイプではなさそうだったし。別に特別嫌いなわけでもなかったけどもし喋ってみて本格的に嫌いになってしまうと秋までがキツイし、適度な距離を保っていた方が割り切って付き合えると思ったんだ。16歳なりの処世術である。
「も、いいんじゃねえの…適当に見たっつって帰ろうぜ」
かったるそうなアクビをふかしつつそんな事を言うサスケは、教室で見るような優等生然としたところは全く無く、なんだかすごく身近なところにいる気がした。いや、実際オレらは隣り合わせに座っていたのだ。くつろげた制服の襟元からのぞく首筋がやけに白く艶めかしくて、ちょっとドキリとしたのを覚えている。
「いやいや、そりゃ拙いんじゃね?カカシ先生にバレるって」
適当な彼に、なんだか逆に妙に真面目な気分になってしまい苦笑いを浮かべると、うんざりとした様子で目を眇めていたサスケが「…ふん」と小さく鼻を鳴らした。「いいだろ、あんなヤツ。どーせ色々節穴だらけなんだから、このまま突っ返したってわかりゃしねえよ」などという乱暴な言い方に、ちょっと意外に思ったオレはその時確か訊き返したのだ。
「あんなヤツって、お前ってば先生の事嫌いなの?」
「…別に」
「そういや先生、さっきお前になんか耳打ちしてたよな。あれって何て…」
「――お、なんか出たぞ」
話途中ではあったが促すサスケに慌てて前に向き直ると、ブラックアウトしていた画面がぱっと明るくなり、そこにはいきなりつやつやした肌色が一面に広がっていた。一瞬訳が分からずギョッとするも、徐々に引いていくカメラアングルと流れ出した甲高い嬌声に、すぐにこの映像が『最中』の場面であるのに気がつく。
ディスクの中に入っていたのはいわゆるAVというやつで、画面の中では髪の長い女が痩せ気味の男に、後ろからのしかかられて揺さぶられていた。激しい動きに、たわわに実ったおっぱいがゆさゆさ揺れている。
「…うーわ、すっげえなあれ」
メロンみてえ、などと思わず呟くと、桃色画像に呆然としていたサスケがハッとしたようにこちらを見た。
普段のスカしたようなポーカーフェイスは壊されて、代わりに黒目がちなくっきりとした切れ長の瞳がまんまるに見開かれている。
「渡し違い、かな?」
「…そうなんじゃねえの」
先程までの妙に初々しかった反応とはうって代わって、何故か急にぶすりと不機嫌そうになったサスケは答えると、再び頬杖に戻ってその肌色の画像に視線を戻した。黙ったままであっても、その冷めた眼差しには(くだらねえな…)と思っているのがありありと窺える。
(あれ?コイツってば、意外と……)
だんまりに落ち込んだ横顔に、盗み見たオレはふとその大人びていた口元が、ふてくされたガキのように尖らされているのに気が付いた。頬杖で潰れているほっぺたはいかにも柔らかそうな桃肌で、しかも一応照れているのか映像を見るために明かりを消していた視聴覚室の中でも、ほんのりと色付いているのが見て取れる。
黒々としたまつげは外国製の人形のようにふっさりと長く、いつもつまらなさそうに結ばれているだけの唇は、よく見たら熟れたプラムのようにぷるんと甘く色付いていた。 これまでずっと、コイツの事はただクールな感じのイケメンだとしか見えていなかったけれど、よくよく見れば逆に、むしろ幼顔なのかもしれない。冷たさばかりに見えていた顔は実は結構あどけなく、ほっぺたを支える細い手首は、いかにも未成熟な雰囲気を漂わせている。
「――なあなあ、なんかこの展開ってさあ、すげえベタなエロ小説みたいじゃね?」
遠かった彼が一気に身近に感じられたような気がして、ついそんな他愛ない事を口にすると、まっくろな瞳がぱたりとひとつ瞬きをした。おお…やっぱコイツ、イケメンっつーよりかわいこチャンだよなァ。きょとんとこちらを向く彼に、そんな事をこっそり思う。
「ベタ?」
「漫画や小説であるじゃん、友達同士でなんか見ようってなったのに、ディスク入れてみたらAVでさ。うわ~気まずい!でもなんかどうしても見ちゃう!!みたいな」
「…なんだそれ、お前そんなエロ雑誌読んでんのか」
「は?ああ、いやー、うち実はじいちゃんがエロ小説家でさ。ほれ、そーゆー資料だけは家にタンマリあるんだって」
「原稿の清書とか手伝ったりとかすんだけど、なんか前じいちゃんの話にもこんなのあった気がするってば」 と打ち明けあっけらかんと笑うと、ちょっと呆気にとられていた様子のサスケは小さく「ふうん」と呟いた。
やる気のない頬杖の顔が、体ごとちょっとこちらを向く。
「大体こういうのって、そのディスクを編集してくれた友達のイタズラとかだったりするんだって」
「…ほー」
「もちろん本人には内緒で。『オレのおススメ入れといてやったからな~!』みたいな感じでさ」
言いながら、「ほら、この字とかもなんか、先生のじゃなくない?」と開けっぱなしになったままほったらかしになっていたディスクケースを頬杖のサスケに見せると、そこに書かれたマジックペンの文字を確かめた途端、すべすべのほっぺたがぷっと小さく膨らんだ。ぱちんとそれが弾け「ククク」というさざめきのような笑いがその喉の奥から漏れ聞こえてきたかと思うと、揺れる吐息の合間に「…なるほど。確かにこれ、アイツの字じゃねえな」と可笑しそうにサスケが言う。笑うサスケはさっきよりも更に幼げで、その急に距離が縮まった空気に、オレは何故か無性に嬉しくなってきた。得意気に鼻の下を擦りつつ、まだ細かく揺れている華奢な肩を見る。
「な~?そうだろ」
「…ああ」
「ありがちありがち。ベッタベタの王道パターンだってば」
多分最初の何分間かだけがエロで、学祭の資料はその後ろに入ってんじゃね?と予想したところで広がっていた桃色画像はぱっと消え、代わりに見慣れた校庭の画に切り替わった。予言通りの展開に「な?言った通りだろ」と胸を張りつつ、すっかり落ち着いたテレビ画面にニンマリして、再び画面に向き直る。
しかしようやく始まった学祭の映像は賑やかだけれどどこか他人事で、さっきまでの淫靡で生々しい光景に比べると、なんだか酷く退屈で動きのないものに感じられた。距離のある笑い声、内輪だけのネタで盛り上がっている教室。どこが面白いのかわからないポイントで湧き上がる笑いに、しらけた気分は徐々に大きくなっていく。
(ああ……つまんねえの)
観客をほったらかしにして進んでいく映像に、オレはぽつんとそう思った。…そう、確かにオレは、その時色々なものに退屈しきっていた。テレビの中で勝手に進んでいく映像にも、変わりばえのしない毎日にも。高校に入学してからしばらくは、いつ人生を変えるようなスゴイ出来事が起こるんだろうと盲目な期待に毎日ワクワクしていたものだが、それが入学から一年以上が経ち色んなものが見えてくると、どうやら期待していたよりも自分の高校生活はドラマティックでもなんでもない、平々凡々な毎日が続くだけらしいと気が付き始めてしまっていた。無心に信じていた人生の転機みたいなのは一向に訪れず、目が覚めるような瞬間も、突如目覚めるであろうと思っていた自分の才能も、どうやら全部思い違いである事を認めなくてはならない時にきていた。
……だからもしかしたらあの時アイツの誘いに簡単に乗ってしまったのは、もしかしたらただ単にそんな自分に嫌気が差していただけなのかもしれない。『普通』に回っていく歯車に、狂わせる事は出来なくても小さな石ころを投げつけたかっただけなのかもしれない。
「――なあ、これさ…この先もずっと、同じような画ばっか見させられんのか?」
淡々と進められる映像の途中、そんな退屈さを断ち切るかのように、サスケが突然呟いた。
「ああ…そりゃそうじゃね?学祭の出し物なんて結局どこのクラスも似たりよったりだろ」
「退屈だな」
「おま…そんな身も蓋も無いこと言うなって」
堂々と歯に衣着せぬ感想を言い放つサスケに、オレは自分の事を棚に上げつい苦笑した。サスケってもっと『イイコ』な感じかと思ってたってば。そう伝えると、それを聞いた途端サスケはその整った顔を派手なしかめ面に変える。
「なんだそれ、喋った事もないくせに勝手に人のキャラ決めんなよ」という声は不満げだったけど、なんとなくそれももうあんまり気にならなかった。ほんの少し触れあっている肩が、言いながらもオレから離れず温かなままだったからかもしれない。
「あと何勝手に呼び捨てにしてんだよ。誰もいいなんて言ってねえだろ」
「いいじゃん、『サスケ』ってなんかカッコイイし。オレの事も下の名前で呼び捨てにしてくれていいからさ!」
なんとなく照れつつそんな事を言うと、口篭ったサスケは僅かにバツの悪そうな顔になり「…お前下の名前なんだっけ?」とそろりと訊いてきた。なんだかその時彼と近しい気分になっていたオレに、その問いかけは結構グサリとくるものだったけれど、それでもどうにかそれを隠しつつ「…ナルト。うずまきナルトだってば」と丁寧に告げる。
「――じゃあさ…『ナルト』」
低く落とされた声は年の割には妙に艶やかで、その響きは軽口の叩き合いに終止符を打つには、充分なものだった。
「そのベタベタの王道パターンでは、二人してそういう画像見ちまった後ってのは、いったいどんな展開になるんだ?」という問い掛けに思わず息を止めたまま横を見ると、濡れたように輝く黒瑪瑙の瞳が、じいっとこちらを見詰めている。
「へ?どんな展開って…」
「お前詳しいんだろ、そういうの。教えろ」
「……詳しいっつーか、そりゃお約束としてはやっぱ、エロ画像を見た二人はなんかちょっとムラムラしてきちゃって。そんでそのまま勢いで、なんとなくそーゆー雰囲気に…」
しどろもどろになりつつも請われるがままに口を開いたオレだったが、その説明は最後までする事が出来なかった。退廃的な笑みを浮かべ間合いを詰めてくる、整いすぎな美形。近すぎる距離に真っ白になっていく頭の中、その無垢な白さはどういう理由か、酷く聖女めいたものに見えて。
吐息がかかる程の距離で一瞬止まったサスケと、ほんの数秒見詰めあった。
無言の同意、共犯の合意。説明は難しいけれど、あの時オレ達の間で交わされたのは、多分そういったものだったのだと思う。
――薄く開いたままだったオレの口を、サスケの熱くやわらかな唇が甘く塞ぐ。
そうしてそれが、始まりの合図となった。
(それが、こんなんになるなんてなァ……)
射精後の脱力感にぐったりと身を投げ出しているサスケを見下ろし、しみじみ思った。
最初は本当に、悪ふざけのつもりだったのだ。退屈な毎日にちょっとした刺激が欲しかったというのもあるし、セックスといっても所詮男同士だ。そもそもがオレは女の子が大好きだったし、ハマる程のものではないだろうという気楽さもあった。
……なのに、優しい膨らみも受け入れる為の穴もないサスケに、オレは最初から阿呆のように何度もイカされては闇雲に精液を吐き出して。
あれから数ヶ月、すっかりパブロフの犬よろしくサスケを見れば欲情してしまうようになった自分に、16歳のオレはいいように流されていた。委員会の度にこうして隙を見つけては短いセックスに耽ってきているのだけれど、サスケはサスケの方で何を考えているのか、決してそんなオレを拒むことはない。けれどそんな事をしている関係でありながらも、オレ達は学校の外で会った事は未だに一度も無かった。それどころか、一緒に帰った事さえない。校門までは一緒でも、そこから向かうべき自宅はお互い正反対の方角なのだ。つい先程まで散々オレにしがみついて喘いでいた筈のサスケはそこに来ると途端に教室で見る冷めた優等生に戻ってしまい、「じゃあな」と一言言い捨てると振り返る事もなくさっさとオレから離れてしまう。帰りにどこか寄ろうと誘っても、乗ってきてくれた試しはない。もしかしたら彼の体内には、学校の外に出たらオレの事を綺麗さっぱり忘れる為のスイッチでもついているのではないだろうか。あまりにも完璧な切り替えを見せる彼に、最近は本気でそれを疑っている。
「――あっちィ……」
気だるそうに体を起こすサスケに手を貸すと、汗まみれの手のひらが重なった途端ぬるりと滑った。
その気持ち悪さにお互いちょっと苦笑しつつ、もう一度しっかりとその手を引く。セックスの前後にだけ、サスケはのびのびとした甘えをオレに見せる。こういうのは、結構好きだ。もっと見せて欲しいなと純粋に思う。
「この部屋やべえよ。マジで脱水症状起こすぞ」
「だな…ここ出たらまず自販機行くか」
あ、でも夏休みだしちゃんと補充されてっかな、などとぼやぼや言いながら床に散った情事の跡を手早く片付けていると、服を直していたサスケはふと思い出したかのように、「…あ、その前に。お前さ、さっきのあれなんだったんだよ」などと言い出した。「人ん中に突っ込んでる最中によ…」などと不満げなサスケに「ああ、」と思い出すと、オレは窓際に置かれたダンボール箱に向かい、蓋を開けたままのそれをちょっと背伸びして覗き込む。
雑多なガラクタが放り込まれているそれは、箱の外に書かれた文字を読むにどうやら生徒会の備品の一部らしかった。その中の一番上に、先ほどの光の元であると思わしきガラス製品を見つける。
「これだってば、多分。なんか一瞬、反射がすごく眩しくて」
言いながら指差していると、いつの間にか横にはすっかり元の身だしなみに戻ったサスケもいて、それを見下ろしていた。すっきりと整った身なりにはもうどこにもいかがわしい痕跡は残っていなかったけれど、こめかみに張り付いたままの一筋の髪に、なんだか無性に手を伸ばしたくなる。
そんな情動を収めるためにも、オレは改めてダンボール箱の中を見下ろした。身支度を整えた後に二度三度と求めるのは、オレ達の間ではルール違反に値する。
「なんだっけコレ、なんていうんだっけ?」
「…『スノードーム』とかいうんじゃなかったか?」
確証が持てなかったのだろう、いつになく控えめなサスケの口ぶりに「ああ、そうだ。それそれ!」と笑顔になると、オレはそろっとそのドーム状のガラス製品をダンボール箱から拾い上げた。
半円状のガラスの球体の中には、飾り立てられたモミの木と小さなログハウスのモチーフが入っている。
「クリスマス用?」
「どう見てもそうだろ」
「なんでこんながあるんだろ、クリスマスがきたら生徒会室に飾るのかな」
そうなんじゃね?といういい加減なサスケの相槌を聞きながらも片手でそれを上下に振ると、満たされた水の中、繊細な粉雪がきらきらと舞い散る様が見えた。
頂きに金の星を乗せたモミの木と、ちんまりと可愛らしいログハウス。それらにしんしんと、清い雪が積もっていく。よく見たら飾られたモミの木の根元には、これまた小さなプレゼントの包みが幾つか置いてあるのが見えた。こんなところでいい加減に放置されているモノにしては、中々どうして、丁寧に作られたもののようだ。
(クリスマス、かあ……)
――その頃オレらは、どうなってるのかな。
のんびりとした動きで優雅に完成されていく銀世界を見詰め、オレはぼんやりと想像した。
今計画している学祭は、11月のイベントだ。だからそれが終わったら、この委員はお役御免で事実上解散となる。
そうなったらもう、こうしてサスケとふたりで会う機会は、もうなくなるのだろう。こうして理屈や理由を全部そっちのけにして、ただ肌を合わすような事もきっとなくなる。あの日成立したオレたちの合意の中には、きっとそのタイムリミットまでもが含まれているような気がした。別に、それでいいのだろう。来年になればオレ達は受験生になるし、三年生はある程度までは成績順でクラス編成が決められるから、違うクラスになる可能性が高い。そうなったらもうこういう関係は綺麗に無かった事にされ、オレ達はお互い廊下で時折すれ違うだけの、ただの『昔同じクラスだったヤツ』になるのだろう。それどころかもしかしたら、今年のクリスマス頃には既に、オレにも彼女が出来ているかもしれない。べらぼうにモテるワケではないけれど、かといって落ち込む程に誰からも相手にされないワケでもないのだ。
(……それに……)
こっそり深い息を吐きつつ、オレは思った。
本当はもう、気が付いているのだ。
サスケにはオレとは別に、ずっと見詰めている人がいる。誰とははっきりわからないけれど、多分今も彼のすごく近くにいる人だ。もしかしたらサスケがオレとこういう事をしようと思ったのは、最初から単にその人を傷つけたかっただけなのかもしれない。けどそれについて、オレからサスケに尋ねる事は出来なかった。そういう事をするのは、合意の範囲外の事だ。そしてサスケの中において、オレがそれについてどうこう言えるようなポジションにいないことも、嫌になるくらいわかっているからだ。
だからこのままこの関係は、冬までに溶けて消えるのがいい。
……余計な事を思えば思うだけ、痛い思いをするのはきっと、オレの方ばかりだ。
「――…キレイ、だな」
日にかざされ、閉じ込められた世界できらきらと舞い続ける粉雪に、オレはそっと呟いた。
無心のまま出された言葉に、隣でサスケが(ふん、)と小さく鼻を鳴らす。
多分、ほぼ同意、の意味だ。ほんのちょっとだけれどサスケについて知り得た事は、オレにも全くないわけではない。
…なぁ、と呼ぶとガラス張りの銀世界に見入っていたサスケが、ゆるゆると視線を上げた。
「キスしても、いい?」というオレからの伺いに、整った口元は一度ムスリと不機嫌そうに結ばれたけれど、長い睫毛は結局従順に、ぱさりと静かに伏せられた。
【end】
リクエストで「学パロ、夏休み」でした。夏休みなのになんという薄暗さ…
文中のカカシ先生の耳打ちは「今日遅くなりそうだから、オビトと先ごはん食べてて」みたいな業務連絡的なものでした。(オビト・カカシ・サスケ三人暮らし設定)
この先どうなるんでしょうね、卒業と同時に一旦フェイドアウトして社会人になってからリーマンNの前に現れる受け専スケ(オビトが超泣いてる)とか、いやいやこのままなんて無しだってばよ!なDKナルトくんとか、お好みの形で妄想していただけたら。なにしろ未来があるからね。若者というのはよきものです。